天空の魔法都市 2
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「いやあしかし、こんなところに客がくるなんて珍しいねえ。さあ、どんどんお食べ。野菜はいくらでもあるからね」
「お世話になります、いただきます」
パンと、いくつかの穀物を練り合わせてペースト状にしたものを焼いたもの、それに新鮮な野菜という肉のない食卓ではあったが、このところ人間味のない保存食ばかり食べていた大輔たちにとってはごちそうのようなものだった。
遠慮なく食事にがっつく四人を見て、女将さんはあらあらまあまあと笑う。
「よほどお腹が減ってたんだね、あんたたち」
「いやもう、結構がっつり放浪してたもんですから」
大輔は改めていいひとと出会ったと安堵の息をついた。
場所は、無限に続くような畑の果て、たった一件だけあった民家である。
村ではなく、完全に独立した民家であり、納屋つきの大きな家だったが、暮らしているのは二の腕もたくましい五十前後の女将さんと、十二、三歳の息子のふたりきりらしかった。
大輔たちはなんとか泊めてもらえないかと頼み込み、この哀れな放浪者たちに同情した女将さんは、屋根を貸すどころか食事まで振る舞ってくれたのだ。
「うう、ひとのやさしが身に染みるなあ」
「ほんと、ほんと」
燿もうんうんとうなずきながら硬いパンをかじる。
「地球にいるとよくわからないけど、こっちにいるとほんとひとって暖かいって思うよね」
「基本的にいまのぼくたちはひとのやさしさで生きながらえてるようなもんだしなあ」
「ほら、お代わりもあるよ」
「あざーっす! いただきますっ」
そんな調子でむしゃむしゃとかじりついている四人の客を、同じ食卓の隅からこの家のひとり息子、ルネがじっと見つめている。
ルネはくすんだ金髪の少年で、大きな机から肩しか出ないような小柄だったが、薄茶色の瞳はなんとなく用心深そうだった。
大輔は豪快にパンを引き裂き、食らいながらちらとルネを見て、
「どうした、少年? そんなにぼくたちが珍しい?」
「……別に珍しくはないけど」
ルネはちょっと拗ねたように言って、大輔を見つめる。
「変な子でしょ」
と女将さんは呆れたように笑い、ルネの頭をぽんと叩いた。
ルネはぷるぷると首を振って髪を揺らす。
「近ごろ反抗期でねえ。家の手伝いもしないで、朝から晩までどこかで遊んでるのよ」
「へえ。まあ、このくらいの年ごろはそういうもんですよ。なあ、少年」
「知らないよ、そんなの」
ルネは一人前を平らげもせず、ぷいと立ち上がって寝床がある二階へ上がっていった。
大輔はふむとうなずきながら、新鮮な野菜を食べきる。
「この広い土地を、たったふたりで管理してるんですか?」
「まさか」
女将さんはけらけらと笑い声を上げて、
「管理なんかしちゃいないよ。よく言われるんだけどね、このへんに生えてる小麦やなんやは、全部自生なのさ」
「自生? それにしてはずいぶんきれいにできてますね」
「ま、環境がいいんだろうね。あたしたちはそこらへんから必要なものだけ取って生活してるんだよ。別に世話なんかしなくても勝手に生えて勝手に育っていくから、気楽なもんさ」
「でもそのわりには、まわりには家もないみたいだし」
「昔はもっとたくさんあったんだよ。本当の村はこれよりも北にあって、そっちにはいまも使われなくなった家が残ってるんだ」
「使われなくなった家? ってことは、やっぱりいまはもう住んでないんですか」
「このへんはもともと鉱夫の町でね」
昔を馴染むように、女将さんは目を細めた。
「まだわたしが若かったころの話さ」
「四、五年前ですか?」
「おや、あんた、なかなか口がうまいね」
「ははは、まあそれほどでも」
「この西に山が見えただろう? あの山からは、昔銀が取れたんだ。そのためにいっぱい鉱夫がいてね、全部銀を取り尽くして、山がすっからかんになっちまったのがいまから三、四十年も前のことだ。それからみんな、このへんに住んでた人間たちは急にすくなくなって、いまやうちくらいのもんになってるんだよ」
「なるほど」
「まあ、もともと銀に依存してたのがいけなかったんだろうけどねえ。自然のもんを取り尽くしちまったあとは、山もひどい有様だったよ。いまでもそのままに残ってるけど、どの山も穴だらけで、植物なんか生えちゃいない。生きていくためなら仕方ないけど、銀はそういうわけでもないからねえ」
ふむふむとうなずく大輔のとなりで、燿は黙々と食事を続けている。
紫や泉はもう腹一杯になったらしく、ゆったりと椅子に座っていたが、燿は空になった皿をじっと見下ろしたあと、なにか言いたげに女将さんを見た。
女将さんは笑いながら台所に戻り、
「ちょっと待ちな。いまお代わりを用意してあげるよ」
「いやほんと、うちのあほが図々しくてすんません」
「先生、なんて言ってるの?」
「おかわりを作ってくれるってさ。ちゃんとお礼言えよ」
「わーい! ありがとうございます!」
「日本語で言っても通じないと思うけど」
大輔はため息をつき、通訳してやると、女将さんはうれしそうに首を振った。
「旦那が死んでからルネとふたりきりの静かな食事だったからね、たまにはこうやって明るい食事もしないと楽しみがなくなっちまうよ」
たしかに、その夜、食卓には笑い声が絶えなかった。
言葉は通じなくとも、表情を見れば気持ちくらいは理解できる。
それが自然と暖かい空気を作り出し、この家に久しくなかった団欒を演出していた。
日が暮れると、大輔たちは食卓の隅で落ち着いて眠ることができ、何日かぶりに屋内で朝を迎えることもできた。
それは旅のなかでなによりもありがたいことであり、その一日で旅の疲れはすっかりなくなって、一宿一飯の礼ということで大輔たちは朝から野菜の収穫やら穀物のすりつぶしやらを手伝うことになった。
役割分担として、大輔と燿が野菜係、紫と泉が穀物係である。
一見、穀物係のほうが肉体労働に思われたが、実際働くのは水車で、紫と泉は雑談しながらそれがちゃんと動いているかどうかを見守っているだけでよかった。
一方、大輔と燿は自然にできた野菜の楽園に繰り出し、美味しそうなものを選んで収穫する。
畑には小麦ばかりではなく、よく見ると多種多様な植物が自生していて、うねうねと地面を這うイモ類もあれば、支柱に絡みついて赤々と実るトマトなどもある。
そのあたりは比較的手入れがされているらしいが、奥へ進むとまさに野生で、支柱もなければ住み分けもされていない、まるで知恵の輪のように入り乱れた草のなかに野菜がなっていた。
「しかし、まさか新世界へきて野菜の収穫をするとは思わなかったなあ」
大輔はきゅうりをもぎ取りながらぽつりと呟く。
「世の中、思いがけないこともあるもんだな。これからはもっとしっかり、いろんな可能性を検討していかなくちゃ」
そんなことをぶつぶつ言うとなりでは、燿が大きく実ったトマトをむむとにらんでいる。
「どうした、七五三」
「いや、これ」
「ん――わっ、か、カマキリじゃん。うう、気持ち悪い。引くわー」
「なかなか退いてくれないから、退いてくれるの待ってるの」
「いいよ、それは取らなくて。ほかにもいっぱいなってるんだから、そっち取れよ」
「でも、これがいちばん美味しそうだよ?」
「カマキリが乗っかってる時点で先生の食欲は九割減だ」
「そっかなー。せんせ、意外と苦手なもの多いよね?」
「おまえのそのなんでもウェルカムな態度のほうがおかしいぞ。一般的に見て、昆虫ないし爬虫類は嫌われてるもんだ」
そうかな、と言いながら、燿はとなりにあるちいさなトマトをもぎ取った。
「じゃあ、先生、鳥は?」
「鳥?」
「嫌いじゃないの?」
「鳥はいいんだよ。気持ち悪くないだろ」
「じゃあトカゲに羽が生えてたら?」
「想像したくないくらい気持ち悪いから、だめだ」
「むう、むずかしいなあ」
「いやいや、そんなに難しくないだろ。気持ち悪いやつはだめ、気持ち悪くないやつはいいんだ。そういうことだ」
「じゃあ、カエルは?」
「カエルは……まあ、ぎりぎりアウトかぎりぎりセーフか、微妙なラインだな。ちっちゃいやつはいいけど、でっかいやつはだめだ」
「じゃあこれくらいのやつは?」
「持ってくんなよ! あっち行け、さっさと逃がして手を洗え!」
「なんでかなあ。かわいいのになあ」
ぶつぶつと不満を垂れながらも燿は言われたとおりにして、野菜の収穫を再開する。
二十分ほどすると、ふたりの持つ籠は色とりどりの野菜でいっぱいになっていた。
「ちょっと取り過ぎたかな?」
大輔は畑を見回したが、ふたりが収穫したのは広い畑のごくわずかな範囲だけで、あとにはまだ野球かサッカーでもできそうな広さの未収穫の畑が残っていた。
大輔と燿は畑から上がり、傍らの小川で、野菜の表面を軽く洗う。
そうするだけで瑞々しさがぐんと増して、トマトや茄子の表面は鏡のようにつややかに輝き、水滴を跳ね返した。
「ねえ先生、味見していい?」
「ひとつだけな」
「やったー! がふーっ」
トマトを丸かじりする燿を後目に、大輔は丁寧に野菜の表面を拭い、土埃などを落としていく。
意外とそういう作業が似合う男である。
几帳面にヘタまで丁寧に洗っていると、川べりに座り込んだふたりには気づかない顔で、すこし離れたあぜ道をとことこと歩いていく影を見かけた。
「おーい、少年、どこ行くんだー?」
と大輔が声をかけると、その人影、ルネは後ろめたいことでもあるかのようにびくりと立ち止まり、恐る恐るあたりを見回した。
「こっちこっち」
手を振る大輔に気づくと、呆れたような、拗ねたような顔でのろのろと近づいてくる。
「なにしてんの?」
「見てわかるだろ、野菜を洗ってるんだよ」
「ふうん」
「きみは?」
「べ、別に」
ルネはぷいとそっぽを向いて、
「おじさんには関係ないだろ」
「お、おじ……そうか、おじさんか。ぼくもそういう年になったのか。うう、うれしいような、悲しいような」
嘆く大輔を無視し、ルネはふと、そのとなりでトマトをむしゃむしゃやっている燿に視線を移した。
ルネから見た燿は、常になにかを食べている女、だった。
昨日はパンをもしゃもしゃやっていたし、今日はもぎたてらしいトマトをむしゃむしゃやっている。
よくまあそんなに食うものだ、と不思議に思っていると、その視線を勘違いした燿は、ちいさめのトマトを一個ルネに差し出した。
「い、いらないよ、そんなの」
言葉は通じないから、首を振る。
燿はちょっと不思議そうな顔をしたあと、なにか思いついたらしく、
「これは犬ですか?」
「……は?」
「いいえ、これはゴミです!」
明るい声で言って、なにか意見を求めるようにルネをじっと見る。
「……いや、あの、それは犬でもゴミでもなく、トマトだと思うけど」
「あー、悪いね、ルネくん。こいつ、ばかなんだ」
大輔はこともなげに言って、木組みの籠をよいしょと持ち上げた。
「そういえば、昨日は聞かなかったけど、あんたたち、どっからきたの? あんたたちが話してるの、どこの言葉?」
「んー、ぼくたちは異世界からきたんだよ」
「い、異世界?」
「そう。異世界人ってわけ」
びくりとして、ルネはふたりから距離を取る。
言われてみれば、この連中はなにか変だ、と合点がいった気がしたのだ。
「ま、魔法使いってこと?」
「そうとも言うね。ちなみにぼくはそのなかでもウルトラスーパー超絶衝撃の大天才だけど」
「え、そ、そうなんだ」
「かわいそうなやつを見る目でこっち見ないでくれる?」
大輔は籠を抱えて家へ戻っていく。
燿はそのあとについていきながら、にこにこと笑ってルネの様子を見ていた。
ルネはその場に立ちすくみ、ふたりが家に入っていくのを見送ってから、ぶんぶんと頭を振った。
そして、西の方角へ歩き出す。
今度はだれにも見つからないように、こっそりと忍び足で。
しかし、家に入ったはずの大輔がこっそり顔を出し、
「よし、あとをつけるか」
などと呟いていたことは、もちろん知る由もないのだった。
*
もちろん、大輔も興味本位でルネのあとをつけたのではなかった。
これは事前に、女将さんから頼まれていたことだった。
「昨日も言ったけど、最近あの子、朝から晩まで出かけてるんだよ。いったいどこに行ってるんだか知らないけど、あんまり一日中帰ってこないもんだから、妙なことでもしてるんじゃないかって気になってねえ」
女将さんは心から心配そうにため息をつく。
「だから、出会ったばかりのあんたたちにこんなことを頼むのも悪いんだけど……ちょっとルネの様子を見てきてくれないか? どこでなにをしてるのかってくらいでいいから、頼むよ」
ということになり、大輔はひとり、こっそりとルネのあとをはじめたのである。
ルネは、土が踏み固められた道を西へ進んでいた。
ときおり振り返り、背後や人目を気にするところなどを見るかぎり、自分の行き先を知られたくないらしい。
「ふふん、甘いな、少年。この大天才大湊大輔さまにかかれば、こんな尾行朝飯どころか二日前の晩飯前くらいの――おっと」
ルネが振り返るのに合わせ、大輔は畑のなかに身を潜める。
そうすれば周囲の背の高い草が自動的に大輔の姿を覆い隠してくれた。
ルネがまた歩き出す。
大輔ものっそりと畑から出て、あとをついていく。
がさがさと草の揺れる音も、生ぬるい南風がかき消してくれていた。
「しかし、どこまで行くのかな」
散歩するという様子ではなく、明らかに特定の場所へ向かって歩くようなルネの足取りだった。
まっすぐ西に、すこし遠くに見える山へ向かって進んでいるようにも見えるが、現時点では行き先もよくわからない。
そもそも、この年ごろの少年が家族に隠れてこっそり通う場所といえば、どこが考えられるだろう。
それも一日中、飽きもせずいられる場所は、そう多くない。
「ううむ、無粋なことにならなきゃいいが」
ルネも年ごろである。
好きな女の子と密会するくらいは悪いことでもない。
もしそうだったら適当に見失ったと報告しようと考えながら、大輔はルネのあとをつけていく。
ルネは十分ほど経っても足取りを変えず、三十分経っても西へ向かって歩き続けた。
そのころには、西に見えていた山がぐんと近くなっている。
大輔はルネのあとをつけながら、その山の異様な形に目を見はった。
山というのも、ひとつやふたつではない。
一種の山脈のように折り重なっているが、見えているかぎり、そのすべての山肌に植物がなく、灰色の土が露出しているような状況だった。
それも、大きな蟻塚のように至るところに穴が空き、遠目で見ても何度も掘り返されていびつに歪んでいるのがわかる。
大輔は昨日聞いた話を思い出し、鉱山に同情するわけではないが、人間の一種の探究心を空恐ろしくさえ感じた。
ルネはどうやらその山に向かって進んでいる。
さらに山に近づくと、掘り返された山の片隅に、奇妙なものがあることに気づいた。
一見、それは棒のように見えた。
細長く、地面からぬっと突き出したような棒である。
しかし明らかにスケールがおかしい。
その棒は、周囲の山々よりも明らかに高い。
細く煙が上がっているのかとも思ったが、そうではなく、たしかに硬い物体なのだ。
それは天に向かってまっすぐ伸びていて、先端のほうは雲に隠れてまったく見えない。
いったいどこまで伸びているのかわからない細長いものが、鉱山の傍らにぬっと生えているのだ。
「空から降ってきた爪楊枝みたいな……人工物、じゃないよなあ」
そう呟いているあいだにも、ルネは山に向かってまっすぐ歩いていく。
大輔も当然そのあとを追い、山の麓までやってきた。
かつて鉱山として開かれていただけあり、麓にはいまでも小屋がいくつか残り、トンネルのように穴が穿たれていた。
穴は地上よりもさらに深い位置からはじまっているから、穴のなかに入るには一度細い坂道を通り、作業場のような場所へ降りなければならない。
ルネはすでに何度も行っているらしく、慣れた様子で坂道を降り、作業場を足早に通り過ぎた。
大輔はすこし考え、もうすこしあとをつけることにして、坂道を下った。
山をごっそりとえぐって作られた作業場である。
あまり広くはないが、かつての面影を忍ばせるようにあちこちに荷車が捨ててあったり、石が積み上げられていたりして、なんともいえず寂れた雰囲気が漂っていた。
ルネはいちいちそんな感傷も抱かないようで、暗い穴のなかへ消えていく。
大輔もあとに続いて、わずかに後悔した。
「なんにも見えないぞ、これは――」
入り口から数メートルも入れば、光がまったく差し込まない漆黒である。
どことなく湿ったような闇が鼻先をくすぐり、顔のすぐ前で行く手を阻むように立ちはだかっている。
実際の採掘場は、周囲を木組みで補強された三、四メートルの穴だった。
移動を容易にするためか、地面には木製のレールが敷かれ、それが足元を不安定にしていた。
ルネはこの暗闇で大丈夫か、と思うが、聞こえてくる足音に耳を澄ませると、転ぶ様子もなく、とんとんとリズムよく進んでいる。
「なかが分かれ道になってたらやっかいだな。あとをつけた挙句迷子になって出られないんじゃあまりに格好悪いぞ」
大輔はすこし足を早め、壁伝いに進んだ。
ルネの足音は穴全体に反響し、方向を特定することはむずかしかったが、幸い道は分岐しておらず、一定の広さを保ったまま山のなかを進んでいる。
途中、わずかな登り坂があった。
そこを超えたところで前方にぼんやりとした光を見つけ、立ち止まる。
「遅くなってごめんよ。ちょっと、うちに客がきててさ」
ルネの声だ。
それからすこし遅れて、
「お客さんって?」
少女の声が響いた。
ははあん、と大輔はしたり顔でうなずきかけたが、ふと疑問を覚え、ふたりの様子をそっと覗き見た。
――なんとなく、少女の声の響き方に違和感があったのである。
「それがさ、異世界人らしいんだ」
「異世界人? なあに、それ」
「あれ、知らない? ここじゃない世界からきた人間のことだよ。たまにいるんだ、そういう人間が」
「へえ、ここじゃない世界からきた人間……」
ゆるい登り坂の下から奥を見ると、そこは袋小路になっていた。
レールは坂の下で途切れ、どうやら中途半端に掘り返されて放置された場所らしい。
そんなところに、ルネがちょこんと座っている。
大輔には背を向ける格好で、袋小路の奥を見ている。
そのルネの向こうから、青白くぼんやりとした光が差していた。
大輔はその光の様子にも見覚えがあった。
ランタンや松明のような、あたりを照らすために作り出された強い光ではなく、もっと輪郭が曖昧になった薄明かり。
大輔が覗き込んでいる前で、ルネがすこし身じろぎし、身体の位置を変えた。
いままでルネの身体に遮られていた光が強くなる。
そして、光の正体がルネの身体の横からちらりと覗いた。
「あっ――」
それは、地球でよく見ていた、パソコンやテレビのモニターのようなものだった。
小高く積まれた土のなかからモニターが顔を出し、そのバックライトがあたりを照らしているのである。
「だれだ?」
大輔の声に気づいたルネが振り返る。
隠れる時間はあったが、ここで隠れても無駄だろうと考えて、大輔は暗闇のなかから頭を掻きながら出ていく。
ルネはちょっと驚いた顔で、
「お、おじさん?」
「お兄さんだけどな。や、少年」
「な、なんでこんなところに――」
「いや、悪いんだけど、あとをつけさせてもらってね。廃山に入っていくもんだから、危ないんじゃないかと思って。彼女との密会を邪魔するつもりはなかったんだ」
「か、彼女とか、そういうわけじゃないよ」
ルネは照れたように顔をそむける。
その向こう側のモニターには、不思議そうな顔をした少女が映し出されていた。
顔色が悪い、不自然なほど青白い顔をした少女だった。
年はルネと同じ程度に見える。
目がくりくりとした愛らしい少女で、モニターのなかから、じっと大輔を見つめている。
「ルネ、このひとは?」
少女がしゃべった。
袋小路に響く声は、ルネや大輔の声とはちがい、スピーカー越しに響くような声だった。
しかしそれは機械の合成音ではない。
人間の、鈴をりんりんと鳴らしたような声。
「あー、さっき言った、客だよ。異世界人っていう」
「どうも、はじめまして」
大輔はモニターに向かって言う。
この場では、それが正しい対応だろう。
「大湊大輔っていうんだ。天才って呼んでくれてもいいよ。いや、大天才がいいかな」
「……変なやつだろ、こいつ」
「本人を目の前にして言うかね、きみ。まあ、別にいいけど」
「大湊大輔――」
少女はゆっくりと瞬きをして、笑顔を作る。
それもやはり、不自然さのない笑顔だった。
「はじめまして。わたしはミラっていうの」
「ミラ、ね――」
画面のなかの少女は微笑み、ルネはなんとなく気まずそうに頭を掻いていた。
大輔は思いがけないことになったと考えながら、画面に映し出されたミラの様子を、用心深く観察していた。




