緑竜と幻の谷 11
11
「いや、大丈夫だ、自分で立てる。年寄り扱いするなよ」
燿に支えられながらよろよろと立ち上がった大輔は、まったく無防備に寝そべったブラックを見て感心したようにうなずいた。
まったく勝ち目がなくなり、この先どんな仕打ちが待っているかもわからない状態で、それだけ堂々としていられる人間はそう多くない。
マイク・ブラックという男は、なかなか見どころの多い男だった。
「さて、ブラック。どうやらぼくたちの勝ちってことになったらしいね。一瞬意識がなくなって覚えてないけど、ま、ぼくの天才っぷりに完敗したってことだ」
「まあ、有り体に言えばそういうことさ。ドラゴンまで出されたんじゃ、こっちとしてはお手上げだ」
「ふむ、そうか。ありがとう、ドラゴンたち。助かったよ」
『きみたちには一度助けてもらったからね』
すぐ近くまでやってきたエメラルド色のドラゴンはゆっくりと首を動かしながら言った。
『それにボクたちは、なにもしていないよ』
「しかしでけえもんだな、大陸ドラゴンってのは。こんなにでかい生物がいるとは信じられねえ。鯨より断然でけえな」
「そりゃそうさ。頭から尻尾まで何千メートルもある生き物なんか、地球上には現れたこともない。擬態してなくても近くからじゃまるっきり山にしか見えないからね」
ブラックはむくりと起き上がる。
「それで、おれをどうする? こいつらの餌にでもするか?」
「大陸ドラゴンは食事をしないそうだ。餌にもならないってことだよ」
「じゃあ、きみたちでいたぶるか?」
「あいにくそういう趣味もない。……いや、約一名ちょっとわからないけど、先生としてはそういう趣味に目覚めさせたくない」
振り返った先にいる紫は、新世界の南部地域で使われている言葉で話しているふたりの会話が理解できないため、わずかに首をかしげた。
「だからまあ、無罪放免ってことだね」
「へえ、寛大な処置だな」
「ただし。この山を越えようとしている革命軍を、どうにかして進路変更させてくれ。どんな方法を取るかは任せる」
「ふん、革命軍をね。きみはなかなかひどい人間だな。おれひとりに何万って革命軍の相手をさせるのか?」
「敗者に意見する権利はないのだよ、マイク・ブラック」
「はは、ちがいねえ。ま、やってみるさ。それで、この大陸ドラゴンの楽園は人間が踏み入れない未開の地になるわけだな」
『そのことで、実はきみたちにもうひとつ頼みたいことがあるんだ』
ドラゴンの言葉は、言語を超えて全員に伝わる。
燿は首をかしげて、
「なあに、頼みたいことって?」
『昨日説明したとおり、もともとここには、魔法がかけられている。人間がこの近くを通りかかっても、この場所が認識できなくなる魔法だ。それは一部はいまも動いているが、ほとんどが機能を停止してしまっている』
「ああ、そんな話だったな。だからこうやって人間が入り込んじゃうわけだ」
『その魔法を、完全な形に修復してほしいんだ』
「修復?」
『ボクたちはそのために魔法使いを待っていた。ボクがこの土地を出て世界中を回ったのは、それが実現可能な魔法使いを探すためだったんだ。でも、うまく見つからなかった。そこにきみたちがやってきた。ずっと以前、魔法使いがやったように、この土地を人間の目に触れないように封印してくれないか?』
大輔と生徒三人は顔を見合わせる。
「そりゃあ、ぼくたちにできることなら協力してあげたいけど、実際問題むずかしいよ。ぼくたちはその魔術陣も知らないんだ。ちいさなものを一時的に見えなくする魔法ならわかるけど、これだけ広い範囲を、可能なかぎり長くってなったら、それはもう古代魔法レベルだからね」
『きみたちが描いているようなものなら、まだこの土地に残っているよ。それを使えるんじゃないかな』
ドラゴンがそう言った瞬間、大輔の眼の色が変わった。
「こ、古代魔法の魔術陣が残ってるって? ぜぜ、ぜひ見せてくれないか。ああなにかノート的なものは」
「紙とペンならおれが持ってるぜ。使うか?」
「た、助かった! よし行こう。ぜひ行こう、ドラゴンくん」
「……先生、魔法とか魔術に関してはほんとひとがちがうよね」
エメラルド色のドラゴンはのそのそと歩いていく。
その後ろを大輔が、さらに後ろを燿たち三人が、そしてしんがりをブラックがなんとなくついていく。
さほど広くない野原を超えて、その果てからほかのドラゴンのあいだを縫うようにしばらく進む。
それはまるで、遠近感と自分の身体のサイズが狂ってしまったような瞬間だった。
なにしろドラゴンはあまりに巨大で、尻尾なのか何十メートルもある崖なのかもわからなければ、足なのか地面から隆起した奇岩なのかもわからない。
そんなあいだを抜けていくと、すこし開けた場所が現れた。
それは、石で組んである祭壇のような場所だった。
三段ほどの石段があり、その上に五メートル四方程度の正方形の空間がある。
どうやらその空間に魔術陣が描いてあるらしかったが、その石段すら生い茂る草に埋もれてほとんど見えないほどで、肝心の魔術陣もはっきりと見ることはできなかった。
仕方なく総出で草を刈り、なんとか古代の魔術陣が現れる。
「ははあ、これが――たしかに見たことない魔術陣だな。いまとは形もちがう」
一般的な魔術陣は円形をしているが、それは六芒星になっている。
六芒星の内側にあるのもすべて直線であり、曲線が介在する余地のない、幾何学的にも完成された構成をしていた。
大輔は現れた古代の魔術陣を這いつくばるようにして眺め、ブラックから借りた紙に詳細に描きつけていく。
『どうかな。使えそう? 古いものだから、使えないかもしれないけど』
「いやいや、そんなことない。たしかに古いもの――何千年前のものかわからないけど、ちゃんと使えるよ。たしかにこの魔術陣なら、広い範囲を覆い尽くせるかもしれない。詳しいことはもっと研究してみなきゃわからないけど、たぶんこの六芒星のそれぞれの頂点が――」
「あー、先生、その話長くなりますか」
「……結論だけ言うと、充分いまのままで使えるってこと。ただ、やっぱりまだ問題はあるよ。魔術陣はそのまま使えても、ぼくたちじゃこの魔術陣を起動させることは不可能だ」
『どうして?』
「単純な話さ。起動させるだけの、魔力が足りない」
「三人いてもだめなの?」
燿が首をかしげる。
大輔はうんとうなずいて、
「百人いても、できるかどうか」
「そ、そんなに?」
「なにしろ範囲が広いからね。しかも一瞬ってわけにはいかない。長時間維持するための魔力も注ぎこむって考えたら、たぶん二、三百人の魔法使いが必要だ。それくらい大量の魔力がないと、発動しても一瞬で終わっちゃうんだよ」
そこまで言ったところで、いや、と大輔は考え込んだ。
「ちがうな、そうじゃない。たぶん、もっと効率がいいやり方になってるはずだ。えっと、ここの式は典型的な供給式なんだけど、そこに接続されてるこの式がわかんないんだよな。現代まで伝わってる魔術陣にも似たような式はあるけど、それはちょっとちがうしなあ。もし似たような効果があるとしたら、これがこっちにつながって、ええっと、こっちが向こうになって――ああ、そうか、わかったぞ。魔法の維持は、自動的にできるようになってるんだ」
「自動的?」
「このあたりは空気中の魔力濃度が高いから、それを利用して維持するように計算されてるんだよ。ほら、わかるだろ、ここに指定文がある」
「いや、そんなの先生にしかわかんないよ」
「でもおかしいな――いくら空気中の魔力濃度が高いからって、それ単体で維持できるほどじゃない。前に魔法をかけたひとは、どうやって魔力を補ったんだ?」
『それは、理由があるんだよ』
ドラゴンはやさしい目でゆっくりと瞬きする。
『ようやく儀式の理由がわかった』
「儀式?」
『魔法をかけるときに、儀式が必要なんだ。それは不足している魔力を補充するために必要な儀式だったんだね』
「どういうことだ? そんな、魔力を作り出す儀式なんて――まさか」
『きみは頭がいい。ボクたちは、魔力で生きている。生まれたときに体内に溜め込んだ魔力だけで生きているんだ。だから、まだ魔力を使い切っていない、若い個体が犠牲になることで、その体内にある大量の魔力を放出できる。儀式っていうのは、そういうことだったんだよ』
「そんな――それじゃあ」
泉は自分の手をぎゅっと握りしめ、ドラゴンを見た。
「あなたが、犠牲になるの?」
『そう。ここではボクがいちばん若い個体だから。ほかのみんなは、もう成長のために魔力の大半を使い切ってる。あとは空気中に漂ってる魔力をすこしずつ吸収して、ゆっくり衰え、死んでいく。ボクのなかにはまだ大量の魔力が残ってるはずだ』
「そんなのだめ! だれかが犠牲になるなんて」
『ボクは悲しいとも悔しいとも思わないよ。きみには伝わっているだろう、ボクの心が。ボクはこうして犠牲になることをはじめから知っていた。ただ、そのときがきただけだ』
「そんな……せ、先生、なんとかできないんですか?」
大輔はぐっと押し黙った。
それがそのまま、答えになっていた。
「先生!」
「わかってるよ。ぼくだって彼を助けたいとは思う。そのためにいろいろ考えてるけど、現実的に魔法をかけようと思うなら、どうしても莫大な魔力が必要なんだ」
「じゃあ、魔法なんてかけなくていいよ。いまだって魔法は生きてるんでしょ? すこしひとに見つかりやすくなっただけで、いまのままだって平気だよ、きっと」
『ボクが生きるために、みんなを危険に晒すわけにはいかないよ』
「でも!」
ドラゴンはゆっくりとした足取りで魔術陣に近づき、その横に巨体を並べた。
『これが最後のお願いだ。この土地に、もう一度魔法をかけてくれ』
「――ぼくでよければ、手伝うよ」
「先生……」
「岡久保、これは彼らの問題なんだよ。ぼくは、彼らの選択を尊重したい。神小路、おまえならわかるだろ」
「わかりません、先生」
紫は首を振って、泉の腕をぎゅっと掴んだ。
「わたしは泉の味方をします」
「あたしも!」
燿も泉の手を握り、しっかり大輔を見た。
大輔は呆れたようにため息をつく。
「せめて神小路ならわかってくれると思ったんだけどな」
「大人の選択を、ですか? 先生、わたし、まだまだ子どもですよ。だれかが犠牲になっても仕方ないなんて思えません」
「ぼくだってそう思ってるわけじゃない。ただ、そうしなきゃいけないときもあるってことだ。ぼくたちは全能じゃない。ぼくたちの腕は二本しかない。三つのものを同時に掴み取ることはできないんだよ」
「そんな大人の理屈は知りません」
「あのな――」
「全能じゃないなんて、先生らしくないよ」
燿は、どんな武器よりも強いまっすぐな目で大輔を見た。
「先生は天才なんでしょ? 超大天才なんだよね。宇宙的大天才だっけ?」
「ま、まあ、そんな感じだな」
「だったら、なんでもできるはずだよ」
「天才にも限界ってもんはあるさ」
「これが先生の限界だってだれが決めたの? 絶対、先生ならいい方法が思いつくよ。諦めないで。あたしたち、先生がいっぱい考えて決めたことなら、従うから」
十歳近く年下の少女にそんなことを言われては、大人として、教師として、立つ瀬がない。
大輔はううむとうなる。
彼女たちの強みは、その諦めないという部分だった。
大人なら一目でだめだと思ってしまうようなことでも、彼女たちはまずやってみようとする。
それが危険でもあるのだが、そういう姿勢が大切だと言われれば、なるほどそうかもしれないとも思えるのだった。
大輔は魔術陣を見下ろす。
何千年も前に、いまとは大きく異る方法論で作られた魔術陣だけに、なんの研究もなしに手を加えることはできない。
しかし、その上から別の魔術陣をかぶせ、補助をさせることは可能かもしれない。
それでも魔力が足りるという保証はない。
むしろ、魔力が足りなかった場合、魔力の供給元である魔法使い、つまり燿たちは体力まで吸い上げられ、そのまま衰弱して命を落とす可能性もある。
「ぼくは、教師だ。事故に巻き込まれたおまえたちを無事に地球まで帰す義務がある」
しかし、と思う。
それが教師としての義務なのは間違いないし、燿たちを無事に地球に帰すことはなによりも優先すべきだが、だからといって彼女たちの意志を無視してもいいのかといえば、疑問が残る。
極論、燿たちの命は、燿たちのものだ。
それをどこで燃焼させるのかは、大輔が決めるべきことではない。
「――いいか、これはほんとに危険なことだ。失敗すれば、おまえたちはここで魔力と体力を使いきって死んでしまうかもしれない。それでもいいのか?」
「大丈夫、失敗なんてしないもん。ね?」
「ま、たぶん大丈夫でしょ」
泉も、言葉はないが、意志を込めて力強くうなずいた。
大輔も仕方ないというように息をつく。
「そういうわけだ、ドラゴンくん。ぼくたちのわがままに付き合ってもらえるかな」
ドラゴンはなにも答えず、ただその場でじっとしていた。
大輔はそれを了承と受け取って、すぐさま魔術陣を描きはじめる。
もともとある古代の魔術陣を消さないように、邪魔しないように、しかしうまく連動するように、ある部分は重ね、ある部分はつなげて、ひと回り大きなまったく別の魔術陣を作り上げた。
ブラックはその様子にほうと感嘆の息を漏らして、
「なんの手本もないのに、よくそんなにすらすらと描けるもんだな。よく使う魔術陣なのか?」
「まあ、このあいだも使ったけど、さほどよく使うってもんでもないよ。そもそも使う場所がごく限られてるからね」
「なんの魔術陣だ?」
「魔力を一箇所に集中させるんだ。それを、ちょっと、いまからちょっと変形させる」
「いまから?」
「アレンジってやつ」
「おいおい、魔術にアレンジするなんて聞いたことねえぞ。そんなことできるのか?」
「凡人じゃ無理だけど、ぼくはまあ、天才なんでね」
さすがに魔術陣が描き上がるまでにはしばらく時間がかかった。
大輔は注意深く確認し、よしとうなずく。
「魔術陣がうまく作動することは、ぼくが保証する。ただし、その先のことはわからないぞ。魔力が足りれば、だれも犠牲にならずに済む。もし魔力が足りなければ、全滅だ」
『ボクにも協力させてくれないか』
ドラゴンが言った。
『ボクはどうやって魔力を放出すればいい?』
「きみが死ぬ必要はないけど、まあ、死なない程度に魔力を供給してくれるとありがたいね。ちょっと待って、効率よく放出するために別の魔術陣を描こう」
大輔はドラゴンの周囲にも魔術陣を描き、それで下準備はすべて完了だった。
「この魔術陣は、周囲の魔力を集めるようにできてる。だから空気中の魔力も吸収できるから、多少負担は減るけど、おまえたちの魔力もその分強く吸い取られることになる。ぼくお手製の強力魔力吸引魔術陣も加えてあるからね。それじゃあ、ひとりがここに手をついて、ほかのふたりはそれぞれ手を握って」
三人は一列になり、手をつないだ。
泉が魔術陣に手をついて、大輔はまた別の位置に手をつく。
燿はふと、
「先生もやるの?」
「当たり前だろ」
「先生、魔力ぜんぜんないし、さっきも倒れたばっかりなんだから、離れたほうがいいんじゃない?」
「そういうわけに行かないところが教師のつらいところだよ。いいか、ぼくが倒れたら、それがおまえたちの限界だと思えよ。ぼくが倒れるくらいまで魔力を吸い取られたってことは、おまえたちも倒れる寸前まできてるってことだ」
「大丈夫だよ。あたしたち、先生とちがって魔力いっぱいあるし!」
「先生はそのへんぽんこつだしね」
「ぽんこつって言うなっ。ぼくは天才だ!」
「あー、はいはい、早くしてください」
「ぐ、ぐぬぬ、こいつらにはやっぱり教師に対する尊敬が――」
ぶつぶつ言いながら、大輔は魔術陣の最後の点検を済ませて、言った。
「それじゃあ、呪文を教えてくれ」
『ぼくが教えたとおりに繰り返して』
頭のなかに、直接旋律が伝わってくる。
大輔がそれを口にして、最初の魔術陣の起動を担当した。
魔術陣が薄く光はじめる。
その光ははじめ、わずかな燐光にすぎなかったが、魔力が巡っていくと血管が脈打つように強固な光となり、あたりがぼんやりと照らし出される。
大輔は身体中の力が魔術陣に吸い取られていくのを感じていた。
維持よりも、最初の起動に魔力を多く使うのだ。
一度倒れている身体で、起動するまで保つかどうかは賭けだったが、なんとか古代の魔術陣が起動し、それに連動して大輔が描いた魔術陣も効果を発揮しはじめる。
あたりの空気がざわめいている。
周囲を漂う魔力が魔術陣に吸い寄せられ、それが重々しい風となっているのだ。
魔力が渦を作って魔術陣へ吸い込まれる。
それでもまだ、古代の魔法はその効果を発揮しない。
魔力は泉たちからもぐんぐんと吸い取られ、また、ドラゴンからも供給されていたが、ブラックホールに向かってなにかを投げ込むように、まるで手応えがなかった。
「これは――やばいぞ――」
大輔は顔をしかめ、膝をついた。
それでも魔術陣から手を離さず、体力を無理やり魔力に変換して送り出す。
魔力が豊富な泉たちですら額に汗を浮かべ、苦しげな表情だった。
魔術陣の光が増していく。
それでもまだ、あたりを包み込むにはほど遠い。
『やっぱりボクの魔力をすべて使って。そうしないと、きみたちが危ない』
「そんなことない!」
泉が叫んだ。
「絶対大丈夫――わたしたちでなんとかできるから」
三人は硬く手をつなぎ、じっと目を閉じて魔力の供給に集中している。
ブラックは、そのすこし後ろに立って、不思議そうに彼らを眺めていた。
なんといっても、つい先ほどまで戦っていた相手なのだ。
それがいまや自分に背を向け、まったく無防備に別のことに専念している。
それも人間ですらないドラゴンのために命をかけているのだから、これほど不思議なことはない。
いまなら、たとえ魔法がなくとも彼らを倒すことなど容易だろう。
後ろから近づいて、軽く殴りつければそれでいい。
しかし、
「ま、そんな無粋なことはできないがな」
ブラックはにやりとして魔術陣に近づいた。
手をつないでいるいちばん端、燿の肩をぽんぽんと叩く。
目を開けて振り返った燿に、
「空いてる手を出せ。おれも力を貸してやるよ」
英語に切り替えて言ったのだが、それでも通じないらしく、燿はきょとんとした顔でブラックを見ていた。
ブラックは半ば無理やり燿の手を握り、そこから魔力を送り込んだ。
ブラックにとって重要なのは、不安定性とおもしろさだった。
常にぐらぐらと揺れ、その揺れを楽しみながら進んでいくのがブラックのやり方なのである。
ひとり分の魔力が追加されたが、魔術陣はまだ足りないというようにさらに魔力を吸い出そうとする。
ブラックはすぐに自分の身体から大量の魔力が失われるのを感じ、にやりと笑った。
「こいつは、おれひとりが加わったくらいじゃどうしようもねえな」
もともと、百人でも足りないほど大量の魔力を必要とするのだ。
いくら空気中の魔力濃度が高く、それを利用しているとはいえ、たった五人とドラゴン一匹でどうにかなるものではない。
大輔もまた、身体中の血を抜かれたようにふらふらと揺れる頭を押さえながら、どうするべきかと必死に考えた。
おそらく全員が力尽きるまで注ぎ込んでも、魔力はまったく足りない。
ドラゴン一匹分の魔力というのはそれほど大きいのだ。
かといって、いまさらドラゴンを生贄にし、自分たちだけ助かる気にもなれなかった。
「ああくそ、どうすれば――」
『われわれの力も使え』
「え?」
地面がずんと揺れる。
顔を上げれば、天を穿つ大陸ドラゴンたちが大輔たちを取り囲むように集まり、じっと見下ろしていた。
『われわれの魔力も使え』
「でも、きみたちはもうあんまり魔力も残ってないんだろ? 無理したらきみたちの命が危ないぞ」
『それはお互いさまだ。われわれのために人間を死なせるわけにはいかない。それも、いまでは数がすくなくなった魔法使いを』
ドラゴンたちは、まるでこの惑星が鳴いているような、低いうなり声を上げた。
一体ではない。
何十体というドラゴンが一斉に声を上げ、空を震わせ、大地を揺らし、魔力をすこしでも外へ向けて発散しようとしているのだ。
その声は一体分でもとてつもなく巨大で、腹の底にびりびりと響くほどだったが、無数の声が重なると飽和が起こって深い風鳴りのように聞こえた。
魔術陣へ流れ込む魔力量が、ぐんと跳ね上がる。
「これなら――」
魔術陣の輝きは大きく増して、すでに魔術陣のなかは目も眩むような眩しさになっていた。
魔力が流入していくに従い、その光が煌々と強まり、あたりに広がっていく。
大輔は倒れそうな身体を必死に支えて、すこしでも魔力を注ぎ込もうと務めた。
泉、紫、燿、そしてブラックもまた、ありったけの魔力を魔術陣に流し込んだ。
ドラゴンたちは己の存在を示すように鳴き、そして魔力を放出して、魔術陣の効果を強めていく。
光が、ぱっとあたりに飛び散った。
それは恐ろしい速さでドーム状に拡大し、温かな空気となって周囲を包み込む。
光のドームはぐんぐん巨大化し、天を穿つようなドラゴンたちさえ覆い隠して、ぴんと膜が張ったように停止する。
この土地全体を包み込む魔法が完成した瞬間だった。
大輔は魔術陣から手を離し、そのまま仰向けに倒れ込む。
見上げた空は曇天で、いつの間にか、ぽつぽつと雨まで降り出していた。
冷たい雨粒が頬を叩き、大地にざあざあと雨音が響く。
大輔は寝そべったまま生徒たちを確認し、疲れきっているがなんとか全員意識もあって無事だと確かめ、ドラゴンたちもまただれひとり命を落としていないことをしっかり見てから、全身の倦怠感に身を任せて瞼を閉じたのだった。




