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万象のアルカディア  作者: 藤崎悠貴
洞窟の人々
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洞窟の人々 10

  10


 大輔はうっすらと目を開け、どうやらここはまだ夢のなからしい、と理解した。


「お、目ぇ覚めたみたいやな。どうや、調子は? なんかおかしいとこあるか?」

「む……小人の夢を見るとは、ぼくもずいぶんとファンシーな深層心理を持ってるもんだな」

「夢ぇ? おい、こいつ、なんか寝ぼけとるみたいやで」

「鼻でも摘んだったら?」

「おおそうか、じゃひとつ」

「いてっ――い、痛みがある夢だと。こいつは新発見だ、学会に報告しなければ。ああしかしそのためにはまず目を覚まさなきゃな」

「だから目は覚めとるっちゅーに」


 髭を生やした小人の男は呆れたように息をつき、大輔の上からひょいと飛び降りた。

 それで起き上がれるようになった大輔は、ガリバー旅行記を思い出しながらゆっくりと上半身を起こす。


 そこは、どうやら洞窟のなからしい。

 しかし気を失う前に見た洞窟とはいくつかちがっていて、まず気を失う前の洞窟には、いま目の前にいるような小人がうろついていたりはしなかった。


 大輔を取り囲むようにしてうろついている小人たちは、全部で二十人ほどいるようだった。

 それがなにか大きな皿のようなものを運んでいたり、彼らの大きさと合ったすり鉢のようなものを持っていたりして、各々が好き勝手に動いている。


 もちろん、人形ではない。

 だれかが操っているにしては複雑すぎる動き出し、見たところ関節のジョイントなどもなく、人間と同じようにスムーズで絶妙なバランスを保っていた。


 大輔は、改めて自分の頬を軽くつねった。

 もちろん痛い。

 つまり、これは夢ではないのだ。


「こ、小人だー!」

「先生、そのリアクションもうやりました」


 すこし離れたところから聞き慣れた冷たい声がした。

 振り向くまでもなく、紫である。


 紫は大輔から数メートル離れたところに腰掛けていて、そのとなりには泉もいる。

 燿の姿が見えずあたりを見回していると、それを察して、


「燿は向こうで傷の手当をしてもらってますよ。身体中、打ち身とか擦り傷とかいっぱいあるらしくて」

「――そうか」


 大輔はぽりぽりと頭を掻いて、改めて小人を見下ろした。


「小人諸君、もしかしてきみたちがぼくを介抱してくれたのか?」

「まあな」


 と小人のひとりは答え、それからすこし照れくさそうに、


「ばけもんを退治してくれたから、その礼や。ま、気にすんなや」

「おお、そうか――ありがとう。七五三のことも、礼を言う。しかし小人が実在してたとはなあ」

「そりゃ実在しとるっちゅーねん。外の人間が勝手に幻にしただけや。わしらは昔から変わらへん」

「なるほど、たしかに」


 大輔は、まだわずかに身体のだるさを感じていたが、洞窟内で意識を失う寸前に比べたら完治したようなものだった。

 このわずかな時間で一気にここまで改善するとは、地球の医療でもなかなかできることではない。


「そういえば、苔ってやつはほんとにあったのか?」


 その一言で、紫と泉がぴたりと動きを止めた。

 泉は意味ありげに視線を逸らし、紫は笑みを浮かべてうなずく。


「ほんとにありましたよ、一応は」

「一応?」

「苔っていう形ではありませんでしたけどね」

「苔じゃないって、どういうことだ? 花とか、きのことか、そういうもんだったの?」

「花やきのこならよかったですけど――先生、あれですよ」


 すっと紫が指をさす。その先にあるのは、小人用のちいさな瓶だった。

 瓶のなかに、なにやらうっすらと光るものが入っている。


 いったいなんだろうと顔を近づけてみると、それはホタルのような発光する生物だった。

 一匹一匹は目に見えないほどちいさく、何万匹という数がひとつになった瓶のなかで光っているのだ。


「グリム、というそうです」

「へえ、いかにも洞窟っぽい生物だなあ――で、これが苔となんの関係が?」

「だから、それですよ」

「は?」

「苔というのは、それのことです。どうも苔じゃなくて、洞窟の奥で群生している昆虫のことだったらしくて」

「……へ?」

「いやあ、先生、治ってよかったですね!」


 これ以上ない明るい笑顔で紫は言った。

 大輔はゆっくり小人に目をやって、


「あ、あの、つかぬことをお伺いしますが、その生き物は……」

「ああ、昔からわしらんなかで薬として使うとる虫や。グリムいうんやけどな、こいつをすり潰して薬にしたら、大抵のもんにはよう効く。あんたの病気に効くかどうかはわからんかったが、ま、効いたみたいでよかったな」

「す、すり、すりつぶ……」

「しかし外の人間用に作るんは大変やったで。グリムの数も山ほど必要やからなあ」


 小人の話を最後まで聞かないうちに、大輔はふらりと倒れた。

 昆虫のペーストを薬として摂取させられたことがよほどショックだったらしい。


 そういう反応をするだろうと思っていた紫はけらけらと笑い、泉は気の毒そうに大輔を見る。

 そこに、


「あ、先生! まだ目覚してないの?」


 別の場所で治療を受けていた燿が戻ってくる。

 紫は笑いながら、


「さっき起きたんだけど、また気を失ったみたい」

「え、そ、そんなに調子悪いの?」

「体調はずいぶんよくなったみたいよ。ただ昆虫ペーストを食べさせられたことが精神的に効いたらしいけど」

「あ、そ、そっか……でも、元気になったんならよかった」


 燿は紫たちのそばに腰を下ろす。

 その肩にはリリが乗っていて、小人と人間が入り混じっている風景を眺めていた。


 やがて、大輔が二度目の覚醒を果たし、頭を振りながら身体を起こす。


「う、うう……なんかとてつもなく嫌な夢を見ていた気がする。昆虫がどうとか。よく覚えてないけど」

「まあ、そのほうが幸せかもしれませんけどね」


 大輔が苦しんでいるのがよほど楽しいのか、紫はにやにやと口元を歪めていた。

 大輔はそのとなりにいる燿に目をやって、


「お、七五三、戻ってきたのか。怪我はどうだった?」

「ん、大丈夫!」


 といつものように明るく答えたが、その目が見る見る潤んでいく。

 いままでの様々なことが、元気そうな大輔を見た瞬間にすっと消化されたような気がして、燿はわっと声を上げて泣きはじめた。


「こ、怖かったよう、せんせい――」

「――そうか。ありがとな、七五三。おかげでぼくも治ったみたいだ。もし七五三が薬を調達してくれなきゃ、いまごろ死んでたかもしれない」

「う、うん――えへへ、先生が元気になってよかった」

「おまえもひどい怪我がなくてなによりだ。でも、これだけは言っとくぞ、もう絶対あの女についていっちゃだめだ。今回のことでわかったと思うけど、あいつはほんとにろくなやつじゃないし、なに考えてるのか、なにしでかすのかわからないバケモンみたいなもんなんだ。いくらまともなこと言ってそうでもほいほいついて行ったらえらい目をみる――そういえば、あいつは?」

「例の爆発があったあと、いなくなってましたよ」


 紫が言うと、大輔は何度かうなずいた。


「そのほうがいい。まったく、ほんとにあいつと関わったらろくなことがない。あの気持ち悪い化物もなんとかなったんだな」

「あれはあたしらの作戦やで!」


 燿の肩の上で、リリがふんと胸を張った。


「あの真下に、もう使ってない町があったんや。さすがに新しく穴を掘るだけの時間はなかったから、天井にちょっと細工して、崩れやすくしたったわけやな。ちなみにこれあたしの発案やから。もっと尊敬の眼差しで見てくれてもええで」

「正確にはみんなの発案やけどな」


 と燿の足元でビルダッドが言う。


「お父ちゃんは黙っといて!」

「なんでや、反抗期か――まあとにかく、うまいこといってよかったわ」

「いや、まったく」


 大輔もうなずき、


「その節はどうもお世話になりまして。おかげで体調も治りました」

「おおそうか、よかったよかった。わしらもあのばけもんがおらんようになって助かったわ。あいつ、わしらに必要な分の魔力まで食うてしもて、困っとったんや」

「なるほど、そういう事情か。お互いの利害が一致してたわけだな、ふむふむ」

「病気のほうは、まあもう大丈夫やと思うで。一応、念のために予備の薬も持っていき」

「う、な、なんかそこにはあんまり触れたくない気もするけど――でもまあ、いただいときます」

「ねえ先生、これからどうする?」


 燿はすこし首をかしげる。


「また、別の町を目指す?」

「そうだなあ……もうちょっとゆっくりしたい気持ちはあるけど、この洞窟のなかでゆっくりするわけにもいかないしな。体調も治ったし、次の町へ行こうか。そこで地球へ戻る手がかりが見つかるかもしれない」


 大輔としては、本当に次の町に手がかりがあるのかはわからない。

 しかし立ち止まることは危険だと本能的に理解しているのだ。

 一度立ち止まると、再び歩き出すには大きな努力が必要になる。

 この先もまだ歩き続けるなら、いま立ち止まるわけにはいかないのだ。


 大輔たち四人は、その場で改めて小人たちに礼を言った。

 小人たちは洞窟の入り口まで大輔たちを見送り、何百年かぶりの外の人間との交流を終え、また洞窟の奥深く、その地下に存在するアリの巣のような巨大都市へ戻っていった。


 洞窟の外は、まだ森である。


 いい加減森にはうんざりしている大輔ではあるが、その森を抜けないことには次の町にもたどり着けないのだ。


「うー、仕方ない、行くか」

「行こう行こう!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねる燿を先頭に、四人はまた、新しい町を目指して旅を続けた。



  *



 大陸の西、いまはなき軍事大国カイゼルの宮殿に、叶が戻っていた。


 報告したいことがあったベロニカは笑顔で叶を出迎え、叶が留守にしていたあいだに開発したものを見せて、叶の顔を仰ぎ見る。

 叶はベロニカの頭にぽんと手を載せ、微笑んだ。


「あなたは本当に優秀な魔術師ね」

「そんなことないです――叶さまに比べたら」


 と言いながら、ベロニカはうれしそうに表情をゆるめていた。


 叶はそのまま王座に向かい、そこに腰を降ろして、ほとんどが黒く塗りつぶされた地図を見下ろす。


 広い大陸の八割以上の地域はすでに革命軍が支配している。

 数えきれないほどの王侯貴族が処刑され、かといって市民の地位が向上したわけではなく、ほどなくして彼らも頭が取り替えられただけだということに気づくだろう。


 革命はなにも変えない。

 何人もいた王が、たったひとりの王に統一されるだけのことだ。


「残りはふたつね――マグノリア修道院か、グランデル王国か」

「グランデル王国には、この世界に取り残された魔法使いたちが集結しているという情報もあります」


 地図を見下ろしながらベロニカが言う。


「それから、革命軍に対抗するための軍事組織も編成されていると。その指揮官はグレンデル王国の若い王、ジル六世ですね」

「でもまだ、組織としてはちいさいんでしょう」

「とても革命軍に対抗できるような規模じゃないですよ。いまも革命軍の支配から逃れたひとびとが続々とグレンデル王国に合流しているようですが、勢力は拡大していますが。いまのうちに叩きますか?」

「いまなら難なく叩けるでしょうけど、それだとおもしろくないわ。もうすこし大きくなってから潰すほうがおもしろいでしょう――だから、まずはこっちね」

「マグノリア修道院ですね」


 山間にある巨大な修道院は、独自の方法でまだ革命軍を寄せつけずに存在している。

 叶はベロニカに視線をやり、微笑んだ。

 ベロニカはその意味がわからず首をかしげる。


「マグノリア修道院は、あなたがやってみるといいわ」

「わ、わたしが? いいんですか」

「新しい発明品も試したいでしょう。兵力は自由に使っていいから、マグノリア修道院を落としてきなさい」

「はいっ。それじゃあ、さっそく準備してきます!」


 ベロニカは重大な仕事を任せられた喜びに目を輝かせ、部屋を出ていった。


 王座に残った叶は、ベロニカではなく地図を見下ろす。


 その表情からはなにを考えているのかまったくわからなかったが、叶はとくに喜びも感じないまま、この世界のすべてを支配しようとしているのだ。


 革命軍の不気味な雲は、いまや世界の空のすべてを覆い尽くそうとしている。



  続く


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