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万象のアルカディア  作者: 藤崎悠貴
修道院にて
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修道院にて 15

  15


「院長さま、あちらで手当てを」

「必要ない――そんな傷でもない」


 グロリアは支える修道女の手を振りほどき、自力で立とうとしたが、すぐによろめく。

 ふたりの修道女が慌てて支えると、諦めたようにグロリアは息をつき、そのまま図書館のなかへ引き戻されて手当てを受けはじめた。


 図書館のなかには、戦いには参加できない、訓練を受けていない修道女たちが逃げられないままに残っていた。

 戦いに参加し、一歩死に近づいている修道女より、そうした場所で身を潜めていることしかできない修道女たちのほうが強い恐怖を感じているようで、だれもが顔を青ざめ、白いローブを血で汚したグロリアを遠巻きに見ていた。


 グロリアのローブがめくり上げられ、左わき腹の傷口があらわになる。

 そこは大量の血が流れ出し、それが赤黒く凝固をはじめていて、いったいどれほどの傷なのかはよくわからなかった。

 とにかく、手当てといってもできることはその傷口に包帯を巻くくらいのことで、その治療の頼りなさはだれよりも治療する本人が理解している。


「泣くな、どうしてきみが泣く?」


 グロリアは泣きながら包帯を巻きつける修道女に笑ってみせた。

 しかしその額には大粒の汗が浮かび、手足にも力が入っていない。

 血を流しすぎているのは明らかだった。


「院長さま、院長さまがいなくなったら、この修道院はいったいどうすればよいのですか」

「どうにでもなるだろう。先代が亡くなったときもそうだったように、わたしが死んでも修道院は続く。いままでどおり、くるものは拒まず、去るものは追わず、堅実に暮らしていけばいいんだ」

「ですが――」

「それよりもいまは、あの娘のほうだ。下手をすれば修道院はあの娘ひとりにやられるぞ」


 グロリアは視線をだれもいない空中へ向ける。


 その先にあるのは、図書館の高い天井だ。

 明かりとりの色つき窓がいくつもあり、それが雨のように様々な光を室内に降らせている。

 その美しい景色が、まるで幻のように滲んだ。


「――だめだ」


 一瞬、全身から力が抜け、頭のなかのなにかがぼんやりと揺れたのを感じて、グロリアは首を振る。

 出血のせいか、普段のように視界がついてこず、頭の動きよりもわずかに遅れて世界全体が揺れるような感覚だった。


 グロリアは死を意識する。

 自分はここで死ぬかもしれない、という意識が恐怖を呼び込む。


 死は根源的な恐怖だ。

 自己の消滅、まったく消えてなくなってしまうかもしれないという恐怖は、どんな人間でも克服できるものではない。

 むしろそれを克服してしまった人間は、もはや人間としての自律作用、すなわち生への欲求をも失っているということで、生物の枠を外れた存在とさえいえる。


 グロリアにも死の恐怖はあった。冷えていく指先から死が体内へ入り込み、やがてその冷気にも似たものが全身を包み込み、意識だけが取り残されてしまうという恐怖的な空想が浮かぶ。


 肉体が死んだあと、取り残された意識はいったいなにを思うのだろう。

 死んでしまっても、死にたくはない、と思うのか。あるいは死んでしまったという諦めがあるのか。

 おそらく前者だろうとグロリアは考える。


 諦めてしまった意識には、もはや考えるべきことはなにもない。

 死にたくない、と望むこと、つまり未知の状態へ向かって思考することがそもそも意識と呼ばれるのだから、もし肉体が死んだあとに残るものがあるとすれば、死にたくはない、どうすれば死なずにいられるだろうという妄執にちがいない。


「院長――グロリアさま!」


 身体を揺すられ、グロリアはふとわれに返った。

 目が覚めたというより、生き返ったような心地だった。

 まわりも同じように感じたらしく、グロリアが視線を動かすとほっとしたように息をつく。


 自分はこの修道院を守らなければならないのだ、とグロリアは強く思う。

 なんとしても、たとえ自分が死んだとしても、この修道院だけは守らなければならない。

 それが代々の院長の務めなのだ。


「――あの娘を呼んでくれ」


 あえぐようにグロリアは言った。


「あの娘?」


 まわりの修道女はすこし首をかしげたが、グロリアがだれを指しているのかは明らかだった。


 この図書館でいつも調べ物をしていて、まわりには顔も見せない変わり者を呼んでいるのである。



  *



 大輔はそのとき、まだ図書館の二階にいた。


 なにかあったらしいことは察知していたが、図書館のすぐ外で繰り広げられている出来事に乱入するわけにもいかず、正体がばれるわけにもいかないから、その場でなりゆきを見守っているしかなかったのだ。


 図書館のなかにも、時折悲鳴やうめき声が聞こえてくる。

 グロリアを呼ぶ声も聞こえていた。

 ただならぬことが起こっているらしいということはわかって、燿たちは大丈夫だろうかと案じたが、堂々と出ていくこともできずに困っているところ、怪我を負ったグロリアが修道女に支えられて図書館のなかへと戻ってきたのだった。

 大輔は二階から、その傷が深いこと、そしてグロリアの意識が朦朧としていることを見てとって、図書館の表をにらむように一瞬視線を外へ向けた。


 そのとき、


「そこのあなた――マサコさん、ちょっと降りてきて」


 修道女のひとりがそう言って、大輔を見上げた。

 大輔はどきりとしつつ、ばれるかばれないかという場合ではないと覚悟を決め、梯子を下りてグロリアを中心とした輪に加わる。


 そのときグロリアは、はじめてフードの下にある大輔の顔を見た。

 床に寝ているグロリアに対して顔を隠すことは不可能だったのだ。

 傷ついたグロリアは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐちいさな笑みを作り、まわりに言った。


「ふたりで話をしたい。きみたちはすこし離れていてくれ」

「でも――」

「頼む」

「は、はあ」


 修道女は大輔をちらりと見ながら後ずさった。

 そして小声での会話が聞こえないほどまで遠ざかると、グロリアはすこし血色が悪くなった唇を薄く開け、囁くように言う。


「きみの秘密はそれか」

「うっ――こ、これにはいろいろと事情が」

「わかっている。しかしその事情を詳しく聞いている時間はない。別段きみを責めるつもりはない。わたしには、もうその時間もないようだ」

「――そんなことはない。このくらいの傷なら、まだどうとでもなる。すぐに死ぬような傷じゃないよ」

「そうか――世辞ではないと受け取っておこう。どうせ未来を見るなら、希望に満ちている未来を見たほうがいい。そうだろう?」

「そういうこと――それで、ぼくになにか?」

「きみは地球人だ。地球人とは、魔法使いだろう。外で暴れているのも魔法使いだ。おそらく、われわれではとても太刀打ちできない。だからきみに――」


 グロリアがぐっとうめくと、大輔のほうがまるで痛みを感じるように眉をひそめた。


「きみに、指揮を取ってほしい」

「指揮を取る? でも――」

「わたしの命、ということでいい。わたしがこうしろと言っていた、という形できみが指示をすればいい。そうでなければ、あの娘には勝てないんだ」

「あなたはぼくのことを信用しすぎだ。ぼくのことをなにも知らないだろう」

「任せろ、とは言わないんだな」


 グロリアはかすかに笑った。

 いつかも言われた台詞を再び聞いて、大輔は諦めたようにため息をつく。


 自分を信頼するな、というのは、要は逃げているということでしかない。

 信頼に背き、嫌われるのがいやでそう言っているだけなのだ。

 大輔はそれを自覚して、もう逃げるのはやめようと考える。


 逃げても、その先にはなにもない。

 もしなにかがあるのだとすれば、「自分がやっていればどうなったか」という後悔でしかない。

 それがわかっているのに逃げたくなるのは心が弱いせいだ。

 弱い心で、この先新世界を旅していけるはずがない。


「――そうだ、ぼくは天才なんだ」


 大輔は自分に言い聞かせるように言って、にやりと笑った。


「わかったよ、ぼくがやる。ぼくに任せれば、大丈夫だ。修道院は絶対に守る。ここにいるみんなもね」

「ああ、きみならできるだろう。きみとはあまり多くは話せなかったが、きみは聡明だ」

「まるでこれが最後みたいな言い方はやめろよな。大丈夫だ、あなたの傷は治る。ぼくの教え子たちが治してくれるだろう。それじゃあ、さっそく様子を見てくる。たぶん全員を撤退させると思うけど」

「きみがいいと思うようにしてくれ――わたしは、すこし休むよ」


 グロリアはふうと息をつき、目を閉じた。

 大輔はうなずいて立ち上がる。


 その様子を、遠巻きに修道女たちが見ている。

 大輔はその視線を感じながら、白いフードをぱっと後ろへ流した。


「えっ――」


 修道女たちが驚きの声を上げ、それが図書館に嫋々と響いて消えないうちに大輔はしっかり声を張り上げる。


「彼女をもうすこし奥まで運んでくれ。それから、図書館の入り口を守るひとを何人か選抜したい」

「お、男がどうして――」

「そのことはなにもかも終わってから説明するし、なにもかも終わってから説教してくれ。このなかで多少なりとも戦えるひとは?」


 修道女たちは顔を見合わせた。

 そのなかから、ふたりが手を上げる。大輔はうなずき、そのふたりを呼び寄せた。


「ここにはけが人もいるし、戦えない人間もいる。なんとしてでも守らなきゃいけない場所だ。できるか?」

「ぶ、武器があれば」

「武器? ああ、あの棒か。じゃ、それはぼくがなんとかして調達してくる。それから彼女、グロリアの様子を見て、なにか急変があれば知らせてくれ」

「ど、どこへ行かれるのです?」

「外の様子を見てくる。きみたちはまだこのなかに」


 大輔はふたりに背を向け、図書館の入り口の扉に手をかけた。


 観音開きを、ぐっと押し開ける。

 そして主戦場となっている中庭へと出ていった。



  *



 騒ぎが起こったとき、燿、紫、泉の三人、そしてソフィアは、揃って風呂場にいた。


 風呂場といっても大した施設ではなく、近くの川から汲み上げた水を使って身体を拭ったり、火を使って湯を作り、それを浴びたりする程度のもので、感覚的にはシャワー室に近いような作りだった。


 燿たち三人がそこにいたのは朝の眠気を吹き飛ばすためで、ソフィアが風呂場にいたのは偶然のことだった。

 ともかく、四人は揃って水を浴び、ぷるぷると身体を震わせる。


「うう、やっぱりこの暑さでも水は冷たいなー」

「まあ、水自体が冷たいもんね。山から流れてくるものだから――ほら」

「ひゃうっ――せ、背中にかけないでよう」

「いやそのびっくりした声がかわいいからかけたくなるんだけど。それ」

「ひゃあっ――も、もう!」


 冷たい水を裸の背中に流してけらけらと喜んでいる紫に、それに憤慨しつつ仕返しの機会を虎視眈々と狙っている泉の横で、燿はじっとソフィアのほうに視線を注いでいた。

 ちいさな桶で流れる水を組んでいたソフィアはびくりとして、


「ど、どうかしたの?」

「ううん、別に」


 と言いながら、燿は変わらずその丸い目を大きく見開いてソフィアのほうを見ているのである。

 同性ながら、そこまで凝視されるとさすがに気恥ずかしいものがあるらしい、ソフィアはさり気なく身体を隠しつつ、その金髪に水を染み込ませていた。


「やっぱり、きれいだなー」

「え、なにが? ああ、髪かしら」


 ソフィアは自分の長い金髪を見下ろし、微笑んだ。


「わたしから見れば、あなたたちの黒髪もとっても素敵だけど」

「ううん、髪じゃなくてね」


 燿はぶんぶんと首を振って、ぴっと指差す。


「おっぱい!」

「へ? お、お――」

「やっぱりおっきいし、形もきれいだなーって」

「そ、そんなこと――」

「いや、あるわね」


 いつの間にか紫もじっとソフィアのほうを見ている。

 泉でさえ、なんとなく控えめにではあるが、なにか言いたげな顔でその部分を凝視していた。


「たしかにでかいし、形もきれいだわ。なんていうか、張りがある」

「そう、張り! なんかぷるぷるしてるよね。こう、こう」

「その手はやめなさい。でもまあ、日本人とはそもそも体質がちがうのよ。外国人体型は羨んでも仕方ないわ」

「うー……でも、羨ましい」


 泉がぽつりと呟く。

 すると紫はにやりと笑い、泉のほうを見た。


「あら、やっぱり泉もそういうのは羨ましいの?」

「うっ」

「わたしは泉みたいに控えめなのもかわいいと思うけどなー」

「う、うう――」

「ま、まあまあ、別に大きさなんて関係ないわ。それにほら、わたしは子どももいるし。そういうので大きく――」

「なったの?」

「……なっては別にないけど」

「ほら、やっぱりもともとおっきいんだ! いいなー」


 燿は遠慮なくじっとソフィアを見つめ、ソフィアはその視線から逃れるように立ち上がった。


 悲鳴のような声が外から聞こえたのは、そんなときだった。


 燿たち三人、そしてソフィアは顔を見合わせる。

 ほんの一瞬の悲鳴で、なにかの物音と聞き間違えたのかと思ったのだ。

 しかしそうして静寂のうちにも、また悲鳴が聞こえた。

 聞き間違いではないのだと理解した瞬間、燿たちは水を払い、脱衣所へと駆け出していた。


「ちょ、ちょっと三人とも――」


 ソフィアもそのあとを追いかけたが、三人の行動は素早く、ソフィアが脱衣所に出たときにはもう三人とも白いローブを羽織っていて、濡れた髪のまま外へ飛び出す。

 ソフィアも慌ててローブを着て、濡れた髪もそのままに外へ出た。


 風呂場は修道院の西側にあり、中庭に面している。

 そのため、一歩外へ出た時点で、そこでただならぬことが起こっていることがわかった。


 修道女たちが必死の形相で逃げてくる。

 その後ろから、黒いワンピースを着た少女がゆっくりと歩いていて、その周囲にはだれも握っていないのに武器がひとりでに浮遊し、漂っていた。


「なにがあったの?」


 逃げるひとりを捕まえ、紫が聞くと、その修道女は叫ぶように答えた。


「あの子が、突然武器を振り回しはじめたのよ! もう何人かが怪我をして――あなたたちも早く逃げなさい!」

「武器を――」


 それ以上の説明は必要なかった。

 四人が見ている前で、少女を取り囲んでいた武器のひとつが少女を離れ、逃げる修道女の背中を斬りつけたのだ。


 傷ついた修道女はまろび、その場に倒れる。

 後ろから迫る少女はまだそれを襲おうとしていた。


 考えるより先に、燿が駆け出している。

 燿はすぐに倒れた修道女に近づき、一瞬その後ろにいる少女を睨んで、すぐに修道女を助け起こした。


「まったくあの子は、ほんと考えなしに動くんだから――」


 呆れたように言いながら、紫と泉もそこに駆け寄って、三人で修道女を安全な場所まで運んだ。

 少女はそのあいだ、とくに興味を示しもせず、ほかに獲物はいないか調べるようにゆっくりあたりを見回している。


「大丈夫、怪我は?」


 燿が身体を支えながら聞くと、傷ついた修道女はちいさくうめいただけで、言葉は返さなかった。

 三人はそのまま修道女を修道院の奥へと連れていく。

 ほかの修道女たちは広い鍛錬室に避難していて、三人がそこに入ると、ほかにもけが人が何人か運び込まれているようだった。


 すぐにローブを脱がせ、手当てがはじまる。

 ソフィアはけが人の様子を見て、唇を噛んだ。


 どれもひどい怪我だ。

 肩から大量に出血していたり、腕を斬られていたり、見ているこちらが痛みを感じるような怪我ばかりだった。

 しかし、いまのところ致命傷のような傷はない。

 先ほど背中を斬られた修道女も出血は多いが、傷自体は浅かった。


 燿は手当てをほかの修道女に任せ、立ち上がる。

 そしてすぐさま鍛錬室を出ていこうとするのを、紫が押し留めた。


「いま出ていっても無駄よ。まだ状況もよくわからないんだから」

「でも、あの子を止めなきゃ。まただれかが怪我しちゃうかも――」

「だからって、ひとりで止められる?」


 燿がほんの一瞬、ほとんど睨みつけるような視線を紫に向けた。

 それは普段の明るく前向きな燿からは想像もつかないような、ほとんど敵意といってもいいものを感じさせる視線だった。

 付き合いのながい紫さえ驚いて後ずさったが、そのときにはもういつもの燿に戻っていて、ゆるゆると首を振る。


「あたしひとりじゃなんにもできないけど……でも、怪我しそうなひとを助けられないなんて」

「もうちょっと状況を見ましょう。なにがどうなったのか、まだよくわからない――そういえば、先生は?」


 三人は同時にあたりを見回した。

 大輔の姿は、どうやら鍛錬室にはないらしい。

 それを確認し、紫は深々とため息をつく。


「この大事なときにどこ行ってるんだか――とにかく先生と合流しなきゃ。それで、わたしたちが動く方向を決めましょう。それまでは動かないほうがいいわ」

「でも、怪我してるひとは?」

「もちろん、それは助ける。でも自分から向かっていったりしないこと。幸い、向こうはこっちには興味もなさそうだったし――なんていうか、性格悪そうな女だったしね」

「え、それなんか関係あるの?」

「あるでしょ、そりゃ。性格よさそうな女より、悪そうな女のほうが倒しやすいじゃん」

「う、ま、まあ、一理ある……かなあ?」


 泉は控えめに首をかしげる。

 燿はちいさく笑い、そして三人は揃って鍛錬室の扉に手をかけた。

 ソフィアは慌てて、


「い、いま出ていくの? まだ外は危ないわよ。しばらくここにいたほうが――」

「でも、ここにいたら状況がまったくわからないもの」


 けろりした顔で紫は言った。


「まずは先生と合流する。たぶん、向こうでもわたしたちのことを探していると思うから」

「だったら、それこそしばらくここにいたほうが――ダイスケさまも見つけやすいんじゃないかしら。みんなが避難してる場所に、あなたたちも避難してるはずって考えるでしょう」

「だから、自分たちから行くの」


 扉がぎいと開く。

 紫は笑っていた。


「先生ならきっと、わたしたちはけが人を助けながら先生を探してるって考えるはず。まさかここでおとなしく待ってるなんて、夢にも思わないでしょう。だからあちこち探しまわってるほうが確率は高いの。ソフィアさんは、ここにいて。もし先生がここにきたら、そのへんを探してるって言っておいて」

「え、ええ、わかったわ――あなたたちも、気をつけてね」


 燿がこくりとうなずいて、三人は鍛錬室の外へ出ていった。


 その扉が、やけに大きな音を立て、ばたんと閉じる。

 そのときソフィアは不思議な心地になった。

 鍛錬室に残っている人間のほうが多いのに、三人が行ってしまうと、取り残されたような気分になったのだ。


 いつかの、大輔の言葉を思い出す――あの三人はあなたが思っているよりも強い、と大輔は予言していたのだ。


 本当にそうだ、とソフィアは閉じた扉を見て思う。


 あの三人は、思っていたよりもずっと強い。

 その強さをまざまざと見せつけられ、自分の弱さを痛いほど感じる。


 ソフィアは、三人のあとを追って鍛錬室を出ていこうとは思えなかった。

 それは命の危険があることで、けが人を助けたい気持ちはあったが、一歩出ていく勇気はどれだけ待ってもやってきそうになかった。


 しかしあの三人はほとんどためらいもなく出ていったのだ。

 いちばん臆病そうに見える泉でさえ、嫌だと言うこともなく。

 それがあの三人の強さなのだと思うと、ソフィアはただ、比較的安全なこの鍛錬室から、三人の無事を祈ることしかできなかった。

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