堕ちた勇者
「ガリュー君。その荷物、重そうだね。僕が持とうか」
「いやいいよ」
「ガリュー君。それ手伝うよ」
「いいって」
「ガリュー君。それは僕がやるよ。ガリュー君がやる必要ないよ」
「あのなぁ」
「ガリューく」
「うっせぇんだよ!いいって言ってるだろ!」
さっきから横でやあやあやあやあ言ってくるアホッタレは、アッシュ・ゼノハルトという馬鹿野郎だ。
アッシュは、あの決闘から変わった。決して悪い方へ変わった訳では無いのだが、良い方って訳でもない。
あの日からあいつは、俺の子分のように付きまとい 、ことある事に俺のしようとすることに、「やります」「手伝うよ」「僕に任せろ」と言って来てうざい。
水を飲もうとコップに水をソソしだ途端に、
「そのコップもつよ」
と、意味不明なお手伝いをし、
「疲れた」
と俺がいえば、勝手に肩を揉みまくる。
面倒、邪魔、アホ、ドジ、間抜け、消えろ。どんな言葉もこいつに通用しない。
媚を売っているのか、本当に改心したのかは知らないが、本当にウザったらしい子分になってしまった。
(まあ良いじゃないの。使いっパシリとして、品質は丁度いい)
そういう問題じゃないっての。パシリなんて俺には必要ないし、邪魔なだけなんだって……
ーーーーーーーーーー
5日前のことである。
俺は先生に怒られ、アッシュの目がさめるまでそばにいてやれと、そう言われた。
カルエルの治療後も起きなかったアッシュは、そのまま医務室に送られていた。
俺の医務室へ送った人数カウンターが増えたのは言うまでもない。
医務室について、アッシュの顔色を見る。
特に具合の悪そうな感じではない。目がさめたらこいつ、幻覚で気絶させたとかなんとか言ってくるんじゃないだろうか?
案外、けろっと忘れてもう一回勝負挑みにくるかも。
なんて考えていたら、アッシュの目が開いた。
「ん…ンンンン……ここは……」
「起きたか。ったく。長いこと寝やがって」
と、冗談交じりでそう言うと、アッシュは暗い顔つきになった。
「負けたのか。お前に……」
思っていた以上に素直に負けを認めたアッシュは、ベッドから降りて、その場に座った。
「なんでも、望みを言えよ。なんなら僕が死んだっていい」
「意外と素直なんだな。思っていたよりも面倒なことにならなくてよかったわ」
「勇者の末裔だ。約束も守れないようでは家の名が廃る」
アッシュは急に真剣な顔になった。
「だがまあ、死ねっていうのは俺としても嫌だな。まるで俺が殺したみたいじゃないか。もうあんだけ怒られて……いや、こっちの話だ。なんでもない」
「……?まあいい。とにかく何か、何か望みを。何もしないで終わったんじゃあ面子が潰れるってもんだ」
アッシュは俺を見つめる。
ここだけは勇者らしく、きちっとしているんだな。と、初めてこいつから勇者っぽさを感じた。その他からは威張り腐った貴族みたいな感じしかしなかったからな。
(まあ実際もうゼノハルト一族は貴族だからな)
勇者の末裔は貴族ってか。勇者ってほんとすごいんだな。せいぜいお前倒すくらいしか仕事してないのに。
(そんだけ俺が強いんだよ)
自分で言うか?それ。
まあいい。しかし何をお願いすればいいんだ?世界平和か?
(何ここでボケ突っ込んできてんだ。困難は単純でいいんだよ。いくら勇者の子孫って言ったって子供。適当に言えばいいだろ)
「悩むようなら、ひとまず血の契約をしようじゃないか?」
アッシュが、悩んでいる(アザゼルと漫談している)俺を見て言った。
血の契約?なんですそれは?美味しいんでしょうか?
(血の契約っつうのは、正式な契約書を作って、自分と、契約相手の血で判を押し、両者が契約内容をなんらかの形で受諾した場合に発生する契約だ。特殊魔法の一種だと考えてもらっていい。この世界には、詳しく契約についての決まり(地球で言うところの法律)がしっかり定まっていないから、この契約はよく使われる)
なんで決まりがないから血の契約なんだ?
(血の契約は、破れないんだ。破ったら、それなりにおもーい罰が下るってシステム)
それなりに重いって、どれなり?
(それなりはそれなり。一晩中激痛が体を走ったり、瀕死状態になるような病気になったり、死んだり)
それなりって結構やばくないかそれ。
でも、破れば『死』となるとやはり、守らざるをえない、強制力があるってことか。
(まあ罰に関しては、その契約の内容によって変化するし、軽けりゃ風邪になるくらいなもんだ)
なんだ。内容次第ってことな。
それなら血の契約も悪くないな。
「よし。そうしよう。血の契約、やろう。契約内容は.,....」
俺はそこにあった紙に文字を書き始めた。
どうやら、特に必要な道具はないらしく、適当な紙でも契約内容を書いて血のハンコ押せば完成らしい。
簡単なシステムである。こんなんで死ぬかもしれないような契約。
適当なちり紙でも命運を分ける契約ができちゃうなんて、ほんといい加減な世界である。
そう思いながらも、契約内容をサラサラと書いていく。
今思えば、子供同士のやりとりでこんな大層なもんを使う必要があるのかと思っているが、もう書き始めた矢先、引き返すのは面倒だった。
なんだかんだで契約書を書き終える。
契約書
この契約は、死ぬまで有効とする。
契約内容
1.アシュガノフは、傲慢な態度を改め、誰にでも優しく、誰とでも平等に接すること。
2.アシュガノフと、その他のすべての人間は、皆対等な関係にあると認識すること。
3.勇者の末裔だからと、その名前を使って好き勝手しないこと。
上記のことが破られた際、アシュガノフにはそれなりの罰が下るだろう。
「こんなもんだろ」
紙に書いた内容に誤字脱字がないかをチェックし、アッシュに渡す。
「……これでは君が得する要素が一つもないように見えるんだが」
「そう思ってくれるなら、自主的にそういうことはやってくれ」
アッシュは納得し、俺たちは血で判を押した。
(ちなみにこの契約は、紙を取引先の社長の前で破り捨てても、失効にはならないのでご注意を)
誰がそんな連ドラみたいなことするかよ。
だいたい俺が破っても何しても、俺にとって不利なことなんて何もねえし。
こうして、契約は成立した。
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そして、次の日。
朝起きて、いつも通りに朝の支度を終え、ソニックを起こし、部屋を出る。
すると、そこにはアッシュの姿が。
「ガリュー君。今から僕は君の子分だ。煮るなり焼くなり、好きにしてくれ」
「何言ってるんだ?」
いきなりのアッシュにも驚くが、そのアッシュの発言にも驚く。
わけのわからない馬鹿野郎だ。
「荷物も持つし、肩こってたら肩も揉むし、学食だってなんならここに持ってくる。ゴミも捨てるしガリュー君が望むならいますぐ気にくわないやつを殴りにだっていく」
「いや、いいし。そんなの。別に荷物持たなくていいし、朝はゆっくり食べるから持ってこなくていいし、特に気にくわないやつなんていないし(強いて言うと目の前に一人)、いたって問題起こして欲しくないから絶対やらないで」
「それでも僕は、君の手であり足となることを決めたんだ。なんでも言ってくれ。昨日は本当に済まなかった。僕も調子に乗っていたんだ。おかげで目が覚めたよ。僕が仕えるべきは君だとわかった。だから僕を好きに使ってくれ」
仕えるって、勇者末裔が仕えるって、立場的にどうなわけ?
まあいい。使えるっていうことは、要するにパシリになるってことだよな?
「なんで昨日の今日でそういう話になるわけ?なんもつながってないじゃん」
「昨日言ってたじゃないか。『そう思ってくれるなら、自主的にそういうことはやってくれ』って。だから僕は君の子分になる」
なぜそうなる!と、ツッコミを入れたいのは山々だが、もう既にアッシュの手は俺の持っていたカバンに近づいてきていた。
「持つよ!」
と、俺のカバンに向けて手が飛ぶ。
こうして、俺の仲間に勇者末裔の子分(仮)が加わった。
あれ?ちょい待ち、勇者子分(仮)と魔王(仮)が仲間にって……どういう人間関係を持ったんだ俺は。
(少なくとも、こいつは『今は』勇者じゃないからな)
なにその意味深発言。
少ししたら勇者になんのかこいつも。
(そりゃあどうでしょうね?といか言いようがないが、可能性はゼロじゃない。なんてったってここは剣と魔法の世界。不測の事態は日常茶飯事だぜ?)
何か困ったことあったら『剣と魔法の世界』って言っとけばいいなんて大間違いだからな!
「学食持ってきたよ!」
「お前はいいって言ってんだろうが!」
魔王は何か所構わず話しかけてくるし、勇者末裔子分は気がついたら学食を持ってくる。
今日も学校は……平和です。
今日は10くらい投下予定です




