初めての魔法
「ここまでの話を聞いて、何か質問がある人は手をあげてください」
幾つかの学校での生活に関して重要なことを話した上で、先生が俺たちにそう問いかけた。
「はい!」
元気な男の子(イケメン)が真っ先に手をあげた。
「はい、何ですか?ウェルト・シャープナスくん?」
そのイケメンボーイは、名前をシャープナスというらしい(後でわかったことだが、貴族のボンボンらしい)。
「はい!先生の好みの男性はどんな男性ですか?」
「……?」
謎の質問に先生の動きが止まる。先生の顔は、何言ってるのこの子?と、言いたげな表情になっている。
先生の好みって。そりゃあ確かに先生は割と美人ではあるが、好きな男性のタイプなんて聞いたところで、お前なんか相手にされねーよ。
質問したのは6歳前後の美少年。
見た目はそんな感じだが、中身はおっさんなのかもしれない。
案外転生者だったりして。
ませたシャープナス。ませガキならぬませナスだなこいつは。
シャープナスって面倒だし、もうナスでいいや。
「え、えーっと、他に質問がある人はいますか?」
ナスの質問をスルー。
先生は何もなかったかのようにもう一度皆に問いかけた。
もうナス以外の生徒は誰一人手をあげない。
先生は呆れた顔をしてもう一度、
「何ですか、シャープナスくん…」
と、問いかけた。
「はい!先生のこ…」
「次に行きましょうか」
まあそうだろうとは思っていたけれども、と言いたげな、そんな表情を浮かべる先生。
俺もナスには突っ込まざるを得ない。
完全に無視されたナスも、さすがに懲りたのか、もう手をあげたり、発言したりはしなかった。
「はい。では、学校のルールは話したので、次は、魔法について学んでいこうかと思います」
先生が真剣な顔をする。
「真面目に聞いていてくださいね。真面目に話を聞かず、変な質問をしたりする人がいないことを願います」
ちらちらとナスの方を見ながら、先生はそう付け加えた。
♢♢♢♢♢
「魔力とは、魔法を使うたびに使用する、エネルギーです。エネルギーを、魔法を発する個体が強い意志を持って具現化させることが、魔法なのです」
なかなか難しい話が始まった。
この年齢の子たちに通じる話し方しなくていいのか
「と、言っても、よくわからないでしょう。簡単に言えば、魔法とは人々の想像から生み出されるものなのです。火を強く思い、火を手から出すことを想像すれば、手から火を出すことが可能です。あ、絶対に今やらないでくださいよ」
先生は手から火を出した。
「私は今、手から小さな火が出るように想像しています。すると、魔力は、手から放たれて、火に変わるのです」
火を大きくし、さらに小さくする。
さっきとほぼ同じことをやっている。
「先ほど同様、このように大きさを変えるのにもまた、想像力を使う必要があるので、気を抜いてしまうと、大きな火災が起きることもあります。まあ大抵は、水の魔法で相殺しますが」
火を一瞬先生の前にあった机に付けた。当然、机は燃えた。その直後に水を手からだし、机を水で覆った。すぐに机の火は消し止められた。
「こういうことです。これが一般的に魔法と呼ばれるもの。まあ今は私が手からしか出していないだけで、自分の周囲や、体のどこからでも、火や水を始め、風や土などを生み出したり、操ったりすることができるわけです」
先生は目の前で火の玉を生成し、ジャグリングをするようにくるくると回し始めた。
「ですが、魔術となると話が変わってくる」
手を止め、火を消し、先生は再び真面目な顔になった。
「これまでの魔法は、あくまで、生活に欠かせない、一種の生活用品のようなものです。ですが、人によっては、魔術を必要とする職業につく場合があります。冒険者をはじめとした、狩りや討伐を収入源にしている職業が代表例です」
冒険者。父さんの(元)職業でもある。確かに、魔法のような弱っちい威力では、狩りはおろか、自分の命さえ守れるかどうか。
「魔術とは、魔法の進化版のようなものです。より多くの魔力を消費し、より強大な威力を出すためのものです。そのため、人一人の想像力だけでは、力の具現化が非常に難しく、その分、呪文を詠唱することで、その具現化をサポートするのです」
魔術を使うとき、何やらブツブツ言っていたのがこれにあたるわけだな。
「まあ慣れてくると、呪文を唱えないである程度の威力を出すことができる人もいますが、ごく一部。より高い威力の魔術を放ちたいなら、より長く呪文詠唱をする必要があるわけなのです」
すると、先生は、ブツブツと呪文を唱え始めた。
「焼き尽くせ!」
以前にも聞いたことのあるセリフを引き金に、先生の手から、先ほどの数倍のサイズの火の玉が発射された。先ほどの机を一気に包み込んだ炎は、その後先ほど同様に水に包まれて、消えていった。
「短い詠唱をするだけで、これだけ威力に違いが出てきます。それに比例して、自身の消費する魔力も増えることは確かですが」
先生はそう言って、焦げた机を横にどかした。
「魔法と魔術の違いはだいたいわかってくれたと思います。そして、それぞれのメリットデメリット、優れた点、逆に劣っている、まあ不便な点と言えばいいでしょう。それらを解ってくれたことと思います」
「…」
皆先生の話を真剣に聞いている。
俺にとっても詳しい魔法の説明は初めてだったので、結構今興奮している。
若干一名、俺のルームメイトがマイペースに居眠りをしているのは見なかったことにしよう。
「今日から皆には、このうちの、魔法、特に生活に欠かせない、元素魔法を使いこなせるようになってもらいます」
先生は、順に、火、水、氷、土、風、岩、光、闇、を出した。(土は砂のようなもの。岩は石ころ。光は電球のようなもの、闇は、周辺の光を吸い込む何か)
「魔法や、魔術の基礎、それが元素魔法です。細かく分けると様々な種類の元素に分かれますが、大まかに分けると、8つの種に分けられます。特に難しい術式や、想像力を必要とせず、魔力さえあれば子供でも簡単に扱うことのできるものです」
先生は教室の隅にあったバケツのようなものを持ってきた。
そこに水を魔法で張ったかと思うと、その水に手を突っ込んで、数秒その状態をキープした。
徐々に水はぶくぶくと音を立て始めた。
沸騰し始めている。
「水の魔法に、火の魔法を併用させれば、お湯を作ることも可能です。まあ、慣れてくると、水の魔法として水を出す際に既にお湯として生成することも可能になってきますが。まあ、このように、元素魔法を使いこなせることができれば、世の中で生活していく上でほとんど苦労しなくなります」
先生は、そう言いながら、さらに教室の端に置いてあった、積み重なったバケツを全員に配った。
「難しいことなんてありません。まずはそのバケツに水を満タンになるまで貯めてみましょう。水が手から出るようにイメージするんですよ」
先生は、そう言って、自分の目の前にあったバケツに水を注いだ。
そして、ほら。簡単でしょ?と、皆に目配せをした。
「じゃあやってみてください」
皆が一斉にバケツに手をかざし始めた。
皆初めて。初めての魔法。使えるかどうかの不安や、暴発するのではないかという不安よりも、やってみたい、してみたいという好奇心が勝っている人が多そうだ。
俺も遅れを取るわけにはいかない。
俺もバケツに手をかざす。
水…水…水鉄砲?
水を出すというと、水鉄砲がイメージしやすいな。
そう思った俺は、水鉄砲を想像し、手から水鉄砲のように勢いよく水が出ることを想像した。
ーーーープシュッ
水鉄砲のような音とともに、手から水が出てきた。
「すっげえ。本当にできた」
初めての魔法に、少し興奮。声まで出てしまった。
そのままバケツに貯めていこうとするが、どうも水の出がよくない。
これでは時間がかかりそうだ。
もっと一気に水をこう、ドバッと入れたい。
ファイヤボール見たく、球状の、大きな水の玉を作ってそのまま放り投げるか。
手のひらを上に向け、水玉を作る。最初は小さいものを作り、徐々に大きくしていく。
やがてサッカーボールサイズくらいになったところで、膨張を止める。
そういえばこれ、沸騰させたり、こうらせたりできるんだよな。
ふと、そんな考えが頭をよぎった。
ちょっとやってみたいな。
俺は頭の中で、熱によって沸騰する水を思い描いた。
イメージ的にはガスコンロとやかん。俺の手がガスコンロ。水はやかんだ。
すると、ものの数秒で水はお湯に変わった。
ぽこぽこと泡を立てながらも、球状の形を保っている。
今度は冷やしてみよう。
冷気をお湯全体に、包み込むようなイメージで。
そうすると、やはり数秒で、お湯は冷え、徐々に凍っていった。
すごいな。冷凍庫でもこんなに早く氷は作れないぞ。
こりゃあ科学いらないかもしれねえな。
冷蔵庫など過去の産物だわ!はっはっは!
なんて考えながら、凍った球体をまた熱するようにイメージして溶かす。
そしてバケツにそのまま投げ入れる。
見事にバケツは水でいっぱいになった。
どうやら、初めての魔法は、うまくいったようだ。
やっと異世界らしく主人公も魔法使います!
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