目的を達成する手段は複数あった方がいい
師匠の夢と俺の実益という一挙両得な目的を達成するべく、次の日から俺達は精力的に動き始めた。短期間とはいえ店を閉める準備や各所への手続き、更に目的地への移動時間なども含めて、経過することおおよそ一ヶ月。俺達はついにとある鉱山の中へと足を踏み入れることができた。
「へぇ、ここが? 何十年も前に閉鎖されたって言うのに、ちゃんと手入れがされているのね」
「そりゃーそうだ。廃坑とはいえ、ここは元々金山だからな」
人気の全くない鉱山内部をしげしげと見回すティアに、師匠が訳知り顔で髭をしごきながら言う。
「今の段階じゃすっかり掘り尽くしちまった山だが、もし将来何らかの技術革新があって更に掘れるってなった場合、何もねーところを新たに掘るよりも元は確実に金のあったこの場所を掘る方が新たに金を得られる可能性が高い。
だからこそ国が管理してるし、内部もそれなりに整備してあんだよ。まあ、じゃなかったらとてもじゃねーが一般人が立ち入れる場所じゃねーけどよ」
「ですよねー」
師匠の言葉に同意しつつ、俺もまた内部を見回す。通路を支える組み木はしっかりとしているし、照明用のランタンも壊れたりしているものは見られない。これなら魔獣が入り込んでいるとかってこともなさそうだ。
なお、当たり前の話だが現役バリバリで採掘されているような金山に立ち入ることなどいくら師匠でもできない。鉄鉱山くらいなら大丈夫らしいが、これから俺がしようとしていることを考えると普通に稼働している鉱山では都合が悪いので、むしろこの条件は願ったりでもある。
「で、これからどうすんだ?」
「フフフ、実はこういうのがありまして……現れろ、『失せ物狂いの羅針盤』」
問う師匠に、俺は伸ばした右手の手のひらを上にあげ、「失せ物狂いの羅針盤」を発現させる。何も無いところから突如出現し、手のひらの上でふわふわと浮いている謎の金属枠の出現に、師匠があからさまに驚いてみせた。
「うおっ!? 何だそりゃ!?」
「ちょっとした伝手で手に入れた魔導具でしてね。俺にしか使えないのと特別な条件を満たさないといけないって縛りはありますけど、物探しに使えるんです」
「……それはつまり、岩に埋まった鉱石の場所がわかるってことか?」
「ええ。感知範囲は大した距離じゃないんで、坑道中を歩き回らないといけませんけどね」
真剣な表情で低く重い声を出す師匠に、俺はあえて軽い調子で答える。もしこれの感知範囲がわずか一メートルであるなら、作業員が少し楽ができる程度だろう。
だが一〇メートル二〇メートル、それよりもっと広い範囲で地面を掘り返すこと無く鉱石のありかがわかるなら? それは国が俺を殺してでも奪い取りにくるようなものになり、一〇キロ二〇キロともなれば戦争の理由にすらなり得る。
だから、俺は細かいことは言わない。ただじっと無言の師匠と見つめ合い……程なくして師匠がことさらに大きくため息をついた。
「はぁぁぁぁ…………そうか。なら頼むぜエド」
「任せてください!」
もし師匠が深く追求してくるなら、俺としても色々な出方を考えざるを得なかった。だが師匠は何も聞かずにここまで来てくれて、そして何も聞かずにこの先もいてくれるという。
その信頼に、行動で応える。俺は「失せ物狂いの羅針盤」と「旅の足跡」の両方を駆使して坑道内を歩き回り……そして一つの通路の壁際で足を止めた。
「ここですね。この奥、三〇センチくらいのところにあります」
「ここか? わかった」
俺の指示した場所を、師匠がピッケルで掘っていく。すると崩した岩壁の向こう側から俺の拳を二回りほど大きくしたくらいの陽光石が掘り出された。
「スゲー、本当にあったぞ!?」
「でも、流石にちょっとちっちゃくない?」
「そうだな」
興奮する師匠とは裏腹に、俺はティアと同じく渋い顔になる。必要な量を考えると、これは予想を遙かに下回る埋蔵量だ。
だが、そんながっかり顔をしている俺の背中を師匠の手がバシバシと叩く。
「おいおい、何をしょぼくれた面してやがる! こんな簡単に陽光石が見つかるなんざ、普通じゃ絶対にあり得ねーんだぞ!? それにこんだけ広い坑道の中で、これ一つしかないってわけじゃねーんだろ?」
「あ、はい。反応はありますけど、ただ俺達だけで掘り出せるくらい壁際ってなると、ちょっと厳しいかも知れないですね。例えばここから更に三メートルくらい掘れば別の陽光石がありそうなんですけど……」
「あー、確かにそりゃ厳しいな」
腕の届く範囲くらいなら小さなピッケルで掘れるが、三メートル向こうとなると結構な大きさの穴を掘らねばたどり着けない。師匠の体力や腕力を考えればできなくはないが、時間もかかるし危険も伴うので気楽に試せるようなことではないのだ。
新たに突き当たった問題に俺と師匠が頭を悩ませていると、不意にティアが師匠に声をかける。
「あの、ドルトンさん。陽光石の大きさって、大体みんなそのくらいなんですか?」
「あん? ああ、そうだぜ。勿論多少の誤差はあるだろうが、極端に変わったりはしねーはずだ」
「そうですか……ねえエド、陽光石の場所はどのくらい正確にわかるの?」
「かなり正確だと思うが……それがどうしたんだ?」
矢継ぎ早に質問を繰り返すティアに、俺は首を傾げて問う。だがティアはそのまま少し考え始め、やがて意を決したように俺の方を見て声をかけてきた。
「エド、ちょっとそこに座って」
「座る? こうか?」
「ちがーう! お尻を地面につけて、足を前に伸ばして、で、大きく開く!」
「ぐおっ!? っておい!?」
いきなり股裂きを食らった俺が抗議の声をあげるも、それを無視してティアが俺の股の間に座り込み、背中を倒して俺に体重を預けつつ左手を俺の手に重ねてくる。
「おいティア、何を――」
『見せて』
「っ!?」
自分の内側から聞こえる、自分ではない声。気づけば目の前のティアはぐったりと意識を失っており、代わりに自分と重なるようにティアの存在が感じられる。
『石の場所を見せて。今ならきっと、私にもはっきりわかるから』
『そういうことか。わかった』
その意図を理解し、俺は頭の中に陽光石の正確な位置を思い描く。その知識を完全に共有したティアが自分の体に戻ると、その口から流れるような詠唱の言葉が紡がれる。
「土を揺らして崩れるは形を無くす崩月の海、鈍の光を晒して砕くは怪腕震わす精霊の爪! 掴みて握りて流して溢せ! ルナリーティアの名の下に、顕現せよ『トランスホロウ』!」
解き放たれた精霊魔法により、眼前の岩壁にポコンと丸い穴が開く。穴からは止めどなく砂がこぼれ落ちていき、やがてそれが収まると、ティアは大きく息を吐いて改めて俺にもたれかかってきた。
「ふぅ……」
「お疲れさん」
「お、おい。こりゃ何だ?」
「見ての通り、岩壁を砂に変えたのよ。外にこぼれる砂に合わせて陽光石もこっちに流れてきてるはずだから、ちょっと手を入れれば取れると思うわ」
「そうなのか!?」
ティアの説明を聞き、半信半疑な様子で師匠が穴に手を突っ込む。その腕はすぐに引き戻され、手には当然お目当ての石が握られている。
「おいおい、マジか!? スゲーな嬢ちゃん!」
「フフーン、このくらい楽勝よ! どうエド? 私だって役に立つでしょ?」
「は? 何を今更……? え、まさか!?」
「だって、私鍛冶とかはできないし……今も力仕事は無理だから、最近はあんまり役に立ってないかなって」
「はぁ、馬鹿だなティアは」
どや顔から一転、しょんぼりした顔をするティアの頭を、俺は背後から抱きしめたまま優しく撫でる。
「いつだってティアには助けてもらってるさ。ティアがいなきゃ、今頃俺は鍛冶場で干からびてるんじゃねーか?」
「そうなの? 本当に?」
「ああ、本当だ。いつもありがとな、ティア」
「フフッ、ならいいわ! あ、でももうちょっとだけこのままでお願い」
「仰せのままに、お嬢様」
何とも居心地の悪そうな顔でそっぽを向いている師匠に苦笑いしつつ、俺はティアが満足するまでその頭を撫で続けるのだった。




