砂の王国と革命軍 16
16
大輔は三日三晩眠り続けた。
そして目が覚めたとき、そこはかろうじて雑魚寝ができる程度の宿ではなく、やけに広々として様々な装飾に彩られた王宮の一室だった。
大輔はベッドの上でむくりと身体を起こし、頭を何度か振って、あたりを見回す。
ベッドの左側には窓があり、明るく光の降り注ぐ中庭が見えた。
王宮の一室であることはどうやら間違いないようで、そのことに大輔はほっと息をつく。
「なにがどうなったのかよくわからないけど、まあ、なんとかなったみたいだな」
ベッドから抜け出そうとしたところで、部屋の扉が開く。
入ってきたのは泉で、向こうがあっと声を上げたので、大輔もわっと言うと、逃げるように部屋を出ていった。
「なんだ、地元の子どもみたいな反応をするやつだな」
そのままベッドに腰掛けていると、泉は紫や燿を連れて戻ってくる。
三人とも泣きはしなかったが、それぞれ安心したような顔で、そのあと、ちょっと責めるように大輔を睨んだ。
「先生、いろいろと説明してほしいことがあるんですけど」
「ん、わかってるよ。ま、それはあとでな。それより、戦いのほうはどうなった?」
「あの変な女は、先生が倒れてすぐに消えました。隕石も」
「そうか。じゃあ、国の様子は?」
「ダイスケ、起きたのか」
男の声である。
見れば、スルールが扉に寄りかかって立っていた。
「おお、スルールがここにいるってことは、国の様子もぼくの予想通りみたいだな」
「きみの予想がどれだけ正確なのかはわからないが、きみが寝ているあいだにいろんなことがあった――すこし、話ができるか?」
「もちろん。身体はもうなんともない」
「それじゃあ、もう昼過ぎだが、朝食をとりながらにしよう」
そういうことになって、大輔たちは場所を食堂へ移す。
広々とした食堂には長テーブルがひとつ置かれ、その椅子のひとつに、ファラフがちょこんと腰掛けていた。
ファラフは燿を見つけるとうれしそうな顔で立ち上がり、近寄って、手をきゅっと握る。
燿も、その手をしっかりと握り返していた。
大輔はうなずき、下座に腰を下ろす。
先に連絡がいっていたのか、軽食はすぐに運ばれてきて、大輔はそれをつまみながらスルールの話に耳を傾けた。
「さて、なにから話すか――まずは、この国のことだろうな」
スルールはなにも口にせず、どこか薄暗い表情で言った。
「王は、すべての国民に謝罪した。今回の騒動と、前回の戦争後に自分が命じたことを公にして、自国民と関係したいくつかの国の国民に謝ったよ」
「――そうか」
「国民の反応は、いまのところ驚きだ。しかしこれから検証がはじまるだろう。なにが悪かったのか、なぜこうなったのか。それをだれもが理解し、改善へ向かわなければ、本当の意味で終わったとはいえない。それに、王は新しく嘘をついた」
「嘘?」
「王の左腕を突き刺したのは、革命軍のスパイであるマタルだったそうだ。おれは、その場に駆けつけてマタルを追い払ったのだと」
自嘲的な笑みがスルールの顔に広がって、それはすぐに消えていった。
「おれもその話を演説ではじめて聞いたよ。おかげでおれは犯罪者ではなくなった。幸い、おれの仲間たちもだ。まだ戦闘が起こる前で、お互いだれひとり殺していなかったからな。まあ、そのあたりは偶然というより、だれかの意志によるものだろうが」
にやりとしたスルールに、大輔はちいさな笑みを返す。
「そうだな、どこかの大天才がやったことかもしれない」
「そう、おれはその大天才にしてやられたよ。結局、革命軍とは手を切った。組織も解散、おれたちはこの国に住むことを許されて、まともな仕事で生きていく。おれは一応、兵士になった。なかなか給料もいいんだぜ」
「羨ましいね。これからはタダ働きじゃなくなるわけだ」
「その代わりおれたちはナビール王を認めた。まだ全員が納得できたわけじゃない。でも、解決へ向けて進んでいるのは確かだ。それもどこかの大天才さまのおかげだな」
「もっと褒めてもいいんじゃない? なんなら広場の真ん中に銅像でも立てるとか」
「なるほど、そいつはいい案だな。さすが大天才さまは言うことがちがう」
スルールはからからと笑って、出された果物を一口かじった。
「あとでナビール王にも面会するといい。きみを王宮に運んで医者を付き添わせたのは王だ」
「そうだったのか。ま、国のことで貸し借りなしってことにしてもらおうかな」
「そいつは破格すぎるだろう。きみたちはたった四人で、何十人って人間の命と国ひとつを救ったんだ。もしかしたら、町全体の命を――あの隕石はなんだったんだ?」
「さあ、詳しいことはよく覚えてないんだ。でもどうやら無事に済んでよかったよ。ちょっと長く世話になったから、明日にでも出ようと思ってるんだけど」
「そうか――どこへ行く?」
「とりあえず、川に沿って山のほうへ向かってみようと思う。そうだ、スルール、聞きたいことがあったんだ。革命軍の本拠地がどこにあるのか知らないか?」
「革命軍か。ついこのあいだまでは、東の国のヤマトを包囲していた。しかしきみが寝ているあいだにヤマトは陥落したよ。主力部隊は一部を除いてどこかへ消えたらしい。また別の国を落とすつもりなのかもしれないな」
「ふむ、そうか――じゃあ、まあ、ぶらぶら歩きまわって探すしかないか」
スルールは、なんのために革命軍を探すのかとは聞かなかった。
それはお互いにとって必要のない情報だった。
会話が途切れると、燿が遠慮がちに、
「先生、スルールとの話はもう終わったの?」
「おお、お待たせ。なんだ、なにか聞きたいことでも?」
「聞きたいことはいろいろあるけど――でも」
燿はにっこりと笑う。
「ま、みんな無事だったから、それでいいや」
「――そうか」
大輔も笑った。
それは、自分の生徒を誇るような笑みだった。
朝食が済むと、大輔はまずナビール王に会いに行った。
左腕に白い包帯をぐるぐると巻いたナビール王は丁寧に礼を言い、明日には立ち去ると伝えると、必要なものを用意すると明言した。
周辺の地図や数日分の食料、水などで、大輔は自分の治療とまとめて礼を言った。
「いや、それを言うなら、こちらは何度礼を言っても言い足りない」
ナビールはちいさな椅子に腰掛け、ゆったりと笑う。
「スルールから話は聞いた。真にこの国を救ったのは、きみたち四人の異世界人だったと」
「ちがいますよ。ぼくたちは異世界人、つまり天災みたいなものですから、本当に国を救ったのはこの国にいる全員だ。ぼくたちという偶然をうまく利用して、ね」
「ふむ、そうか――では、もう一度だけ言わせてくれ。本当にありがとう。この国を、よりよいものにしていくことを誓うよ」
――そしてその夜は、ささやかながら、明るい食事となった。
燿とファラフはいつも並んで座り、言葉も理解しあえないのに楽しげに笑い合っていた。
紫と泉もあまりお目にかかれない王宮の食事を楽しみ、夜にはふかふかのベッドでぐっすり休む。
そして翌朝には、もう出発のときだ。
ナビール王やファラフ、スルールは王宮の外、フィリス側のほとりまで見送りにきて、別れを惜しんだ。
とくにファラフはいまにも涙を流しそうな表情だったが、ぐっと唇を噛んで堪え、またいつでも遊びにきてほしいと燿に告げた。
燿は笑顔でうなずき、一行は急ごしらえの木造の橋を越え、町のなかを進む。
「先生、いま、振り向かないでよ」
大輔の後ろを歩いている燿が、明らかな涙声で言う。
大輔は興味もなさそうに、
「そう言われると振り向きたくなるけど」
「絶対だめ!」
「わかってるよ」
「ねえ、先生、これからどこへ向かうんですか?」
泉が話題を変えると、大輔はううむとうなった。
「とくにあてはないんだけど、ま、砂漠をさまようよりは緑があるところを行くほうがいい。とりあえず川に沿って山を目指してみよう。運がよければもとの世界へ帰る扉も見つかるだろうし」
「運がよければ、ですか」
「何事も運だよ、世の中は。気楽に行こう」
「はあ、先生といっしょだって時点で憂鬱が止まりませんけど」
「正直だなあ、神小路。先生、七五三より泣ける自信があるぞ」
「な、泣いてないもん!」
「はいはい、わかってるよ――ま、とにかく」
元の世界へ帰るまで、歩き続けるしかないのだ。
四人はフィリス川を左手に、とぼとぼと歩きはじめるのだった。
*
ヤマト包囲戦を勝利で終えた革命軍は、その本隊をある山の麓へ移していた。
大湊叶はその司令部でひとり、床几に座ってにやりと笑みを浮かべている。
「大輔がこの世界にいるとはね。偶然ってあるものねえ――」
それは心底から喜んでいるような笑みだった。
そこへ、ひとりの兵士が報告のために司令部へ入ってくる。
「叶さま、ヤマトの王宮や町中をくまなく捜索いたしましたが、目的のものは発見できませんでした」
「ふうん、そう――もうすこし、探しなさい。建物をすべて壊し、畑を全部掘り返して探すのよ」
「はっ――」
男は踵を返して出ていく。
叶はちいさく息をつき、だれにともなく呟いた。
「ヤマトにもないとすれば、いったいどこにあるのかしらね、ナウシカは――」
続く




