天空の魔法都市 5
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翌日も天候に恵まれた。
青い空は無限に青く、白い太陽はあらゆる色をはらんで輝き、畑の緑はゆるい南風に揺れている。
気温は約二十七、八度。
ちょうど過ごしやすい、絶好の外出日和だった。
大輔たちは朝早くに起き出し、まずその日の食事に使う野菜の収穫や脱穀、製粉などを手伝ったあと、さっそく「空を渡る船」の捜索を開始した。
その場には、当然ルネも立ち会う。
家からすこし離れた、畑のなかである。
大輔はそのあたりに生えている草をかき分け、ほどよくやわらかな地面に魔術陣をぐりぐりと描いていく。
ルネにとっては、はじめて見る異世界人の魔法の風景だった。
「そんな絵を描いてどうするんだ?」
傍らにちょこんと座ったルネは、日差しに目を細めながら言った。
大輔は草のなかをがさがさとやりながら、
「これは魔術陣といってね、魔法の下準備みたいなもんだ。これがないと使えないんだよ」
「へえ。いちいちそんな絵描くの?」
「そういうこと。工夫して、予め紙に描いておいたものを使ったりもするけど。っていうか魔術陣はなかなか難しいもんだから、本を見ずに描くのは大変なんだよ、ぼくほどの天才じゃないかぎりね!」
「あ、そう」
「……最近、むしろそのくらいの反応でもうれしく思うようになってきたよ。神小路のドSっぷりは留まるところを知らないからなあ」
神小路紫。
さすがにルネも、顔と名前が一致している。
大輔以外の異世界人三人は、ルネからすこし離れた土手に並んで座っていた。
そのうち、いちばん小柄なのが岡久保泉で、例の「これは犬ですか、いいえゴミです」が七五三燿で、髪が長いのが神小路紫だった。
三人は、このあたりの言葉がしゃべれないらしい。
そもそも異世界人のくせにぺらぺらとしゃべる大輔のほうが異常で、なぜしゃべれるのかと聞くと、天才だから、ということである。
大輔はそれなりに長い時間をかけ、広い畑全体に広がるような、大きな絵を描いた。
しかしそれは、土手の上から眺めても草が邪魔をしてまったくわからない。
そのほうがいいのだと大輔は言う。
「魔術陣は、魔法使いの肝だ。使ったあとはちゃんと消したほうがいいんだよ。こうしておけば、そのままに残してもだれにも気づかれないし、そのうち自然に消えるからね」
「へえ……いろいろ考えてるんだな」
「異世界人はのんきそうに見えたかい?」
図星を突かれ、ルネはうっと言葉に詰まった。
ルネからは、異世界人はまるで飄々とした風のようなもので、どこへ流れていくのも自由だし、どんな暮らしをするのも自由に見えたのだ。
「異世界人は異世界人でいろいろと大変なのさ。ま、のんきなやつもなかにはいるけどね」
そう言ったとき、異世界人のひとり、燿が声を上げた。
言葉はわからないが、こと燿に関しては感情表現がゆたかなせいか、だいたい言いたいことは理解できる。
いまは、ちいさなカエルを持って大輔のほうへ駆け寄っている。
大輔は泡を食って逃げ出し、異世界人の三人はけらけらと笑った。
大輔はルネのそばまで戻ってくると、恨めしそうにぶつぶつと、
「あいつ、マジで怖ぇ。一般的な限界点を軽々超えてきそうで超怖ぇ」
よくそんな言葉遣いまでわかるものだと思うが、そのあたりが天才の所以なのかもしれない。
大輔は手を叩き、ほかの三人を畑のなかに下ろした。
そこから先は、彼らの言葉での話し合いらしかった。
魔法も使えないルネに出る幕はなく、土手に座ったままじっと待つ。
成功を祈る気持ちと失敗を望む気持ちを半分ずつ持ちながら――。
*
その魔法の本来的な用途は、敵の探索である。
「イメージとしては、うすーく伸ばした魔力をこのあたり一帯に広げるんだ。魔力に強く反応するものがあれば、なにかに引っかかったような感覚になるらしい。ただし、このあたりは魔力の濃度が濃いし、もしかしたら魔力を帯びたものが複数あるかもしれないから、どんな場面においても冷静を心がけるように」
大輔の言葉に、生徒三人組は「はーい」と明るい声を上げた。
本当に大丈夫かな、と首をかしげる。
いままでの魔法に比べ、今回の魔法はかなりデリケートなものだった。
これまでは、とにかく魔力を注ぎ込めばよかったが、今回は魔力を注ぎ込んだあとの方向性が重要になってくる。
魔術陣は魔力に指向性を与えるが、それを使役するのは魔法使い自身のイメージだ。
とくに複数の魔法使いのイメージを一致させることが重要で、各々がまったくちがうイメージを抱いていれば、ただ魔力が流れ出す一方で魔法は成功しない。
「失敗したら魔力の喪失が大きいから、なるべく一発で成功させてくれよ。じゃあ、いくぞ」
魔術陣のなかに立った三人は、こくりとうなずいて顔を見合わせた。
三人分、六つの瞳が互いの意志を確認し合う。
三人はそっと手をつないだ。
円になるように腕を広げ、目を閉じる。
大輔は三人に聞こえるように呪文を唱えた。
三人が低く静かに、うなるように呪文を唱えると、つないだ手から熱い魔力が放出され、交換されて、衝突する。
魔力の一粒子が弾かれたように暴れ出すと、その粒子にぶつかった別の粒子が飛び出し、連鎖的に騒乱が広がっていく。
つないだ手がじんと熱くなるのは、そのエネルギーが放熱しているせいだった。
魔力を薄く伸ばし、網のようにして、周囲に広げる。
三人はそのイメージを頭に思い浮かべる。
そのうち、意識と呼べるようなものがずるりと頭蓋から抜け出し、魔力のなかに感覚と共に溶けていった。
周囲に魔力が広がっていく。
それは目に見えるものではない。
ただ、感じられないわけではなく、じわりと温かい、熱気とも湿気とも取れるようなものがあたりの空間を満たしていく。
魔力は空気中だけではなく、土の微細な粒子のあいだにも入り込み、地中へもするすると広がっていた。
三人の感覚はその魔力と一体になり、魔力の広がりが感覚の広がりとなって、自分の腕を地中に突っ込んでなかを探っているような感覚だった。
空気中にも、地中にも、なにか、ちりちりとこそばゆいような感覚がある。
それは自然のなかに含まれる魔力に反応しているらしかった。
このあたり一帯は自然のなかの魔力量が多く、常にひりひり太陽に焼かれるような感覚がつきまとっていたが、探すべきものはそれではないのだ。
魔力がさらに広がる。
三人を中心に、上下を含んだ球状に、三、四十メートルの距離まで広がっていた。
それでも望んでいた発見は見られなかったが、
「あっ」
泉が不意に声を上げ、つないでいた紫と燿の手を強く握った。
「ここ、なにかあるかも」
「どこ?」
「ここから斜め下のところ」
ふたりの感覚も、魔力を伝って地中へ落ちていく。
すると、斜め下、地下二、三十メートルというところに、たしかになにか、ぐんと感覚が引っかかるものを感じた。
「大きさはどれくらいだ?」
魔術陣の外から大輔が聞いた。
泉は魔力の手でその物体の表面を撫でながら、
「結構おっきいと思います。どれくらい大きいのかはまだわかりませんけど、十メートル以上は」
「ふむ。形状は?」
「えっと……」
魔力で触れていても、目で見ているわけではない。
いわば暗闇で手探りしているようなもので、泉は魔力で触れた表面を思い浮かべる。
「たぶん、長細い感じです。ミサイルってほどじゃないですけど」
「流線型ってことか。魔力を感じるんだな?」
「ほんのちょっと、ですけど」
「よし、わかった。いま位置を確認するから、もうちょっと維持してくれ――この真下あたりか?」
「もうちょっと左です」
「ここ?」
「それは右です、先生」
「くそう、だれから見た左右なのか言ってくれ。こっちだな」
「そう、そこです、その真下です」
大輔は地面をすこし掘り返し、それを印としてうなずく。
「よし、もういいぞ。お疲れさん」
三人は肩の力を抜いたようにふと手を離し、息をついた。
あたりに満ちていた魔力が、押さえつける力を失ってぱっと拡散する。
それはすぐ空気中に溶け込み、感じられなくなった。
魔法を使ったばかりなのに元気があり余っているらしい燿は、すぐ大輔のそばに駆け寄って地面を見下ろす。
「先生、あれが空を渡る船なの?」
「さあ、いまの段階ではわからない。ただ、魔力を帯びたなにかが地中に埋まってるのはたしかだ」
「どうやって掘り出すんです?」
紫も近づき、燿の肩に手を置いた。
「さすがに人力で二、三十メートルも掘るのは大変ですよ。しかも埋まってるのが大きな飛行機だとしたら、それこそクレーン車でもないと」
「そのへんは魔法でなんとかするさ。さて、さっそくルネにも教えてやろう」
「ルネくん、喜ぶかな?」
「どうだろうな。まあ、ぼくたちの苦労は認めてくれるだろうさ。ぼくは別になにもしてないけど」
大輔はにやりと笑い、そばの土手で様子を見守っているルネに近づいた。




