キャビアン王の素
「次に、主食兼主催の、メインディッシュ(?)の、肉料理です」
俺は、二つの皿を置いた。
「なんと……今のサバがメインの料理ではないのか?これ以上にうまいものがあるとは……私は食事関しては世界一の知識を持っていると思っていたのだが……世界は広いものだな。実に勉強になった」
「こちらが、牛ステーキの寿司、西洋わさび添え。そしてこちらが、ガーリックライスのステーキ丼です」
それぞれを指差しながら、説明を入れる。
「ふむう。……がーりっくらいすというのはなんだ?」
「にんにくをベースに、米や刻んだ野菜などを炒めたものです。にんにくの香りが苦手でしたら、すぐに返しますが?」
実際は、炒める以外にもすることがあるのだが、そこらへんは割愛。
「米を……炒めるだと?米って炒めるものなのか?しかもこのにんにくの香り、いつもなら香りが強く敬遠されがちだが、ここまで食欲をかきたてるような香りに変貌するとは……。もちろん、返さなくていい。絶対に食べる。何がなんでも食べるぞ」
確かにこの世界、チャーハンもないし、ピラフもないしチキンライスもないからなぁ。米を炒めるなんて想像出来ないんだろうな。にんにくに関しても、色々と調整をすれば、ある程度強い香りを抑えたものにできるので、丁度いい香りになるように調節したおかげか、かなり食欲増進の効果を出しているようだ。
キャビアン王はガーリックライスを口に運ぶ。
そして、添えてあったサイコロステーキも一緒に運んだ。
「むむ!これは…!」
キャビアン王はステーキを口に入れた途端、顔色を一気に変えた。
「柔らかい。そしてほのかに甘く、だが肉としての味を損なってはいない。そして何より、このにんにくとの組み合わせが絶妙で、実にうまい!」
キャビアン王は、ガーリックライスを非常に気に入ったらしい。
ガーリックライスにすごい勢いでがっついている。
そんなに急がなくても、逃げたりはしませんよ。と、心の中でつぶやいた。
やはりすごい速さでガーリックライスを食べ終えたキャビン王は、そのまま寿司のほうに手を伸ばした。
「確か、これはスシと言ったな?これはどんな仕掛けが詰まっているのだ?」
「(別に種も仕掛けもないけれど……)これは、米に酢を混ぜ、肉とともに握ったものです」
「米を握る、と、いうことは、にぎりめしのようなものか。だが、にぎりめしに比べると小さく、一口で食べ切れてしまう大きさだ。さらにそこに、酢を加えたというのだから、非常に斬新だ。これまで酢に驚かされてばかりだが、本当に酢には無限の可能性があるのやもしれない……」
キャビアン王は何やらブツブツと言いながら、寿司を口に運んだ。
「ぬう!うう……うまい……美味すぎる。この辛いのはわさびか……辛いのに美味い。なぜなんだ!?下の米は酸味が……酢か?辛さと酸味が程よく混ざって調和している。肉に酢とわさびのアクセントが加わり、より肉の旨みが出てくる。だというのに、米の酸味がほどよく働き、肉特有の重さを打ち消してくれている。料理において、酸味、辛味、臭みは要らないと思っていたが、根幹の食事で何もかもが覆されたな。特にどの料理にも使われていた、酢。まさかこんなにも多くの使い方があるとは……」
あまりにも褒めちぎってくれるので、俺も少し照れる。
はじめは、感じの悪い人だな。と、思っていたが、案外そこまででもなく、根は優しい美食家なんだな。と、思った。
「こんなにも美味い料理を作る料理人。是非とも、是非、是非是非会ってみたい。そこの子供よ。いや、先ほどは悪い言い方をしてしまったな。どうも腹が減ってしまうと機嫌が悪くなってしまう性格でな。えと、名前をなんという?」
唐突にキャビアン王は俺に謝り、そして名前を聞いた。
王様にしてはうい分と腰が低い人だな。と、思ったと同時に、腹が減ると奇岩が悪くなるという性格はいささか厄介なものだな。と、思った。
「あ、名前は、ガリューと言います」
「おお。ガリュー君か。ちなみにガリュー君。この料理を作った料理人は今どこにおられるかな?直接会ってお話がしたいのだが?」
一瞬戸惑う。このまま、俺が作りました!って、いうのはどうも気が引けたと同時に、正直に言ったところで信じてもらえそうな気がしないからだ。
だが、いい言い訳も見つからず、ひとまず事実を話してみる。
「仮に、僕が作ったと言ったら、信じますか?」
俺は質問痛いして質問で返した。
「うむ。そうだな。ガリュー君よ。少し手を見せてくれ」
キャビアン王は言った。
料理を毎日する人特有の、手の荒れ具合などを見ようということだろうか?
特にこの世界では、水質は魔法製だからどうか知らないが、手の荒れを補修する薬のようなものもなく、料理人の手というのは、比較的荒れているのが基本と考えてもおかしくない。
だが、残念なことに、俺は学校に入学してから、毎日料理をするどころか、今日、久々に料理をやった。という状況。
もちろん手が荒れている、なんてことはない。ましては季節は夏。乾燥しているわけでもないので、肌荒れなんて無縁な状況だ。
このままでは信じてまらえないだろう。
と、思った時だった。
「信じよう。君があの奇天烈で素晴らしい料理を作ったんだな?」
「え?」
なぜか、キャビアン王は『信じる』と、言ったのだ。
さらさらピカピカの俺の手を見た上でだ。
「君の手からは、ほのかに酢の香りがする。先ほど、酢飯を握るという話を聞いて、もしかすると少しでも酢の香りが残っているかもしれないと思ってな。まあ理由はそれだけではないが、それが決定的な理由だな」
キャビアン王は言った。
あれ?俺はちゃんと手を洗ったはずなのに。もちろん、石鹸で。そりゃあ現代のものには劣るだろうが、それでも多少は効果のある石鹸がこの学校にもちゃんとあるので、しっかりそれを使って手を洗ったはずだが……?
そう思った俺は、自分の手を鼻に近づけ、匂いを嗅いだ。
が、酢の匂いなんてほとんど感じなかった。微妙にそれっぽい香りはしたが、石鹸の香りと混ざり、それだけで酢と判断するには情報が足りない。
「なぜ匂いがわかった?と、思っているのだろう?私は、昔から鼻が良くてな。微妙な食材の種類までわかるのだ」
言われてみると、食べる前から料理に使っていた食材、調味料をバシバシ当てていた。
これは、常人離れした嗅覚、といったところだろうか?
「ははは。まあこの香りは、私か犬くらいしかわかるまい。で、話は変わるんだが、ガリュー君。君、私の城に来て、料理人をやってくれないか?」
「はい?」
随分とキャビアン王は俺(の作った料理)のことを気に入ったようだ。
唐突な誘いに、思わず問い返してしまった。
「金もやる。望むなら好きなものを与える。なんなら土地の一つくらいあげてもいい。君の作る料理を気に入った。私のための料理人になってくれないか?」
キャビアン王は、まるでプロポーズの言葉を言うかのようにセリフを吐いた。
金、領地、望むもの。全部あげるから。そう言って。
だが、残念ながら金に目がくらむ性格は持ち合わせていない。
俺自身、自分の欲望にまっすぐではあるが、俺の望みは今のところ、魔法や魔術関連の仕事に就くことだ。
最近では、冒険者もいいなと思っている。
大事な人生を、今日知り合ったばかりの王様に捧げるという勇気も、思いもない。
ここはやんわり断っておきたい。
「残念ながら、僕はまだ学校の生徒なので。そのお誘いは残念ですが断らざるををえません。申し訳ありませんが、断らさせていただきます」
俺は、できる限りオブラートに包んで、二重三重にもオブラートをぐるぐる巻きにして言葉を選んでそう言った。
「そうか。それは仕方がない。勉強の方も頑張ってくれ。気が変わったら城に来てくれれば、歓迎する。あと、何か料理をする上で、必要なものがあったら言ってくれ。君の料理の腕をあげる手伝いがしたい。いずれはもっと美味い料理を作ってもらいたいしな」
キャビアン王はそういった。
料理をする上で、何か必要なもの。
具体的に何がいるか?と、言われると、材料が欲しい。
実際、今回こうして料理をしたことで、調味料がないということは、俺にとって致命傷であることが発覚した。
俺の頭の中に入っている、インターネットレシピで、醤油や味噌、出汁、ソースなどを一切を使わない料理なんて、そんなに多くない。
そうするとどうしても、せめて、味噌、醤油といった、大豆系の調味料は欲しいと思った。
なので、大豆と、その他諸々の材料や器具を買うお金は欲しい。
今後日常的に料理をするかどうかは置いておいてだ。
「では一つお願いをしてもいいでしょうか?はるか昔から伝わる、伝説の調味料(大嘘)と言われている、味噌という調味料を作りたいのです。そのためには、幾つかの材料や、お金がいるのです。なので、その分のお金だけいただけないでしょうか?出来上がったら是非王様にも食べていただけるといいです」
「伝説の……調味料?」
ごくり、と、キャビアン王が唾を飲み込んだ。
「そんなものがあるのか?それは是非とも、是非とも食べてみたい。いいだろう。許可する。金塊の一つや二つ分くらいなら出し惜しみしないぞ!何なら金山くらい明渡す程度造作もないことだ!」
ちょっとした爆弾発言を交えながら、話は進む。
金塊はさすがに、それ以上に金山は、躊躇してほしい。むしろそれをもらった俺の方が冷や汗止まらなくなるから。
とはいえ、味噌、醤油に関しての協力が得られたのは非常にラッキーだ。
「ありがとうございます」
ひとまず礼を言う。
そして、心の中でガッツポーズだ。
うまくいけば、味噌、醤油にとどまらず、マヨネーズや、ソースなども作れるのもしれない。
なんという幸運。今日はツイてるな。
まあ、本当は先生にぶつかったところからツイてないけども。
そんなことを考えながら、俺はキャビアン王と握手を交わした。
次の日からは、学校の空き教室の一つが、俺専用の調味料研究室に変わっていた。
どうやら、キャビアン王が先生に言ったらしいのだ。
どれだけあの王には影響力があるんだろうか?なんて考えつつ、ありがたく教室と資金は使わせてもらおうと、そう思った。
将来設計が膨らんだ。
いつもありがとうございます
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