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万象のアルカディア  作者: 藤崎悠貴
アルカディア
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アルカディア 4

  4


「それにしても、ほんっと、おっきい国だねー。いままで見たなかでいちばんおっきいかも」

「たしかに、いちばん栄えてる感じはあるけどね」

「わ、あれかわいいー」


 ――グランデル王国に到着して四日目。


 いままで宿で待機していた大輔たち四人だったが、四日目になってようやく王への謁見が許され、大輔は早朝からアンブロシアに連れられて城へと向かっていた。


 燿、紫、泉の三人も謁見を許されていたが、会っても大して話があるわけでもないし、堅苦しいのは苦手だし、ということで、大輔が城に行っているあいだ、三人は城下町でウィンドウショッピングとしゃれこんでいた。


 いままでの町は、正直買い物を楽しめるほどの規模ではなかった。唯一ロスタムで買い物したことはあったが、それも諸事情あって中断してしまったし、新世界へきてから一年余り、事実上はじめて三人は気楽に買い物することを許されたのだ。


 それには、このグランデル王国は最適だった。もともと経済的に発展している国でもあり、娯楽の数は多く、人間的に豊かな生活を送ることができる。加えていまは各国から革命軍に追われた人間が集まっていることでより経済運動が活発になり、どの店にも商品がずらりと並んでいた。


「やっぱり、おんなじ新世界でもいろんな国があるもんね」


 紫はゆるやかな円を描いている大通りを歩きながら、あたりを見回す。


「ロスタムでは和服みたいな衣装がほとんどだったけど、このあたりは洋服に近いし。ほら、あのひとシルクハットかぶってる」

「ほんとだ、かっこいー」

「ねえ見て、あれ宝石屋さんみたいだよ」


 泉がとことことショーウィンドウに駆け寄る。そこはたしかに宝石店のようで、ショーウィンドウの向こうには透明や赤色、鮮やかな青色など、様々な色や形の宝石が陳列されていた。宝石は複雑に削られ、光の反射を計算して作られていて、泉は思わずため息を洩らす。それを後ろから見ていた紫はぽつりと、


「泉、いま悪い顔してるわよ」

「え、え、そ、そんな顔してないよっ」

「いや、してたしてた。どうやってこの宝石を奪ってやろうかって顔してたもん」

「し、してないったら!」


 どうかなあ、と紫はにやにやと笑う。泉は唇を尖らせて否定するが、そのすねた顔が見たくて言っている紫だから、むしろそれは逆効果だった。


 一方、どうやら燿は宝石には興味がないらしい。視線は宝石店より先、甲冑や鋭い剣などが飾ってある鍛冶屋に向けられていた。


 まるで吸い寄せられるように燿はその店へ近づいていく。そして白銀の鎧に写り込んだ自分の顔を見て、ははあ、と意味不明のため息をつく。泉と紫もその後ろに追いついてきたが、今度はふたりが武器や防具には興味もないらしく、さっそく飽きたように視線を彷徨わせていた。


「ね、見て、この武器格好いい!」

「えー、そう? なんかダサくない?」

「ダサいのがいいんだよっ。ほら見て、ここ、ジグザグになってるの」

「なってるけど、なんか意味あるの?」

「格好いいじゃん!」

「いやだからダサいじゃん」

「だからダサさが格好いいんだって。いずみんは格好いいと思うよね?」

「え?」

「見るからにダサいでしょ、これ。ねえ、泉」

「へ?」

「格好いいってば」

「ダサいって」

「あ、あの、けんかはやめようよ。あ、あ、見て! あっちにかわいい服が売ってるよ、見に行こうよ」

「あ、ほんとだ。行こ行こ」


 燿と紫は言い争っていたのが嘘のように並んで歩き出す。泉はふうと汗を拭い、自分もとことことついていこうとして、不意に足を止めた。


 燿と紫が歩き出したのは前方である。しかし大通りを挟んで向かいにも店があり、どうやらそこは花屋のようで、いまも一組の男女が店先に立っていた。


 年はどちらも四十を過ぎているだろう。しかしふたりともなんとなく若々しい雰囲気をまとい、花屋の店先でなにをしているかといえば、男のほうが一輪の赤い花を女のほうに渡しているのだった。


 なんとなく、じっと見つめてはいけないような甘ったるい雰囲気である。しかし泉は足を止め、その方向をじっと見つめていた。


 なにか、見覚えがある男女のような気がするのだ。


 とっさに思い当たる人間はいない。しかしまったく初対面でないことはたしかで、頭の片隅でなにかが引っかかる。なんだろう、と首をかしげ、さらにしげしげと男女を眺めて、やはり思い出せずに首の角度だけが増していく。


 先を歩くふたりも、泉がついてこないことにふと気づいた。振り返り、戻ってくる。


「どうしたの、いずみん?」

「ううん……あのひとたち、なんとなく見覚えがある気がして」

「どれどれ」

「あの、お花屋さんの前にいる――あ」


 思い出した。

 というより、気づかされたのだ。

 燿の顔からそのふたりに視線を流した瞬間、いままで繋がらなかったものがぴんと繋がって、ひとつの線となる。


「あ、あれ、燿ちゃんのおじさんとおばさん!」



  *



 城の入り口には厳しい門番が三人立っていたが、アンブロシアを見ると揃って敬礼で出迎えた。アンブロシアも敬礼を返し、そのあいだを抜ける。大輔はなんとなく肩身が狭いような思いで門を抜け、その奥にあるホールへと入った。


 天井がぐんと高い。足元には赤い絨毯が敷いてある。どうやら町の外からでも見えた尖塔のひとつらしく、どうやって建てたものか、ひたすら高い天井は天の果てで細くなって合流している。そしてその天井に、見上げていると目眩を起こしそうな円の模様が描かれていた。


 大輔はくらりときた頭を押さえ、視線を下ろして、さらに奥へと向かうアンブロシアの後ろについていく。


「すごい城だなあ、ここは」


 旅の仲間として気心も知れているアンブロシアの背中に言いながら、大理石らしい階段を上がった。アンブロシアはすこし振り返って、


「城はもちろん、町自体も歴史あるものですから、観光するだけでも時間が必要ですよ」

「たしかに。この三日くらいでゆっくり観光すりゃよかったな」


 王への謁見がいつになるかわからず、宿で待機していたという事情はあるにせよ、町のなかくらいなら観光することもできただろう。たしかにこの円形をした不思議な町には興味がある、と大輔はうなずきつつ、なかなか観光する機会を与えられないであろう城のなかも見回している。


 大理石の階段を上がって二階に到着すると、比較的狭くちいさな廊下に出る。しかし赤い絨毯は相変わらず続いていて、城のなかでだれともすれ違わないせいか、さすがに城らしい厳粛な雰囲気があった。


「アンブロシアは、昔から兵士だったのか?」

「はい。わたしの父もそうでしたから」

「へえ――この国じゃ女のひとが兵士になるのも珍しくはないのかな」

「いえ、たぶん珍しいことだと思います――わたしは自分で志願して兵士になったんです。そもそもこの国は、経済的にはともかく、軍事的に大きな国ではありませんでしたから、このようなことが起こるまでは兵士もほとんどいなかったんですよ。なにかあれば傭兵を雇うという形がほとんどで、この国の兵士と呼べるものはほとんど」

「ははあ、なるほど」


 この新世界においては、それも決して珍しくはない。そもそも自国専門の兵士を常に持っているという国のほうがすくなく、せいぜい軍事大国のカイゼルくらいのものだろう。それ以外の国は必要以外のときは兵士など持たず、戦争をするとなってから市民が武装して兵士となるのだ。


 グランデル王国はおそらく、経済のために兵力という考えを捨てたのだろう。兵役の義務もなく、必要となったら金で傭兵を雇う。そうすることで国の安全と経済的発展を守ってきたが、革命軍が現れてからはそうもいかなくなった、というわけだ。


「それで世界中から戦える人材を集めてるってことだな」

「はい――とくに魔法使い、異世界人の協力を多く仰いでいます。なんといっても魔法が使える以上、普通の兵士よりもはるかに強い戦力となりますから」

「ってことは、この国にはぼくたち以外の魔法使いも大勢いるのか?」

「だいだい二百人ほど」

「そんなに――」


 しかし考えてみれば、それも当然といえば当然だ。


 大輔たちがそうだったように、叶が新世界と地球をつなぐ扉を破壊したとき、この新世界に取り残されてしまった地球人は大勢いるはずなのだ。彼らは、はじめはそれぞれに生きていたのだろうが、革命軍の出現などによって協力し合う必要を感じ、結果的にここに集合したのかもしれない。


「二百人もいれば、知り合いのひとりやふたりいるかもしれないなあ……」

「そちらの方々ともあとでお会いいただくことになると思います。同じ部隊として戦っていただくわけですから」

「うん――」


 アンブロシアがぴたりと立ち止まる。

 大きな扉の前だが、その扉ははじめから開かれていて、赤い絨毯が室内へ続いているのが見えた。


「クロノスさま、大輔さまをお連れいたしました」


 アンブロシアがその場にひざまずくと、部屋のなかから「おう」と気楽な返事が返ってきた。


「入ってくれ――堅苦しい挨拶は二十年後くらいでいいからよ」

「そりゃまたずいぶん先の話だなあ……」


 大輔はぽつりと言いつつ、アンブロシアの後ろに続いて部屋に入る。


 もともと大輔は、この国の国王がどんな人間なのか知っている。あの料理屋で会っているのだ。しかし国王のほうは自分を知らないままだろうと思いながら、にやりと笑って顔を上げると、案の定王座に座った無精髭の男はあっと叫んで立ち上がった。


「アンブロシアが連れてきた魔法使いってのは、おまえか!」

「いやあ、三日ぶりかな。どうも」

「だ、大輔さん、陛下をご存じなんですか?」

「ご存じっていうか、まあ、ちょっとね。いろいろと」


 驚くアンブロシアを尻目に、国王は大きな笑い声を響かせる。


「そうかそうか、おまえか――こいつは傑作だな。また変な偶然もあったもんだ」

「ぼくもそう思うよ。まさか国王が普通の料理屋で飯を食ってるとはね」

「ははは、まあ、そういうこともあるさ。しかしこうなったら気心も知れたもんだ。堅苦しい挨拶はいよいよなしにしようや。アンブロシア、ご苦労だった。もう下がってもいいぞ」

「は、はい――では」


 アンブロシアは一瞬大輔に視線を向け、下がっていた。その一瞬の視線は、国王に失礼がないようにという意味か、あるいは別の意味が含まれているのか――。


 アンブロシアが立ち去ると、国王は王座から立ち上がり、自ら赤い絨毯の上にどかりと座った。そしてその対面を、大輔に勧める。王座に座って話すのではなく、共に床に座って打ち明けた話をしようという身振りである。大輔もそれに従い、ふかふかとした絨毯の上に腰を下ろした。


 そして、正面から改めてその男を見る。


 身なりはもちろん、料理屋で見たときよりもはるかに上質なものをまとっている。しかし雰囲気までは変わらず、無精髭に眠たげな目つき、飄々とした掴みどころのない人間、という印象も変わらなかった。


 ただ、その瞳には情熱がある。それだけははっきりと見てとれる。そしてその情熱は、実行する決意を含んだものだった。


「そういえば、まだ名乗ってなかったかな」


 王はそう言ってにやりと笑った。


「おれの名はクロノス。一応、このグランデル王国の王ってことになってる」

「それはそれは。料理屋では失礼いたしました」

「なに、苦しゅうない」


 ふふんと笑い、クロノスはあごをしゃくる。


「おまえはなんて名前だったか」

「大輔だ。大湊大輔」

「そうだ、大輔――いや、料理屋で会ったおまえがアンブロシアに連れられてきた魔法使いだとは思いもしなかった。でもまあ、ただの旅人じゃねえってことはわかってたがな。普通、旅人ってのはもっと謙虚なもんだぜ」

「そうかな? この大天才が謙虚になる理由なんかひとつもないと思うけど」

「はは、大天才か。アンブロシアもそこを褒めてたが、おれにはまだいまいちわからねえな。ま、それはあとでいいとして、まずおまえに聞いておきたいことがある」

「聞いておきたいこと?」


 クロノスはすこし前かがみになり、声を潜めるようにして言った。


「おれたちは革命軍を倒すために兵士を集めてる。それでひとつ戦争をやろうってことだ。おまえは、おれたちに協力するか?」


 敵か、味方か。

 クロノスはそう聞いているのだ。

 大輔は視線は外さなかったが、すぐに答えることもなかった。


「――いまの時点では、どっちとも言えないな」


 ようやく、それだけ言う。クロノスは納得したように息をつき、うなずいた。


「ぼくたちはもともと、革命軍の敵だ。それはまあいろいろ事情があってのことなんだけど、どっちにせよぼくは革命軍とは戦わなきゃいけないと思ってる。だから、ぼくたちだけが戦うなら、いいんだ。もっと言えば、ぼくひとりだけが革命軍と戦うなら」

「ふむ、なるほど――仲間の面倒までは見られないってことか」

「いや、そうじゃない。なんて言えばいいのかな――ぼくは、魔法使いだ。だからこそ、この新世界の人間たちを使って戦うことは、あんまりしたくない」

「ほう、そいつはおかしな話だ。革命軍ってのはもともとこっちの世界の問題だろ。それで言えば、異世界人こそ無関係に思えるが」

「革命軍の兵士はほとんどが新世界の人間だけど、革命軍を率いているのは新世界の人間じゃない。地球の、異世界の人間なんだ。だからこれはぼくたちの問題でもある」

「異世界の――そうなのか。でも、言われてみりゃそうだな、魔法使いでもなけりゃあれだけ好き放題にはできねえか」

「だからまあ、ぼくは革命軍と個人的な因縁もあるし、戦うよ。きみたちも戦うなら、協力は惜しまない」

「わかった。敵じゃねえってことさえわかりゃいいさ」

「魔法使いは、まだ大勢いるんだろ?」

「ああ、二百人くらいかな――もともとこの国にいた人間もいるし、革命軍から逃げてきた人間もいる。なんにせよ、みんなわかってるんだ、もう戦わなけりゃどうにもならねえってことは」


 戦わなければどうにもならない――まさにそのとおりだと大輔もうなずく。


 戦わずになんとか済ませるという選択肢は、もうないのだ。革命軍はこうしているあいだにも迫ってくる。そこから逃げるにしても、もはや世界中に安全な場所などただのひとつもないのである。


 いまやだれもがそのことを知っている。


 いまこそ戦わなければならないときだとだれもが理解しているからこそ、グランデル王国には続々と戦う意志を持った者たちが集まってくるのだ。


「で、だ」


 クロノスはずっと膝を寄せる。


「率直に言って、いま革命軍と戦い、おれたちは勝てると思うか?」

「む――さっきから答えづらいような質問ばっかりだ」

「そりゃそうさ、聞く前から答えがわかるような質問をしても意味ねえだろ」

「まあね――そうだな、率直に言えば、いま革命軍と戦っても、ぼくたち、っていうのは魔法使いが二百人と二十万程度の戦力ってことだけど、それだけの戦力でも勝ち目はない」


 ぴしゃりと言い切る。


 それがクロノスの怒りを買うかといえば、むしろその反対だった。


 クロノスはにやりと笑い、白い歯を覗かせる。


「なんで勝てねえと思う?」

「単純に戦力不足だ。魔法使いが二百人いるといっても、革命軍にもやっぱり魔法使いはいるだろう。それに魔法使いは個々の能力が大きく異る。言ってみれば、よくできる魔法使いとそうでない魔法使いの差が大きいんだ。優秀な魔法使いだけを二百人集めたのならまだしも、そうでないなら、むしろ戦力は低く見たほうがいい。そのなかでぼくは革命軍のなかでとてつもなく優秀な魔法使いをふたり知ってる」

「たったふたり?」

「でも、そのふたりがいれば――まあ、正確にはそのうちのひとりがいれば、だけど、二十万だろうが三十万だろうが蹴散らしてしまえる」


 さすがにクロノスは表情を消した。


「おいおい、そりゃあねえだろう。たったひとりやふたりの魔法使いに二十万の兵士が負けるって?」

「そう、普通にやり合えば勝てる可能性はまったくない。すべての魔法使いがそれだけ強い力を持ってるわけじゃないんだ。そのふたりが特別なんだよ」

「ふむ――どんなやつだ?」

「ひとりはベロニカって名前の女の子だ。まだ若いけど、魔法使いとしての能力はとても高い。もうひとりは――大湊叶っていうんだけど」

「大湊?」

「ああ、そうだな、予め言っておいたほうがいいか――大湊叶は、ぼくの姉だ」


 ほう、とクロノスはうなり、腕を組んだ。しかし次の大輔の言葉に目を丸くする。


「それから、彼女は革命軍を指揮している」

「革命軍を指揮って、そりゃあ――」

「そもそも革命軍を作ったのは大湊叶だ。いまの革命軍はすべてやつの指示のもとで動いてる。まあ、今回の黒幕だと思って間違いないだろうね」

「黒幕――そうか、そんなやつがいたとはな。てっきりおれは、革命軍を指揮してるのはどこぞの兵隊崩れだと思ってたが」


 クロノスは腕を組んだまま、じっと押し黙った。その頭のなかでは様々なことが浮かんでは消えているにちがいない。それは、いままでの自分の思い違いを現実的に修正する作業だった。やがてそれを終えたクロノスは、わずかに表情を改めている。


「つまり、現実的にいまのままで革命軍に勝てる可能性はほとんどないと考えていいわけだな」

「そういうことになるだろう」

「その大湊叶ってやつは、強いのか」

「強い」


 大輔は苦々しげな顔で断言した。


「下手をすれば、やつひとりでもこの世界を滅ぼせるくらいだ。二十万か三十万の兵くらいなら、文字どおりやつひとりで充分だろう。彼女がすべての兵士を一掃したあと、革命軍の兵士たちはゆっくりやってきてただこの町を占領すればいい」

「ふむ――桁違いってことだな。そんなやつが相手なら、はなっから勝てるわけねえ」

「でも、負けが決まってるわけでもないんだ」

「そんな化物じみたやつに勝つ方法があるのか?」

「勝つっていうよりは、負けない可能性ってだけだけど――やつは、とにかく気まぐれなんだよ」

「気まぐれ?」


 大輔は頭を掻きながらうなずく。


「弟のぼくでもなにを考えているのかまったくわからない。いや、たぶん、なんにも考えてないんだろうけど。だから、もしかしたらやつ本人は戦わないかもしれない。だとしたらこっちにも充分勝つ可能性は出てくる。もしやつが出てきたら、それこそ逃げる以外に方法はないけど」


 逃げたところで逃げきれるかどうかはまた別の問題だが、とにかく大輔はそれだけ言ってクロノスの反応を窺った。


 クロノスは再びじっと考え込み、ぽつりと言う。


「いったいなんの目的で革命軍なんてものを作ったんだ?」

「さあ――そのへんはぼくにもわからないんだよ。なんでも、ナウシカってもんを探してるらしいけどね」

「ナウシカ? なんだ、それ」

「ぼくにもさっぱりだ。古いものらしいのはたしかなんだけど、どんなものなのか、なんのためにやつが探しているのかもわからない」

「ふむ……とにかく、いままで考えてた作戦は全部改める必要があるな。大輔、やっぱり一度ほかの人間たちにも会ってみてくれ。いろいろ話を聞きたいし、提案もほしい」

「ああ、わかったよ」

「しかし、遅いな」


 クロノスはふと顔を上げ、あたりを見回した。


「もうきてもいいころなんだが」

「なにか待ってるのか?」

「ああ、いまのところ魔法部隊を取り仕切ることになってる男を呼んであるんだ。おまえと顔を合わせてもらおうと思ってな。でもなかなか――お、噂をすれば、きたか」


 外から、こつこつと足音が聞こえていた。


 ひとつの足音ではなく、いくつかの足音と、賑やかな話し声だ。男をひとり呼んだだけのはずだが、とクロノスは首をかしげ、大輔も部屋の入り口を振り返っている。


 やがて兵士に伴われてやってきた集団に、大輔はげっと声を上げて立ち上がった。


「な、なんでおまえらがいるんだ?」

「やっほー、せんせー!」


 やってきたのは賑やかな五人組で、うちふたりは中年の男女だったが、残りの三人は大輔もよく知っている少女たち三人だった。

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