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万象のアルカディア  作者: 藤崎悠貴
修道院にて
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修道院にて 8

  8


 大輔たちがマグノリア修道院に到着してから、約一週間経ったころ。


 修道院は、相変わらず修道女たちの出入りが激しい。

 門番が並ぶ入り口は常にひとが行き来していて、革命軍に破壊された町から命からがら逃げてきたという老女や、その老女に手を引かれている幼い少女が修道女たちの労りを受けながら修道院へ入ってきたかと思うと、白いローブを着て、手に長い棒を持った二、三十人の修道女たちが一斉に出ていったりと、とにかく修道院に面した街道は常にひとの足音と話し声に満ちていた。


 一方、修道院内はといえば、さすがにそれほど騒がしくはない。


 漆黒の石材は足音を消し、話し声もまばらで、修道院のなかはいつも一種独特な、大声を上げるのをはばかられるような雰囲気が漂っていた。


 しかし修道院での生活は、それほど神聖というわけではなかった。


 朝も特別早く起きる必要はなく、朝食と昼食を兼ねたブランチは硬いパンとジャム、それに野菜がたっぷりと入ったスープで、基本的にその内容は夕食も同じだったが、それも宗教的というよりは経済的理由によるようだった。


 修道院らしい礼拝などもここでは行わない。

 もちろん、禁止されているわけではないから、一部の修道女たちはなにもない広い部屋に集まり、跪いて、思い思いになにかを祈る。

 その作法に決まりはなく、自分の部屋で静かに祈っている者もいるし、なにやら儀式めいた踊りをする者もいた。


 修道院のなかで一日のうちにやるべきことは、二度の食事と風呂くらいのもので、あとはなにをしようと修道女の自由ということになっている。

 中庭で植物を育てているのも強制されているからではなく、退屈しのぎにやっているようなものらしかった。


 そういう意味で、いちばん人気の退屈しのぎは、修道院の奥にある鍛錬室という広い部屋で行われる棒術の訓練だった。


「はあっ、やあっ!」

「やっ、とう!」


 掛け声とともに、長い棒同士が打ち合わされ、かんかんと乾いた音を立てる。

 燿は部屋の隅でその様子を見学しながら、はあ、となんともいえない声を出していた。


 棒術の訓練は、ある程度は素振りなどもするが、上達してくるとほとんどが実践的な打ち合いになる。

 当然、大怪我をする可能性もある分、訓練といいながらも打ち合う両者の表情は至ってまじめである。


 いま部屋の中央で向かい合い、棒での攻防を繰り広げているのは、どちらも若い修道女だった。

 白いローブを着ているが、フードは外して、ひとつにまとめた髪を揺らし、汗を散らしている。


 ふたりとも技術は相当で、自分の身長よりも長い棒を巧みに操り、攻撃と防御を自在に繰り広げていた。


「やあっ!」


 片方がぶんと足元を狙って棒を振る。もう片方はそれを察知し、すぐに飛び上がって回避しながら、片手で棒をくるりと回して相手の肩を狙い、振り下ろした。

 すかさず、相手は棒を引いて防御に回る。

 荒削りの木製の棒同士がぶつかり合い、かあん、と胸がすくような音が響いた。


 ふたりはまた距離を取り、棒の先で間合いを狙う。そこに、


「そこまで!」


 と声がかかった。


 ふたりはふうと息をつき、棒を立てて、礼をする。

 思わず燿が拍手すると、ふたりはちょっと恥ずかしそうに顔を見合わせて、汗を拭った。


「ふたりとも、なかなかいい動きになってきたな。しかし実戦では相手がどう動くか読むことはむずかしい。相手はこう動くだろう、と推測できるようになれば一流だが、はじめのうちは相手が反応してからでも回避なり防御ができるように素早い身のこなしを意識したほうがいい」

「はい、ありがとうございました」


 ふたりは部屋の奥に立っている院長のグロリアに頭を下げ、鍛錬室を出ていった。

 グロリアは燿に近づき、ぽんとその肩に手を置く。


「待たせてすまなかったね。わざわざ地球のことを話にきてくれたのに」

「ううん、すごく格好よかった!」


 燿はきらきらとした目でグロリアを見上げ、それから壁にいくつも立てかけてある棒を眺める。


「ここのひとたちって、みんなあんなふうに戦えるの?」

「みんなというわけじゃないけど、多くの人間は多少なりとも棒術の心得がある。ここで指導しているからね。それも強制じゃなく、あくまで興味がある人間は、ということだが」

「へー、すごいなあ」

「いまの時代、毒にも薬にもならないのではだめだ」


 グロリアは鍛錬室を出ながら言う。燿もそのあとにとことことついていく。


「女だからといって、一方的にやられるのでは気分が悪い。だから戦う力をつける必要がある。男は、女はいざとなれば力でどうとでもなると思っているからね」

「そ、そうなの? そうじゃないひともいると思うけど」

「それはきみがいままでとてもいい出会いをしてきたからだよ。ひとを信じられるというのは、もちろん本人の素質もあるが、それと同じだけ周囲の環境も影響している。信じたくないような人間ばかりなら、素直にひとを信じられるようにはならないからな」


 人気のない廊下を進み、武器庫を横目に見ながら、そのさらに奥の部屋へたどり着く。

 グロリアが扉を開け、にっこりと笑って燿を招き入れた。


「さ、どうぞ」

「わーい、おじゃましまーす」


 燿は院長室へ入り、真っ先に応接用のソファにすとんと座った。


 院長室といっても、なにが豪華というわけでもない。

 部屋も広くはないし、そこにソファと机があるだけで、必要以上に資金がかかっていることもなく、しかしどことなくその部屋だけで修道院全体を象徴しているような、質素で敬虔な雰囲気があった。


 燿は部屋のなかをきょろきょろと見回し、グロリアはその対面に座る。


「本当になんの接待もできないが、ま、ゆっくりしてくれ」

「うん、ゆっくりするー」


 そう言って燿は本当に身体を弛緩させ、ソファにぐったりと身体を預けた。

 グロリアはその様子に声を上げて笑う。


「きみはおもしろい人間だな、ヒカリ。きみのような人間は見たことがないよ」

「ほ、ほんとに? あたし、変?」

「変といえば変だが」

「うう……」

「しかしとても好意的に思う。さっき、きみはいい出会いをしてきたと言ったが、あれは間違いだったかもしれないな。きみと出会った人間こそ、いい出会いなのかもしれない。きみはひとを巻き込むような不思議な生気を発している。明るくて、爽やかなものだ」

「そうかなあ? 自分じゃわかんないけど」

「わからなくてもいいことだからだな――それで、地球のことについて教えてくれるのかい?」

「うん、あのね、せんせー――わ、間違えた、先生じゃなくて、マサコちゃんがね、教えてあげてもいいって言ってたから」

「マサコちゃん、ね」


 グロリアは腕を組み、背もたれに身体を預ける。


「あの人見知りの子だね。相変わらず顔は見ないが、近ごろよく図書館のなかで見かけるよ。熱心になにかを調べているようで、なにを調べているのかと見ていれば、いまではだれも読めなくなったはずの古代文字が書かれた書物や文献を調べているようだ。まあ、それも地球人ならおかしくはないのかもしれないが、あれも変わった子にはちがいない。あの子がきみたちの代表者なのか?」

「代表者っていうか、先生?」


 燿は首をかしげ、自分でうんうんとうなずいた。


「先生、ということは、きみたちは生徒か」

「うん、そうだよ。あたしとゆかりんと泉ちゃんは、先生の生徒なの」

「ふむ、なるほど。それは地球でのことだな。それじゃあ地球について、基本的なことを教えてくれ。たとえば、地球では、国というのはどうなっている? この世界の国とはちがうのか」

「えーっと、似てるけど、ちょっとちがうのかな? 王さまとかはあんまりいないけど、たまにいる国もあって」

「ふむ、王がいない国ではどうやって国をまとめているんだ?」

「そーり大臣っていうひとがいるの。あと、だいとーりょーとか」

「そーりだいじんに、だいとーりょーか」


 グロリアは、教わる相手を間違えたかな、とすこし考えたが、ともかく燿の話にもうすこし耳を傾ける。


「そーりだいじんとだいとーりょーはどうちがうんだ?」

「えっとね、そーり大臣は、なんか、こう、あのひとがそーりー大臣だ、って言って決まるの、たぶん。だいとーりょーは、選挙で決めるの」

「あのひとがそーりーだいじんだって言って決まる? 指名制ということか。その指名は、だれが行うんだ?」

「んー、えっとね、指名っていうか、選挙もするんだけど、なんか選挙が終わったあとのごたごたで決まるっていうか、なんかそんな感じで」


 よくわからないが、とりあえずなるほどとうなずき、話題を変える。


「地球は、この世界と比べて住みやすいか? それとも、この世界のほうが居心地はいいかな」

「うーん……」


 燿は腕を組み、首をひねって考え込んで、しばらくしてからぽつりと言った。


「あたしは、どっちも好きだよ。この世界も、地球も。だってね、どっちにも好きなひとたちがいっぱいいるもん。地球には友だちとか、おじいちゃんとかおばあちゃんとかいるし、こっちにも友だちがいて――あ、そうそう、あのね、砂漠のね、ザーフィリスって国のお姫さまと友だちなんだよ。それにね、ロスタムっていう侍の国のお姫さまとも友だちだし」

「へえ、そうなのか。またずいぶん身分の高い友だちが多いんだな」

「えへへ。でもね、ドラゴンさんとも友だちだし」

「ドラゴン? 大陸ドラゴンのことか」

「そうそう、めっちゃおっきいの! もうね、こーんな感じでおっきくて、しかも空飛んだりするし、やさしいし!」

「大陸ドラゴンか――書物に実在すると書いてあったが、それは偽りか、過去にいたとしてもいまでは絶滅してしまっていると思っていたよ。本当にいるんだな」

「いるいる。ゴロリアさんも会ってみたらいいと思うなー。普段は、あんまり人間と関わらないみたいだけど」

「なるほど、それで目撃情報が絶えているんだな。ちなみにわたしはグロリアだが」

「ねえねえ、ゴロリアさんはこの世界が好き? それとも地球に行ってみたい?」

「そうだな――わたしは、この世界が好きだからな。地球にも興味はあるが、そこでずっと暮らしたいかといえば、やはりこの世界のほうが居心地はよさそうだ。そしてわたしはグロリアだ」

「そっかー。たしかにこっちもいいもんねー。ちょっと暑いけど」

「暑いのは仕方ないさ――昔は、こうじゃなかったようだが」


 グロリアは、院長という立場もあるが、それよりも個人的な興味から古い文献をいろいろと調べたことがある。

 古代文字はさすがに読めないが、いまでも使われている文字でもっとも古いものは数百年前のもので、そのころの文献いわく、年々暑くなり、植物のなかにはすべて枯れてしまったものもあったらしい。


 いまでは、植物がすべて枯れてしまうということはない。

 それはおそらくこの暑さに適した植物が生き残ったからだろうとグロリアは考えていた。

 つまりこの数百年のあいだで生態系にも変化があったのだ。


 なぜ、生態系が変化するほど急激な気温の上昇が起こったのか。

 それは文献を探ってみてもわからない。

 あるいは、もっと古代の文献を探れば、そのきっかけといえるようなものが見つかるのかもしれない。

 しかしそうした文献を読むには古代文字が必要で、いまこの世界に古代文字を解読できる人間は片手で数えられるほどしかいないだろう。

 そのひとりが、いまは修道院のなかにいる。


「ヒカリ、ひとつ頼みがあるんだが」


 ソフィアが前のめりになると、燿はすこし首をかしげた。


「頼み?」


 ソフィアはこくりとうなずき、それからにやりと笑って言った。


「きみたちの先生と話がしたいんだよ」



  *



「今日はここにいたんだ」

「う……」

「毎日探すのめんどくさいんだから、どっかわかりやすいところにいてよね。まったく」


 困ったやつだというように黒いワンピースの少女、名前はベロニカというらしいが、ともかく少女は大輔の前にどかりと腰を下ろした。


 図書館二階の狭い廊下の突き当り、その光さえろくに当たらないような薄暗いどん詰まりである。


 困ったやつなのはそっちだ、と大輔は思いつつ、いつものようにフードを目深にかぶり直し、顔を隠す。

 探すのが面倒なのは当たり前で、ベロニカに見つからないように人気のない場所を選んでいるのだが、ベロニカは毎日大輔を見つけ出し、その前にどかりを腰を下ろすのだった。


 はじめてベロニカと会ったときから、毎日こうなっている。

 なぜなのかは大輔も知らない。

 大輔としてはベロニカから逃げているのだが、なぜかベロニカが追いかけてきて、結局追いつかれてしまう。


「ねえ、これ見てよ」


 ベロニカは自慢げに白い紙を差し出す。

 大輔はとりあえずそれを受け取り、視線を落とした。


 白い紙には、まるで呪いの言葉かなにかのようにびっしりと文字が書いている。

 日本語でも英語でも新世界のいくつかの言語でもない、人間が踊り狂っているような文字群である。

 その踊り文字を読んでいくと、こう書いてあった。


「あたしは天才魔術師、どう、こんな文字なんか本気出したらすぐ解読できるようになるんだからね……」

「ふん、どう?」


 ベロニカは胸を張る。

 今日もいつもと同じ、白い襟つきの黒いワンピースである。

 大輔はちいさく咳払いして、


「ここ、間違えてるざます」

「え、どこ――あ」


 ベロニカは大輔から紙を奪い取り、間違えた文字を鉛筆で塗りつぶして、修正したものを突きつけた。


「わ、わざとよ。一種の愛嬌よ。知ってる? 愛嬌のない女って嫌われるんだよ」

「愛嬌……ざますか」

「ばかにしてんでしょ」

「ば、ばかにしてないざますが」


 ざますってなんだよ、と大輔は思いつつ、調べ物に使っていた文献に目を落とす。

 それは踊り文字とはまた違う古代文字で書かれているもので、それはすでに地球でも解読されている文字だから、読むことは難しくない。

 しかしこの新世界としては、失われた文字で書かれた書物ということになる。


 ベロニカは大輔に身体を寄せ、その文献を横から盗み見て、ふうんとうなずく。


「今日は魔術の本じゃないの? 歴史の本でしょ、それ。どうせ嘘ばっかだよ」

「たしかに嘘の可能性はあるざますが、嘘の歴史が書かれた理由こそ真実ざます。つまり嘘から真実を見ることも可能なのざます――な、なんざます、こっちをじっと見て」

「あんた、相変わらず変な声してんのね」

「う、ひ、ひとの身体的特徴をあげつらうのはいけないことざます」

「ま、別にどうでもいいけど。あたしは歴史なんか興味ないし。それより」

「わっ――」


 ベロニカは大輔から文献を取り上げ、代わりに自分で描いたらしい白い紙を目の前に突きつけた。


「これ、見なさいよ」

「……魔術陣、ざますか」


 円を基本とした、地球で教わる魔術陣と同じだ。

 それは分類的にはパラケルススの魔術陣と呼ばれ、かの大魔法使いパラケルススにちなむものだが、正確にはそうした魔術陣はパラケルスス以前のヘルメス・トリスメギストスが考案したとされ、パラケルススはそれを分類することで自らの名前を残しているわけだが、ベロニカが持っている魔術陣はまさにパラケルススの魔術陣を前提とした、しかし世界中のどこにも存在しないオリジナルの魔術陣だった。


 魔術陣は、一般的に数式に似ているといわれる。

 ある約束事を用いて、本来定義するのに膨大な文字を必要とするものを比較的短く、そして的確に表現する式なのだ。


 そういう意味で、魔術陣は改良することができるたぐいのものである。

 しかしそれは容易なことではなく、一部を改良できるようになるだけでも魔術史に名前を残せるほどだが、オリジナルの魔術陣を作り出せるというのはそれこそヘルメス・トリスメギストス以来の天才ということになる。

 ベロニカは、そんな大天才と同じことを、十代の半ばにしてやり遂げているのだ。


「これは、意味のない魔術陣」


 ベロニカは曲線に指先を這わせながら言った。


「ここが魔力を増幅させるためのもの。このつながりで、擬似的にふたり分の魔力が存在するかのように見せかける。本当はひとり分の魔力が質を変えただけのことだけど、要はふたつの性質を持つ魔力がぶつかり合い、その衝突が周囲を浮遊する魔力へ波及していくことで魔法が成立し得る場を作るわけだから、こうしておけば魔法使いはひとりでも魔法を行使することができる――んだけど、こっちの部分は、それとは反対に周囲の魔力を圧縮するためのもの。つまり爆発的に広まるはずの魔力を、ここで抑えこむ。だから、魔法が使える場、あたしは魔力場って呼んでるけど、それが成立しない。それでも魔力はどんどん放出され、ぶつかり合い、速度を増していく。つまりどんどん内部状況がカオスになっていくってこと。エントロピー的な平均に陥らないのは、魔法使い自身の魔力が常に注ぎ込まれているから。振る舞いを予測できない魔力粒子が飛び回り、その場が収縮することによってなにが起きるかっていえば、結局のところ圧縮しようとする魔力よりも外側へ広がろうとする魔力のほうが勝って、魔力はランダムに飛び出すことになる。一種の爆発といってもいいけど、それは必ずランダム、つまり特定の指向性を持たない力になるから、当然魔法には使用できない。結果的にただ魔力を無駄遣いするだけの魔術陣ってわけ――ま、あんたならわざわざ説明しなくてもわかるでしょうけどね」


 ふん、とベロニカはそっぽを向いて、大輔は魔術陣を見下ろしながらふむふむとうなずく。


「でもこれは、ある意味では使いやすい魔術陣かもしれない――ざます」

「使いやすい魔術陣?」

「魔力をただ無駄遣いするわけじゃなくて、言ってみれば魔力に独立したふたつの指向性を与えるってこと――ざます。ひとつは収縮しようとする魔力。この魔術陣が定義する魔力の方向性はそれだけ――ざますが、収縮しようとする魔力ができることで反対に膨張しようとする魔力が発生するわけで、つまり内側と外側、二方向へ動く魔力を作れるんだから、これを活かせば、もしかしたらふたつの魔法を同時に使用できる魔術陣が作れるかもしれない――ざます」

「ふたつの魔法を同時に使用できる魔術陣――」

 もちろん、そんな魔法陣は未だかつて存在しない。仮にあったとしても、普通の魔法使いでは同時にふたつの魔法を支えるだけの魔力を一気に放出しては、それだけで体力を使いきってしまうだろう。しかしもしそれが強力な力を持つ魔法使いだったら。ベロニカはそう考えて、ふんと鼻を鳴らした。

「さ、最初からそのつもりだったよ。そこに気づくとは、あんたもなかなかやるね」

「ど、どうもざます」

「あんたさ、どこで魔力を習ったの?」

「どこというわけでもない……ざますが」

「普通のところじゃそんなに深くは教えてくれないでしょ。地球だと、いまは魔法使いの時代だっていって、魔術は本に残ってるやつをそのまま写す練習しかしないじゃん。ほんっと、ばかみたいだけど。魔術は魔法の基本なのにね。だからあたしは全部独学でやったけど、あんたも?」

「まあ、そんなところざます」

「ふうん……」


 ベロニカは大輔をしげしげと眺め、それからふと言った。


「あんた、いつまでこの修道院にいるつもりなの?」

「い、いつまでとは?」

「ずっとここに住むつもりなら、やめたほうがいいよ。さっさと別の町へ移ったほうがいいと思うな」

「別の町へ? どうして――ここは平和そうに見える……ざますが」

「平和そうに見えるだけ。本当は平和じゃない。だって、ここはまだ革命軍の支配下にないもん。革命軍は絶対にここを攻める。邪魔だからね。そのとき、もしあんたがここにいたら、その戦闘に巻き込まれることになるんだよ。その前にどっかほかの町へ行ったほうがいいんじゃない?」

「革命軍との戦闘……」

「ここ以外、ほかに行くあてがないなら、まあ、その、あたしが世話してあげてもいいっていうか、住む場所くらいは確保してあげてもいいけど」


 ベロニカはそう言って、ちらりと大輔を見た。


 そのとき、静かな図書館のなかに、かんかんと甲高い音が響いた。


 図書館にいた全員が驚き、自然と入り口のほうへ目をやると、入り口からひとりの修道女が飛び込んできて、大声で告げる。


「革命軍が――革命軍が攻めてきました!」

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