緑竜と幻の谷 3
3
四人は川幅もぐんと狭くなったフィリス川を飛び越え、西へと向かった。
森にはなんの目印もなかったし、方位磁針も持っていなかったが、季節と太陽の位置がわかれば正確な方角を割り出すことができた。
森の様子は、なにも変わらない。
相変わらず、だれかが植えたように等間隔で木々が並び、森豚が徘徊し、鳥たちが鳴いていて、足元の腐葉土はやわらかい。
歩けば土の香りがふわりと立ち上って、全身を森に浸したような気分になった。
十分、二十分と歩いても景色は変わらない。
森は広く、二、三日歩いたくらいではまったく景色が変化せず、まっすぐ進んでいるのに同じところをぐるぐると回っているような感覚になる。
そういうときは、考えるだけ無駄だった。
まっすぐ進んでいると信じ、黙々と歩く。
「ねえ、先生」
「んー」
「あのひと――叶さんだっけ? ほんとに姉弟なの? 似てなかったけど」
「非常に残念だけど、ほんとに姉弟だ。っていっても、顔を合わせたのは十年ぶりくらいだったけど」
「十年……ってことは、先生がまだ中学生くらいのとき?」
「ぼくが小学生のときだ。あいつ、突然家を出て新世界で生活しはじめたから、それ以来会ってなかった。できればそのまま永遠に会いたくなかったけど」
「へー」
「それじゃあ、あの女もダブルOの隊員だったんですか?」
「いや、まあ、そのあたりはいろいろあってな」
十年前に起こった新世界独立クーデターの話は、片手間にするにはすこし込み入りすぎていた。
しかしそう考えれば、十年も前から叶はそんな組織と関係があったわけだ、と大輔はため息をつく。
いま革命軍を指揮するような立場にいるとしても、なんの不思議もない。
ただ、なぜそんなことをしているのか、という疑問は残る。
叶は奇妙な人間だ。
それは疑いない事実である。
ひとを殺すことに、なんの理由も必要ないような人間なのだ。
本当に、邪魔だから、というだけの理由で町ひとつを破壊するような人間だからこそ、革命軍という組織は不思議に思える。
そのやり方がずいぶんと回りくどく見えるのだ。
気に入らないなら、自分の力で破壊すればいい。
なにも新世界の人間たちを率いて革命など起こす必要もない。
叶には気に入らないものを破壊するだけの力があるのだから、そうすればいいだけのことだ。
ザーフィリスはともかく、叶はあまり自分では手を下さず、革命軍を通して国を、世界を支配しようとしている。
それだけ回りくどいことをする理由が大輔にはわからなかった。
自分の存在を気づかれたくないのか、とも思うが、そんなことを考えるようなデリケートな人間とは到底思えない。
組織を作ったということは、独力ではできないなにかをしようとしているのだ。
叶ひとりではできないこととはなんだろう。
あの規格外の天才が、組織に頼らなければできないと感じることとはなんなのだろう。
大輔を先頭に、四人は森のなかをまっすぐ西へ行く。
一時間ほど歩き続けると、すこしずつ景色に変化が現れはじめた。
それまで一定の間隔で木が生えていたのが、さらに間隔が広くなり、太陽の光もふんだんに差し込んでいる。
足元は、腐葉土のふわふわとした感触が減って、硬く固まった土の感触が強くなる。
森の終わりが近づいているらしいのだ。
「このまま外に出るのかな」
まっすぐ西へ向かえ、というのは、西側から森を出ろということだったのかもしれない。
大輔は完全に記憶している地図を探し、森の外になにがあったのか考えようとしたが、地図上ではすこし野原があって、あとは山にぶつかるだけだった。
「あいつ、やっぱりぼくたちをばかにしたかっただけか?」
苦々しく呟いた瞬間、目の前に奇妙なものが現れて、大輔は立ち止まった。
「なんだ、あれ?」
「石?」
大輔の後ろから燿がひょっこり顔を出し、前方を覗く。
たしかに、それは石だった。
石というより、巨岩である。
幅二十メートルほど、高さ五、六メートルという、ちょっとした山ほどの岩だった。
そんな巨大な岩がぽつんと、森のなかに鎮座している。
岩には燦々と陽光が当たり、ごつごつとした表面が輝いている。
奇岩、というほどではないが、森のなかに突如現れるにしてはおかしなものだった。
なにしろ、まわりには木々のほかにはなにもないのだ。
近くに山があり、そこからがけ崩れのように転がり落ちたわけでもなさそうだし、まさか地面から自然と岩が生えてくるはずもない。
開けた森のなかに、巨岩がたったひとつだけ、なにかの意志を感じるほど唐突に転がっている。
大輔たちはゆっくりとその岩に近づいた。
「なんで、こんなものがあるんだろう。ここから山までは何キロもあるのにな」
「だれかが運んだとか?」
燿はぺちぺちと岩の表面を叩きながら呟く。
近づいてみると、いよいよ巨大である。
よじ登るにも高すぎるし、横幅もあまりに大きい。
ぐるりと周囲を回ってみて、その岩が長方形をしていることがわかった。
奥行きは三メートル程度で、縦に長く、真ん中あたりがわずかに盛り上がっている。
「だれかが運んだとしたら、そのだれかっていうのは人間じゃないんだろうな。人力じゃ、何年かかってもこれだけの一枚岩は動かせないぞ」
「じゃあ、自然と転がってきた?」
「それも考えにくいけど」
生徒三人は岩に触れ、ごつごつした表面を気にしていたが、大輔は岩の傍らに屈み込み、地面を注意深く観察していた。
このあたりの地面には、日がよく当たるせいか、背の低い草がびっしりと生えている。
高さ五、六センチ程度の植物ではあるが、よく観察してみれば、その植物が巨岩の下敷きになっているのだ。
「――おかしいな」
もし巨岩がずっとここに置かれていたなら、その下には草も生えていないはずだった。
ましてや、大輔が靴の裏で踏みつけるのと同じように、草が内側に折れ曲がって岩の下敷きになっているなどあり得ない。
大輔は岩の周囲を四つん這いでぐるりとまわる。
岩の周囲の草はどれも同じように下敷きになり、また、引きずって運んだような跡も、なにかの道具を使って運んだような跡もない。
「おかしいぞ、これは」
「……先生、お馬さんごっこしてるの?」
「燿、だめよ、話しかけちゃ。見てないふりをしなさい、それがやさしさよ」
草が下敷きになっているということは、すくなくとも草が生えてから、岩がこの場所に落ち着いたということだ。
それだけ最近なら、運ばれたにせよ転がってきたにせよ、地面に跡が残る。
大輔はさらに地面に顔を近づけ、下敷きになっている草がまだ枯れていないことを確認した。
「ああ、どうしよう、ゆかりん、先生がおかしくなっちゃったよ」
「先生はもともとおかしかったでしょ。諦めなさい」
「どういうことだ、これは。こんな不条理はないはずだ」
前後左右のどこにも移動の形跡がない。
しかし岩はごく最近、この場所へやってきた。
地面に移動の形跡がないなら、と大輔は空を見上げた。
ちょうど真上は、木の枝もなくすっきりと空いている。
空中を使うなら、地面に跡を残さず移動させられるはずだった。
「かの名探偵も言っていたように、すべての可能性を検討、否定し、最後まで否定されずに残った可能性は、たとえどんなに不条理に見えても真実なのだ。つまりこの岩は、ごく最近空から降ってきたとしか思えない」
幅が二十メートルもあるような巨岩を吹き飛ばすような自然現象があるとも思えないが、この状況を説明するためにはそれしか考えられない。
大輔が理屈でもってその結論に達したとき、岩に触れていた泉は、ほとんど直感でまったく別の回答を得ていた。
紫は白い手を岩に当て、じっと見上げながら、ある考えをひらめいた。
横が長く、奥行きが狭く、高さがある――まるで、大きな生物が石化したようだ、と思ったのだ。
古代の地球に住んでいた恐竜のような、細長い生き物。
もしそんなものが石化したらこうなるだろうと泉は考え、そんな妄想に、ひとりでくすくすと笑った。
まるで、その笑い声に応えるように、手を当てていた岩がどくんと脈打った。
「わっ――」
慌てて手を離し、後ずさる。
「どうしたの、泉?」
「い、いま――なんか、岩が、どくんって」
「は?」
紫は怪訝そうな顔で岩に触れ、なにも起こらないというように首を振る。
「あれ、おかしいな……気のせい、だったのかなあ?」
「大丈夫、泉? 疲れたなら早めに言わなきゃだめよ」
「う、うん、まだ大丈夫なんだけど」
泉は再び岩に近づいた。
先ほどの感覚は気のせいだったのか、と岩に触れてみると、今度は脈打ったような感覚もなく、ひんやりとした岩の硬い感触があるだけだった。
「ほんとに気のせいだったのかなあ……」
この岩が、まるで生き物が石化したようだと考えた瞬間、岩が脈打ったように感じられたのだが――。
『ばれちゃったか』
声ではなかった。
言葉ともちがう。
しかしなにか、明確な意味をもった意志が、泉の頭のなかに響いた。
そして同じものをその場にいた四人全員が感じ、顔を見合わせて、だれも喋っていないことをたしかめる。
「岩から離れろ!」
大輔が叫び、全員が飛び退くように後ずさった。
とたん、
『しまったな、失敗しちゃったよ』
硬いはずの岩の表面が、湖面のようにゆっくりと波打った。
波紋はやがて大きくなり、岩全体がぷるぷると震えるようになって、波紋に従って岩の表面が変化していく。
灰色の、ごつごつしたものだったのが、鮮やかな緑色の、光り輝く宝石のような質感に変わる。
どうやら、それは鱗のようだった。
六角形の巨大な宝石のようなものが敷き詰められ、それが全身を覆っている。
胴体の一部にはその鱗がなく、黒い皮膚のようなものが露出していた。
なんだろうと思うと、その皮膚の部分がばさりと動き、空中に大きく広がる。
翼である。
漆黒の翼を広げると、胴体はくまなく緑色の鱗で覆われていることがわかる。
首は長い。
地面にぺたりと垂れていたのを起こすと、頭は地面から七、八メートル上にあった。
首の長さのわりに頭はちいさく、緑色の鱗のあいだから、大きな赤い目が覗いていた。
その巨大な生物は、両足を屈め、地面にうずくまるような体勢を取っていた。
全長は岩と同じ程度だが、翼を広げ、首をもたげた分、さらに巨大に見える。
大輔たちはいまだかつて見たことがない巨大生物を目の当たりにし、声も出せずに口をあんぐりと開けていた。
やがて泉がぽつりと、
「ど、ドラゴン……?」
その生物はゆっくりと瞬きして、感情が見えない、ガラスのように澄み切った赤い瞳を泉に向けた。
『よく気づいたね。あれでもうまく化けてるつもりだったんだけどなあ』
声でも言葉でもない意志が直接脳に伝わり、その生き物の感情がはっきりと理解できる。
『はじめまして、人間たち』
その生物はぐっと首をもたげ、身体を揺らした。
『そんなに驚かなくたって大丈夫さ。別に食べやしないよ』
「な、なんだ、おまえは」
大輔が言うと、その生物は大きな口を開け、鋭い牙を覗かせて、低く鳴いた。
『ボクには、名前はない。きみたちのように自分と他人を区別する必要がないから。人間たちは、ボクたちのことを大陸ドラゴンと呼んでいるね』
「大陸ドラゴン――聞いたことあるぞ。この世界に伝わる伝説的な生き物だ。まさか、実在したのか」
『伝説的かどうかはわからないけど、ボクたちは昔からいるし、これからもいるだろう。しかし、こんなところを人間がうろついているなんて珍しいね。迷子かい?』
「いや、迷子ではないんだけど……はあ、すごいな、こいつは。夢じゃないよな?」
『ちょっと齧ってあげようか?』
「や、やめろよっ。身体半分くらい持っていかれるだろ」
『人間は夢かどうか確かめるときにそうするんだって聞いたけど』
冗談のつもりか、本気なのか、よくわからない。
大陸ドラゴンには表情と呼べるものはなく、ただ脳内へ直接流れ込んでくるような意志でわずかな感情の起伏を感じ取られるのみだった。
「わあ、すごい。ねえ、触っても平気?」
『どうぞ』
好奇心旺盛な燿がまず近づき、岩のように硬く、しかしすべすべとした緑色の鱗を撫でた。
「わっ、すごい。きれー。泉も触ってみなよ」
「え、で、でも」
怖いし、というように泉が大陸ドラゴンを見上げると、ドラゴンは泉にぐっと顔を近づけ、甘えるように首を擦りつけた。
「あっ、わっ――」
「あはは、泉、懐かれたみたい」
「そ、そうなのかなあ」
『迷子じゃないなら、どうしてこんなところに?』
ドラゴンは大輔を見て言った。
『このあたりにはなにもないよ』
「やっぱりそうか。いや、ある女から話を聞いたんだけど、騙されたのかな」
『その女って、きみたちのこと嫌いなんじゃない?』
「どうかな。ま、ぼくたちはあいつのこと大っ嫌いだけど」
『だってここ、人間がうろついて無事に済むような場所じゃないよ』
「へ?」
『やっぱり知らない? ここって、フスパリムの縄張りなんだよ』
「ふす?」
「先生っ!」
紫が焦ったように大輔の腕を引っ張る。
なんだと振り返れば、背後の森から、巨大な影がのっそりと近づいていた。
一見、それは巨大な鹿のように見えた。
四足歩行で、足が細長く、胴もまたほっそりとしている。
すっと伸びた首には茶色く尖った角を生やし、まるで踊るような足取りで近づいていた。
見た目は、あまり恐怖を覚えるような外見ではない。
しかしそれが、全長十メートルはありそうな巨大生物なのである。
『あれだよ、フスパリム』
ドラゴンは首をもたげて、翼を揺らした。
『ぱっと見温厚そうに思えるけど、主食は大型の動物で、とりあえず、動くものにはなんにでも襲いかかってくる』
「やばいやつじゃん!」
『うん。だからこのへんは人間も近づかないんだけどね』
フスパリムはしなやかな足つきで大輔たちに近づく。
その硬い茶色の体毛が陽光を受けてきらきらと輝いた。
「ど、どうするの、先生。逃げる?」
「いや、あの感じだと走るのも早そうだ。魔法で追い払うしかないぞ」
『魔法?』
ドラゴンがぐるりと首を回し、大輔を見た。
『きみたち、異世界人ってやつなの?』
「ああそうだよ。でもその話はあとだ。いまはあいつを追い払わないと――」
『大丈夫だよ、ボクに任せて。きみたちはじっとしてて』
大輔がぐっと見上げる前で、ドラゴンは両足に力を込め、二十メートル以上ある身体を持ち上げた。
翼を広げ、ばさりと振る。
あたりに強風が吹き荒れて、紫と燿は互いに抱き合って耐えたが、泉はその風に翻弄されて地面に倒れ込んだ。
そこに、フスパリムがのそりと近づく。
黒い目が、じっと泉を見下ろしていた。
「あっ――」
まずい、と感じたが、恐怖のせいで全身が動かない。
泉はまるで捕食されるのを待つかのようにフスパリムをじっと見上げ、身じろぎひとつできなかった。
フスパリムは首を上下させ、鋭い角を見せつける。
そのまま蹄で硬い地面を蹴り、泉へ向かって凄まじい速度の突進を繰り出した。
「泉!」
燿が叫び、泉はぎゅっと目を閉じる。
そのとき、強い風が吹いた。
ずんと地面が揺れ、ほとんど同時に、ぎん、と高く振動するような音が響く。
泉はいつまで経っても衝撃がこないことに不安を覚え、薄く瞼を開けた。
すると、目の前いっぱいにエメラルドのような鮮やかな緑色が広がっている。
フスパリムと泉のあいだに、大陸ドラゴンが割り込んできたのである。
フスパリムの角はドラゴンの硬い鱗に弾かれ、先端が無残に砕けて、甲高い悲鳴を上げる。
フスパリムはそのままくるりと踵を返して森の奥へと逃げていった。
『大丈夫かい?』
ドラゴンは赤い瞳でじっと泉を見つめた。
泉がこくんとうなずくと、ドラゴンはゆっくり瞬きをする。
それが、やけに優しい仕草に見えた。
「ふむ、ぼくが噂で聞いたことがある大陸ドラゴンとは、ずいぶんちがうみたいだな」
大輔はドラゴンに近づき、その鱗をぺちぺちと叩いた。
「ぼくが聞いた話では、大陸ドラゴンっていうのはその名前のとおり大陸くらいでかくて、しかも凶暴だったはずだけど」
『噂は噂だね。すくなくともフスパリムよりはおとなしいよ』
「らしいね。生徒を助けてくれてありがとう、助かったよ」
『どういたしまして』
ドラゴンはゆっくり首を揺らし、また足を畳んで、地面にぺたりと伏せた。
翼も身体の横に畳み込んで、それでもまだ巨大だが、ひとつの置物のようになる。
「きみは、ここに住んでるのか?」
『いや、ちがうよ。ちょっとした事情があって、ここから動けないんだ』
「動けない?」
『うん、まあ、簡単に言えば怪我をしちゃってね』
「わ、大変」
燿が駆け寄って、ドラゴンの身体をしげしげと眺めた。
「どこを怪我したの?」
『いや、傷があるわけじゃないんだ。うーん、なんていうのかな、体力がなくなったっていうか、魔力がなくなったっていうか』
「魔力?」
と紫は首をかしげたが、ふと、
「そういえば、さっきから日本語で会話してるけど、なんで日本語が通じるのかしら」
『もともと言葉を理解しているわけじゃないからさ。ボクたち大陸ドラゴンは意志を交換する。ボクはきみたちの意志を理解し、きみたちはボクの意志を理解してるってわけ』
「なるほど、興味深いな。それで、魔力が足りないっていうのは?」
『大陸ドラゴンは、魔力で生きてるんだ。それがなくなると死んじゃうんだけど、このあたりを飛んでたら魔力がなくなっちゃってね。ちょっと移動するくらいはできるんだけど、大きく飛んだりはできないから、ここでじっとしてたんだよ。そしたら人間の気配がしたから岩になってみたんだけど、すぐばれちゃって』
「ふむふむ――じゃあ、魔力が戻るまでここでじっとしてるってことか」
『戻るっていうか、空気中の魔力を吸収するんだけどね。でも、どうかなあ、また動けるようになるまで、あと何十年かかるか』
「な、何十年? えらく気の長い……」
『大陸ドラゴンの寿命は、人間よりもずっと長いからね』
なるほどなあ、と大輔は感心したようにうなずく。
そのとなりで、燿と紫、それに泉がなにやらこそこそと話し合っていた。
大輔は聞かずともなんの話し合いか見当がついて、苦笑いし、ドラゴンの硬い鱗を叩いた。
「お互い、ここで出会えてよかったよ。ぼくたちはきみと出会ってなかったらさっきの化け物にやられただろうし、きみはぼくたちと会ってなかったら何十年と待ちぼうけだ」
『きみたちと会わなかったら?』
「せんせっ、あのね」
「あー、わかってるわかってる。魔力を分けてやるんだろ?」
燿たちはにっこりと笑ってうなずいた。
ドラゴンは赤い瞳を人間たちに向ける。
『そんなことをしても、きみたちにはなんの利益もないよ』
「ふふん、でかい図体をしても所詮はドラゴンだな、人間のことをわかっちゃいない。いいかい、人間ってのは、そのときにやりたいことをやる生き物なんだ。みんながみんな、常に利益を考えるほど賢いわけじゃないさ」
大輔はそう言って、硬い地面に魔術陣を描きはじめるのだった。




