アルカディア 18
18
革命軍の指揮官たちに伝令が走り、敵魔法部隊の正確な位置が知らされた。指揮官たちは休息していた兵士を立たせ、すぐさま攻撃に移る。
「魔法部隊さえすべて殺せば、あとは雑魚を順番に殺していくだけだ! 殺せ、殺せ!」
まだ二十八万ほどいる革命軍が、ゆっくりとうねり出す。それは死のうねりだった。
革命軍が動くのを見て、正義軍もにわかに動きはじめた。防御体制をとり、突撃を防ぎきる構えを見せるが、攻撃の向きがいままでとちがうことに前線の兵士たちが気づきはじめる。
「なんだ――やつら、どこへ行くつもりだ?」
いままで革命軍の攻撃は正面的なものがほとんどだった。真正面から真正面へぶつかってくる、そのために中央を厚くした陣形を取っているのであり、側面に回り込もうという様子はいままで見られなかったが、いま革命軍は不自然に南へ移動していて、正義軍の正面から大きくずれた位置を目指しているようなのだ。
兵士たちは、革命軍がなにを目指しているのか理解できなかった。魔法部隊の位置は一般の兵士にも伝えられていなかった。それは正義軍内に存在するかもしれないスパイを警戒してのことだが、もちろん一部の指揮官にはすべてが知らされていて、そのうちのひとりが感づく。
「やつら、魔法部隊の位置を知っているようだ――行くぞ、なんとしてもやつらを行かせるな! 側面から攻撃、分断して先頭を叩け!」
大軍が動く。
大蛇がゆっくりと大地を這うように、兵士たちは全速だが、上空からでは黒い影が蠢動しているようにしか見えない。
革命軍は戦場の南へと斜めに移動していた。その伸びた側面に向かい、正義軍が突撃する。
まず騎馬隊が長い剣や槍を振り回しながら革命軍のなかに突っ込んでいく。
馬に蹴散らされ、兵士たちが吹き飛ばされる。さらに馬上からの攻撃で頭や肩をやられて倒れていく。しかし馬はすぐに人間のなかで立ち往生し、大きく前足を掲げた。
「いまだ、馬をやれ!」
「足を狙え、馬を殺せ!」
革命軍の鈍い剣が細い馬の足にざくりと食い込んだ。濃い赤色の血が流れ出し、栗毛の馬がどうと倒れる。兵士は地面に投げ出され、起き上がる前に数人の兵士から串刺しにされていた。
騎馬隊が突撃したあとから歩兵たちも到達する。戦場に再び騒乱が戻る。剣や鎧がぶつかり合う金属音が高く響き、そこに人間の絶叫と悲鳴と雄叫びが入り混じり、上空の雨を呼ぶ。
兵士たちはだれも雨が降り出したことには気づかなかった。
生ぬるい雨粒は血のように感じられ、いちいち返り血に気遣っているような状況でもない。視界の邪魔になるものだけを拭い、それが透明か赤色かなど気にせず、すぐ剣を握り直す。
弓矢が双方から飛び交う。兵士たちが入り乱れ、敵味方が曖昧になっていく。
革命軍はそうした正義軍の攻撃に対抗し、数を減らしながら、それでも南へ進む足を止めようとはしなかった。正義軍もわずかにその足を鈍らせたのみで、なかなかぴたりと止められない。
じれったい綱引きのような状況が続き、革命軍の先頭にいた兵士たちは動きが鈍い大軍を切り離すようにごく少数で速度を上げた。
目指しているのは、南にあるちいさな丘だった。そこが目印になっている。正義軍の本隊からは南に数百メートル離れているが、丘から見下ろせば戦況は常に見て取れるような位置関係だった。
一見、丘の周囲にはなにもない。
十人あまりの兵士は這うようにして丘を登り、その陰を覗き込んだ。
戦場から見て丘の陰になる場所には、大きな穴が空いている。そしてその穴に、肩を寄せ合うようにして二百人ほどの魔法使いが密集していた。
「魔法部隊を見つけたぞ、ここだ!」
「殺せ、ひとりでも多く殺せ!」
いままですこしも攻撃を浴びずに隠れてきた魔法使いたちはぎょっとしたように丘の上を見上げた。逆光に、兵士の影だけが浮き上がる。片手に剣を持った兵士たちの影は言いようもなく不気味だった。
「しまった――」
魔法使いのひとりが穴から這い出し、逃げ出そうとする。金髪の、四十がらみの男だ。革命軍の兵士が先回りし、男の腹に剣を突き立てた。
悲鳴が上がる。刺された男の悲鳴ではなく、見ていた魔法使いの女たちの悲鳴だった。兵士は笑った。いままで相手が男ばかりでつまらなかった、というように。
魔法使いは、遠距離の攻撃では人間をはるかに超えた強さを発揮するが、近距離ではまさに素人だった。おまけに武器も持っていない。一般人を殺戮するのとまったく同じように魔法使いを狩ることができる。
魔法使いたちはわらわらと穴から這い出した。十人あまりの兵士は獲物を逃がさないように飛びかかる。その様子は、腹を空かせた肉食獣のようにしか見えなかった。
*
「逃げろ、とにかく遠くへ! 兵士たちが助けにきてくれるまで逃げるんだ!」
それがだれの声かもわからない。大輔の声だったのかもしれないし、ほかのだれかの声だったのかもしれない。
とにかく泉は魔法部隊が隠れている穴から這い出し、必死に逃げた。
後ろを振り返れば、十人ほどの敵兵が抜身の剣を片手にゆっくり魔法使いたちに狙いを定めている。すぐに追いかけるのではなく、狩りを楽しむように、逃げ遅れた人間から狙おうとしているようだった。
恐怖心が喉元までせり上がり、汗が吹き出す。
すぐ後ろを追いかけているような気配はなかった。しかし安心にはほど遠く、どこまで走っても安全という気がしない。
後ろでだれかの叫び声が聞こえる。泉はぎゅっと目を閉じ、それが紫や燿、大輔ではありませんようにと願った。
いったいどれだけ逃げただろう。立ち止まって、振り返る。隠れていた穴からはかなり遠ざかり、地形のおうとつに隠れて見えなくなっていた。
物音もない。
雨が降っている。音もない霧雨だ。
まわりにはだれもいなかった。味方も、敵も。
自分の呼吸だけがゆっくりと響き、泉は世界にひとりだけ取り残されたような孤独感を抱いた。
「――燿ちゃん、紫ちゃん。先生」
ちいさな声を呼ぶ。返答はなかった。
泉はその場にうずくまり、ぎゅっと手を握りしめる。
燿や紫は無事だろうか。大輔は。助けに行かなければ、と思う。しかし戻ってもなんの役にも立てないし、自分自身も危険になる。
仮に敵兵と接近戦になったとき、どうにか対処できるように予め魔術陣は持っていたが、ひとりではそれを使うこともできない。これほど不意打ちされる可能性は考慮していなかったのだ。
「どうしよう――どうすればいいの?」
逃げるか、戻るか。
このまま逃げれば生き残れる。しかし戻らなければ、仲間が危ない。
死にたくない、と泉は思う。
目の前で見た、同じ魔法使いの男の死が瞼に浮かぶ。それは恐ろしくあっさりとしていて、映画やドラマであるような効果音もなく、ほとんど日常的といってもいいほど簡単に行われたことだった。
自分もあんなふうにして死んでしまうかもしれない。それはいやだ、と強く思う。しかし仲間があんなふうに死んでしまうところは絶対に見たくないとも思う。
死にたくはない。しかしひとりで生き残っても仕方がない。結論ははじめから出ている。あとは恐怖を克服するだけだった。
泉はゆっくり深呼吸する。目を閉じ、覚悟を決める。
祈ることはやめて、自分で行動しなければ。
「――ここにもひとりいたか」
静寂を破って声が聞こえた。はっと気づいて目を開けると、いつの間にかすぐ近くまで敵の兵士が迫っていた。
鎧も着ていない、みすぼらしい格好をした男だった。無精髭が伸び、口元がにたりと笑っている。片手には剣をぶら下げていた。その剣は、赤く血で汚れている。
逃げなければ、と立ち上がったときには、男はもう泉の間合いのなかにまで入り込んできた。いまから背中を向けても逃げられない。それが本能的にわかる。
泉は強力な死の予感に、頭が真っ白になった。逃げることも戦うことも考えられず、ただ呆然と、自分を殺すために近づいてくる男を見ているしかできない。
「安心しな、苦しまないように殺してやるよ」
男は黄色い歯を見せて笑った。
そのときだった。
ばさりと大きな風音が鳴って、上空から強風が吹き下ろす。同時に、ふたりの足元に巨大な影が差した。
「な、なんだ?」
男は空を仰ぎ見る。そして先ほどの泉と同じく、呆然として動けなくなった。
泉も頭上を見た。
そこにいたのは、エメラルド色をした、巨大なドラゴンだった。
『泉、大丈夫? 助けにきたよ』
声ではなく、直接意志が響いてくる。そのあとから、
「まったく、おれまで駆り出すことはねえだろうに」
ドラゴンの背中からそんな声が聞こえて、ひょいと男が顔を出した。
いまから一年近く前に出会ったドラゴンと、そこで出会ったマイク・ブラックである。
ドラゴンはゆっくりと地上へ下りる。兵士はあまりに巨大なその姿に完全に戦意を失っていた。ドラゴンが顔を近づけるだけで、わっと声を上げ、剣を捨てて逃げ出す。
「ありがと――どうして、ここに?」
『きみの祈りが聞こえたんだ』
「おれは関係ねえからゆっくりしときたかったんだがな」
マイク・ブラックはドラゴンの背からひょいと飛び降り、大きく伸びをしてにやりと笑う。
「ま、久しぶりに暴れるのも悪くはねえ」
『泉、きみの仲間を助けに行こう。きっと大丈夫だとは思うけれど――上から見たんだ。ボクたちのほかにも、きみたちを助けにきた人間たちがいる』
「わたしたちを助けに――?」
『さあ、乗って、泉。あとはボクに任せて』
巨大なドラゴンは甘えるように首を寄せ、そう言った。泉はこくりとうなずいて、エメラルド色に輝くドラゴンに抱きついた。
*
紫は慌ただしく周囲を見回していた。
魔法部隊が隠れていた穴からそう遠くない場所である。
あちこちに穴から抜け出してきた魔法使いたちがいる。兵士たちがそれを追いかけ、まるで遊ぶようにあちこちを徘徊していた。
紫はそのなかに紛れながら、燿と泉を探しているのだ。しかしふたりの姿はどこにもなく、唇を噛む。
「先生はまあ放っといても大丈夫だとして、燿と泉は大丈夫かしら――とくに泉は」
泉は兵士がやってきたとき、最初に犠牲になった魔法使いのすぐ近くにいた。そこまではわかっているが、そのあと混乱になり、泉がどこへ逃げたのかわからない。
ほかの兵士に巻き込まれていなければいいが、と不安げに顔をしかめる紫の正面に、兵士が近づいてくる。
「へへへ、なんだ、逃げねえのかよ」
「うるさいわね、いまそれどころじゃないのよ」
兵士はにたにたと笑い、紫の前で立ち止まった。そして見せつけるように剣を揺らす。
「だれか探してるのかい、お嬢ちゃん。仲間なら、おれが殺しちまったかもしれねえなあ」
「――もしそうだとしたら、とりあえずあんたは全身の骨という骨を全部折って、それでもまだ死なせてあげないから覚悟しときなさい。わたしは燿や泉とちがってやさしくないから」
「ふふん、丸腰の魔法使いがなにをえらそうに。ま、せいぜい遊んでやるよ」
兵士が近づいてくる。訓練を積んでいるとは思えない無防備な接近だった。紫はとくに緊張もなく、相手が間合いに近づき、まったく舐めきった仕草で剣を振り上げるのを見た。
すかさず男の間合いに滑り込み、手首をぐっと押さえ込む。
「むっ――」
兵士がわずかに眉をひそめた瞬間、紫は両手に力を込め、手首の関節を本来曲がる方向とは逆に捻じ曲げた。
大の男が絶叫し、剣を落として座り込む。紫はその男を足蹴にしてうつ伏せに転がり、腕を背中のほうへ引っ張り上げた。
「このまま折ってあげましょうか。それとも先に首を折ってほしい?」
「や、やめろ――」
「残念、さよなら」
ぼきりと音がする。男は痛みのあまり失神し、肩が奇妙な方向に折れ曲がったまま地面に倒れた。紫はふんと鼻を鳴らしながら立ち上がって、男が落とした剣を見下ろす。
「もしこの剣が血で汚れてたら、関節外すくらいじゃ済まなかったわよ」
「――相変わらず恐ろしい女ね」
若い女の声だった。
紫はぱっと顔を上げ、あたりを見回す。
すこし離れたところに、五つの影があった。そのうちひとつは明らかにちいさく、目を細めて見てみると、この戦場には似合わない異様に派手な服を着ている。
それも洋服ではなく、色彩豊かな和装だった。
「あなた――ミナギ?」
「姫を呼び捨てにするなんて、ほんと、相変わらず無礼な女だわ」
「なにしてんの、こんなところで」
「そなたらを助けにきたのでござる」
スオウ・ミナギの後ろに立っている長身の男、イオリがにっと笑った。ほかにもその兄弟たちが、なんとなく不満顔ではあったが、並んで立っている。
と、不意にイオリの姿が消えたと思うと、背後でどさりと物音がした。振り返れば、いつの間にか近づいていたらしい兵士がひとり、意識をなくして倒れている。イオリが後頭部に手刀を繰り出したらしい。
「以前、なにかと協力してもらったお礼でござる――さあ、敵はどこでござろう、われわれ四士が相手をしてくれん」
*
状況は最悪だった。
大輔は必死に考えを巡らせたが、どう転んでも最悪の展開にしかならない。
革命軍の兵士たちが魔法部隊に押し寄せてきたとき、大輔はそのいちばん奥で次の作戦を考えていた。
油断といえば、これ以上ないほどの油断だった。なぜなんの疑いもなしにこちらの居場所はばれていないと考えていたのか、いまになって思えばその楽観視が信じられなかったが、過去を責めても未来は変わらない。未来を変えるには、いまを行動しなければ。
「さて、どいつから殺すかな」
三人の兵士は、それぞれに残忍な笑みを浮かべながら大輔と燿、そしてその両親である賢治と紗友里の四人を見下ろしていた。
四人は、まだ深く掘らせた穴のなかにいる。集団の奥にいたため、ほかの魔法使いのように外へ逃げ出すことができず、兵士に囲まれてしまったのだ。
状況は最悪だ。なんとかしなければならない。しかしどうすればいい? この状況を打開できる案が浮かばない。なにかあるはずだ、と思いながら、そんな理想的な案など存在しないと諦める気持ちもあった。
「やっぱり、女から殺そう」
「いや、男を先に殺して、女を残しておいたほうが楽しい」
「どっちみち同じだ、いっぺんに殺しちまおう」
兵士たちは夕食の内容を決めるかのように気楽に話し合っている。そのおかげで命が伸びているわけだが、大輔は改めて、革命軍の兵士たちの非人間性に衝撃を受けた。
これらはすべて、叶が蒔いた種だ。ひとの心に蒔いた悪の種が芽吹き、こうして人間とも思えないものを生んでいるのだ。
燿は母親の紗友里にぎゅっと抱きついている。紗友里は燿の身体を抱きしめながら、それを守るように自分の身体を兵士に向けていた。賢治はさらにその紗友里を守るように座っていて、大輔はそのとなりでなにもできずにいる。
考えろ。考えろ。なにかあるはずだ。
雨が降っている。敵は三人。武器はそれぞれに剣が一本ずつ。こちらは四人、丸腰で魔法を使っている余裕はない。
だれかひとりが犠牲になればこの状態から脱することは可能だと大輔は思う。ひとりが兵士の気を惹きつけた瞬間、ほかの三人が同時に逃げ出す。そうすれば、三人は助かる可能性がある。
しかしそれは理想的な方法ではない。四人ともが助かる可能性がまったくない場合、選択を検討するべき案だ。四人が助かる方法は本当にひとつもないのか――。
「大湊先生」
ほとんど唇を動かさず、低く賢治が言った。
「私が囮になります。そのあいだに妻と娘を」
「――だめだ、全員助かる方法が必ずあります。ぼくが考える、もうすこし待ってください」
「もう時間はありません。やるなら、三人の注意が逸れているいましかない」
賢治は大輔のほうを振り返りもしなかった。
「それなら、ぼくが囮になる。そのほうがいい。ぼくは素手で戦える。あなたより生存率は高い」
「それでも低い数値であることには変わりない。きみはまだ若いんだよ、大輔くん。若者の犠牲で年寄りが生き延びるわけにはいかない」
「そんな――」
「よし、決めた。やっぱり全員いっしょに殺しちまおう」
兵士三人が大輔たちを見下ろした。いましかない。大輔は決心を固めたが、そのあいだに賢治はすでに立ち上がって、相手に向かって身体ごとぶつかっていた。
「こいつ――」
賢治は行動をはじめたのだ。こうなっては、賢治の犠牲を無駄にしないように動くしかない。
大輔は紗友里と燿の手を引いて立ち上がろうとした。そのとき、ぱん、と風船を破裂させたような軽い爆発音が聞こえた。
大輔の目の前で兵士のひとりが地面に倒れる。大輔は霧雨のような雨のなか、頭上を振り仰いだ。
穴の上に、三つの影がある。そのどれも見覚えがある影だった。
「ジッロ、シモン、しっかり数を数えときなよ。何人倒したか申告しなきゃ報奨金がもらえないんだからね」
「ベス姉、そんなこと言ってる余裕は――わわっ」
仲間のひとりをやられた兵士が穴の外へと這い出す。もう一度鋭い発砲音。兵士はどさりと落ちてきて、賢治はその下から無事に這い出した。
「あんた――あのときの、女盗賊か」
「ああん? そういうあんたはだれ――」
と穴のなかをぐっと覗きこんだエリザベス・ベスティ、通称ベスはあっと声を上げる。
「あ、あんた、あの山の上で邪魔しやがった! ここで会ったが百年目、決着をつけて――ところであんた、革命軍だったのかい?」
「いや、ぼくは正義軍だ」
「ちっ、じゃあいま殺すわけにはいかないね。仲間を殺しちゃ報奨金が減っちまう――まったく運のいい男だ」
ベスは装飾銃をくるりと回し、もう一度発砲する。鉛玉は大輔のすぐ横を抜け、後ろにいた兵士に命中していた。三人の兵士はあっという間に全滅し、ベスはにやりと笑う。
「あたしらにかかればざっとこんなもにょ」
「……ベス姉、噛んだんですか?」
「うるさい、あっちに敵がいるよ、さっさと行きな!」
「へ、へいっ」
三人組はばたばたと駆けていく。大輔はほっと息をついた。賢治はわけがわからないというようにあたりを見回して、
「大輔くん、あの三人組は、知り合いかい?」
「知り合いってほどじゃないですが、まあちょっと――な、七五三」
燿は紗友里に抱きついたまま、こくりとうなずく。
「前にね、山の上にある町で会ったの――でもなんでこんなところにいるんだろ?」
「報奨金がどうのって言ってたから、金目当てで戦争に参加してたんだろ。しかしまあ、助かった――」
まるで奇跡だ。大輔と賢治は穴の外へ出て、紗友里と燿を引っ張り上げる。
そこに、ばさりという風音とともに影が差した。
「あ――いつかのドラゴン!」
「先生、燿ちゃん!」
「なんてことだ――本物の大陸ドラゴンか」
賢治が目を丸くするなか地上へ舞い降りたドラゴンは、きゅっと目を細めた。背中からは泉が飛び降り、燿に抱きつく。
「よかった、無事で――ほんとに」
「うん、いずみんも無事でよかった――」
「きみまできてくれたのか、ドラゴンくん。いや、岡久保を助けてくれてありがとう」
『お礼はいらないよ。友だちを助けるのは当然だ』
「友だち、ね――それ以上にうれしい言葉はないよ。さて、あとは神小路だけど、まあ神小路は結構大丈夫そうな気もするし――」
「先生、ほかのふたりと扱いがちがう気がするんですけど」
冷たい声に大輔が振り返ると、いやに寒気のする笑みを浮かべた紫が立っていた。大輔はぎこちなく片手を上げる。
「や、やあ、神小路、無事だったか、よかったなー」
「棒読みですけど?」
「そ、そんなことないさー、棒読みのわけ、ないだろー」
「はあ、まあ、別にいいですけど――燿と泉が無事でよかった。こっちにも助けがきてくれたんですね」
「こっちにもってことは?」
「久しぶりでござる、ダイスケ殿」
紫の後ろから、ひょっこりと顔を出す男がいる。大輔はじっとその顔を眺め、
「……だれだっけ?」
「イオリでござる! あ、あんなにいっしょに戦ったのに忘れたでござるか!?」
「いやいや冗談だ、覚えてるよ、イオリ――それに、姫さまも。でもなんでこんなところに? きみたちの国は、戦争には絡んでないはずだ」
「兵士は派遣できなかったが、かといって世界の危機、見過ごすわけにはいかぬ。それに革命軍といえば、以前ダイスケ殿が敵対していると言っていた組織――仲間の敵は、われらの敵でござるゆえ」
「なるほど――それできてくれたのか。ありがとう、本当に助かったよ。きみたちふたりだけか?」
「兄上たちは正義軍のほうへ行ってすでに革命軍と戦っておる」
「そうか、わかった――さあ、ぼくたちもぼんやりしていられないぞ。イオリ、ドラゴンくん、ほかにも革命軍に襲われている魔法使いがいるかもしれない。とにかくそれを助けて、魔法部隊を再構成する。急がなきゃ敵の魔法部隊が動き出すぞ、それまでにこっちも動けるようにしないと」
もう革命軍の魔法部隊が動き出してもおかしくないころだ。もし革命軍の魔法部隊が動けば、正義軍に大きな犠牲が出る。その前に魔法で対抗できるようにしておかなければならない。
『ボクのほかに、彼もいる』
とドラゴンが言って、首を軽く振った。大輔がその方向へ視線をやれば、
「おお、いつかのアメリカ人! えっと、ブルーだっけ?」
「ブラックだ。マイク・ブラック」
ブラックはため息をつき、それから苦笑いを浮かべた。
「おれは関係ねえんだが、ドラゴンに連れられてな。せっかくだから協力してやるぜ」
「そうか、ありがたい――じゃ、いっしょにきてくれ。魔法部隊を立て直す。七五三、神小路、岡久保、おまえたちはイオリやドラゴンといっしょに行動するように――思いっきりしてやられたけど、まだ終わっちゃいないぞ。これから反撃に移る」




