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万象のアルカディア  作者: 藤崎悠貴
修道院にて
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修道院にて 16

  16


 主戦場は中庭だった。


 きれいに手入れされた土や薬草のたぐいは無残に踏み荒らされ、ひっくり返り、根が空を向いている。


 四体の鎧兵はベロニカを守るような陣形を決して崩そうとはせず、ベロニカが動けば四体も動き、前に出るのはほんの一瞬で、その一撃を終えるとすぐベロニカのそばに戻って再び防御を固めるような状況だった。


 そうした戦法を取られる以上、攻撃する修道女たちもなかなか手が出せない。

 それよりむしろ、相手の攻撃を回避なり防御なりするだけで精いっぱいだった。


 なにしろ、鎧兵たちは二メートル近い大剣を持っている。

 そして人間には必ずあるリーチというものがない。

 剣だけでも自由自在に飛び回り、真上からでも足元からでも襲いかかってくるのだ。

 それを回避なり防御なりすることは至難の業であり、もともとリーチの違いで戦うことを訓練していた修道女たちは、いままでの訓練がなにも通じない実戦に戸惑い、そうしているうちに怪我を負って後ろへ下がるということを繰り返していた。


「あなたたちの実力は所詮こんなもんなのよ」


 ベロニカは修道女たちを見回しながら言った。


「昨日、偽物の革命軍が攻めてきて、それを追い返したからって自信をつけていたかもしれないけど、そんなものは雑魚相手にしか効かない。あなたたちが革命軍に対抗できるなんて夢のまた夢よ」


 修道女のひとりはぐっと唇を噛みしめる。

 それはまるで、マグノリア修道院そのものを、そして棒術で自衛することを教えた院長のグロリアを侮辱されたように感じられたのだ。


「ただ破壊するだけの革命軍になにがわかるの!」


 ひとりが前に飛び出す。

 ほかの修道女たちが制するひまもなかった。

 若い修道女は土を蹴り上げ、あっという間に鎧兵の一体に近づいた。


 鎧兵が反応し、宙に浮かんだ剣が、豪腕で振るわれたようにぶんと宙を薙ぐ。

 修道女は長い棒を縦に構えて防ごうとしたが、豪剣は太い棒でさえ一刀両断し、そのまま峰で修道女を吹き飛ばした。


 修道女の身体がまるで紙くずのように宙を舞う。

 そして荒らされた中庭に転がり、土まみれになりながらも修道女はすぐに立ち上がって、再び鎧兵に距離を詰めた。


 今度は先ほどよりも早い。

 鎧兵が振るった剣の下をくぐり抜け、一気に懐へ飛び込む。


「やあっ!」


 一刀両断され、ふたつになった棒を両手に抱えて、身体ごと突っ込んだ。


 ぎん、と深い音が響く。

 修道女の動きが止まり、鎧兵の動きもまたぴたりと止まった。


 捨て身で突っ込んだ衝撃は決してちいさくはない。

 それはあたりに響いた音を聞いても明らかで、人間ならひっくり返っているか、一撃で打ち倒されてもおかしくない衝撃だった。


 修道女は固く重たい感触に顔を上げた。

 その視線に、鎧兵の奥、ベロニカが映り込む。


 ベロニカはにっと笑った。

 その瞬間、修道女の身体は再び吹き飛ばされていた。

 強い衝撃にも微動だにしなかった鎧兵が硬い具足で修道女の身体を蹴り上げたのだ。


 修道女は、今度は背中を強く打ちつけ、呼吸ができなくなり、そのまま捨てられた人形のように横たわった。

 周囲にも修道女はいたが、ベロニカとの距離があまりに近すぎて、だれも助けに向かえない。

 まるでそれをあざ笑うかのようにベロニカはゆっくりと倒れた修道女と距離を詰めていった。


「力の差は明らかね。だれもあたしには敵わない。結局、いくら修道女が戦いを気取ったって、そんなものはままごとでしかないんだよ。同じ女でも、あたしとはぜんぜんちがう」

「果たしてそうかな」


 この場には意外な声だった。


 そこにいただれもがその声を意外に思ったが、なぜ意外に思うのかとっさに気づいた人間はすくなく、ほとんどはベロニカの後ろからゆっくりと現れた人影を見てからあっと声を上げる。


 ベロニカも、まったく予想していなかったのようにその人影を振り返った。


「――なんで男がこんなところに?」

「ふふん、ヒーローってのはこうやって格好よく登場するものだからだ!」


 現れた白いフードを着た男は――そう、男なのだ――にたりとして、まったく無警戒と思えるほど簡単に鎧兵の前を横切った。


 ベロニカの指示がないせいか、鎧兵も動こうとはしない。

 そのあいだに男は平然とベロニカの前を通り過ぎ、土の上に倒れている修道女を両腕に抱えた。


「大丈夫、呼吸はしっかりしてる。衝撃で意識を失っただけだろうから、向こうに寝かせてあげるといい」

「は、はい――」


 大輔はほかの修道女たちにその身体を預けると、くるりと振り返ってベロニカを見た。


「――あんた、何者? なんでこの修道院に男がいるわけ?」

「それはまあ、いろいろと事情があるのだ、放っておいてくれ」

「しかも、なに女もののローブなんか着てんの。超絶気持ち悪いんだけど」

「ぐっ――お、おまえはあれだな、噂に聞くいまどきの若者だな。それにしても――ずいぶん変な魔法だな。さすが魔術師だけある」


 ベロニカの眉がぴくりと動く。


「なんであたしが魔術師って知ってるわけ?」

「ん、ああ、まあ、ぼくは天才だから、知らないことなんかなにもないんだ」


 軽口を叩きながら、大輔はベロニカがつれている鎧兵をしげしげと眺めた。

 どういう仕組みで動いているのか、その仕組みに欠陥はないのか、と考えているのだ。

 ベロニカもそれを理解し、欠陥などないと考えているから、堂々と胸を張って大輔の視線もそのままにしている。


 鎧兵は、もちろん内側には生身の人間はいない。

 見えなくなっているだけかとも考えたが、そうではなく、本当にだれもいないのだ。

 それは動きを見ても明らかで、剣は人間の腕の長さを超えた場所にまで届いていたし、鎧そのものの動きも人間を超えている。


「ふむふむ、なるほど――」

「じっくり観察して、なにかわかった?」


 大輔はにやりとして答えた。


「ああ、きみをこてんぱんにやっつける方法が浮かんだよ」

「さっきから口だけ立派ね。本当にできるやつなのかどうか、確かめてやる」


 ベロニカの指示を受けたのか、鎧兵がかすかに動いた。

 大輔を敵と認識し、排除するという仕事を与えられたのだ。

 それは言葉による指示でも、手振りによる指示でもなかった。

 そうした敵の動きひとつひとつが、勝利のための貴重な手がかりになる。


 鎧兵が大輔に近づく。

 大輔はそれを真正面から見据え、不意にばっと片手を突き出した。


 なにかの攻撃か、とベロニカが身構える。

 しかし大輔は手のひらをベロニカに向けただけで、そこからなにかが出てくるわけでもないし、なにかの準備というわけでもないようだった。


 ただ、手のひらを向け、止まれ、と指示しただけである。

 それで一瞬、ベロニカと鎧兵の動きが止まった。その一瞬のうちに、


「せんせい!」

「こんなところにいたんですか」

「わっ、な、なにあれ、なんか動いてるよ――」

「お、きたかおまえら、ナイスタイミングだ。間に合わなかったらぼこぼこにやられるところだった」


 修道女たちをかき分け、燿、紫、泉の三人が大輔のすぐ後ろまで駆けてきた。


 三人は、中庭の騒ぎには気づいていたが、まずは大輔と合流しなければということで修道院内を探していたのだが、いくつか部屋を探してふと中庭を見るとなぜか大輔が立っていて、慌ててやってきたのだ。


 大輔の後ろに三人が並び、さっそくベロニカを敵と認識して身構える。


「先生、あの子が暴れてるの?」

「どうやらそうらしい。革命軍の一員なんだってさ」

「革命軍の――あのいけ好かない女の部下ってことですか」


 よほど叶が嫌いなのか、紫は吐き捨てるように言う。

 ベロニカはふんと鼻を鳴らし、


「あんたたちが叶さまのなにを知ってるって? 叶さまは、この世界の支配者となる方よ。そのためにはここが邪魔なの」

「なにって、ねえ?」


 紫は大輔の背中に目をやる――その大輔こそが叶の実の弟なのだから、それも当然だが、ベロニカはその事実を知らないらしく、紫の視線の意味までは理解しなかった。


 大輔も自ら弟だとは名乗り出ない。

 代わりに、にやりと笑ってみせる。


「あの女は、世界の支配者になるなんて考えてないと思うけどな」

「む――なにがわかんのよ、変態女装男が」

「あはは、変態女装男だって。あっはっは!」

「おい笑いすぎだぞ神小路。いや、実際、あの女は世界の支配者になりたいなんて欲求はないだろう。そもそも、世界の支配者になるような女が、別に革命軍に対して攻撃を仕掛けるわけでもない、そもそも武装さえしていない修道女の集まりを邪魔に思うだって? そんなもん、ちゃんちゃらおかしいね」

「――なにが言いたいわけ?」

「全部きみのひとり相撲ってことさ。きみはただ、あの性悪女に命令されてなんの意味もないことをやっているだけだ。実際、あの女はこの修道院を落とす必要性をきみにしっかり説明したか?」


 ベロニカはいよいよ大輔を強くにらみつける。


「いちいち説明されなきゃわかんないような無能じゃないのよ、あたしは」

「いやいや、きみはたしかに有能だ。とても有能な魔術師だよ。しかし有能か無能かというところはこの際関係がない。あの女にとってきみが扱いやすいかどうかだ。きみはあの女の言うことならなんでも聞く。だから適当に、暇つぶしの命令を出しただけだ」

「そんな――そんなわけ、ないでしょ。この修道院を落とせば――」


 その先が継げない。


 この修道院を落とせば、いったいどうなるというのか。

 そもそもこの修道院が革命軍にとってどれだけの障害だったのか。


 修道院に行く手を遮られたわけではない。

 革命軍の本隊は、この修道院とはまったく別の方角へ、最後に残った王国グランデル王国へ進もうとしているのだから、いまこの瞬間に修道院が邪魔になるということはない。

 また、修道女たちが革命軍の行く手を阻んだということもないのだ。


 なぜいま修道院を落としたのか。

 叶はなんと言っていたか。

 ベロニカはそれを思い出そうとして、一瞬、意識を過去に向けた。


 それは明確な隙だった。


 たちまち大輔は叫ぶ。


「全員、撤退!」


 そして懐から取り出したもの――以前にロスタムでもらった煙玉を地面に投げつけ、またたく間に灰色の煙が立ち上って視界が塞がれるなか、どたどたと走り回るような足音だけが響いた。


 ベロニカは一瞬、それを追うような気配を見せたが、すぐに動きを止め、じっと煙の向こうをにらんだ。

 叶の言葉を思い出したのだ。


 叶は、この建物には使い道がある、といっていた。だからなるべく建物を壊さず、なかにいる修道女たちを皆殺しにしろ、と。


 皆殺しは、決してむずかしいことではない。

 むしろ加減して殺さないようにするほうがむずかしく、皆殺しにしてよいのなら、いくらでもできる。


「ふん――逃げるなら逃げればいい」


 どこへ逃げても同じことだ、とベロニカはちいさく笑う。


 結局、探し出して、殺してやるのだ。

 その人生がほんのすこし長くなることを望むなら、存分に逃げればいい。


 ベロニカは、一瞬にせよ叶の言葉を忘れ、動きが鈍った自分を恥じた。

 これからは絶対にそんな失態は犯すまいと心に誓う。


 煙は思ったより早くに晴れていく。

 風が入り込んでいるせいだ。

 北から南へと流れていく風が煙を連れ去り、視界が戻る。


 中庭には、もうだれもいなくなっていた。

 ベロニカは無人となった中庭の、無残に踏み荒らされた土や植物を見て、ひとりでくすくすと笑っていた。



  *



 逃げる、といっても、修道院のなか以外に逃げる場所はない。


 修道女たちはひとまず鍛錬室やその他の広い部屋へ逃げ込み、ひとつに固まって息をついていた。


 そうした部屋は、反射的にベロニカがいる中庭からできるだけ遠く離れた部屋が選ばれていたが、大輔たち四人だけはそうした部屋ではなく、中庭のすぐとなりにある図書館のなかへと飛び込んでいる。


「三人とも、さっそくだけどひとつ仕事だ」


 大輔は大股で図書館の奥へと進みながら言った。


「すぐに治療しなきゃ危ないけが人がひとりいるんだ。魔法で治してあげてくれ。魔術陣はぼくが描く」

「う、うん、わかった」


 三人は深刻な顔をして、早足で大輔の後ろに続く。


 傷ついたグロリアがどこに運ばれたのかは、隠れている修道女に聞くまでもなくわかった。

 黒い石材の上に、点々と血のあとが奥へと続いているのだ。


 それを追うように、立ち並ぶ本棚の奥へと回った。


 修道女たちはそこで一塊になっていて、その中央にグロリアが寝かされている。


 それはまるで、ひとつの死体を白い花がやさしく取り囲んでいるようだった。



 グロリアは血の気がない青白い顔をしている。

 出血は包帯だけではどうにもならず、ローブの大部分が赤く、そして乾いて黒く染まっていた。


「様子は?」

「なんとか、まだ――」


 ひとりの言葉に、ほかの修道女たちも深くうなだれた。

 まだ、というのは、遠からずそうなるだろうという意味も含まれている。だれもがその予感を、腐臭を漂わせる死の気配を感じ取っているのである。


「だれか、墨を持ってきてくれないか。ほかのひとたちはすこし離れて」


 状況が状況ならだれも突然現れた男の指示など聞かないが、いまは修道女たちも迅速に行動している。

 すぐに墨がやってきて、大輔はぐったりと横たわっているグロリアのとなりに魔術陣を描きはじめた。


 まず、巨大な円を描く。

 その円は、真円ではなく、楕円である。

 まるで特殊な器具を使って書かれたような、歪みのない美しい円で、その内側に、大輔は迷いなく複雑な図形を描き加えていった。


 眺めている修道女たちは、意味もわからずほっと息をついた。


 彼女たちにはそれが魔術陣であることもわかっていないが、見る見るうちに完成していく図形の美しさと手際は、それ自体が魔法のようだった。


 ほんの一分ほどで魔術陣が完成する。

 本来なら本を片手に、一時間近くかけて制作する複雑な陣も、まるで下書きをなぞるだけのようにあっという間に出来上がった。


「彼女をこの円のなかに入れてくれ。まわりの図を踏まないように気をつけて――そう、それでいい。三人はここだ」

「先生、呪文は?」

「ぼくが言ったとおりをそのまま繰り返してくれ。じゃあいくぞ――」


 大輔はほとんど唇を動かさず、低く呪文を唱えはじめた。

 一瞬遅れ、まったく同じように燿、紫、泉の三人が手をつないで復唱する。

 それもまた、一朝一夕の訓練でできることではない。


 グロリアは手をつないだ三人の円のなかに寝かされていた。


 三人が呪文を呟きはじめると、あたりになんともいえない、どろりとした濃密ななにかが流れ出しはじめる。

 それは、冷たいなかに不意に生ぬるい空気を感じたような感覚にも似ていたが、いま三人から放出されているものには温度もなく、ただ空気よりも粘性が高い。

 肌にまとわりつくような、そんな空気なのだ。


 それがまさに魔力である。空気中よりも濃い魔力があたりに漂い出している。


 大輔が呪文をやめた。

 すべて唱え終わったのだ。

 三人もまたすこし遅れて唱え終える。


 すると、魔術陣がうっすらと光を帯びはじめる。

 ただの墨で作ったはずの図形がやわらかく発光し、その光がふわりと宙に浮き出して、まるでちいさな昆虫のような光の粒となった。


 光の粒は音もなく細い筋のように収斂され、その筋はまっすぐグロリアの身体へと向かった。


 仰向けに寝かされているグロリアの腹部あたりに、光の筋がすっと吸い込まれていく。

 修道女たちはその不思議な光景を声もなく見つめていた。


 光は、するするとグロリアの体内へと消えていく。

 反対に三人は眉をひそめ、じっとなにかをがまんするような表情だった。


「――ん」


 グロリアの眉がぴくりと動いた。


「院長さま――」

「待って。まだもうすこしだ」


 大輔が制し、修道女たちは駆け寄りたい気持ちをぐっと堪える。


 グロリアは眉をひそめ、苦痛にうめいているようだったが、その頬にはほんのりと赤みが戻っている。

 唇の血色もよくなり、しばらくするとまるで眠っているのと大差ないほどにまで回復していた。


 やがて、グロリアがうすく目を開けた。

 同時にその腹部へつながっていた光の筋がぱっと拡散し、輝いていた魔術陣も元通りになる。

 三人は手を解き、ふうと息をついた。

 大輔も安堵したように細く息を吐き、


「お疲れさん、三人とも。よくやった、成功だよ」

「――ここは?」


 グロリアは手をついて上体を起こそうとしたが、その瞬間脇腹に鋭い痛みを感じて、ぐっとうめいた。


「まだ動かないほうがいい。傷は完治したわけじゃないんだ。体力は戻っているから、新しい包帯で傷口を防げばなんとかなるとは思うけど」

「院長さま! すぐに包帯を替えますね」

「わっ、こ、こんなところで脱がせるなよ、まったく」


 慌ててグロリアに背を向けた大輔は、疲れたようにその場に座っている燿たちの頭にぽんと手を載せた。


「はじめての魔法だったけど、よく成功させたな。さすがに三人ともこっちへきてから成長してるみたいだ」

「先生、セクハラです」

「いい台詞のつもりだったのに!?」

「でも、なんかこんなに疲れたのはじめてかもー」


 のんきそうな口調ではあるが、燿は身体を本棚にもたれさせ、ぐったりとしている。

 泉や紫もそんな様子で、たった一度の魔法で三人は体力のほとんどを使い切ったような顔だった。


「まあ、無理はないよ」


 と大輔はうなずいて、


「それだけ彼女が危ない状態だったんだ。治癒魔法っていうのは、自分の魔力、つまり体力を相手に分け与えるものだからね。三人の魔力で、なんとか彼女が意識を取り戻すくらいだったんだろう――包帯の交換は終わったかい?」


 振り返ると、グロリアはローブも新しいものに替え、本棚に身体を預けて座っている格好だった。

 顔色はずいぶんよくなったが、かといって完治にはほど遠い。

 ようやく身体を起こし、喋れるようになったくらいだというのに、グロリアはうすい笑みを浮かべて大輔に手招きした。


「どうも生き残ったようだ。間違いなく死ぬだろうと思ったんだが」

「死なないって言っただろ。ぼくを信用すべきだ」

「ふむ、そうだな――それで、状況は?」

「とりあえず、全員逃げた。でもまだなにも終わってない。ベロニカはまだいるし、戦意も失ってない。決着はこれからつけなくちゃ」

「そうか――勝ち目は?」

「ある」


 大輔はふふんと笑う。


「というより、勝つ以外にないね。なにせぼくは全宇宙最強のてんさ――」

「せんせー、墨って片付けていいの? まだ使う?」

「あーもうそのへんに置いとけ! またあとで使うから!」

「はーい」

「とにかく、勝てるんだな」


 くすくすと笑いながらグロリアが聞いた。

 大輔はしっかりとうなずく。


「勝てる。この修道院は破壊させない。ここには貴重な資料がたくさんあるんだ。これは、新世界の宝だ。歴史に名前を残さないひとびとが後世へ託した願いなんだ。破壊させるわけにはいかない」

「ああ、頼む――わたしも戦えればいいんだが」

「無理しなくていいさ。戦える人間が戦えばいい。ちなみにぼくも戦いは苦手だから、できれば戦いたくないけどね」

「苦手? 嫌い、ではなく?」

「同じだよ。苦手だから、嫌いなんだ」

「ふむ、なるほど。では引き続き、修道女たちのことは任せたぞ。きみは、この図書館を願いだと言ったが、きみこそわたしたちの希望だ」

「う、そういうのは、ちょっと苦手だ」

「なんだ、恥ずかしいのか?」

「わ、せんせーが照れてるー!」

「う、うるせえ、照れてない! おい、作戦会議するぞ。向こうはいつまでも待ってくれないんだからな」

「はーい」


 大輔、燿、紫、泉の四人はテーブルを使い、作戦会議をはじめた。

 グロリアはその様子を眺めながら、大輔に修道院を託したのは正解だったと感じた。


 女の楽園であるはずの修道院を男に託すと聞いたら、歴代の院長たちは憤慨するかもしれないが、そうしなければならないときもあるのだ――とくにこんな、肌寒い風が吹く世界の終焉には。

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