347話
王都を出て、人気のない草原まで移動する。
遠くには商人の馬車が見えるので、大規模魔法を使えば目立つ。
「勝利条件は戦闘不能になるか、降参すること。それと、私が危険と判断して止めたらでいいかしら?」
「俺は大丈夫です」
「私も、その条件でいいです」
「意地を張らずに、必ず降参することは約束よ」
「もちろん」
「はい」
ライオットとリゼが返事をすると、三人がそれぞれ距離をとる。
「用意はいい?」
「いつでもどうぞ」
「はい」
ライオットは背中の剣を抜くと、リゼも忍刀を構える。
漆黒の刀身に、綺麗な銀色の波紋。
(あれが話していた刀ね。リゼの姿を模して作ったかのような武器ね)
忍刀を見たアンジュは、リゼそっくりだという印象を持つ。
もう一度、ライオットを見て問題ないことを確認するが、すでに戦闘準備はできていた。
「始め!」
アンジュの声で模擬戦が始まった。
ライオットが下から剣を振り上げると、冷気をまとった斬撃が飛び、草が茂っていた地面が凍る。
(あれ? 足元を狙ったのに)
リゼの足元を凍らせて動きを封じて、一瞬で勝負をつけるつもりだったが、思惑通りにいかなかった。
作戦を変えて凍った地面の上を滑り、リゼとの距離を詰める。
(早いけど……あれは風属性?)
剣に風属性魔法を使っているのか、走るよりも早いが……。
リゼはライオットが向かってくる道を避けるように横へと移動すると、先ほどと同じ冷気の斬撃を飛ばしてくる。
それが何度も繰り返されると、辺り一面が氷で覆いつくされた。
初撃を外されてからも、何度かリゼの足元を氷漬けにして動きを封じるつもりだった。
結果的に、これはこれで良いと深く考えずに攻撃を続ける。
「氷の上では俺に分があるから、降参するならしていいですよ」
余裕のライオットの言葉を返すことなく、リゼは忍刀を構えたままだった。
地面が凍っているため、どうしても滑ってしまい自慢の敏捷性が落ちてしまっていた。
「答える余裕はないようですね」
左右に揺れながら、リゼに向かっていくライオット。
早さが制御できていないのか、途中で剣を地面に突き刺す。
これはリゼの勘違いだった。
リゼの足元が隆起すると、そのまま体勢を崩す。
(水と風に加えて土属性も!)
隆起した地面に斬撃を飛ばし凍らせるが、リゼも間一髪回避する。
だが、空中に飛んだことでライオットの格好の的になる。
(はい、これで終わり)
勝利を確信した風属性の剣撃が飛んでくる。
避けることはできないと、ライオットは剣を下す。
そう避けることはできない……はずだったが、リゼが空中で体勢を変えて攻撃を回避した。
明らかに不自然な動きにライオットはもちろん、アンジュも驚く。
リゼは表情も変えずに着地して、戦闘体勢を維持したまま向かい合う。
飛ばされた一瞬、アラクネの糸がついているクナイを近くの木に飛ばしていた。
近くで見ても気付かないほどの極細の糸だから、ライオットとアンジュが初見で気付かないのも無理はない。
「なかなかやりますね。でも、これで終わりにしますよ」
今までとは違う構えをすると、早々と決着の宣言を告げて地面を蹴った。
その速さは今までで一番早く、あっという間にリゼの目の前で剣を振りかざす。
(えっ!)
目を離した記憶はない……が、目の前にいるはずのリゼが消えていた。
すると次の瞬間、喉元に冷たい感触を感じる。
「そこまでね……いいわよね、ライオット」
「……そうですね。俺の負けです」
潔く負けを認めるライオットは悔しそうだった。
氷の上で普段通りに動くリゼを不思議に感じていたが、それを些細なことだと強引に攻撃したこと結果……敗北してしまった。
受け入れられない結果に「自分は弱いのか?」と自問自答する。
自意識過剰、冷静な判断の欠如。
師匠であるマーリンから言われ続けていたことだった。
マーリンやアンジュ相手以外では、魔物しか戦ったことがない。
アンジュに負けた時……いいや、負け続けたが天才魔術師相手には敵わないと、早々に諦めていた。
それは魔法という分野だからという理由も後付けで納得させていた。
相手が魔術師だから、近づければ……と、常に自分に言い聞かせていた。
だからドラゴン討伐時に、冒険者たちからの歓声に胸が躍った……そう自分は強いのだと。
その思いが砕け散る。
魔法剣士として戦ったのに負けた……という事実が重く圧し掛かる。
そう……言い訳のできない、自分なりに納得した自由な戦いをしたのだ……と。
(リゼの動きが見えなかった……それだけ早く動いたってことよね!)
アンジュもリゼの姿を一瞬見失った。
まだ序盤なので勝負はつかないだろうと油断していた。
気を抜いていたこともあるが、二年前とは比べ物にならない……と。
それに躊躇なくライオットの首元に刃を当てた行動に「人を殺す覚悟はできたようね」と、リゼの成長を目の当たりにする。
「どう、リゼは強いでしょ? 自分の実力を再認識したかしら」
「そうですね。俺が間違えていました」
素直に負けをみとめたライオットだったが、リゼを侮っていたのか攻撃が直線的で単調だった。
何度も同じ攻撃を受ければ、タイミングが掴める。
最後の攻撃は早かったが、対応できないほどではない。
もしかしたら、反撃しなければライオットは別の攻撃に切り替えて自分が不利になっていたかもしれないと、リゼなりに戦いを振り返っていた。
自信過剰のライオットが項垂れている姿がうれしいのか、アンジュが追い打ちをかけるようにリゼの情報を話し始めた。
「でしょうね。リゼはバビロニアの英雄“宵姫”なのよ」
「あの……スタンピードからバビロニアを救ったという宵姫ですか?」
「そうらしいわよ。他人にあまり興味を示さない師匠が言っていたでしょう」
「はい」
二人の師匠であるマーリンの占いによれば、「巣窟から飛び出した魔物を静かにさせるのは漆黒の冒険者」だという結果がでたらしい。
その後、バニロニアの英雄“宵姫”の噂が出回り始めたことで、漆黒の冒険者が宵姫だということを知った。
会ったこともない宵姫をマーリンは一目置いていたと、アンジュは話す。
ライオットはリゼの正面に立ち、姿勢を正す。
「今までの無礼、本当にスミマセンでした。リゼの姉御」
「……リゼの姉御?」
「はい。尊敬する人には敬意を込めて、そう呼ばせてもらっています。これからはアンジュの姉御と、リゼの姉御と呼ばさせていただきます」
「い、いや、それは……私のほうが年下かも――」
「年齢は関係ないんです。俺の気持ちの問題です」
「いいじゃない、リゼ」
姉御仲間が増えたことが嬉しいのか、リゼの戸惑った表情が面白いのか、アンジュはライオットの申し出を受け入れると、リゼにも同意を求める。
断る理由が見つからないリゼは流されるように頷き、アンジュに続いて承諾した。
「これからよろしくお願いします」
改めて頭を下げるライオット。
よろしくもなにも……建国祭が終われば、帰るというのにどうしたらよいのか分からない。
アンジュに助けを求めるリゼを見て笑い続けていた。
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■リゼの能力値
『体力:四十八』
『魔力:三十三』
『力:三十三』
『防御:二十一』
『魔法力:二十六』
『魔力耐性:十三』
『敏捷:百四十三』
『回避:五十六』
『魅力:三十一』
『運:五十八』
『万能能力値:零』
■メインクエスト
・エルガレム王国国王の殺害阻止。期限:建国祭終了
・報酬:魅力(五増加)
■サブクエスト
・ミコトの捜索。期限:一年
・報酬:慧眼の強化
■シークレットクエスト
・インペリアルガードへエルガレム王国国王の殺害阻止協力。期限:建国祭終了
・報酬:魅力(二増加)




