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万象のアルカディア  作者: 藤崎悠貴
天空の魔法都市
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天空の魔法都市 11

  11


 アレグロ盗賊団の三人が銀色の巨人を回避できたのは、まったく偶然の結果だった。


 シモンとジッロが勇猛果敢、半ば自暴自棄に突っ込んでいったのはいいが、長身のシモンでさえ、その巨人の半分程度の身長しかない。

 もちろん力の差も圧倒的で、巨人がぶんと振り上げた手に弾き飛ばされ、危うく町の外へと落ちるところだった。


 ふたりの巨人は、アレグロ盗賊団の行く手を阻むように立ちはだかる。

 シモンが身軽を生かして一体に飛びかかっても、もう一体がそれを後ろから捕まえ、ぽいと放り投げてしまう。

 ベスはすこし距離を取って援護射撃とばかりに拳銃の引き金を引いた。

 鉛玉は的確に巨人の頭部を捉える。

 しかし、きん、と硬い音が鳴るばかりで、巨人はほとんど身じろぎもしなかったし、その銀色の表面には傷のひとつもついていなかった。


 明らかに分が悪い。

 しかし巨人たちは積極的に三人を襲おうという気はないらしく、階段の前に陣取り、向こうからは近づいてこなかった。


「どうします、ベス姉」


 シモンが太い眉をひそめて囁く。


「あいつら、なかなかやりますぜ」

「弱点はないのかい? どっかを狙えば一撃で倒れるとか」

「さあ、どうですかね。ま、おれが製作者なら、そんな弱点は作りませんが」

「おれは引き返すほうがいいと思います」


 ジッロはぶるぶると震えて言った。


「投げ飛ばされるくらいならまだいいですけど、あの銛みたいなので刺されたら一発で死んじゃいますよ」

「でも、この先にはお宝があるかもしれないんだよ」

「お宝より命のほうが大切です、おれは」


 ふむ、とベスは腕を組んでうなずく。


「たしかに、自分の命とお宝なら、命のほうが大切だね。あんたらの命ならお宝のほうが大切だけど」

「ベス姉!」

「ふたりとも、静かに! なんか様子が変ですぜ」


 用心深くシモンが言った。

 前方に佇む二体の巨人が、なにやらぶるぶると小刻みに揺れている。


 まさか自爆でもするのか、とベスは身構えたが、どうやらそんなふうでもない。

 二体の巨人はぶるぶると震えながら、不意に両腕を空に突き上げた。


 そして、動きがぴたりと揃った踊りをはじめる。


「……はい?」


 それは踊りとしか思えなかった。

 両腕を空へ伸ばし、曲げては伸ばし、また曲げ、ということを一定の間隔で繰り返しながら、足を左右へ動かす。

 音はないが、二体揃って同じ音に合わせて踊っているようで、それがなにか重大な攻撃の予兆というわけでもなく、ただいつまでも踊っているのである。


 三人は知るはずもないが、それは大輔が立ちくらみを起こしてつい押してしまったスイッチのひとつが、警護兵の動作確認のスイッであったことに起因していた。

 つまり複数の警備兵の動きを同期させることで、どれがどんなふうに故障しているのか見るためのものなのだが、もちろん動作確認中は警備の任に就くことはできない。


 踊り狂うふたりの巨人を眺めて、ベスはぽつりと言った。


「いまのうちに抜けちまうか?」

「で、でも、こっちを油断させて、近づくのを誘っているのかも。それで近づいたらあの銛でぶすって」

「よし、ジッロ、行って確かめてこい」

「やっぱり! いま絶対そう言われると思ったんですよ、だっておれがいちばん下っ端だし、絶対生贄にされるんだろうなって」

「うじうじ言ってねえさっさと進め!」

「うう、ひどい、ベス姉もシモン兄もおれのことを犬かなにかだと思ってるんだ、絶対」


 ぶつぶつと言いながらも、ジッロは巨人に近づいていく。

 巨人はジッロの接近にも気づく様子はなく、相変わらず陽気な踊りを続けていて、くるりと一回転してはあたりにずんずんと足音を響かせていた。


 ジッロは慎重に巨人の足元を抜ける。


「うう、頼むから間違えて踏み潰さないでくれよ」


 身を屈め、そろそろと進むジッロの頭のすぐ上を、三叉の銛がぶんと薙いだ。

 ジッロは背中にじっとりといやな汗をかいたが、なんとか無事巨人の後ろへ抜ける。

 するとシモンとベスも難なく巨人の脇を抜け、階段を上りきった。


 その先は、道が不意に途切れている。

 崖か、と真下を覗き込むと、遥か下に白い雲が見えていた。


「ベス姉、どうやら上にまだあるようですぜ」


 山に沿って、頭上十メートルほどのところからまた道が続いていた。


「道が崩れたんでしょうか」

「さあ、どうだか。とにかく登る方法を探すわよ」


 もう一度山肌を上り、上の道へ這い上がるか、と考えていると、ふと頭上の道の一部がふわりと浮き上がった。

 それはまるで風に流れる鳥の羽のように軽やかな動きで宙を滑り、ベスたちが立つ道の先へと連結された。


 三人は顔を見合わせ、


「乗れってことじゃないのか?」

「でも、乗った途端落とされるとか」

「おまえは悪い方向に考え過ぎなんだよ、ジッロ。とにかく乗ってみましょう」


 ということになり、三人揃って浮遊する足場に乗り込んだ。

 すると足場は重量も感じさせずに浮かび上がり、上の道と再び連結する。

 まるで魔法のような出来事だったが、いままでの経験から、この町ではなにが起こっても不思議ではないとわかっている。

 三人は運よく先へ進めたとだけ考えることにして、慎重に上へ上へと進んだ。


 やがて、巨大な建物に行き着く。

 もしや宝物庫か、とベスは真っ先になかを覗き込んだが、建物のなかはただの広い空間であり、部屋すらも存在していなかった。


 そのうち、周囲を捜索していたジッロが浮遊する足場を見つけ、それに乗ってさらに上へと向かう。

 途中、何度か足場を乗り換えて、また建物へとたどり着いた。


 丸い屋根の、こじんまりとしているが、いかにも怪しげな建物である。

 ベスが近づこうとするのをシモンが制して、


「ベス姉、だれかの話し声が聞こえますよ」


 低く押し殺した声で言って、耳を澄ませた。

 たしかに、その建物のなかから人間の声が聞こえてくる。

 三人は入り口らしい場所の近くに陣取り、漏れ聞こえてくる声に耳を傾けた。


「――もちろん、機能に制限はつくけれど」

「その核がどこかにあるってことだよな。どんな魔術陣なのか興味がある。すこし見せてもらえないか?」

「ええ、かまわないわ」


 男の声と、女の声である。

 ベスは拳銃を構え、残りの弾数を確認して、すこし部屋のなかを覗き込んだ。


 決して広くはない空間に、五人の男女がいる。

 うち女が三人、男がふたりだが、大人といえるのは男ひとりだけで、あとの四人はまだ子どもだった。


 そんな子どもたちがこんなところでなにをしているのか、またどうやってここまできたのかはわからないが、制圧を考えればそのほうが好都合である。

 やがて、男の声が、


「――こいつは貴重な情報になるぞ。お宝だ、お宝」


 そう言ったとき、三人の行動方針は決定した。


 言葉で相談があったわけではない。

 そのあたりは数年間いっしょにやってきた感覚で、三人は同時に部屋のなかへ突入した。


 ベスは驚きの表情を浮かべている男に拳銃を向け、にやりと笑う。


「さあ、怪我したくなかったらおとなしくお宝を差し出しな」



  *



 どこから現れたのか、その三人組は中央管理室の入り口を見事に塞ぎ、大輔たちに武器を向けた。

 紫がとっさに泉をかばう位置に立ち、大輔は近くにいたルネの腕を引いて自分の背中に隠す。


「なんだ、きみたちは」


 拳銃を持つ金髪の女は、ふふんと鼻を鳴らした。


「あたしたちがだれだか気になるのかい?」

「まあ、そりゃ気になるさ」

「あたしたちは泣く子も黙るアレグロ盗賊団だよ」

「……アレグロ?」


 聞いたことないな、と大輔は首をかしげた。

 女は細い眉をぴくりと動かし、


「このあたりじゃいちばん有名な盗賊団なんだけどね。まあ、これを言えばわかるかな――あたしはエリザベス・ベスティ、人呼んで黄金のベスティ!」


 どうだ、恐ろしいだろう、というように女はにたりと笑ったが、大輔はより一層首をかしげるばかりだった。


「ベスティ? さあ、知らないな。ルネ、聞いたことあるか?」


 ルネはぷるぷると頭を振る。

 すると長身の男がぴんと指を立て、


「じゃあ、天然のベスティは? 酒場では主にその名前で呼ばれてるんだけど」

「ジッロ、お黙り!」

「は、はいっ」

「とにかく、あんたたちのお宝はあたしたちアレグロ盗賊団がすべていただく。さあ、さっさとお宝を出しな」

「お宝? おいおい、あんまり不思議がらせないでくれよ。これ以上首をかしげると一周しちゃうだろ。お宝ってなんの話だ?」

「ふふん、あんた、なかなかの役者だねえ。ごまかそうったって無駄さ。さっきお宝って言葉を聞いちまったんだからね」

「そんなこと言ったかな――」


 いよいよ首の角度が足りなくなってきた大輔は、ぽんと手を打って、


「ああ、さっきの話か。あのお宝っていうのは、別に本物のお宝ってわけじゃないよ。情報のことをそう呼んだだけだ」

「情報?」


 ベスは怪訝そうな顔をしたが、軽く銃口を振る。


「そんな言葉で騙されるあたしじゃないわ。本当はお宝があるんでしょう。これだけの町だ、黄金なりなんなり、たんまりとあるはず」

「――ミラ、そんなものはこの町に存在するのか?」


 大輔の声に、部屋全体が反応したように薄く輝いた。


「この町には黄金なんてないわ」

「ほらね。これが答えだ」

「いったいだれが喋ったんだい、いまのは」

「この町自身さ」


 大輔はにやりと笑う。

 その笑顔になんとなく気に食わないものを感じたベスは眉をひそめた。


「信用ならないね。宝はある。これだけの遺跡だ。それもまったく風化していない。罠もまだ健在なんだから、なにもないはずはない」

「そう言われてもねえ」

「黄金はないけれど――」


 ミラがゆるやかな光を発しながら言った。


「宝と呼べるようなものなら、この町にも存在するわ」

「そうだろうさ」


 今度はベスが自信満々に笑みを浮かべ、大輔がむっと顔をしかめる。

 お互いプライドが高いのか、相手が優位に立つということが耐えられないらしい。


「その宝を、いますぐここに出しな。そうすればあんたたちも無事に解放してやるよ」

「いますぐに提出できるようなものではないわ」


 ミラは平然と言って、その姿をモニターに映し出す。

 ベスは一瞬驚いた顔をしたが、すぐそれを幻だと見抜いて、きっとにらみつけた。


「どういうことだい」

「宝というのは、情報のことよ。この町に関する情報、あるいはわたしが記録している歴史。それを宝と呼ぶひともいる」

「情報だあ? そんなものが金になるかい。お宝といえば黄金、あるいは宝石さ」

「それなら、あなたの求めている宝は、この町にはないと断言できる。情報の開示を求めるなら、わたしはそれに従うわ。それでこの町を守れるのであれば」


 ベスは鼻を鳴らし、油断なくじっと五人の様子を見ていた。

 五人とも、嘘をついているような顔ではなかった。

 だからといって、ここまできて宝を諦めるわけもない。


「その情報というやつを、見せてみな」

「――あなたに理解できるかどうかわからないけれど」


 あたりの壁が、いままでいちばん強く発光をはじめた。

 光はまたたく間に室内を照らし出し、眩しさに目を細めるほどになる。


 その壁から発せられた青白い光は、はじめただ闇雲に拡散しているだけに思われたが、みるみるうちに収斂されて、幾筋かの直線になった。

 光の直線は、ちょうど部屋の中央で交差し、そこにおぼろげな、しかし立体の映像を照射した。


 四角い箱のようなものである。

 青白く、向こうが透けて見える不思議なものだった。


「手をかざして」


 ミラが言った。

 ベスは片手に拳銃を持ったまま、注意深くそれに近づいて、言われたとおりに右手をかざした。


「おお――」


 四角い箱の一面がぱたりと外側へ倒れ、ほとんど同時にほかの面も展開されて、糸のようにほろほろと崩れていく。

 一度崩れた光の粒子が、またおぼろげに形を組み上げる。


 それは一種の文字だった。

 この町でかつて使われていた古代文字のひとつである。

 ベスは眉をひそめて、その文字をにらむ。


「なんだい、これは。読めやしないよ、こんなもの。読み上げな」

「――魔法都市『インドラ』について。インドラの成立は千歴一一一年である。インドラは理想都市として設計され、またひとつの実験施設でもあった。個としてのひとびとが全としての種になれるか、という実験である。インドラはひとつの思想によって運営、管理されている。われわれ創始者はその思想をヴェーダとし、ひとつの個体としての名をミラとした。町には数千人が暮らしているが、彼らはみなヴェーダのもとに生かされているのであり、ミラという個の友人でありながら、ヴェーダの構成員でもある。そのような個が実現しうるかという実験である。インドラの管理には――」

「ちょっと待ちな」


 ベスは苛立ったように銃口を左右へ振った。


「そんなつまらない話を聞きたいんじゃないんだよ。お宝のありかだ。それについて教えな」

「――ヴェーダには考えうるかぎりの知識が収納されている。人々の歴史、あるいはナウシカについて」

「――ナウシカ?」


 大輔が声を上げた。

 ベスがそれを制するように視線を向け、


「話を続けな」

「ヴェーダに蓄積された知識が人間を導く。幸福とは最大公約数のことである。思考とは分析のことである。予言とは数学的計算のことである。ヴェーダはあらゆる知識を総合し、もっとも理想的と思われる手段で人間を未来へ導く。知識の集約たるヴェーダはまさに人類の宝となり、やがては神と呼ばれる存在になるだろう」


 ベスはわけがわからないというように首をひねった。

 一方、燿以下この地域の言語がわからない三人は、その話のなかであることに気づいていた。


 話の内容に関してではない。

 ミラが話しているあいだに、コンソールのひとつのスイッチが、青く発光していることに気づいたのだ。


 それはいままで光っていなかったはずの場所だった。

 ミラの言葉を聞いている大輔たちが見向きもしないことを思うと、そのスイッチについて話しているわけではないらしい。


 勘がいい紫は、ミラの意図にすぐ気づいた。

 同時に、ほかのふたりの手をぎゅっと握り、言葉でも視線でもなく、不自然な行動を取るなと命じた。


 スイッチは、燿が手を伸ばせば届く距離にある。

 しかし怪しい行動を取れば、即座に銃口が動くにちがいない。


 紫は顔をほとんど動かさず、視線で燿と意思疎通する。

 燿もスイッチのことには気づいていたが、紫ほど器用ではないから、見るからにそわそわとした動きをはじめていた。

 手を握ることで必死にそれを制しながら、紫はベスの様子を伺う。


 ベスはミラの話を聞きながら苛立ちを募らせているようだった。

 その銃口はふらふらとさまよい、指も引き金にはかかっていない。

 もうすこし、もうすこし、と粘っているうち、ベスは腕を組んだ。

 瞬間、紫は手綱を離すように、燿の手を離した。


「あっ――」


 ベスが声を上げたのは、燿が腕を伸ばしてスイッチを押したあとだった。

 床が大きな音を立てて揺れる。

 全員がその場にしゃがみ、傾いた床にすべり、ベスの後ろにいた男ふたりが管理室の外へと転がり出た。


 天井が開き、床が上昇をはじめる。

 そのころには揺れが収まっていて、膝をついた大輔は、床に転がった拳銃めがけて飛びかかった。


 しかしそれよりもベスが一瞬早く拳銃を蹴り、自らその先に飛びついて、拾い上げる。

 銃口は燿を、それからまったく無防備に立ちすくんでいるルネを狙う。


 床は上昇し、空中で浮遊をはじめた。

 ベスは乱れた髪を掻き上げ、勝ち誇ったように笑う。


「さて、抵抗はまったく無駄だったようだね」

「そうとも言えないさ」


 大輔は銃口を警戒して立ち上がらないままベスを見上げる。


「きみの仲間ふたりは下に取り残されたみたいだ。いまや五対一、むしろきみの勝ち目が減ったと思うけどね」

「どうだか。やってみるかい?」


 ベスは引き金に指をかけていた。

 そしてその銃口は、ルネを向いている。

 大輔はさすがに無茶もできず、唇を噛んだ。


 そして状況は、再び拮抗をはじめる。


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