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万象のアルカディア  作者: 藤崎悠貴
洞窟の人々
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洞窟の人々 9

  9


 叶は壁にもたれ、腕を組んで、とくに興味もなさそうに紫色の生物と燿の戦いを眺めていた。


 客観的に見て、燿はよくやっている。


 というより、よく諦めないものだと感心していた。


「はあ、はあ――」


 燿はくだんの生物からすこし距離を取り、膝をついて、荒く息をついていた。

 それもそのはずで、かれこれ二、三十分、攻め入っては弾かれ、また距離を取って、しばらくしては攻め込み、ということを繰り返しているのだ。


 いまのところ、敵に与えた傷はほんのわずかもない。

 しかし燿は全身に傷を負っている。

 何度となく締め上げられた手足はおそらく骨でも折れているように痛むだろうし、下はでこぼことした土と石が混ざり合った地面だ、這いまわるだけでも手足に傷ができる。


 それでも燿は諦めず、まだ敵へ向かっていくつもりらしかった。

 呼吸を整えながら、じっと敵を睨みつけている。


「もうちょっとな気がするんだけどなあ――もうちょっとで、どうにかなりそうな」


 独り言のように呟いて、燿は立ち上がった。


 燿から近づかないかぎり、その生物はあえて燿を攻撃しようとはしない。

 しかし燿が近づいていくと、素早く反応して触手を振る。

 その速度に燿はついていけず、触手に絡め取られるか、弾かれるかして敵の本体には近づけないままなのだ。


 もし魔法が使えたら、こんな生物はあっという間に倒せるだろう。

 炎でも水でも風でもなんでもいい、相手はそこにじっとしているだけなのだから、すこし離れた位置から魔法を撃ち込めばそれで事足りる。

 もし燿がひとりでさえなければ。


「大丈夫、先生が、みんなが待ってるんだもん――とりゃああっ」


 燿が再び駆け出す。

 それに反応し、敵の触手が動いた。


 絡め取るのではなく、弾くつもりらしい。

 丸太のような紫色の触手がぶんと水平に宙を薙いだ。


「わっ――」


 燿は突っかかるように前のめりになり、偶然、触手の下をくぐって躱す。


「へえ――」


 偶然にせよ、燿が一撃でも相手の攻撃を躱したのはこれがはじめてだ。

 叶もすこし声を上げたが、偶然は、二度は通じない。


「あっ――」


 倒れた上体をぐっと起こした燿に、別の触手がぶんと風を切って迫っていた。

 躱すこともできず、触手に横から殴られるようにして、壁へ向かって吹き飛ばされる。


 燿の身体が洞窟の壁に思いきり衝突する。

 それは背骨が折れてもおかしくないほどの衝撃で、洞窟全体がずんと揺れた。


 燿は声もなく息を漏らし、ずるずると壁を伝って、地面へ倒れる。

 叶はそれを無感動に見つめていた。


 叶は、燿が嫌いというわけではない。

 人間的に見れば、好ましい部類だろう。

 だから手を貸してやる、というごく当たり前の発想が、叶にはないのだ。

 自分の好き嫌いと自分の行動は叶のなかで明確に切り離されていて、ではなにが自分の行動を決しているかといえば、ひらめきと同じ意味での気まぐれだった。


 助けてやろう、と思えば、どんな悪人でも助ける。

 しかしそう思わないかぎり、目の前でどんな聖人が苦しんでいても手を差し伸べることはないし、冷静な科学者のような視線を送る以外、なにもすることはない。


 大湊叶という人間は、そうした理解不能な領域で生きている人間だった。


 燿は地面にうずくまり、動かない。

 腹か、背中か、首か、どこかを致命的に痛めたのかもしれない。

 燿が動かないかぎりは敵も動かず、距離はさほど離れていなかったが、音もなく触手を蠢かせているだけだった。


「――これで終わりね」


 叶はぽつりと言った。


「結局、あなたはなにもできなかった」


 燿は顔を上げず、叶の声を聞いているのかどうかも定かではなかった。

 しかし叶は、無意識のうちでもその問いかけを理解しているだろうと考え、先を続ける。


「あなたは親切でとても明るい子だわ。仲間を大切にするし、だれに対しても分け隔てない。そう、ある意味では理想的な人格でしょう。でも、あなたのその人格が招いた状況がこれよ。あなたはたったひとり、この暗い洞窟で、どうすることもできないまま苦しんでる。もしあなたが別の選択をしていたら、こうはならなかったでしょう。たとえば、わたしの言葉を無視して、近くの町を目指していれば。たとえば小人たちとこの化け物を倒すなんて約束をしないで、別の方法で薬を手に入れられないか考えてみれば。でもあなたはそうはしなかった。わたしの言葉を信じ、小人たちと約束し、たったひとりでここにいる。その結果、どうなったかしら? あなたはこの化け物には勝てなかったし、当然薬も手に入らない。小人たちも助けられない。あなたも、大輔も、みんな苦しむことになる。あなたのその選択のせいでね」


 燿の肩が震えている。

 泣いているのか、それとも全身が震えているのかはわからないが、燿の心が限界に達しようとしていることだけはたしかだった。


「それにしても、みんなひどいわよね」


 叶は、慰めるようなやさしい口調で言った。


「ひとりでここへくることを選んだあなたもあなただけど、それを認めたみんなもみんなよ。あなたの仲間ふたり、泉ちゃんと紫ちゃんだっけ、彼女たちもわたしがこういう人間だってことはわかってるはずなのに、あなたとふたりきりで行かせた。小人たちは、わたしたちになにもかも押しつけて逃げていった。だれかひとりでもあなたを心配して助けにきてくれれば、この状況だってなんとかなったかもしれないのにね」

「――そんなことないもん」


 燿は絞り出すように言って、ゆっくり身体を起こした。


「みんな、あたしならできるって信じてくれてるんだよ。だから、あたしもがんばらなくちゃ」

「どうかしらね。ひとの心なんてわからないものよ。目の前で笑っているだれかも、本当は心のなかであなたのことを罵っているかもしれない」

「でも、心なんて見えないものでしょ」


 土で汚れた頬を拭い、燿は叶に向かってにっと笑った。


「あたしは、みんなを信じてる。お姉さんだって、絶対に悪いひとじゃないって信じてるもん。だから、あたしはあたしができることをしなくちゃ」

「そう――信じる、ね。それがいちばん厄介な感情かもしれないわ。わたしのことを信じられるくらいなら、どんな嘘だって信じられるでしょう」

「うん、なんでもすぐ信じちゃう。でもね、あたし、ほんとにだれかに騙されたこと、一回もないもん。あんなひと信じなきゃよかったって感じたことだって、一回もない。みんな信じてよかったって思えるようなひとばっかりだったから」

「ああ、そう、それなら、いますぐにはじめて信じなきゃよかったって思わせてあげましょうか。いまから大輔のところに戻って、あなたの仲間を全員殺してあげる。そうすればあなたもわかるでしょう、この世界には手放しで信じられないものばっかりじゃないって」


 ――いったいなにを苛立っているんだろう。

 叶はふと、自分のなかで煮えたぎるような苛立ちを自覚する。


 燿の言葉に腹が立っているらしい。

 しかし腹が立つということは、燿の言葉が叶のなかに響いている証拠だ。

 叶もそれを理解していて、だれかの言葉が自分に響くなど信じられなかったから、燿の言葉で苛立っている自分もまた信じられないほど奇妙だった。


 燿はまだ諦めていない。


 これだけぼろぼろになって、なんの手助けもなく、だれの声も届かないのに、諦めようとしない。


 それは強さではなく弱さだ。

 諦められない、という弱さが燿を支えている。

 もしここで燿が諦めてしまえば、燿はいままで信じてきたものをすべて失う。

 仲間への信頼や愛情も、他人を信じるという気持ちも失うくらいなら、ここで最後までそれを持ったまま死んだほうがいいと思っているのだろう。


「先生も、みんなも待ってるんだから、がんばらなきゃ――」


 自分に言い聞かせるように燿は呟き、立ち上がった。

 身体が言うことを聞かないのか、すぐにふらりとして壁に寄りかかる。


 身体はもう限界だ。

 あとは心だけで立っている。

 その心が折れたときが、燿の最後だろう。

 叶は相変わらず壁にもたれかかったまま、じっとその瞬間を待っていた。


 心が折れるまでは、そう遠くない。

 燿もやがてはなにもかも諦め、信頼を捨てる。

 もしそうなれば、叶は燿を助けてやろうと考えていた。

 しかしもし最後まで諦めず、心が折れないままなら、手は貸さない。

 ここで死んでいくのをただ眺めるだけだ。


 燿は顔だけを相手に向けた。

 それが精いっぱいの行動だった。

 しかしその動きに相手が反応し、触手がするりと伸びる。

 粘液に濡れた体毛がずるずると地面を這い、燿の足をぎゅっと捕らえる。

 それでも燿はもがくこともできず、足に巻きつくそれを、ぼんやりと見ていた。


 そのときである。


「燿、逃げて!」


 洞窟に声が響き、暗がりから紫色の生物に向かって無数の小石が飛んだ。

 紫色の生物はそれに気を取られ、燿の足を離し、空中で小石を捕らえ、あるいは叩き落とす。

 そのあいだに燿は這うように逃げ出し、地面に倒れた。


「――遅かったわね、大輔」


 暗がりから現れた泉と紫はすぐさま燿を抱き起こし、そのあとからゆっくりと現れた大輔は、じっと叶を見つめた。


「あなたのことだから、もっと早くにくると思ったけど」

「冗談じゃない、こっちは病気で寝てたんだっての――起きてから七五三のことを聞いて、これでも全速力で追ってきたんだ。でもまあ、なんとか間に合ってよかった」

「せ、せんせい――」


 燿は大輔を見上げ、呟く。


「身体、大丈夫なの?」

「そりゃおまえのことだろ、七五三。おまえこそ大丈夫か」

「う、うん、ぜんぜん平気――ってあいたっ。な、なんでデコピンするの、ゆかりん!」

「あんたのどこが大丈夫なのよっ。傷だらけじゃないの!」

「う、ご、ごめん……」

「この変態女、よくも燿にひどいことしてくれたわね。わたしがぼこぼこのぎったんぎったんにしてやるわっ」

「あら、わたしは別になにもしてないけど」


 叶は平然と言って、視線を大輔に戻した。


「その身体で、よくここまでこられたわね」

「ふん、ぼくは天才なんでね、天才は病気なんかには負けないようにできているのだ。なにしろぼくがここで死ぬと全人類的に巨大な損害すぎるし、そのへんは神的なものがこいつは死なせちゃいけないってことでいろいろと――」

「わたしたちが連れてきたのよ。途中、身体とか触られながら」

「わざわざひとの台詞を遮って語弊しかないこと言うなよっ。肩を借りただけだろ!」

「まあ、とにかく、わたしたちがきた以上あんたの好きにはさせないってことよ」


 紫は立ち上がり、叶の前に仁王立ちする。

 泉は燿の身体を支えながら複雑な表情をしていて、大輔は叶よりも奥にいる奇妙な生物を見ていた。


「うわ、なにあれ、気持ち悪い。七五三、おまえあんなのと戦ってたのか? 勇気あんなあ」

「そう、あなたたちの相手はわたしじゃなくて、あっちだと思うけどね」


 叶は紫の視線をするりと受け流し、微笑む。


「全員揃ったところで、あの生き物をどうにかできるかしら。全員っていっても、もともと魔法が使えない上にいまは立ってるのがやっとの足手まといがひとりと、もう立つ気力もないのがひとり、残りはふたりしかいないけど」

「ふん、ばかにすんなよ。ぼくほどの超天才になれば、自ら手を下す必要もないのだ。おい、神小路、岡久保、あいつはどうやら距離を取ったら攻撃してこないらしい。遠距離から一気に叩くぞ」

「はいっ」

「ここで一から魔術陣を描いてもいいけど、ぼくの体力もおぼつかないし、おまえたちじゃまだ無理だ。だから、あの松明を使おう」

「松明?」


 敵の奥に転がっている、魔法で作った松明のことである。

 大輔は紫と泉を呼び、ごにょごにょと策を与えて、自分はその場に座って息をついた。


「あとは頼んだぞ、ふたりとも」

「う、うまくいくかなあ……」

「いかなかったらあの気持ち悪いやつに捕まるってことよ。がんばりましょ、泉」

「う、うん、がんばらなきゃ。燿ちゃんは、ひとりでがんばってたんだもん――じゃあ、わたしが奥へ行くから、紫ちゃんは援護お願い」

「了解」


 ふたりは一度、敵の間合いぎりぎりまで近づいた。

 紫はそこで足元の石を拾い集め、ちょっとした弾薬庫を作り、援護に備える。


 泉はごくりと唾を飲み込んだ。

 失敗すれば、あのぬめぬめとした触手に捕らわれるのだ。

 それだけはいやだ、と強く思い、かつてないほど気合いを入れて、紫に目配せをする。


 ふたりは視線を交わし、うなずいた。


 同時に泉が駆け出している。


 紫色の生物はその動きに素早く反応し、触手の何本かを泉へ伸ばした。


「ひ、ひい、きた!」

「こっちよ、気持ち悪いやつ!」


 すかさず、紫が準備しておいた石を投げつける。

 その石は、直接生物の本体を狙ったものではない。

 ただ泉が駆け抜けようとしている左端とは反対の右端へ向かって投げられたもので、触手はぴくりとそちらに反応し、泉はその隙に生物のそばを身をかがめて駆け抜けた。


 相手も一瞬遅れてそれに気づく。

 触手が泉を追いかけ、それが足に届こうかというところで泉はなんとか相手の間合いから出た。


「なんとか間に合ったか――」


 大輔はほっと息をつく。


 あの生物は、おそらく動くものに反応して触手を動かしているのだ、という大輔の読みはある程度当たっていたのだ。

 こうした暗い場所に住んでいて、あれだけ多くの目を持っているということは、おそらく視力そのものより動くものを識別する能力に長けている、それなら石でもなんでも素早く動くものを用意しておけば、ある程度注意を逸らさせることができるのである。


「松明、あったよ!」


 泉は声を上げる。

 紫は大輔を振り返った。


「先生、次の手は?」

「次は、ちょっとむずかしいぞ。まだ授業でやってないことをする。魔術陣もいらないし、特別な呪文もいらない代わり、魔法使いとしての能力が重要になるんだ」

「それなら、任せてください」


 紫は微笑み、胸を張った。


「魔法使いとしてなら、わたし、一流ですから」

「……だれに似たのか、自信過剰だなあ」

「先生、ちがいますよ、ただ現実がよく見えているだけです。実力が比例していないときにしか『過剰』という言葉は使わないんですから」


 ううむと大輔はうなり、教育方針を間違えたかな、と考えたが、ともかくいまはそれどころではない。


「じゃあ、説明するぞ。あの松明は魔法で作られたものだ。落ち着いて探れば、魔力だってことがわかるだろ。普通の炎とはちがう。あれは魔力が炎の形に成形されているだけだ。それをもう一度魔力に分解する」

「もう一度魔力に分解? そんなこと、できるんですか」

「できる。一流の魔法使いならな。でも簡単なことじゃない。これは技術というよりセンスの問題だな。どれだけ魔力を認識し、制御することができるか」

「センス――じゃあ、いよいよ失敗できませんね。大丈夫です、やってみます」

「岡久保、神小路の合図に合わせてその松明をそいつに投げるんだ。魔法が魔力に分解されるとき、爆発みたいな衝撃が起こる。その衝撃を当てられれば、一撃で倒すことも不可能じゃない」

「は、はい、わかりました――あ、でも、先生、このまま投げたら、触手で弾かれちゃうんじゃ」

「む、たしかに。それじゃあ――」

「地面に落ちたらそれでええ!」


 不意に高い少女の声が響いた。

 大輔は不思議そうにあたりを見回して、


「なんの声だ? どこから聞こえた?」

「泉ちゃん、地面に落として!」


 燿が叫んだ。


「たぶん、それで大丈夫だから――なんとか近くの地面に落として」

「え、わ、わかった」

「じゃあ、泉、いくわよ」


 紫は呼吸を整え、息をついた。


 目でも耳でもない、一種の皮膚感覚で魔力を探る。

 しかしもともとこの洞窟には魔力が多くあって、それがまるで水中で絡みつく水草のように感覚を邪魔していたが、自然に満ちている魔力をかき分けると、暗闇に光る街頭のように松明の位置がわかった。


 問題は、それをどうやって魔力に戻すかである。

 練習でも授業でも経験していないことを、いまこの瞬間に成功させなければならない。


「大丈夫、わたしならできる。なんたってわたしは天才魔法使いで超絶美少女なんだから」

「前半後半ともに虚偽が……」

「うるさい。先生、黙っててください」

「はい、ごめんなさい」


 絶対にできる。

 そう確信する。

 その心が希望的な想像を支える。


 松明の炎が揺れている。

 魔力の揺らめきを感じ、それは炎ではなく、魔力そのものなのだと思い込む。


 イメージは、風船だ。


 魔力はそのなかに閉じ込められている。

 しかし空気のように、圧力は均等に外側へ向かって働いているわけではない。

 魔力の粒子は好き放題に風船のなかを飛び回り、あっちへ行ったりこっちへ行ったりと取り留めがない。

 その取り留めのなさが風船を保っているのだ。


 風船を内側から割るには、魔力に指向性を与えればいい。

 同じ方向に進ませることで、一気に突き破るのだ。


「泉、いまよ!」


 イメージが完成した瞬間、紫は叫んだ。

 それに合わぜ、泉も松明を投げる。


 炎はぶんと揺れ、まっすぐ紫色の怪物へ向かって飛んでいったが、それを感知した触手が一撃で地面へとはたき落とした。

 紫は松明を構成している魔力を、ある特定の方向へ誘導する。

 それは本来、魔法を発動させるときに無意識でやっていることだったが、自分の身体から離れた魔力を意識的に動かすことは至難の業だった。


 しかし紫は、それをやってのけた。


 ぼん、と音を立て、炎が弾け飛ぶ。

 同時にそれは凄まじい爆風を引き起こし、ダイナマイトでも爆発させたように洞窟を揺らした。


「わっ――」


 洞窟内が激しく揺れ、同時にがらりとなにかが崩れるような音がした。

 まさか洞窟が崩壊したのかと紫は肝を冷やしたが、そうではなく、ちょうど目の前、紫色のぬらぬらと濡れた怪物がいた場所の地面だけがごっそりと抜け落ちたのだ。


 怪物が、触手を揺らしながら地面ごと落ちていく。


 土埃が舞い上がり、また松明が消えて光がなくなったこともあって、洞窟内の視界が一瞬すべて失われた。

 ただ、がらがらとどこまでも土くれが落ちていくような音だけは聞こえていて、全員が動きを止める。


 やがて、音も止んだ。


 しいんと静まり返った洞窟に、紫のちいさな声が響く。


「う、うまくできたの?」

「たぶん――」

「泉、動いちゃだめよ。地面が抜けたなら、落ちるかもしれないから――とにかくなにか光がないと」

「え、あたし? あたし、大丈夫だよ」

「その燿じゃなくて、明かりのこと――」


 しかしこの暗闇では魔術陣を描くこともできず、もちろん光を発するものなどそう都合よく持っているはずもない。


 いったいどうしたものか、と紫があたりを見回すと、地面のところどころがほんのりと発光していることに気づいた。


 なんだろうと近づけば、発光しているのはちいさな穴で、その穴の奥から光が差しているのだ。


 光はどんどんと強くなる。

 洞窟内はぼんやりとした間接的な明かりで照らし出され、ようやく様子が見えてきた。


「わ、すごい穴――」


 泉と紫のあいだに空いている穴は、直径五、六メートルはありそうなものだった。

 覗きこんでも、底は見えない。

 しかしともかく、全員が無事らしいとわかって、紫はほっと息をつく。


 そこに、


「先生、先生!」


 燿の声が響いて、後ろを振り返った。


 見れば、大輔がぐったりと地面に横たわっている。

 無理をしてここまでやってきたが、どうやら体力の限界がきたらしい。

 紫は大輔に近寄り、呼吸をしていることだけは確かめて、腕を組んだ。


「とにかく、先生をどうにかしないと――このままじゃほんとにまずいわ」

「それならあたしらに任せとき!」


 明るい少女の声である。

 紫はぱっとあたりを見回す。


「だ、だれ? そういえばさっきもこの声を聞いたような――どこにいるの?」

「ここや、ここ!」

「どこ?」

「あんたの足元!」

「足元?」


 紫は視線を落とした。


 そしてぎょっと目を見開く。


「な、なな、なにこれ!」


 洞窟のあちこちに空いた穴から、ちいさな人間たちがわらわらと湧き出しているのである。


 一体や二体ではない、百体でも足りないような小人の大軍は、あっという間に洞窟の地面を埋め尽くし、そのうちのひとりが紫ににっと笑いかけた。


「あたしはリリ。あんた、名前は?」

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