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万象のアルカディア  作者: 藤崎悠貴
桜の姫君
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桜の姫君 6

  6


 ロスタムの町は、入り口から城へ向かって一直線に道が伸びている。


 ほかにもいくつか城へ続く道はあるが、入り口から続く通称「御用通り」がもっとも大きな通りであり、もっとも人通りが多く栄えている通りでもある。


 その通り沿いには、大抵のものが揃っている。

 呉服屋、小物屋、宿屋、漬物屋などなど、そうしたのれんがずらりと並ぶ通りはそれ自体がひとつの観光として成り立つほど立派なものだった。


 そんな御用通りの入り口に、四つの人影が現れた。


 双日の日中、慣れている住民でさえぐったりするような熱気のなかに現れたその人影に、はじめ町民は幻覚を疑った。

 暑いせいでこんなものを見るのだ、と思ったが、目をこすってみても頬を叩いてみても消えないものは、もはや幻ではあり得ない。


「な、なんだ、あれは?」


 幻ではないにしても、幻としか思えないような四人組でもあった。


 とにかく、派手なのだ。


 その格好が目に痛いほど派手なのだ。


 四人のうち、三人は少女である。

 その少女たちはきらびやかで極彩色の着物を纏い、帽子もまた冗談のように巨大かつ豪華で、からん、ころん、と下駄を鳴らし、着物に取りつけた数々の装飾品を風鈴のように揺らして、ゆっくりと御用通りのど真ん中を歩いていた。


 三人とも、顔には白粉を塗っている。

 いったいどこの芸者だという格好だが、本物の芸者よりはるかに豪華で、またこれでもかというほど派手な格好である。


 そんな三人を率いている男は、一転して洋装で、全身びしりと揃った黒のタキシードだった。

 頭には高いシルクハット、手にはステッキまで持って、派手な女たちを引き連れながら、満面に自信を浮かべて歩いている。


 どこを切り取っても奇妙な四人組である。


 町民がそれに気づかないはずはないが、あれはなんだ、と見ても正体はわからなかったし、四人があまりに堂々と往来の真ん中を行くせいで、だれも話しかけることさえできなかった。

 ただ、しゃらしゃら、からんころんと鳴らしながら、四人の行列は城へ向かって進んでいく。

 町民たちは呆然とそれを見送る。


 四人の姿が充分遠ざかってから、彼らは顔を見合わせた。


「なんだ、あれは?」

「さあ……町の人間じゃなさそうだ」

「城へ向かって行ったようだが、城の客かな?」

「そうとも思えないが――」


 しばらくして、城の門番の目にもその奇妙な四人組が見えはじめた。


 はじめはあれはなんだと目を丸くするばかりだったが、門に近づくるのを察し、門番は自分の仕事を思い出して城のなかへ報告を行かせる。

 その上でしっかりと門の前に立ちはだかり、四人組を真正面から出迎えた。


「なんだ、おまえたちは!」


 四人組は、門番の前でぴたりと立ち止まる。

 先頭に立った男は、いやに自信が満ち溢れた顔でにやりと笑った。

 門番はうっと言葉に詰まり、気圧される。


「し、城になんの用だ。許可なく立ち入ることは許されぬ。引き返されよ」

「国王に伝言を持ってきた」


 先頭に立つ男が言った。


「な、なに、伝言だと」

「私は諸君らの姫、スオウ・ミナギを誘拐した犯人である」

「な、なな――」

「そこで、国王ジライヤの懐刀三人に告ぐ。姫を返してほしくば、町の外の野原まできたれい。われわれはそこで貴君らを待つ」


 堂々たる口上に、門番も呆気にとられる。

 男はそれを見てにやりと笑い、懐を探った。


「しかとお伝えあれ。では、さらばじゃ。わーはっはっは!」

「あっ――」


 男が懐から取り出したものを地面に投げつけた瞬間、白い煙がぽんと上がり、またたく間に視界が埋め尽くされた。

 門番はすぐその煙に飛び込み、男たちを捉えようと闇雲に腕を振り回したが、空を切るばかりでなにも捕らえられはしなかった。


 結局、煙が風に流されて晴れたとき、その場には門番のほか、だれもいなくなっていたのである。



  *



 報告を聞いたマサルは、ぐっと唇を噛み締めて悔しさを堪えた。


 敵ながら、思わずやられたと言いたくなるような、堂々たる振る舞いである。同時に露骨なほどの挑戦でもあった。


「兄上!」


 と四人兄弟のなかでいちばん短気な三男のムサシが吠える。


「やつら、おれたちをばかにしてやがる。すぐに行ってひっ捕らえてやろうぜ!」

「まあ、待ちなさい、お猿さん」


 次男のマサムネは青白く細長い顔に冷静な笑みを浮かべ、弟を制した。


「そこで怒っては、なおさら敵の思う壺ですよ。まあ、お猿さんには無理な相談かもしれませんけど」

「だれが猿だあ! おれは人間だっての」

「おや、猿をばかにするものじゃありませんよ。猿というのは非常に知的な生物ですからね。そう、ある意味では、おまえを猿と比べるのは猿がかわいそうかもしれません」

「そんなに!? おれはそこまでばかじゃねえよっ」

「まあ、落ち着け、ムサシ」


 マサルは自分に言い聞かせるように言って、深く息をついた。


「そう、たしかに冷静になる必要がある。やつらは明らかにおれたちを狙ってきたんだ。懐刀三人と名指ししてな」

「だからこそおれたちがひっ捕らえてやるんだろうが。向こうからのご指名なんだぜ。こりゃあいい機会だ」


 マサムネははあとため息をつき、


「だからおまえはばかだと言われるんですよ、ムサシ」

「マサムネ兄以外には言われねえけど!」

「向こうがこちらを名指しで指名してきたということは、すでにこちらの情報をある程度持っているということです。すくなくともこちらが三人であること、つまりイオリがいないということくらいはね」

「だからなんだよ? 別に知られて困ることもねえだろうが」

「こちらの情報を知られているということは、向こうはそれ相応の準備をしているということでもあります。つまりやつらは、はじめからわれわれと戦うつもりで、われわれと戦うことを前提とした作戦を立てている」

「へっ、そんな作戦おれが蹴散らしてやるぜ! あいつらがどんな連中か知らねえが、おれたちに勝てるわけねえ。なにしろおれたちは四人衆だぜ」

「相手にはおそらくイオリも含まれる」


 マサルは低い声で言った。


「イオリはおれたちと同程度の力を持っているはずだ」

「こっちは三人、イオリはひとりだ。ほかに何人いるのか知らねえが、イオリさえ捕らえりゃ勝ちも同然だろ」

「いいですか、お猿さん」

「だれかお猿さんだっ」

「戦いというのは、実際に戦う前からある程度決しているんですよ。まあ、どんな小細工があろうと、わたしたちに敵う者がいるとは思えませんがね」

「だろ。マサル兄、行こうぜ。さっさと行って、イオリのばかをとっ捕まえよう」

「第一の目的は姫さまだ。姫さまを無事、城へお連れすることを最優先にしろ」


 なんにせよ、戦うしかないのだ。

 マサルはそう決心して、ふと、その結論は自分で下したものではない、と気づく。


 戦わなければならない、という状況に持っていったのは、相手の連中だ。

 マサルはそれを選択する立場にはなかった。

 あそこまで堂々とけんかを売られては、それを買わずに不意打ちするなど到底できない。

 あの連中は、町中を派手な衣装で歩くという一見意味不明な行動で、マサルたちに戦い以外の選択肢を与えなかったのだ。


 マサルは本能的な警戒心を覚える。

 これは一筋縄ではいかない相手だ、と思うが、そうは思っても戦うしかないのだから、戦いさえはじまればどうとでもなるという気もしていた。

 それほど戦闘には自信があったのだ。


「――よし、連中の策に乗ってやろうじゃないか」


 マサルは言って、ほかの兵士に城の警護を続けるように命じ、ふたりの弟を連れて城を出た。

 それが、敵の腹のなかへ飲み込まれる行為だとは気づかずに。



  *



 ティアーズの人間誘拐作戦は、ことごとく失敗していた。


 ティアーズたちは毎夜その問題点を話し合い、ひとつの結論として、自分たちは人間という生物に関する知識がなさすぎる、と判断した。


 人間たちがどれほどの知能を持った生物なのか、どのような生態をしているのか、どれほどの警戒心があり、どれほどの戦闘能力を持っているのかなど、ティアーズはひとまず分析にとりかかることにした。


 森から数歩だけ出た野原に身をかがめ、遠くに見える人間の町や、そこを出入りする人間たちを観察する。

 そうしてわかったのは、人間というものは非常に脆弱であり、戦闘能力は皆無に近い、ということだ。


 人間には硬い外皮もない。

 獲物を殺傷する牙や爪もない。

 足の速さはあらゆる動物に劣り、瞬発力もまた野生動物とは雲泥の差がある。生物としての利点といえばせいぜい手先が器用というくらいだったが、それが直接戦闘においてなんの利点もないことは明らかである。


 では、人間というものは、どうやって他の生物との生存競争に勝ち抜いてきたのか。


 ひとりの聡明なティアーズが、それは「群れ」のせいだ、と看破した。

 人間は、単体ではぞっとするほど脆弱な生物だが、集団を作ることで自己を強化しているのだ。


 たとえば、一体の野生動物と一体の人間では、野生動物がすべての点で上回っている。

 しかし一体の野生動物と十体の人間とでは、総合力では人間が上回る。人間という生物は、そのようにして生き延びてきたのである。


 生存競争力、すなわち戦闘力として見るのであれば、人間は個ではなく種である。


 種としての人間は強い。

 ティアーズは数々の失敗からそれを認めなければならなかった。

 しかし、種でなくなった人間は、とたんに生存競争力を低下させる。

 個、つまり個人となったとき、人間は恐ろしく脆弱で、戦闘力は取るに足らないものとなる。


「集団でいるときのニンゲンは避けるべきである。しかし、一体ないし二体以内のニンゲンは恐るるに足りない。すなわちわれわれは、ニンゲンが一体ないし二体でいるときを狙うべきである」


 そう結論したのはいいものの、実際問題としてそれは難しかった。


 ティアーズが観察したかぎり、人間はさすがに自分の弱点を知っているようだ。

 町の外に、ひとりやふたりで出てくる人間はほとんどいない。

 町には定期的に人間が出入りしていたが、そのほとんどは五、六人の集団だった。

 さすがにそうした集団にはティアーズも手を出せず、じっと見送るしかなかった。


 しかし森のなかの神はいよいよ怒り猛っている。

 毎夜のように暴れるせいで、周囲の木々は甚大な被害を受けていた。森が被害を受けるということは食料が減るということであり、さほど間接的でもない形でティアーズたちの生存にも関わってくる。


 彼らはなんとしても生贄を見つけ、神の怒りを鎮めなければならなかった。

 その行為は、彼らが生きていくために絶対必要だったのである。

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