たくましい腕が変態の尻をまさぐる時、みんなの夢が一つになる
「これでいいですか、師匠?」
むわっとした熱気の籠もる鍛冶場にて、俺は全身の衣服を脱ぎ捨て裸になる。ギリギリ全裸ではなく下着一枚だけは身につけているが、気分的には素っ裸だ。
「何だ、そいつは脱がねーのか?」
「勘弁してくださいよ! これで十分でしょ!?」
「チッ、仕方ねーなぁ……」
弟子として師の言葉は絶対。それでもなお食い下がった俺に、師匠が軽く舌打ちをして全身を見つめてくる。俺の肌がピリピリと熱いのは、決して部屋の温度が高いからだけではないだろう。
「…………随分綺麗な体だな」
「は、はぁ。どうも……?」
「ちょいと触るぞ?」
「うひょっ!?」
師匠のゴツゴツした手が、ぺたりと俺の肌に触れる。時に強く時に優しく、荒々しく揉みしだいたかと思えば優しく皮膚を撫でられ、何とも言えないくすぐったさに俺は思わず身もだえてしまう。
「動くんじゃねぇ! おとなしくしろ!」
「うぅ、わかりました……って、師匠!?」
不意に、師匠が俺の腰に抱きついてきた。そのまま腕が背後に回され、師匠の手が俺の尻を鷲づかみにする。
「ちょっ、師匠!? それは流石に……」
「黙ってろって言ってんだろ! おら、もっとケツ締めろ!」
「えぇぇ!? こ、こうですか?」
「オウ、そうだ! もっとキュッと力を入れろ!」
「こ、こう? ですか? これ以上はきついんですけど」
「ハァ? これが限界って、テメー随分――」
「こんばんはー! エドー、随分帰りが遅いけど……………………」
と、その時。鍛冶場の入り口から届いた声に意識を向けると、そこではまるで石化の呪いでもかかったかのようにティアが固まっているのが見える。
「……ハッ!? ごめんなさい。すぐ出て行くわ」
「待てティア。何で帰ろうとするんだよ?」
「気にしないで! 私、大丈夫だから! そうよね、こんなところに二人っきりで籠もってれば、そういう関係になることもあるわよね」
「ちげーよ! てか、わかってて言ってんだろ!? ほら、師匠もいい加減にしてくださいよ!」
「あー、わかったわかった。ま、確かにもう十分だ。服着ていいぞ」
「はぁぁ……」
師匠のお許しを得て、俺はようやく服を着る。その間にティアも鍛冶場に入ってきていて、いつの間にやらテーブルの上に飲み物を用意してくれていた。
「はい、二人ともどーぞ。こんな熱いところで水も飲まずにいたら倒れちゃうわよ?」
「おう、悪いな嬢ちゃん」
「ありがとさん」
「どういたしまして。で、何でエドは裸でドルトンさんに抱きつかれてたわけ?」
「あー、そりゃコイツの体を調べてたんだ。どうやら俺の予想とは大分違うみたいだったからな」
「エドの体を?」
「そうだ。実はな――」
水の入ったコップを手に首をかしげるティアに、師匠は自分の夢が「魔王を倒せる剣を打つ」ことであるとか、俺にその剣を打って使ってもらおうとしていることなどを話していく。
「――ってわけで、俺はこいつに剣を打ってやることにした。そのためにこいつの体をしっかりと調べてたってわけだな」
「へー。話はわかったけど、それって普通なの?」
「んなわけねーだろ」
チラリとこちらに視線を向けてくるティアに、俺は真面目な顔で答える。世の鍛冶屋が全員客を店先で素っ裸にさせているなどと誤解されてはたまらない。もし次に俺がティアに剣を打つときに自然な動作で全裸になられたりしたら、精神的にも物理的にも死が見えることだろう。
「ガッハッハ! そうだな、普通じゃねぇ。だが今回に関してはどうしても見たかったんだよ。何せコイツはとびっきりの変態野郎だからな!」
「へ、変態!? エドって変態だったの!?」
「んなわけねーだろ! てか、何ですかそれ!?」
「アァン? テメー自覚がねーのか? 大した鍛錬の跡もねー体でそれだけの剣が振るえるってのは、相当な変態だぞ? おかげで俺が考えてた剣には大分手を加えねーといけねーしな」
「うぐっ!? そ、それは……」
俺の体は世界を移動する度に巻き戻るので、確かに筋肉とかは育たない。それを誰より理解しているのは俺自身なので、そう指摘されてしまうと反論などできるはずもない。
「ったく、難儀なもんだぜ。まさかそこまで綺麗な体してやがるとはな。元々俺が考えてた配合だと、おそらく重くて使いづらいはずだ。そうなると何本か試し打ちをしてーんだが……まいったな」
「何か問題が?」
「ああ。今言ったとおり、テメーに合わせるには剣に使う金属の配合を変えようと思ってる。が、そうなると大量に使うはずだった重い金属が余る反面、軽い金属の在庫が足りねーんだよ。試し打ちまでするとなればなおさらな。
だが、どっちも希少金属だから金もかかるし、何より頼めば簡単に手に入るってもんじゃねーんだ。だからどうしたもんかって悩んでんだよ」
「材料……」
伝えられた師匠の悩みは、確かに割とどうしようもないものだ。希少金属とやらが何かはわからないが、滅多にとれないからこそ希少と呼ばれているんだろうしな。
が、俺にはそれを鼻で笑い飛ばせるとっておきの追放スキルがある。存在しないとなればどうしようもないが、単に見つけづらいだけであればどうとでもなるのだ。
「師匠、その材料って見せてもらってもいいですか?」
「ん? ああ、いいぜ。ちょっと待ってろ」
俺の頼みに、師匠は席を立って鍛冶場の奥の素材置き場へと姿を消し、すぐにその腕に石を抱えて戻ってきた。
「まずはこっち。こいつは闇夜石っつって、さっき言ってた重い方の金属だ。こっちの方はまあまあ量があるから今回は大丈夫なんだが……問題はこっちだな」
抱えてきた二つの石のうち、つやの無い黒い石の方をどけると、くすんだ茶色い石を手に師匠がそれを見せてくる。
「こいつは陽光石っつって、軽い方の金属だ。こっちの在庫が全然足りねー。一旦合金にしちまうと当然綺麗に分離なんぞできねーから、テメーに合うような比率を見つけ出すのに何本か試し打ちするのを想定すると、できれば三〇キロは欲しいところなんだが……」
「そうですか。ちなみに希少ってのは、どういう意味でですか? 普通に鉱山から出るけど産出量が少ないのか、産出される場所そのものがほとんど無いのか、あるいは特殊な魔獣の体内でしか精製されないとか」
「うぇぇ……」
俺の言葉に、純ミスリルを手に入れた時のことを思い出したティアが嫌そうな表情を浮かべる。が、師匠はそれを気にすること無く俺の問いに答えてくれる。
「最初の意味だな。陽光石ってのは金属の種類を問わずどんな鉱山からでも採れる可能性がある反面、鉱脈ってのが存在しねーんだ。なんで新しい鉱脈を探すために何も無いところをほじくり返してる時にたまに見つかるくらいだから、どうしても量が手にはいらねーって訳だな」
「なるほど……なら次の質問ですけど、そういう金属の鉱山で、俺達が入って採掘できるような場所ってあります?」
「テメーがか? あー、そいつは難しいな。鉱山ってのは国が管理してるもんだから、部外者が入れてくれって言ったって普通は入れねーぜ? 強いて言うなら俺と一緒なら入れるかも知れねーが……」
「おお、ならちょうどいいですね」
「何がだ?」
困惑した表情を浮かべる師匠に、俺はニヤリと笑って答える。
「決まってるじゃないですか。俺とティア、それに師匠で、一緒に陽光石を掘りに行きましょう! そこで掘れれば問題解決です」
「なあおい、テメー俺の話を聞いてたか? 滅多に掘れねーから希少金属なんだぞ?」
「フッフッフ、それについてはちょっと秘策がありまして。ここは俺を信じて師匠の時間を少しだけ俺達にもらえませんか?」
真剣に言う俺に、師匠がしばし腕組みをして考え込む。そのうつむいた顔が上げられたとき、瞳に宿っていたのは強い決意だ。
「……いいだろう。どうせ俺にゃ陽光石を確実に手に入れる当てもねぇ。それにそもそもこいつは俺の夢だ。その第一歩をテメーに託す」
「ありがとうございます。じゃ、俺達の夢のために!」
「へっ、調子のいいこといいやがって」
「あ、私も忘れちゃ嫌よ!」
俺が差し出した手を師匠がぎゅっと握りしめ、その上からティアが手を重ねてくる。こうして三人分に膨れ上がった夢の第一歩が、今ここに踏み出された。




