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万象のアルカディア  作者: 藤崎悠貴
砂漠の王国と革命軍
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砂の王国と革命軍 11

  11


 翌朝。

 大輔は約束どおり町の外に出て、待ち受けていた案内役に会議が行われる日時と場所を教えた。


「明日、大広間で行うんだな。わかった、スルールにそう伝えよう」

「スルールたちは間に合うか?」

「一日あれば、充分に準備もできる」

「襲撃はいつ頃になりそうかな? 巻き添えを食らわないように、その時間帯はしばらく逃げていようかと思うんだけど」


 ふむ、と案内役はうなずき、ラクダにまたがったまま言った。


「会議が行われ次第、われわれは町に突入する。まずは武器庫を襲う計画だ。その際、町中で銃撃戦になる可能性がある」

「なるほど、じゃあその時間は町の外にでも出といたほうがよさそうだな。ありがとう、そうするよ。スルールによろしく」


 案内役はラクダに揺られてゆっくりと歩き出す。

 途中に馬を隠していて、人目がなくなり次第馬に変え、道を急ぐことになっていた。

 一方で大輔は町に戻り、宿の部屋に燿たち三人を呼び寄せた。

 三人は揃って寝不足のような顔をしていたが、昨日ほどは落ち込んでいるわけでもなく、あくびを噛み殺しながら床に座る。


「いいか、最初に言っておくと、この作戦が完璧に成功する確率は三割程度だ。この三割っていうのは、ぼくたちは全力を尽くしたが、運が悪かった場合の成功率を示してる。ぼくたちが全力を尽くさなければ、成功率はもちろんゼロ。ぼくたちが全力を尽くし、なおかつ運がよかった場合、成功率は百ってことだ」

「じゃ、きっと大丈夫だね」


 燿は持ち前の明るさと前向きさを取り戻し、ぐっと拳を握った。


「あたしたちは大丈夫だし、絶対、運も向いてくるよ」

「ううむ、おまえのその前向きさがどこからくるのか一度研究したいもんだけど――まあ、運のことは考えても仕方ない。できるときはできるし、できないときはなにをしてもだめだ。それから、作戦名はファントムとする。複雑さではジーニアス作戦のほうが上だけど、おまえたちの疲労度でいえば断然ファントム作戦のほうが上になるから、覚悟しておくように」

「はーい」

「先生、あの、どんな魔法を使うんですか?」

「使う魔法はひとつだけだ。それを成功させることが絶対条件になる。規模がでかいから、事前に試すこともできない。その瞬間だけの一発勝負だぞ」

「い、一発勝負……わたし、そういうの苦手だなあ」


 泉が不安そうに言うと、すかさず紫がぽんと背中を叩いた。


「大丈夫よ、泉。普段どおりやればいいんだから」

「そ、そうだよね」

「ま、人間意識して普段どおり振る舞うってのがいちばん難しかったりするけどな」

「そ、そうですよね……」

「先生、せっかく元気づけてるのに台無しにするのやめてください。だから変態なんですよ」

「どういう論理の飛躍!? まあ、否定はしないけどさ」

「否定しないんですか」

「まあ、まだ時間は一日ある。不安ってのは、繰り返し考えることで軽減される。直前になって不安を覚えるより、いまのうちから最悪のことを考えて、緊張に慣れといたほうがいい」

「せんせー、最悪の場合って?」

「魔法が失敗し、国王とかそのへんが丸ごと死に、ついでにスルールたちも同士討ちして死に、おまけにぼくたちまで巻き込まれて全滅するっていうのが、まあ考えられるなかでいちばん最悪だな」

「う、た、たしかにそれは最悪だね……」

「魔法が成功すれば、すくなくとも最悪の事態は回避される。魔術陣に関しては任せろ。ぼくは絶対に失敗しない」

「わ、先生すごい自信……わたしも見習わなくちゃ」

「泉、だめよ、あんなひとを見習ったら、世界中から嫌われるナルシストになっちゃうわよ」

「今日も毒舌が冴え渡ってるなあ、神小路。先生は今日も泣きそうだぜ」


 ごほん、と咳払いをひとつ。

 大輔は昨日魔術陣を描いた石を使い、床にがりがりと町の様子を描いていく。


「わあ、先生、めっちゃ絵うまい!」

「ふふん、だろうだろう。天才はあらゆる分野で優れているのであって、ぼくに死角はないのだ。さて、状況の説明だけど、まずこれが町、ここがフィリス川で、こっちが王宮だ。橋はここにある。で、周囲は壁に囲まれてる」

「ふむふむ」

「まず、王宮で会議の時間になる。それに合わせて、おそらく町の入り口からスルールたちの革命軍が町へ入り込む。このとき、町の様子がどうなるかは予測不可能だ。さっき町で何人かの住人と話をしたんだけど、みんな一応のところ、王さまを尊敬してる。かといって人間の盾になるほどかといえば難しい。まあ、混乱するのは間違いないだろうけど」


 町の入り口から、王宮へ向かう唯一の橋へ向かって矢印を引く。


「武装した革命軍は、一直線に橋へ向かう。当然、橋では王宮を警護する兵士たちと衝突が起こる。町の混乱如何にもよるけど、確実に犠牲者が出るのはこの場面だ。革命側か、兵士側かはわからないし、双方ということも考えられるけど、まず間違いなく負傷者か死者が出る」


 燿はぐっと感情を殺すように唇を噛み、床の図を見下ろしていた。


「で、だ――本来であれば、ぼくたちはこの時点ではまだ動き出すのをがまんしたい」

「先生っ」

「まあ、待て七五三。本来ならって言っただろ。ぼくが作戦を主導するなら、橋での攻防は無視する。でも今回の目的はひとりの犠牲者も出さずに事態を収拾させることだ。つまり、この橋の攻防も無視はできない。よって――」


 大輔は指揮棒のように指をくるりと回し、言った。


「革命軍が橋に到達する前に、ぼくたちが橋を爆破する」

「ば、爆破?」

「そう、どかんと一発派手に破壊する。そうすることによって王宮へ向かう唯一の道は閉ざされ、革命軍は王宮に到達できないし、王宮内にいる兵士たちも町に侵入した革命軍のもとまでたどり着けない」

「そ、そっか――先生、あったまいい!」

「苦しゅうない、もっと褒めたたえたまえ」

「燿、だめだって、こいつ調子に乗るから」

「神小路、先生をこいつ呼ばわりはやめなさい。えー、とにかく、橋を爆破する。それで橋の攻防は事前に阻止できる」

「でも、先生」

「はい、岡久保くん」

「町にも兵隊さんはいるんじゃないんですか? そしたら、町で戦いになるかも」

「そう、その可能性がぼくたちのいちばん重要な敵だ。町での銃撃戦は、まったく無関係な市民を巻き込む可能性もある。ただ、いまは国際会議のために各国から要人が集まってるから、警備のほとんどは王宮に詰めてるとみていい。もちろん町にも兵士はいるだろうが、それが銃撃戦になる前に、こっちはもうひとつ行動をはじめる」

「もうひとつの行動?」

「それはちょっと複雑だから、また別に説明するとして――重要なのは、ぼくたちは王宮の兵士の動きと革命軍の動きを完全に読みきる必要があるってことだ。まあそのへんも、この天才すぎて困るくらいの頭脳にかかれば大した問題じゃないけどね」


 ふふん、と大輔は笑い、しばらく生徒たちの反応を待ったが、すでにそうした言動に慣れっこの生徒たちは冷ややかな視線を返しただけだった。

 がっくりと肩を落とし、説明を続ける。


「革命軍は、まず武器庫を狙うそうだ。まあ、これは一般的な戦い方ではある。武器庫さえ押さえてしまえば弾薬の心配はなくなるし、向こうの弾薬を断つことにもなるからな。で、王宮のなかにある武器庫はどこにあるかというと、七五三の目撃情報やら一般的な建物の構造やらを考えて、まず間違いなく宮殿の左右のどちらかだ。橋を渡れなかった革命軍は、なんとかして王宮へ入ろうとするだろう。王宮に詰めてる兵士たちはなんとかして革命軍を入れまいとする。つまりフィリス川を通しての攻防になるわけだが、その流れを見ていれば武器庫の位置はわかるし、先にそこを破壊しておくことも可能だ。これで双方の戦力はかなり弱体化する」

「ふむふむ」

「あとはさっき行ったように同時進行する別の作戦の成果によって結果が決まる。うまくいくかどうかは運次第だ。現時点で成功率は三割。失敗したら、神を恨もう。ああ、それともうひとつだけ」


 大輔は生徒たちを見回し、真剣な表情で言った。


「万が一失敗し、なおかつ自分の身が危険だと思うことがあったら、ひとりであろうがふたりであろうが、必ず逃げること。近くにいるだれかを助けようとか、そういう殊勝な心がけは必要ない。自分の身を最優先に考えて、安全に行動すること。これが約束できないなら、ぼくはおまえたちの作戦参加を認めない」


 泉と燿は真剣な顔でうなずいたが、紫はにやりとして、


「わたしたちがやらないんなら、だれがやるんですか?」

「う……まあ、それはだな、いろいろだ。とにかく、ぼくにはおまえたちを無事地球へ帰す義務があるんだよ。頼むから先生のメンツを守ってくれよ」

「そう言われると、泥を塗りたい気がしますけど」

「おまえはほんとドSだな! 先生はいろんな意味できみの将来が心配です」


 大輔はため息をついて、それから、ぱちんと手を叩いた。

 作戦開始まで約一日。

 決戦まで、残された時間はそう多くない。



  *



 スルールたちは政府側の勢力に居場所を突き止められないよう、一日ごとにすこしずつキャンプの位置を変えていた。

 案内役は当初の予定どおり、前日より数キロ離れたキャンプに到着し、スルールと面会して大輔から受け取った情報を伝える。


「明日か。よし、では今日の夜から出るぞ。幸い、今日も双日だ。夜でも視界は充分に効く」

「しかし、えらいものだな、異世界人というのは」


 案内役は黒々としたあごひげをしごきながら言った。


「われわれが苦労しても手に入れられなかった情報を、たった一日で入手するとは」

「彼らは、おれたちとはちがう存在だ。おれたちじゃ使えない能力を持ってるからな」

「ふむ――神の使いのようなものか」

「悪魔の使いかもしれないが」


 スルールは低く笑い、全軍に進軍準備を伝えた。

 とはいえ、革命軍の支援を受けたスルールたちは、女子どもを含めないならわずか三、四十人の勢力にすぎない。


 一方、政府軍は千人近くの戦力を有している。

 とくにいまは各国の要人が集まっていることもあり、警備は普段よりも厳しくなっているはずだった。

 しかしスルールには勝算がある。


「われわれの存在を消そうとした者に、われわれの強さを見せつけてやるさ」


 戦うことでしか自分の存在を証明できないものは、ほかのだれよりも強い。

 戦うことで失うものはなにもなく、一方で存在を得ることができるのだ。

 スルールたちをそのような存在にしたのは国王自身だった。


 スルールは「存在するはずがない者たち」を率い、一路ザーフィリスへ向かうための準備をはじめる。

 男たちは武器を手入れし、女たちは不安げにそれを見守り、子どもたちは大気に含まれた緊張と興奮を感じ取ってテントのなかで丸くなる。


 スルールはそのなかで、仲間のなかからひとり、そっと離脱して馬を飛ばした存在があることに気づかなかった。

 それが歴とした仲間ではなく、ここ最近行動を共にするようになった革命軍の人間、マタルであることも影響していたのかもしれない。


 マタルはだれにも気づかれることなくキャンプを脱し、馬を飛ばして、まっすぐにある場所を目指した。

 その場所までは馬の足を使っても相当に時間がかかり、昼に達する前にキャンプを出たが、到着したころには夕方になっている。


 そこは東の国と呼ばれるヤマト国のすぐ近く。

 ヤマトを攻めている革命軍主力大隊の司令部である。


 司令部に飛び込んだマタルは、いくつかの検問を越え、司令官の前に辿り着く。


「報告が遅くなりました、ユキさま」


 司令官は床几に座り、マタルをじっと見ていた。

 マタルは頭を下げ、報告を続ける。


「革命軍が武器を譲渡しましたスルール率いる砂漠の民が、今夜ザーフィリスへ向かって進撃いたします」

「へえ」


 司令官は楽しげな声を上げ、立ち上がる。


「勝算は?」

「戦力差は甚大ですが、作戦そのものは決して悪くありません。おそらくは成功するかと」

「そう。つまり近々ザーフィリスは革命軍の手に落ちるってことね」

「そのように考えて間違いございません。私はすぐにスルールの元へ戻り、戦いの帰趨を見て参ります」


 司令官はうんと一度うなずいたが、すぐに首を振り、にやりと笑った。


「わたしも行く」

「は――」

「こっちはそろそろ飽きてきたから、ザーフィリスを見に行くわ」

「わざわざご足労願うほどでもないかと存じますが」

「暇つぶしよ。それに――もしスルールが失敗したら、わたしがザーフィリスを潰すから」


 マタルは背筋がぞくりと震えるのを感じたが、じっとうなだれ、司令官の意見を受け入れた。

 そして心のなかで、ザーフィリスは終わりだ、と呟く。

 スルールがどんな失敗をしようが、だれが計画の邪魔をしようが、ザーフィリスはもう決して助からない。

 正真正銘の死神がいま、ザーフィリスに死刑を宣告したのだから。


「そういえば」


 司令官はまた床几に腰を下ろして、ぽつりと言った。


「斥候はどうなったの? 何度か失敗してるって報告はあったけど」

「すでに成功しております。ちょうどよいところに異世界人が現れたものですから」

「異世界人?」

「砂漠で、迷子になっていたようです。スルールが彼らを助け、彼らはその礼として町に潜入し、情報を」

「なるほどね、そういうこと。砂漠で迷子、ね」


 くすくすと笑う声が司令部に満ちる。

 それはまるで、無力な動物をいたぶるような笑い声だった。


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