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万象のアルカディア  作者: 藤崎悠貴
洞窟の人々
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洞窟の人々 2

  2


 紫は叶を見た瞬間、泉と燿をかばうように前に立って、きっと叶を見上げた。

 叶はそんな仕草にくすくすと笑い、枝に座ったまま足をふらふらと揺らす。


「そんなに警戒しなくたっていいじゃない。別になにもしないわ」

「悪いけど、あんたにかまってる暇はないのよ」


 紫がけんかでも売るように強い口調で言うと、叶はその視線を木の根本に横たわっている大輔に向けた。


「情けないわねえ、大輔。自称天才はどこへいったの?」


 嘲笑も、いまの大輔には聞こえていない。

 叶がそこにいることにすら気づいてないように、大輔はただ苦しげに顔をゆがめて喘いでいる。


「あらあら、相当苦しいみたいね。わたしのことにも気づいてないなんて。もしかしたら、このまま死んじゃうのかしら」

「あんたね――」

「そう怒らないで、紫ちゃん」


 叶はふわりと枝から飛び降りた。

 重力に従って落ちるのではなく、羽毛のようにゆっくりと地面へ下りて、まったく無防備に紫へ近づく。


 紫は逃げなかった。

 ただ挑戦的に叶をじっと睨みつけた。

 叶はその視線を受けて、平然と紫の頭に手をやる。


「触らないでくれる? 気づいてないならはっきり言うけど、わたし、あなたのこと大っ嫌いだから」

「まあ、ずいぶん嫌われたわね。別に、あなたにはなにもしていないつもりだけど。ああでも、前に体型がどうのこうのって話したかしら。あれがそんなに気に食わなかったの?」

「そ、そんな話もうとっくに忘れたわよっ。わたしが気に食わないのは、あんたの見た目と性格とやってることとやろうとしてること――つまりあんた全部が気に食わない」

「強気な性格ねえ」


 叶の指が、頭から紫の頬へと降りていく。

 叶は微笑みながらぐっと顔を寄せ、囁いた。


「そういう子、嫌いじゃないわよ。でも、あなたはまだすこし子どもね」

「ま、まだそれを――」

「体型のことじゃないわ――ここの問題」

「きゃっ――」


 叶の指が紫の胸をつんと突く。

 紫がそれを振り払う前に叶は後ろへと下がり、笑った。


「あなたのような人間にはね、三段階の精神的な成長があるの。まず最初は、自分と外界に壁を作ること。そうすることで自分の心がまわりからねじ伏せられないように守っているわけね。でもある程度成長すると、それじゃだめだってことがわかって、その壁を壊そうとする。まわりから自分を守ろうとするだけじゃなくて、まわりに心を開こうとするのね。それが第二段階。最後には、心を開きながら、必要なところで自分と他人とのあいだに壁を作ることができるようになる。ただ心を開くだけじゃなくて、ちゃんと他人との距離感を保てるようになるってこと。あなたはまだその二段階目ね。自分に素直にはなれるようになったけど、その代わりに冷静さがない。自分の一方的な感情で、本当は自分にとって利益になるようなものさえ拒んでる」

「利益になるようなもの?」

「つまり、わたしってこと」

「ふん――あなたがわたしの利益になるとは思えないけど」

「そんなことないわ。たとえば、あなたたちがいま困っていることを、わたしなら解決してあげられる」

「え――ほんと?」


 紫の後ろから燿が顔を出す。

 その目は、はじめから叶を敵だと認識している紫とはちがい、敵味方で物事を見ていない、無邪気な瞳だった。


「せんせーを助けられるの?」

「その方法を教えてあげてもいいわ」

「じゃ、じゃあ――」

「だめよ、燿」


 紫は厳しく言った。


「どうせ罠よ。こいつがろくな人間じゃないってことはあなたもわかってるでしょ。なんの意味もないのに、革命軍を使って世界中で争いを巻き起こしてるようなやつなのよ。人助けなんか、するわけない」

「あはは、ずいぶん嫌われてるのねえ」


 しかし紫の警戒心は、ある意味では当然のことだった。

 叶のことをよく知っているはずの大輔でさえ、次になにをしでかすかわからず、余裕を失うほどの相手なのだ。

 とくにいまは、大輔が倒れ、三人を罠にはめるには絶好の機会なのである。


 だが、叶には三人を罠にはめてまで排除したがる理由がない、と紫も気づく。

 もし叶が三人のことを邪魔だと思っているなら、その圧倒的な魔法の力で消してしまえばよいのだ。

 それをためらうような人間でないことは明らかだし、罠にはめなければ三人には敵わないというわけでもない。


 叶の目的とはなんなのか。

 なぜ、この状況で姿を現したのか。

 紫はそれを見透かそうとするように叶を睨んだが、叶の笑顔の奥までは覗けないまま、いつしか叶のペースに巻き込まれている。


「もしわたしがあなたたちになにかの罠を仕掛けてるんだとしても、あなたたちはそれに乗っかる以外ないと思うけれど。だって、話を聞いてると、あなたたちはこの森で迷子になってるんでしょう? おまけに大輔は原因不明の病、まったくあてにならないし、帰り道も、行く道もわからない。唯一光が見えるとすれば、偽物かもしれないけど、わたしが差し出すそれだけ――頭のよさそうなあなたならわかるでしょう」


 叶は、紫を小馬鹿にしているのだ。

 紫はそのことを察していたが、怒りよりまず、自分の情けなさが身にしみた。


 こんなことではだめだ、と思う。

 もっとしっかりしなければ、下手をすればこの場で大輔ともどもやられてしまう。


 自分の感情を押し殺し、自分たちに有利な選択をする――それは叶が先ほど言ったとおりのことだ。

 叶の言うとおりにするのは癪だが、苦しげにあえぐ大輔を見ていると、自分の気持ちを優先させることなどできなかった。


「ゆかりん、話だけでも聞いてみようよ」


 燿が紫の肩を叩いていた。

 泉も、そのとなりでうなずいている。

 ふたりは叶にさほど敵対心も抱いていないのだ。


 もしかしたらそのほうが正しいのかもしれないと紫は考え、自分のなかにあるのが正当な敵対心か、それとも単なる性格的な問題なのかを探ろうとしたが、結論は出せなかった。


「――わかったわよ。聞くだけ聞いてもいいわ。その代わり、わたしたちか先生になにかしたら、全力であなたを攻撃するから」

「ええ、それでいいわ」


 叶は、どうせそんなことはできないだろう、とは言わなかった。

 すべてにおいて勝っている叶にはわざわざそんなことを言う理由もない。


「まず、大輔の様子ね」


 叶は苦しげにうめいている大輔のそばに腰を下ろし、その額に手を当てた。

 燿を先頭に、三人はその様子をじっと見守っている。


「ふうん――たしかに、熱は高いわ。呼吸も乱れてるし、脈もおかしい」

「先生、なにかの病気なの?」

「いつからこの調子なの?」

「さっき。それまでは、普通だったのに」


 本当にそうだろうか、と紫はふと疑問を抱く。

 体調が悪くなったのは、本当につい先ほどからなのか。

 大輔はもっと前から体調不良を感じていたのかもしれない。


「ねえ、先生は大丈夫なの? このまま、ずっと悪くなったりしないよね?」


 燿はとことこと叶に近づき、その腕を子どものように引っ張った。

 叶は思いのほかやさしい表情でその手をほどいて、燿の頭をぽんと叩く。


「たぶん、大丈夫でしょう。可能性はいろいろ考えられるけれど」

「可能性?」

「ここは新世界よ。地球上には存在しないウイルスや毒があるかもしれない。とくにここは森のなかだから、さっきから調子が悪くなったんだとしたら、知らないうちに植物や動物、昆虫の毒を受けたのかもしれないわ。ここで丸裸にして傷がないか調べてもいいけど、ま、弟の名誉のためにはそれは置いといて、毒にしてもウイルスにしてもまずいことには変わりない」

「ま、まずいの?」

「それはそうよ。もし毒だったとしたら、ショック状態に陥ってさようなら、ってこともあり得るし」

「さ、さようならって――」


 泉が怯えたように呟く。

 燿はぶんぶんと首を振った。


「そんなことない! 先生は絶対大丈夫だもん。そうでしょ、お姉さん!」

「あくまで可能性の話よ。同じようにこのまま放っておいても勝手に熱が下がって治る可能性もある。ウイルスにしても同じ。大したことないウイルスの可能性もあるけど、インフルエンザみたいに重篤化する可能性もある。とくに新世界のウイルスは、地球人には耐性がないものが多いから危険なのよ。新世界における地球人の敵は、どんな動物よりも耐性も特効薬もないウイルスなんだから」

「う、じゃ、じゃあ、やっぱりすぐ町へ戻ってお薬をもらわなきゃ」

「それがいちばんいいでしょうけど、でも町までは遠いわよ。行くのも戻るのも同じくらいだし、一日じゃ帰ってこられない。それまで大輔の病状が保てばいいけど」


 脅すように叶が言うと、それに合わせたように大輔がうめいた。

 寒いのか、全身にじっとりと汗をかいているのに、まだ歯ががちがちと鳴っている。

 しかしここにはかけてやる布団もなければ、飲ませる水さえろくにないのだ。


 燿はかつて見たことがないほど弱った大輔を見下ろし、それから意を決したように叶に目をやった。


「ねえ、先生を助けるには、どうすればいいの?」

「燿――その女に頼ってもろくなことがないわよ」

「でも、町までも戻れないし、先生だって苦しそうだし――助けられるならだれにだって頼りたいよ」


 叶は燿をじっと見つめ、やさしく笑った。


「あなたはまっすぐな心ね。まっすぐでいられるうちは、なによりも強い心――このまま森を西にまっすぐ進みなさい。そうすれば大きな洞窟が見えてくるわ。洞窟のなかに、どんな病でも治せる苔があるの。まあ、伝説的な存在だから、本当にあるかどうかは知らないけどね。町へ行くよりは、その洞窟へ行くほうが近いはず。ただ、大輔はここへ置いていったほうがいいでしょうけどね。ウイルスならあなたたちにも感染する可能性があるし、三人ともここで倒れたらだれも助けにきちゃくれないわ」

「……その苔があったら、先生を助けられるの?」

「正確には、助けられる可能性がある、ってこと。もしかしたら洞窟の奥へ行ってもそんな苔はないかもしれないし、はじめからわたしが嘘をついているかもしれないわ。なにを選び、どう行動するかはあなたたちの自由よ。わたしが信用できないなら、何日かかけてでも町へ行くことね」


 燿と紫、そして泉は互いに顔を見合わせた。

 叶を信用するかどうか、と視線で意見を交わす。


 紫の意見は、はじめから決まっている。こんな女は信用できない、である。

 そもそもこの状況に現れたこと自体が不可解で、そこになにか意味があるのではないかと疑いたくなる。

 まるで大輔を助けるような口ぶりだが、本当は叶自身が大輔をこんな状態にしたという可能性もあるのだ。


 泉は、信用するともしないとも決めかねていた。


 大輔から叶に関する情報はいくつか聞いていて、ろくな人間じゃないとも言われていたが、泉自身は叶の非道な一面を見たことがない。

 こうして会って声を聞いていると、ひとのいいやさしいお姉さんという雰囲気すらあった。

 もし感じている印象通りなら信用できるが、大輔から聞いた人間像なら、とても信じることなどできそうにない。


 しかしふたりとも、燿がどう考えているかはすぐに推測できたし、結局は燿の意見を通すしかないことも長年の付き合いから理解していた。


 燿は、たとえどんな理由があっても他人を疑うような人間ではない。


 そして叶が信用できないとしても、それに変わる案があるわけでもなく、町まで行くことは事実上不可能なのだから、どっちみち叶が言う「洞窟」を目指すしかないのだ。


「あたしが、洞窟に行く」


 燿はきっぱりと言った。

 そして真剣な目を横たわる大輔に向ける。


「先生、ちょっと待っててね。洞窟まで行って、すぐ戻ってくるから」

「洞窟へ行くのはあなたね。それじゃあ残りのふたりは居残り? 大輔をひとりでここに残していくわけにはいかないものね」


 叶はまるで、そうやって燿たちが離れ離れになっていくのを楽しむように言った。


「いっそ、あとのふたりともここに残ったほうがいいんじゃない? もしここでなにかあっても、ひとりだけじゃなにもできないでしょう。あなたたちはまだひとりで魔法が使えるほど高度な魔術陣も知らない。さすがに大輔も一般化されたひとり用の魔術陣は作れなかったみたいだし」

「でも、それじゃあ洞窟へ行く燿ちゃんがひとりに……」


 泉が心配そうに言うと、燿はにっと笑って首を振った。


「あたしはひとりでだいじょうぶっ。ふたりとも、あたしが行ってるあいだ、先生のことよろしくね。あたしもできるだけ早く帰ってくるから」

「だめよ、燿」


 紫が首を振った。


「ひとりで行くのは、絶対にだめ。それこそ、向こうでなにが起こっても対処できないじゃない。せめてふたりいれば魔法でなんとかできるけど」

「でも、どっちもふたり必要っていっても、あたしたち三人だし――」


 燿はゆっくり自分たちの仲間を見回す。


 倒れている大輔、それを守るために残らなければならない紫と泉、そして洞窟へ行く自分と――その場にもうひとり、いることは、いるのだ。


 燿の視線が叶に止まる。

 叶は不思議そうに首をかしげたが、燿の思考を読み切っている紫は慌てて、


「そ、それこそ絶対にだめ! そんな女連れていったらどうなるか――」

「でも、ふたりずつにするにはそうするしかないよ、ゆかりん。それに、あたし、このひとそんなに悪いひとじゃないと思う。先生のお姉ちゃんだし!」

「考えてみなさいよ、燿、この先生のお姉ちゃんなのよ? この大湊大輔のお姉ちゃんなんだから、そりゃあろくな人間じゃないに決まってるでしょ」

「あらあら、姉弟合わせて悪口を言うなんて、あなたなかなかやるわねえ」

「この変態で自信過剰でいろいろめんどくさい大湊大輔のお姉ちゃんだし、それに、こいつは革命軍のリーダーなのよ。世界中でひとを殺したり町を襲ったりしてる――そんなやつとふたりきりになるなんて、自殺行為だわ」

「別にわたしがだれかを殺すわけでも、町を襲うわけでもないけどね。革命軍がやってるだけで」

「じゃあ、あんたの意志は関係ないっていうの? ただ革命軍がやってるだけって?」

「革命軍がやることとわたしがやることはちがうわ。まあ、わたしも必要ならひとくらい殺すし、いっそこの世界ごと滅ぼしてもいいと思ってるけど」

「ほら! 絶対ろくな人間じゃないって!」

「でも――でも、お姉ちゃんも、先生のこと心配だよね?」


 燿は期待のこもった目を叶に向ける。


「先生、弟だもん。家族なんだから、心配してるよね」

「まあ、他人と同じってわけにはいかないけれど」

「ほら、燿、無駄よ」

「むう、そう言われると逆らいたくなるのが人間よねえ――いいわ、燿ちゃん、わたしがいっしょに洞窟まで行ってあげる」

「ほんとに? よかったあ……」

「燿、ちょっと、こっちきなさい」


 紫が手招きをしている。

 燿がとことこと近寄っていくと、紫はがっと燿の腕を引っ張って、


「ちょっと、本気であの女といっしょに洞窟へ行くつもり?」

「う、うん、だって、ついてきてくれるって」

「なにされるかわからないわよ。後ろから突然刺されるかも」

「そんなことしないよ。だって、いいひとそうだし」

「いいひとそうなだけで、いいひとじゃないわ。先生が言ってたこと、覚えてるでしょ。大湊叶には近づくなって」

「うん――でも、その先生が大変なんだよ。あたしひとりじゃ行けないかもしれないし、協力してくれるっていうなら協力してもらっても」

「だから――」


 と紫は言いかけたが、ふと、叶を連れていくのはいい案かもしれないとも思いついた。


 まずもって、この先に洞窟があるというのも叶が言っているだけだし、その洞窟にどんな病気も治せる苔が生えているというのも叶からの情報でしかない。

 叶が意図的に嘘をついているのだとしたら、そこにはなんらかの罠が待ち構えている可能性がある。

 しかし叶を連れていけば、すくなくとも叶を巻き込むような罠はない、ということだ。


 もちろん、叶を連れていくことによってリスクが増すことも考えられる。

 それこそ、いっしょに歩いていて突然後ろからぶすりとやられる可能性もある。

 しかしそれは、可能性としてはごくわずかだろう。

 もし燿に危害を加えたいなら、わざわざひとりだけ誘い出す必要もないし、不意を打つ必要もない。

 たったいま、この瞬間に魔法を使って三人まとめて始末すればいいだけのことだ。叶にはそれだけの能力がある。


「……じゃあ、いっしょに歩いてるときも注意するのよ」


 紫はちいさく、低い声で囁いた。

 そのあいだも叶はすこし離れたところでくすくすと笑っている。


「絶対に油断しないこと。絶対に心を許さないこと。なにを言っても、基本的に無視すること。しゃべるとしたら、相手のメンタルを狙い撃ちするような悪口ね」

「え、う、うん、わかった、がんばってみる」

「あの女を先生のお姉ちゃんだって思わないほうがいいわ。もっと根性の悪い、もっと性格の悪い、地球だったら男に貢がせて裏で悪口ばっかり言ってるような女だと思ったほうがいいのよ。っていうかたぶんそういう女だし」

「あのね、紫ちゃん、陰口ってもっと本人に聞こえないように言うものよ?」

「とにかく、どんなときも注意するようにね。燿はすぐひとを信用するから」

「うん――でもね、ゆかりん、疑うより信じたほうが簡単だし、楽しくない?」

「ときと場合によるわ。ああいうのは、信用しちゃいけないやつ」

「そうかなあ……そんなに悪いひとには見えないけどなあ」

「相談は済んだの?」


 叶はあくびを漏らし、言った。


「それじゃあ、早く行きましょう。ぼんやりしてると大輔が死ぬまでに間に合わないし」

「せ、先生は死なないもん! なんたって先生は不死身なんだからねっ」

「不死身がいいの? わたしは、人間は死んだほうがいいと思うけどね。さ、燿ちゃん、洞窟はこっちよ。居残りのふたりは大輔のことよろしくね」


 叶はひらひらと手を振りながら歩き出した。

 そのあとを、燿が慌てて追っていく。


「じゃあ、ふたりとも、先生のことよろしくね!」

「そっちも気をつけるのよ、変態女に!」

「はーい!」

「燿ちゃん、そこで返事したらほんとにわたしが変態女みたいでしょ。そういうところは返事しちゃだめなのよ」

「う、ごめんなさい」

「いいわ、かわいいから許す」

「えへへ、ありがとー」


 そんな会話をしながら森の奥へと去っていくふたりに、紫と泉は顔を見合わせた。


「あ、あれ、大丈夫かなあ……燿ちゃん、危ない目に合わなきゃいいけど」

「あの変態女が妙なことしなきゃ大丈夫だと思うけど……まあ、わたしたちはここで祈るしかないわ」


 会話が途切れると、ふたりの視線は自ずと大輔のほうへ向かう。

 大輔は苦しげに寝返りを打って、まだ悪寒を感じているのか、がちがちと歯を鳴らしていた。


「――なんとか間に合ってよ、燿」

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