天空の魔法都市 1
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あたしのものはあたしのもの。
あんたのものはあたしのもの。
つまりあんたはあたしのものってこと。
――エリザベス・ベスティ
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一面の緑が風に揺れていた。
強い南風が吹くたび、周囲一面に広がった畑の表面が海のように波打ち、軽やかに揺れる。
ざあざあとした草のこすれる音も波音に似ていて、湿った風を受けて田園風景を眺めていると、自分が緑の海に立っているような気になる。
大湊大輔、七五三燿、神小路紫、岡久保泉の四人衆は、かれこれ三日ほど、そんな田園風景を歩いていた。
進むのはあぜ道である。
でこぼことしていて、肥料かなにかを運ぶためか、荷車らしい轍が残った土の道をひたすら進む。
見渡すかぎり、周囲には山もなければ町もない。
ひたすらの畑である。
青々とした米かなにかが風に遊んでいる風景が、合わせ鏡のように無限に続いている。
不思議なのは、これだけ広大な畑があるにも関わらず、手入れする人間にまったく出会わないことだった。
そもそも地平線まで続くような畑だ。
いったい何人がかりで何週間かければ世話できるのか、まったく見当もつかない。
そうした事実に基づいて考えてみれば、これは畑ではないのかもしれない。
畑のように四角く区切られ、あぜ道がついていて、ちゃんとどこからともなく水を引いているが、畑というのは人口の農耕を言うわけで、人間と出会わない以上ここが畑だと断ずることはできない。
大湊大輔は、畑の王国に迷い込んで三日、もはやそんな思考にもすっかり飽きてしまって、あぜ道をとぼとぼと歩いていた。
「最初はいい景色だと思ったけど、これだけ延々続かれると嫌気が差してくるよなあ」
大輔がぽつりと愚痴る。
後ろに続く生徒たちも、疲れたというより飽きたという顔で、
「せんせー、あたしたち、いまどこらへん歩いてるの?」
「さあなあ。ザーフィリスでもらった地図はあの周辺の詳しい地図だったから、大陸ドラゴンの巣まで連れていかれた時点でなんの役にも立たないんだよ。でもまあ、あの山脈、アリシア山脈は大陸の中央らへんのはずだから、そこからまっすぐ西へ進んでることだけはたしかだ」
「せんせー、町に寄りたーい」
「先生も同意見だけど、そのためにはまず町を見つけないとな」
「ほんとにこのあたりに町があるんですか?」
疑うように神小路紫が言う。
大輔はちいさく首を振った。
「畑を見つけたときは、間違いなくすぐ近くに町なり村なりがあるはずだと思ったんだけど」
常識で考えれば、畑のそばには管理する人間が住んでいるはずだった。
しかしここは新世界である。
地球の常識など、通用するはずもない未知の世界なのである。
大輔は常識的判断に頼ったことをすこし悔やんだが、あてもなく進むよりは、まだ家がある確率が高いほうへ進むことが正しい選択にちがいない。
「せんせー」
七五三燿は気だるそうに手を上げる。
「なにかね、七五三くん」
「退屈で死んじゃいそうです」
「ひとはなぜ学問をするかわかるかね、七五三くん」
「せんせいなにいってるんですか?」
「感情のない目で見ないでくれたまえ。あのな、人間ってやつは、基本的に退屈には耐えられないんだ。だから世の中にはものがあふれてる。学問もそのひとつさ。ひとは退屈だから勉強をやるんだ。というわけで、お勉強たーいむ!」
「ええー! やだー、勉強したくなーい」
「退屈なんだろ。それにこの世界では必要になることだ。それはずばりなんでしょう、岡久保!」
「えっ、わ、わたしですか? えっと、その……魔法?」
「ぶっぶー。不正解です。残念でした。正解は、言葉です」
「言葉?」
「おまえたちもこの世界の言葉をちょっとくらい知っといたほうがいいだろう。常にぼくが通訳できるってわけでもないだろうし、ぼくと別行動することもあるかもしれない」
この新世界は、なにが起こるかわからない。
いまこの瞬間、大地がふたつに割れて、大輔と生徒たちのあいだに二度と再会できないほど深い亀裂ができてしまうということも、可能性としてはあり得るのだ。
大輔は、かれこれ二週間ほど前の出来事、大陸ドラゴンの巣で行われたマイク・ブラックとの戦いでそれを痛感させられていた。
マイク・ブラックは優れた魔法使いだった。
油断をしていれば敗北していたというレベルではなく、すこし運が悪ければ負けていたかもしれない。
とくに四人が揃って幻術のような魔法にかかり、まったく無防備に眠っていた時間は、いつ負けてもおかしくなかった。
大輔は、自分がついているかぎり生徒たちは大丈夫だと信じている。
しかし自分がついていないときも生徒たちの無事を確信するためには、生徒たち自身が行動できるようにならなければならない。
ブラックのときのような失態を繰り返すわけにはいかないのだ。
そのために大輔は、すでに何枚かの紙に魔術陣を描き、それを生徒たちに渡していた。
それがいつ必要になるかはわからないが、魔術陣さえ描いておけば、大輔の役割のほとんどは終わりといってもいい。
あとは魔法使いの彼女たちが、その力を発揮すればいいだけのことだ。
「でも、先生、この世界の言葉っていっても、ひとつじゃないんでしょう?」
紫がわずかに首をかしげ、さらりと流れたその髪に、双日の強い日差しがきらきらと踊る。
「そりゃあ、言語で言うなら無数にある。地球語、なんてもんがないのと同じだな。日本語もあれば英語もあるし、フランス語ドイツ語、果ては少数民族のなかで使われてる言葉まで、数え上げればきりがない。それはこの世界でも同じことだ。でも同じ言語から発達した言葉は、完璧じゃないにしても、ひとつ知っていればある程度は理解できるようになる。ちなみに新世界の言葉はおおまかに分けて全部で五つの語族に分類されるといわれていて――」
「先生」
紫がぴっと手を上げ、となりを歩く燿を指さした。
「燿が結構前からまったく理解できない顔をしています」
燿は紫の声にはっとわれに返り、ぶんぶんと首を振って、
「り、理解できてるよ?」
「安定のアホだなあ、七五三は」
「アホじゃないよっ」
「つまりだなあ、地域によって近い言葉をしゃべったり書いたりしてるってことだ。たとえば、日本語にも漢字を使うし、中国語も漢字だろ? 使われてる意味はちがったりするけど、字面を見るとおおまかな意味くらいは推測できる。新世界にも同じようなことがいえるってことだ。だから、元になる言語さえ知っておけば、完璧じゃないにせよある程度の言葉は理解できる。というわけで、新世界の言語講座ー」
わあ、と岡久保泉だけが拍手する。
あとは嫌そうな燿の視線と、冷えきった紫の視線だった。
うう、と大輔は目元を拭い、
「おまえはほんとにいいやつだなあ、岡久保。地球に帰ったらアイス買ってやろう」
「えー、あたしもアイス食べたい!」
「先生、わたしも食べてあげてもいいですよ」
「なぜ上から? まあいい、先生そういうのも嫌いじゃない。じゃあ、文法はすっ飛ばして、日常会話編から。まずこのあたり、大陸中央部でよく使われてる言語だ。あくせどぅうはれーこ」
「……なんですか?」
「いやこのへんの言葉だよ! こいつ突然なに言っちゃってんのみたいな目で見んなよ! ほら、りぴーとあふたーみー。あくせどぅうはれーこ」
「あくせどぅーはれーこ」
「発音が甘いけど、まあいいだろう」
「どういう意味なんですか?」
「これは犬ですか、という意味だ」
「日常会話にもほどがありません? 新世界にまできて『これは犬ですか』なんて話すこと、絶対ないと思いますけど。あと犬かどうかは見て判断すべきだと思いますけど」
「で、これに答える言葉として、おげういむっすでぃ。こいつは発音が難しいぞ。りぴーとあふたーみー」
「おげういむっすでぃ」
「おー、やるなー、おまえら。ちなみに『いいえ、これはゴミです』という意味だ」
「ひどい! 犬っぽいものをゴミって言ってても、ゴミっぽいものを犬かどうか聞いててもひどい!」
そんなことを言いながら、四人はのどかな田園風景を進んでいく。
この日は双日三日目、すなわち双日最後の日で、ちいさな太陽は西の空にゆっくり沈もうとしていて、大きな太陽はそれを追いかけるように巨大な天蓋を素早く移動していた。
双日三日目の空は、奇妙な色をしている。
赤色と青色が入り混じり、西の空は常にうっすらと燃えているように赤いが、それ以外の空はまだ燦々と光が降り注ぎ、透き通るような、しかしはっきりとした深い青色だった。
そんな空の下で、畑の緑が揺れている。
四人組はあてもなく、ひたすら歩き続ける。
やがて夕方になると、いつものように魔法を使って寝床を確保し、簡単な保存食で夕食にする。
なんといっても、この食事の時間がいちばんの憂鬱だった。
食事の楽しみとはかけ離れた、最低限の栄養を摂取するだけの時間で、ちいさな乾燥した保存食をかりかりとかじっていると、なんだか心まで寂しくなってくる。
そして、夜がくる。
見上げるまでもなく落ちてきそうな満天の星空である。
この世界に、月はない。
その代わり、数えきれない光のまたたきが天球を覆い尽くす。
ここ数日、双日で星もまばらだったが、ふたつの太陽がどちらも沈んでしまった今夜の空は、まさに星の独壇場だった。
大小様々な星のきらめき。
白く輝くものもあれば、赤茶けて妖しく瞬くものもあり、冷え冷えとした青色で夜空の隅にちょこんと居座るものもあった。
四人の異世界人は、揃って星を見上げるとなんとなく不安な気持ちになって眠れなくなってしまう。
大輔はそれを「新世界シンドローム」と称し、地球に帰ったら論文として発表しようと考えていたが、問題はそう簡単には地球へ帰れないことだった。
見上げる星空は、地球のものとはまるでちがう。
北極星もなく、天秤座もなく、天の川もない。
天の川は、天の川銀河の辺境にある地球から自分が所属している銀河を、つまり星が密集した帯を眺めるからこそ見えるものだ。
それが見えないということは、すくなくともこの星は、地球と同じ宇宙的位置には存在していないという証明になる。
全天に渡って薄く膜のように広がった星々を見て不安になるのは、そんなところが理由になっているにちがいない。
この星空を見ていると、自分は異世界人だと、ここは自分が所属するべき世界ではないと言い聞かせられているような気分になるのだ。
一種の自己の消滅、自分がしっかりと立っている地面が失われる感覚が不安を呼び起こし、眠れなくなる。
大輔は目を開けたまま、ちらりと一塊になっている生徒たちを見て、揃って眠りに落ちていることを確認する。
「あいつら、意外とメンタル強いよなあ」
突然自分がいた世界に戻れなくなったとなれば、あの年ごろなら泣きわめいてもおかしくないはずだが、そういうところがまったくないあたりはさすがダブルOの隊員といえる。
もちろん、不安がないわけではないだろう。
なんといってもまだ十五、六歳の少女たちだ。
いつ家に帰れるのか、無事家に帰れるのかと考えれば、大人の大輔でさえ不安に思う。
だからこそ、のんきな旅をしようと大輔は心に決めていた。
真剣な、命をかけた大冒険というよりは、スラップスティックな珍道中でいい。
笑いながら、呆れながら、いつの間にか前に進んでいたというくらいのほうがいいのだ。
大輔は生徒たちに背を向け、寝返りを打つ。
星空を見なくても済むように、強く瞼を閉じた。
ひたひたと忍び寄る夜をやり過ごし、またすべての闇が照らされる朝を迎える。
四人は近くの小川で顔を洗い、朝の支度を済ませ、また無限に続くような畑のなかを歩き出した。
危険な動物との接触もなく、町を見かけるわけでもない旅は、ひたすら歩く以外になにもすることがない。
そうして一日中歩き続けた夕方、ようやく風景に変化が現れ、木々もない岩山のようなものが遠くに見えて、畑も終わりを迎える。
「先生、あれ」
紫がぴっと前方を指さした。
そこには、ようやく待ち望んだ、人間が住んでいそうな家が見えていた。
*
山というより、もはや崖である。
角度はほぼ垂直、ところによってはむしろ反り返っているほどで、エリザベス・ベスティ、通称ベスは鳥の巣のとなりに腰を下ろし、ため息をついた。
「くそう、よりによってこんな山に逃げ込むとは」
「ベス姉、もうやめましょうよ。っていうか見てください、ほら、もう手足がぷるぷる震えちゃって」
垂直の崖にしがみついた痩せぎすで長身の男、ジッロはほんの十センチほどの岩の隆起にしがみつき、上がることも下がることもできずに身体を震わせていた。
ベスはそれを一瞥したが、とくに気にする様子もなく、頭上を見上げた。
ひょろひょろと高い、いまにも崩れ落ちそうな針のような山である。
ふたりはまだ地上からほんの数メートルの位置だが、木の幹のように細い山は、そのままの細さで雲の上にまで続いていた。
ベスはもう一度、深々とため息をつく。
「あのくそ鳥め、絶対に探し出して焼き鳥にしてくってやる」
「ベス姉、その前におれたちが死んじまいますよ。このまま落ちて、地上にべたって」
「おーい、シモン、上はどうなってる?」
「いやあ、このままどこまでも続いていそうですよ」
甲高い声が頭上から降ってくる。
そのうち、猿のようなちいさな人影が山をするすると下ってきた。
身長は一四十センチ程度で、髪は爆発でもしたようにちりちりとして膨らみ、手足の指は野性的な発達を遂げてやけに太い。
そのちいさな男、シモンは崖にしがみついて震えているジッロに近づき、いたずらっぽくその脇腹をくすぐった。
「や、やめてくれよシモン兄! あっ、ひゃははは、お、落ちっ、わっ――」
ジッロの身体が一メートルほど落下し、地面にべたりと張りつくと、シモンはくすくすと笑った。
「情けねえ姿だなあ、ジッロ!」
「シモン兄がくすぐるからだろ! うう、いたたた」
「ほら、早く上ってこいよ。先に行っちまうぜ」
「わ、待ってよ」
シモンは持ち前の身軽さで、木登りでもするように岩肌をいともたやすく上っていく。
手足の長いジッロがそれを真似しようとしても、指の力がちがうのか、まったく登れずにまたべたりと地面に落ちた。
ベスはもう一度ため息をついて、長い金髪を掻き上げる。
そしてまた、頭上を見上げた。
彼ら三人は、この山のてっぺんに向かおうとしているのである。
「シモン、上の様子はどうだった?」
「それがね、ベス姉、いったいどんだけ高いのかもわかりませんよ。雲の上までひょろひょろ伸びてて、まるで天から針でも落とされたみたいですよ。おっと、詩的な表現をしちまった」
「詩なんてものは死ねばいいのに」
「詩だけに、ですか? あっはっは、いやあベス姉、うまいうまい」
「別にうまかないわよ。で、例のくそ鳥は見つかった?」
シモンはぶんぶんと首を振る。
「まったくだめです。どこまで逃げたのか。鳥の巣は、結構あちこちにあるんですがね」
「たしかにね」
とベスは自分が腰掛けている岩の出っ張りを見下ろした。
すぐとなりに、シモンの頭のようなもじゃもじゃとした鳥の巣がある。
そこではさっきから雛がぴーちくぱーちくと鳴いていて、親鳥もあたりを飛び回っていたが、人間を警戒して近づけないらしいのだ。
ベスは試しに、自分の白い人差し指を雛の前に突き出した。
雛はそれを餌だと思ったらしく、ちいさな嘴でぱくりと挟んだが、所詮雛の力では痛くもなんともない。
「……かわいいやつめ」
「ベス姉?」
「な、なによ? 別になんにも言ってないわよ。あのくそ鳥、絶対焼き鳥にして食ってやるんだから、とりあえず頂上まで登るわよ」
「ベス姉、無茶ですってー」
地上からジッロが泣き事を言う。
「こんな山、登れっこないですよ。シモン兄みたいに身軽ならともかく、おれや比較的ドジなベス姉は絶対無理――」
「だれがドジだって?」
「い、いや、なにも! おれのことです、おれがドジなんです!」
「そうだろうさ。あんたはいつだってドジだよ。ほら、早く上ってきな。置いてくよ」
「うう、待ってくださいよー」
「ベス姉、ここらへんがごつごつしていて登りやすいですよ」
シモンが先導し、ベスとジッロがよたよたと続く。
ベスは天に向かって突き刺さったような細い岩山を見上げ、ぎゅっと唇を噛んだ。
「くそう、あのくそ鳥さえなきゃ、いまごろ酒場で豪遊できたのに」
「珍しくお宝を見つけたんですけどねえ」
ジッロもあの悲運を思い出したのか、深くため息をついた。
ことの発端は、つい数時間前のことである。
ベス、シモン、ジッロは三人組の盗賊として、ごくごく一部の、主によく通う酒場の常連客に知られていた。
彼らは自ら「アレグロ盗賊団」と名乗り、大陸各地の遺跡や廃墟となった町でお宝を探し、それを売りさばいては酒場で使い切る、という生活を繰り返していた。
そんなある日、彼らはよその町からやってきたという赤ら顔の酔っぱらいに、
「伝説のお宝話があるんだが、一杯おごってくれたら話してやろう」
と持ちかけられた。
もちろん、彼らは男に一杯おごってやり、ついでにつまみまで振る舞ってやることで「お宝話」を聞き出すことに成功した。
曰く、この近くにあるサルバトルという遺跡の地下に、黄金が眠っているというのである。
酒場の常連客たちは、また「アレグロ盗賊団」が酔っぱらいのかもにされている、と呆れ顔だったが、彼らは次の朝、すぐさまサルバトルへ向かって旅立った。
二日かけたどり着き、黄金の捜索に四日を費やして、ようやく彼らは、伝説というには少々規模がちいさいながら、黄金でできているらしい瓶を見つけた。
腕に抱えられる程度の瓶ではあるが、売れば一ヶ月以上は遊んで暮らせるお宝である。
これは収穫だった、と意気揚々、町へ引き上げようとしたところに、ベスが言うところの「くそ鳥」が現れたのだ。
それはこのあたりに生息している巨大な怪鳥、人間たちにはカイトと呼ばれている鳥で、翼を広げると二メートル以上ある鳥だった。
カイトは黄金の瓶を見つけて喜んでいるアレグロ盗賊団に、かなり早い段階から目をつけていた。
頭上を飛び、隙を窺い、ベスが喜びのあまり黄金の瓶を空中に放り出した瞬間――。
「ああっ!」
カイトは急降下し、黄金の瓶をその鋭い爪でしっかりと掴み、飛び去った。
アレグロ盗賊団は、もちろんカイトのあとを追った。
なにしろ一ヶ月分の生活費を持ち逃げされたのだ。
それはもう恐ろしい形相でカイトを追いかけ、カイトは地上を見下ろしてあまりの恐ろしさにぞっとして、さらに速度を上げてぐんぐんと逃げていった。
アレグロ盗賊団はそれでもなんとか追いすがり、最後には山の頂上付近に逃げていくのを見届け、くだんの岩の柱のような長細い山に手をかけたのである。
「絶対に逃してなるもんですか。ああいうのはばっちり締めとかないと、あとで犯罪を繰り返すんだから」
「まあ、それを言うならおれたちも盗賊団だから、犯罪ではありますけどねえ」
「シモン、上はどうなってるの!」
「このへんでちょっと休めそうです。ただし定員はひとりですが」
「ベス姉、最初に言っておきますけど、おれはそろそろ手足が限界です」
「知ったこっちゃないわ」
「ベス姉!」
「あたしは女なのよ? なに、あんた、女が休みたいって言ってんのに横取りするわけ?」
「うう、都合のいいときばっかり女だってことを盾にするんだから……わ、わかりましたよう、ベス姉が休んでください」
「最初からそう言えばいいのよ。言っとくけど、あたしのものはあたしのもの、あんたのものはあたしのものなんだから」
「り、理不尽だー!」
――アレグロ盗賊団は、山頂に向かってのろのろと進んでいく。




