砂の王国と革命軍 12
12
双日の夜は明るいが、町は当然、単日の夜と同じように静まり返っている。
賑やかな市場が開かれる広場も人気はなく、ときおり吹く蕭々たる砂漠の風以外はなんの物音もない。
そうした静かな夜を越え、もともと薄ぼんやりと明るい空が、本格的な夜明けを迎える。
町は強い日差しを浴びてすこしずつ蘇り、ひとびとが起き出し、物音が生まれ、東の空に太陽の姿が見えるころには、市場もいつもどおりひとでごった返していた。
その時点で、町の外に武装した集団が待ち構えていることに気づく人間はだれもいなかった。
彼らは用心深く姿を隠し、そのときを待っていた。
一方、王宮でも遅い朝がやってきて、朝食とも昼食ともつかない豪華な食事を終えてから、そろそろ会議をはじめようかという時間になる。
周辺国の王や代表者ら、計十三人は、百人近くを収容できる大広間でひとつの机を囲む。
議題は、東の国、ヤマトを支援するか否かというものだった。
「もちろん、支援はしなければならない」
ある国の王が口火を切る。
「ヤマトはわれわれの重要な同盟国であり、支援は条約に従って行われるべきだ。そして時期も、なるべく早く行わなければならない」
「戦況は刻一刻と悪化しているそうではないか」
別の国の代表者が、満腹になって前にせり出した腹を撫でながら言った。
「報告によれば、革命軍の主力部隊は一万を超えた大部隊だという。ヤマトにいる兵力はせいぜい二千ということだろう。そう長くは保つまい」
「では、各国から出兵するということでよいだろうか」
「出兵は困る。いや、なにもわが国ばかりというわけではないだろうが、国内の情勢が安定しとらんのでね。出兵し、そのうちに国内で反乱が起きるなど笑い話にもならん」
「では武器支援で? しかしヤマトは武器生産では大陸でも一、二を争う。銃など有り余るほど持っているだろう。問題は、それを使う兵がいないことだ」
「ヤマトからの連絡は?」
「支援を求む、としか」
「やはり出兵せざるを得ないだろう。自国を犠牲にするわけにはいかんが、ヤマトを見殺しにもできん。可能な範囲で出兵するとしたら、どれほどの戦力をヤマトへ送ることができるか?」
「すべての同盟国を合わせても、せいぜい三、四千というところではないか」
「革命軍は一万を超えているのだ。たった三、四千の兵では、死にに行くようなものだぞ」
「では出兵は取りやめるか?」
「それでは条約にも、人道にも悖る。わが国からは二千の兵を出そう」
「いい顔をするな。条約だの人道だのという以上に、ここでヤマトに恩を売っておこうという算段だろう。まあ、そうして自国の兵を見殺しにするというなら、われわれはも邪魔はしないがね」
「そう、支援は平等に行わなければならない」
「やはり各国で同じ数の兵を出すのがよいだろう」
国際会議の主催国、ザーフィリスのナビール王は、そうした議論のあいだ一度も口を開かなかった。
上座でじっと押し黙り、うつむいて、飛び交う声だけを聞きながらいたずらっぽくほくそ笑んでいる。
結局のところ、みな保身しか考えていない。
王とは常にそういうものだ。
自分の身をいちばんに考えることで、自国を守っているのだと思い込んでいる。
そしてほかの国と手をつなぎながら心のなかでは蔑み、見下し、どうすればこのいやらしい相手をめちゃくちゃに打ち倒せるだろうかと考えている。
平等な出兵、と言いながら、王たちはいかにして抜け駆けをするかということばかり考えている。
だれも貧乏クジは引きたくない。
自国の犠牲だけ甚大というのでは国民にも顔向けできないし、かといって臆病を出して乗り遅れれば、ヤマトの重大な武器産業に関して主導権を取り損ねる。
王たちのなかには、すでに革命軍と秘密裏の会談を行なっている王もいるだろう。
ヤマトの現体制が破れ、革命軍が支配する国となった場合も武器の輸出が滞らないようにするためだ。
人道と政治は、常に相反する。
ナビールは、退屈な気分で会議の成り行きを見守っていた。
たとえこの会議でどんな結論が出るとしても、自分とはなんの関係もないと感じる。
自分の意見を主張することもできず、また大臣たちがそれを許そうとはしないだろうから、押しつけられた結論を受け入れ、あたかも自分の決定のように発表することしかできないのだ。
こんな会議はぶち壊しになればよいのだ、とナビールは心のなかで呟いた。
革命軍でも反政府軍でもかまわないから、こんな会議はだれかの手か銃弾によって粉々に破壊されてしまえばよいのだ。
そうすればこの鬱々とした気分も、すこしは晴れるにちがいない。
*
朝がすぎ、太陽がぐんと昇って、砂漠の暑い昼がくる。
それまで町の近くのちょっとした丘に身を隠していたスルールたち砂漠の民は、互いにうなずき合うことを合図として行動をはじめた。
ほぼすべての人間が武器を帯び、死を覚悟して丘の陰から出る。
戦闘に参加しない女子供は、すでに離れた場所まで退避していた。
「やるんだ。おれたちは自分の存在を証明する。国と王に復讐するんだ」
男たちは口々に呟き、砂漠を這うように進んだ。
突如現れた武装した男たちに、町の外で暮らしている人間たちがぎょっとして道を開ける。
砂漠の民は彼らには見向きもせず、狭い入り口から町のなかへと入っていった。
銃口を空へ向け、駆け足になり、細い路地を抜ける。
ひとでごった返した広場へ出た。
ほんの一瞬、事態が理解できないような人々の瞳が集中し、だれかが上げた悲鳴が引き金になり、凄まじい混乱が訪れる。
武器を見て、人々が逃げ惑う。
我先にと男たちから離れ、屋台がひっくり返り、新鮮や野菜や果物が地面を転がった。
武装した男たちは一瞬立ち止まり、混乱した人間たちが逃げ去るのを待った。
それからはひと息に広場を抜ける。
「この先は橋だ。武装した兵士がいる! 油断せず一気に押し切るぞ!」
武装した三、四十人が一塊になって路地を抜ける。
前方に、フィリス川にかかる橋が見えていた。
橋の上には四人の見張りが立っている。
まずはそれを突破し、この勢いのまま王宮に雪崩れ込む必要があった。
もし王宮に潜入できたとしても、勝ち目という点ではほとんどない。
こちらはわずか四十名余り、向こうは千人近くの戦力がある。
取り囲まれ、ほどなく全滅させられるしか道はない。
むしろ彼らはそのために町をすぎ、橋を渡ろうとしているのである。
先頭が路地から抜け出したところで、橋の上にいる見張りも武装した集団に気づいた。
ほとんど同時に銃を構える。
そのときだった。
「あっ――」
だれかが声を上げた。
銃口が空を向く。
視線が釣られて上を向いた。
青い空には、ふたつの太陽がある。
いや――いまは、それが三つになっていた。
遠くちいさな太陽、近く大きな太陽に重なり、もうひとつ、巨大な炎の塊が空に浮かんでいた。
どこから現れたのか、その炎は轟々と音を立て、長く尾を引きながら急速に落下をはじめる。
直径十メートル以上はありそうな、燃え上がった隕石のような塊だった。
それはまっすぐ武装集団の真上へと落ちてくる。
「退け、退け!」
叫び声と本能に従い、男たちは慌てて路地へ逃げ帰った。
橋の上でも、見張りの兵士たちが泡を食って宮殿側へ飛び退く。
炎の塊は凄まじい熱量を持ち、あたりを焦がしながらフィリス川に向かって落下した。
轟音が響き、なにかが崩れ去る。
炎は地面に打ち当たり、フィリス川に落ちて、じゅうじゅうと川の水を蒸発させた。
そのせいであたりには白い蒸気が立ち上って、視界がまったく失われてしまう。
武装した男たちはかろうじて路地に引っ込み、被害を免れていたが、その白い煙に向かって銃口を向け、慎重に目を凝らした。
轟音が止み、白い煙もゆっくりと消えていく。
「なんだったんだ、あれは――」
「隕石が落ちたのか?」
「それにしては被害がちいさいようだが」
蒸気がすっかり消えるのを待ち、男たちは再び銃を構えて王宮へ向けて突撃しようとした。
しかしあっと声を上げ、すぐに立ち止まる。
先ほどまであったはずの橋が、完全に崩落しているのである。
川幅が十メートル以上あるフィリス川にかかる橋が、根本からごっそりと崩れ去り、川のなかには無数の瓦礫が転がっていた。
男たちは川を覗き込み、それから対面へ目を向ける。
向こう側でも同じように兵士が橋の崩落に目を丸くしていたが、お互いはっと気づいたように銃を構えた。
銃声が響く。
しかしそれはすぐに無益な攻撃だと悟った。
砂漠の民は、たとえそこにいる兵士を殺しても川の向こうへ行けるわけではない。
また宮殿を守る兵士は、橋が壊れたいま、宮殿へ侵入するには川を泳いで渡るしかなく、川を泳いでいる途中に狙い撃つことはなんの苦労もないから、いま無理をして対岸の男たちを狙う必要はまったくないのだ。
川をはさみ、彼らは睨み合った。
銃口はまだそれぞれ相手を狙っている。
「――どうする?」
「なんとかして王宮に侵入しなければ」
「川を渡るか」
「狙い打たれるぞ」
「別のルートは?」
「だめだ、正面からしかない」
彼らは進むことも退くこともできず、ただじっと、いつまでも対岸を睨みつけるだけだった。
*
第一段階終了、と大輔は呟き、生徒たちを振り返る。
「大丈夫か、おまえたち」
「だ、大丈夫……」
燿は呆然と自分たちが破壊した橋を眺めていたが、ふと正気を取り戻して、
「せ、先生! あの魔法なんなの、めっちゃすごいじゃん!」
「めっちゃすごいからおまえたちには教えてないんだ。見てのとおり破壊力だけは抜群だから、これからも許可なく使うなよ。ま、魔術陣が複雑だから、おまえたちには無理だと思うけど。これでも古代魔術だからな。この魔術陣を暗記しているのは世界中でもこの大天才大湊大輔くらいのもんだろう」
ふふん、と鼻を鳴らし、大輔はぐるりと景色を見回した。
彼らはいま、王宮の丸い天井の上、この町でいちばん高い場所に立っていた。
町が一望できるのはもちろん、川べりに詰めかける兵士や革命軍の様子も手に取るようにわかる。
「次、第二段階の準備だ。魔力はまだ残ってるな?」
「三人だから、大丈夫」
「よし、じゃ、次の目標は武器庫だ。見ろ、兵士たちが続々と建物の右翼へ向かってる。あそこが武器庫なんだ。しっかり狙えよ、適当にやったら王宮ごと吹き飛ぶぞ」
三人は魔術陣に立ったまま、再びを手をつないだ。
意識を集中させる。
頭のなかに、現実と寸分たがわない王宮の様子を思い浮かべ、その右翼、武器庫をしっかりと狙う。
三人の周囲が、うっすらと輝きはじめた。
その光、つまり熱がぐんぐんと上昇し、流れ星とは反対に光の水滴が空へと駆け上るような美しい光景となり、上空で一塊の光となった。
「いけ!」
大輔が叫んだ瞬間、光の塊は炎へと変換され、恐ろしい業火となって落下をはじめる。
足元にいる兵士たちが、わっと声を上げて散り散りに逃げはじめた。
大輔はそれを見下ろし、ちいさくうなずく。
「よしよし、それでいい。しっかり逃げて、巻き込まれないようにしてくれよ」
直径五メートルほどの炎の塊は、赤黒く燃えながら王宮の右翼へと落下していった。
それはまるで太陽の墜落を見ているようで、あたりは赤々と照らし出され、熱風が吹き荒れて兵士を木の葉のように吹き飛ばす。
ずん、と地震のように王宮が揺れた。
炎の塊は落下した瞬間に消滅し、建物右翼を完全に破壊し尽くした。
そのあおりを食って王宮のあちこちが揺れ、軋み、悲鳴が上がる。
三人の狙いは的確だった。
大輔は、改めて生徒たちの優秀さと絆の深さを目の当たりにする。
魔法は、基本的に人数が多くなればなるだけ、力が増す。
それは単純に魔力の量が増すためだが、代わりに各々のイメージにズレが生じやすくなり、威力は強いが、失敗の確率がぐんと増してしまう。
そういう意味で、三人の魔法使いというのは理想的な組み合わせだった。
三人分の魔力を使いながら、イメージにも誤差がすくない。
とくに普段からいっしょにいる燿たち三人のイメージは細かく一致し、針の穴でも通せるくらいだった。
「うん、うまくいった。フェーズ2クリアだ」
大輔が振り返ると、三人はさすがにすこし疲れた顔をしていた。
魔力の消費そのものは体力を使わないが、魔力が尽きてしまったら、魔法は強引に体力を魔力に変換して消費させてしまう。
これ以上大掛かりな魔法は難しいだろうが、それも当初の予定どおりである。
「疲れてるだろうけど、すぐにフェーズ3へ移行するぞ。魔術陣を移動するんだ。こっからは運勝負だからな――おまえたちはここで魔法を展開してくれ。あとはぼくがやる」
「先生、あたしも行く」
燿はじっと大輔を見た。
事前の予定では、燿もこの場で魔法の維持に務めるはずだった。
「でも――」
「こっちは大丈夫だから、行ってきたら?」
と紫は燿の背中をぽんと叩く。
「魔法の維持くらいはふたりで大丈夫よね、泉?」
「え、う、うん、がんばる」
「ごめんね、ふたりとも――先生、いいよね?」
「あーもう話してる時間もない。行くぞ、勝手な行動を取るなよ」
「うんっ」
大輔と燿は、王宮の屋根からずるずると滑るように降りる。
残った紫と泉は予め用意しておいた別の魔法陣に移動し、ちいさく息をついた。
「ああは言ったけど――正直、もう結構疲れてるのよね、わたし」
「わ、わたしも……でも、まだがんばれる」
泉はぐっと拳を握る。
紫もうなずいて、
「燿の分までがんばらなくちゃね」
正念場は、これからだった。




