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330話

 戻って来たアーリンを見たバンブーロは、眉間にしわを寄せる。

 憔悴していた最初に出会った時の表情に戻っていたことに気付く。


(よほど、辛い話を……)


 バンブーロは、遠い昔のようにも、ついこの間のことのようにも感じながら、初めて出会った時のことを思い出す。

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 作業中に突然、工房の一角に発生したサークル(魔法陣)

 そこから現れたのは、人生に絶望した表情の女性と、気を失っていた男性。

 何も話さない女性に名前を聞くと、少し考えながら”アーリン”と名乗った。

 自分を警戒して偽名を名乗ったことをバンブーロは気付いていた。

 当然だろう……。

 バンブーロも、二人を完全に信用していなかった。

 ササジールのスクロール(魔法巻物)を使用したということは、無理やり奪ったか、託されたかの二択になる。

 二人の様子から後者なのは間違いないと感じていたが――。


「ササジールの知り合いか?」


 自分に視線を移すが、その瞳は自分を捕らえていないのか、どこか虚ろだった。


「……はい」

「そうか。おれはササジールの親友だ。名はバンブーロという。安心してくれ」


 元気なく答える女性を安心させるため、とりあえず言葉を繋ぐ。

 演技ではないと確信すると、二人の身を案じる。


「怪我をしているのか?」


 男性の意識が戻らないことを心配して、訪ねるが答えが返っては来ない。

 今になれば分かるが、 外傷はなかったので答えようがなかったのだろう


「とりあえず、寝室まで運ぼう」


 バンブーロは意識を失っている男性を抱き抱えようとすると、女性が警戒するかのように男性を強く抱きしめた。


「大丈夫だ。危害を加えるよう真似は絶対にしない。そうだな……俺よりも、ササジールを。その親友として、信じて貰えないか?」


 言葉だけだは信用されないかも知れないが、男性を抱えていた腕の力が緩んだので、信用を得たと思い、男性を抱き抱えて寝室に運び寝かせた。

 ゆっくりと呼吸をする男性。

 寝ているようにも思えるが――。

 汚れた体から、死闘をして命からがら逃げてきたのだと推測する。

 その横に寄り添うようにアーリンが立っているので、椅子を用意して座らせる。

 男性のことが心配なのが伝わる。


「これでも飲んで落ち着け」


 バンブーロは飲み物を置くが、それを口にすることなく男性身を案じていた。

 暫く、後ろから二人と見守っていたが邪魔をしてると、静かに席を外して汚れを

落とすようにと、水桶など用意して男性の枕元に静かに置く。

 あとは女性に任せるつもりで、再び二人きりにする。


 男性が目を覚ましたのは翌日の昼だった。

 だが男性は記憶を失っていた。

 女性が男性を”クルーガー”と呼んでいたので、バンブーロも男性を”クルーガー”だと認識する。

 クルーガーが目を覚ましたことに安心したのか、アーリンと二人の時にササジールとの関係を教えてくれた。

 ササジールが魔法の才能が認められて、フォークオリア法国で魔法研究職に就いていた時は自分ごとのように喜んだ。

 退職して冒険者になった時は、自分がウェルベ村で工房を構えていることを調べて訪ねて来てくれた。

 その後は、エルドラード王国で銀翼というクランに所属した報告を受けた時にサークル(魔法陣)を施していった。

 自分にもしものことがあれば、飛んで帰ってくると冗談を言っていた顔を今でも覚えている。

 その後に「儂じゃなかったとしても、温かく迎え入れてやってくれ」と言ったことも覚えている。

 出来れば一生、サークル(魔法陣)が使われないと思っていたバンブーロだった。


「私たちのために――」


 アーリンはスクロール(魔法巻物)を使用した経緯を涙ながらに話す。

 自分たちが責められるという覚悟はあったに違いない。

 だが、それはササジールの思いを踏みにじる行為だという思いもあったが、目の前のアーリンが可哀そうに映っていた。


「行き先はないのだろう。暫くは、ここにいるといい」

「有難う御座います」


 少しだが、アーリンの表情が和らぐ。

 人としての感情が戻って来ているのだろう。


(厄介な客人を送ってくれたな)


 ササジールへの不満を抱きながらも、もう文句を言うことも出来ないのだと寂しく思う。 

 その後、弟子ということで住み込みを始めるが、クルーガーは本当の弟子のように、自分の仕事を真剣に見ていた。

 短い時間ではあるが、自分に何かあればこの二人に継いでもらってもいいとさえ思っていた。

 家族のいないバンブーロにとって、息子夫婦が出来たらこんな感じなのだろうと、日々過ごすようになっていた。

 リゼと名乗った冒険者が悪いわけではないが、明るい表情を取り戻したアーリンが、昔の表情に戻ったことで胸に引っ掛かるものがあった。

 話をするように言ったのは自分だが――。


「用事が済んだのだら、そろそろ帰ってもらってもいいか?」


 気付くと、自然と言葉が口から出ていた。

 今の自分は、どんな表情をしているのだろうと瞬時に気付く。

 目の前にいたリゼたちの表情が、その答えだった。


「はい、いろいろと有難う御座いました」


 三人とも礼を言って、去っていった。

 最後に嫌悪感を与えてしまったと後悔するが、引き止めることはしない。


(頑固で偏屈者とでも思ってもらったほうが、いいのかも知れない……か)


 申し訳ない気持ちで、去っていくリゼたちを見送る。

 隣にいるアーリンも、どことなく寂しそうな表情にも見えた。

 きちんと話をしたのかを聞くつもりはない。

 明日の朝、普段通りに明るい表情で挨拶をしてくれれば……と思いながら、気付かれないように見ていた。


(ササジール。これで良かったのか?)


 と、心のなかで呟く。

 虚ろな表情をしていたアーリンが呟いた「ゴメンね」という言葉が耳に入る。

 過去との決別ではないが、アーリンなりに苦渋の決断をしたのだろう。

 そう考えると、自分がリゼたちにしたことに罪悪感を抱き、酷く後悔する。

 小さい頃より、感情が表に出過ぎると言われていた。

 この年になっても治らないものだと、今更ながら成長していない自分を自覚する。


「私はクルーガーの所に行ってきます」

「あぁ、そうするといい。後片付けは――」

「私がやりますので、そのまま置いておいてください」

「……そうか」


 普段通りの会話も、どことなくぎこちなく感じているのは、自分の気のせいなのかと思いながら、ウェルベ村のほうを見ている自分に気付く。

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