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王宮襲撃の日

 三人の行方が分からないまま、その日はやってきた。

 デイビスはあまり眠れないまま、夜明けを迎えた。

 今日は雨が降るのだろうか。湿気を含んだ朝の空気は冷たく、普段は忘れてしまっている古傷が痛む。起き抜けは関節が思うように動かない日もたまにある。

 デイビスは自分の歳を数えると、肉体の衰えは仕方のないことだと諦めてそろそろと身を起こす。

 自分が五十二ということは、妻は五十四になったのか。

 騎士の娘である妻は出会ったときから気が強く、結婚して三十年以上経つ今でも口喧嘩が絶えない。強い女なのだ。

 彼女は今このときも、弱ってきた心臓を抱えて息子の忘れ形見を守っているに違いない。早く、見つけてやらなければ。

 デイビスは床に置いた革靴に足を突っ込んで、紐をきつく縛った。

 何やら騒ぎが聞こえて目が覚めたと思ったが、あれは夢だっただろうか。

 耳をすますと、やはり何か聞こえる。

 大声ではない。ただ、大人数が動いている。

 何事かが起きているのか?

 騎士団の主力が留守の間に王宮に何かあっては事であると、城内にある騎士団長室に泊まって正解だった。城下の自宅に帰っていたら、この騒ぎには気づけなかった。

 デイビスは鎖帷子と上着(シクラス)を着込むと、剣を掴んで騎士団長室を出た。

 喧騒は王族の住まいに向かっている。少しずつ、人の声も混ざってきた。

 こっちだ。急げ。国王の寝室。王子の。

 これはなんだ。何が起こっている。

 聞こえてくる声は、王族を護りに行くものではない。害意を持つ者が国王を狙っている。

 デイビスは半信半疑で様子を伺いながら歩いていた足を一気に早めた。

「大隊長! 何者かが城に押し入ったようです!」

 夜の間中警備に立っていた騎士が、割り当てられた場所を放棄して王城に集まっている。

「何故ここまで侵入を許した!」

「分かりません! 城門は閉じたままです。森にも異変はありません。突然城内に現れたんです!」

 どういうことだ。

 事態が把握できないまま走るデイビス達の前に、甲冑を着た騎士が姿を見せた。その外套は騎士団のものではない。賊だ。

 数は見えるだけで十以上。まだ増えてきている。デイビス達に気づいて集まってきているのだ。

 騎士団長室のある貴族棟は王城の一部ではあるが、実際に王族が暮らす中心部からは離れている。

 この賊を突破しなくては、王の元に参じることはできない。

 味方の騎士も集まってきている。時間差があるのは、警備の担当場所が近い順から到着しているせいだろう。

「突破するぞ! 後に続け!」

 デイビスの配下は心得て、広い廊下にデイビスを先端とする細長い矢印の形に並んだ。

 相手は甲冑だ。デイビスは抜いた剣を鞘に戻すと、手始めに敵の槍を一本奪い取った。

 敵陣の中心に無理矢理突っ込み、道を作る。斜め後ろの騎士が遅れないようついて来る。

「大隊長に続け! てかデイビス様先頭代わります! あんたいっつも団長に大将は後ろだっつってるでしょうが!」

「うるせえ! 小僧共黙ってついて来い!」



 王宮に住む者は、毎朝鐘の音で目覚める。城下にまで聞こえるその音は王宮内にいる者には不必要なくらいに大きく、前日に深酒でもしていなければ、寝過ごす心配はまずない。

 その鐘の音が響く前に、エイミーは目を覚ました。

 自分は何故こんなに早く目覚めたのだろうと少し不思議に思ったところで、部屋の扉が開いた。

「……お姉ちゃん、何か聞こえなかった?」

「よく分かんない。なんだろ」

 ふたりで首を傾げていると、母のミリーが廊下に出て来た。寝惚け眼の娘と違い、すでに服を着ている。

「早く身支度をして。急ぎなさい!」

 エイミーとケイシーは慌てて母の指示に従った。

 外から、何者かが争う音が聞こえる。近くではないが人数が多いため、怒号がここまで届いたのだ。個人の喧嘩ではあり得ない規模だ。

 王宮が襲撃されているのだ。

 姉妹が防寒用の外套まで纏って階下に降りると、母は地下の貯蔵庫から食料を出して袋に詰めているところだった。

「母さん」

「城門はもう駄目よ。兵士がいる。食料を持って官舎まで走るの」

「大丈夫なの? 途中で見つからない?」

「他に方法はないわ。家に隠れてて、押し入られたらおしまいよ。騎士団に助けてもらうしかないの」

 ここは今戦場なのか。まさか王宮が。

 ミリーは娘ふたりに麻袋を渡すと、玄関の扉を少しだけ開けて外の様子を伺った。外には、同じ長屋に住む騎士家族の姿しかなかった。

 国境に向かって留守にしている騎士が多いなか、ひとりだけ長屋に残っていた小隊長がいた。みなで彼の指示に従って、騒ぐことなく官舎まで走った。

 脚の悪い老女は小隊長が背負って走った。エイミーとケイシーは一番後ろを走る彼の前を走る。

 もし敵に気づかれたら、彼しか戦える者がいない。そのときはエイミーが老女を背負うしかないと思ったのだ。

 幸い、と言ってはいけないのだろう。王宮を襲っている賊は城門を塞ぐ者の他は、ほとんどが城に集中している。怯え惑う人々には目もくれず、自分の割り当てられた仕事をしているように見えた。

 賊には、不思議なくらいに迷いがない。まるであらかじめどこに何があるかを知っているかのようだ。

 官舎に逃げ込むと、先に到着していた長屋の住人が二階で身を寄せ合っていた。

 従騎士と従者とで、避難して来た人々を中に誘導している。騎士は数人しか見当たらない。

 逃げて来たエイミー達の守りだけ残して、大半の騎士は王城に向かったのだ。

 エイミーは防寒布をそっとずらし、木窓を小さく開けた。

 官舎を囲む兵はいない。一般人には構わず、ただ王城を攻めることだけに集中しているようだ。

 離れた場所にある王族の居住区から、大勢が戦っている音と声がする。

 ここは今、戦場なのだ。


 どれだけ時間が経ったか分からない。怒号が止み、王宮に静寂が戻ってきた。

 敵を追い出せたのか。そう思いたいけれど、きっとその逆だ。

 王宮に残った騎士の数は少ない。でもそれで充分だったはずなのだ。例え王宮が攻められることがあったとしても、城門を閉じてしまえば敵は入って来れない。

 有事の際には国境の主戦力が帰ってくるまで籠城するだけなのだから、残った人数で王宮を守ることは可能だったはずだ。

 けれどそれは逆を言えば、城内まで進入されてしまえば、抵抗できるだけの戦力はないということだ。

 官舎の中から王城を窺い知ることはできないが、風に乗って届いた敵の勢いは、楽観視するには大きすぎた。

 官舎内に、啜り泣く声が広がった。

 エイミーは一度溢れかけた涙を袖でぬぐった。

 騎士団長の家族はここにいない。安全なホークラムにいるはずだ。

 であれば、副団長の妻子であるスミス家の人間が、この場で泣いているわけにはいかない。

 エイミーは同じように唇を噛み締めている妹と手を繋いで、母の姿を探した。

 ミリーは階下で年嵩の夫人達と一緒に、官舎の責任者として残っていた小隊長と話をしていた。

 彼女は娘ふたりに気づくと、まずは抱き締めてその背を撫でた。

「そんなに唇を噛まないで。きっと今から、王城から怪我人が戻ってくるわ。小さい騎士さん方は、手当ての道具の場所を教えてちょうだい。わたし達は厨房で朝食の用意をするから、エイミーとケイシーは若いお嬢さんをまとめて手当てをして差し上げて」

「あの連中、若い娘に手当てされたら傷の治りが早くなるらしいからね!」

「それうちの旦那も言ってたよ。それ以来包帯の交換をしてやるのをやめてやった」

 夫人達の明るい笑い声に、エイミーとケイシ―は少しだけ表情を緩めた。

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