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324話

「ところで……これからは、その体で行動するのか?」

「いいや。暴れる時だけだが、同じ魔術師の体は二体も必要ないから、前の体は戦い終わった段階で捨てた。事情を知らぬ奴が見れば、四葉騎士団が大人数で闘技大会の優勝者を襲ったように見えるだろうし好都合だった」

「じゃあ、もう一体もか?」

「あっちは貴重な回復魔法を使える体だから、あそこに置いてある」


 視線の先には大きな棺桶のような箱が転がっていた。

 死体の魔法とジョブ(職業)スキルは使用できるようだが、生まれ持ったスキルは生前にスキルが分かっていないと使うことは出来ないことは、長い付き合いのなかでロッソリーニは分かっていた。

 だからこそ、安易にスキルを知られてはいけないと、常に警戒している。


「お前が運んで来たのか?」

「いいや、荷物持ちがいなかったから、一人だけ生かして、ここまで運ばせた」


 たしかに箱の横には四葉騎士団の死体が一体転がっている。


「しかし、優勝賞品は偽物で俺たちが優勝するって筋書きだったが、思っていたよりも簡単な仕事だったな」

「闘技大会の参加者のレベルが低すぎたおかげだ」

「そうだな。しかし、今回はプルゥラの計画だったが、よく手伝う気になったな?」

「それは優秀な体が手に入るかもしれなかったからだ」

「なるほどね。お前としては四葉騎士団二人の死体が手に入ったから、万々歳ってとこか」

「これは報酬の一部だ。それよりも、荷物持ちはお前の役目だからな」

「はいはい。そういう契約だから文句は言わねぇよ」


 ベニバナの体で箱の蓋を開けると、糸が切れたかのように倒れ込む。

 同時に箱の中から、後衛職(回復職)の優勝者ケアリーラに乗り移ったアランチュートが起き上がり、ベニバナの体を箱に仕舞う。

 そのままシャジクの死体まで歩き、頭を拾い胴と縫合を始める。

 最後に魔法を施して、ベニバナと抱き合うように箱に入れ込み蓋をしたが入りそうにない。


「仕方ない。こっちは諦めるか。ジャンロード。こっちを細切れにしてくれ」

「ったく、面倒だな」


 縫合したシャジクの体を箱に入るように細かく切断する。

 既に魔法が発動しているのか、血が滴ることはない。


「これでいいだろうよ」


 ロッソリーニが箱の蓋を閉める。


「では、運んでくれ」

「はいはい。でも、馬車が通りかかったら乗るからな」


 アランチュートからの返事はなかったが、ロッソリーニは棺桶のような箱を担ぎ、暗闇の道を歩き始めた。


「ところでお前の方こそ、どうして今回の仕事を引き受けた? 俺の相手は、ジャンロードかどちらかだと聞いていたんだが?」


 先ほどの仕事を引き受けた話を思い出したかのように、同じ質問をロッソリーニに聞く。


「あぁ、ジャンロードの野郎は、土壇場でプルゥラから別の仕事を受けたらしいんだよ。まぁ、俺としてもおもしれぇ奴に会えたから良かったけどよ」

「珍しいな」

「あぁ、久しぶりに忍と侍の両方と戦えたからな」

「ヤマト大国の生き残りか?」

「さぁ、どうだろうな。俺にとっては関係のないことだ。もう少し強くなったら、殺し甲斐があるから楽しみでしょうがねぇぜ」


 ロッソリーニの陽気な笑い声が暗闇に響く。


「しかし、分からねぇな」

「何がだ」

「お前、レイセンって名前で闘技会に登録しただろう。あれは死体の本名か?」

「いいや、違う。適当な名前だ。あの魔術師は犯罪者で本名での登録は面倒事に巻き込まれる恐れがあった」

「あっ、そう」


 闘技大会中もフードを被ったまま戦っていたので、顔を見られていない。

 万が一、犯罪者だと勘付かれても逃げ切れる余裕もあった。

 どちらかといえば、あの魔術師の死体よりも強力な体がないかを探していた。

 レイセンと呼ばれる男には”ディアクティベート”と呼ばれるスキルを所持している。

 ディアクティベートとは、魔法を無効化出来る魔術師の天敵のようなスキルだ。

 彼はこのスキルのおかげで、魔術師として才能はあったが、同じ魔術師仲間からは疎まれていた。

 魔法の無効化は回復魔法も効かないため、冒険者としては致命的だった。

 そんな男が犯罪に手を染めるようになるのに時間は必要なかった――。

 アランチュートはベニバナの死体に魔法を施した段階で、レイセンの体を破棄することを決めていた。

 そのため、レイセンの体から重要な部分は、すでに抜き取っていた。

 プルゥラの依頼はアランチュートにとって好都合だった。


「近くの村で手ごろな死体を調達したい。ついでに手伝ってくれるか?」

「手頃って、なんだ?」

「この体は便利だが、闘技大会で有名になってしまい自由に行動が出来ない」

「……おい、それって俺にこの棺桶をもう一つ運ばせるってことか?」

「そういうことだ。お前との契約は、俺の荷物持ちだ。契約内容に数の概念はなかったはずだが?」

「ふざけるな‼」

「そう怒るな。お前だって暴れられるんだから問題ないだろう?」

「弱い奴ばかりじゃ、話にならん」

「俺の予想だと、四葉の騎士の体で暴れていれば、もう一人くらいとは戦えると思うぞ」

「お前の予想だろ? あてになるのか?」

「もちろんだ。四葉の騎士の名誉を地の底まで落とすことに、アルカントラ法国が黙っているとは思えない。であれば、それ相応の人物を送り出すに決まっている。四葉の騎士の相手はお前にさせてやる」

「で、俺が勝つから、その死体を寄こせってか?」

「そいつの力次第だな。むやみやたらに増やすつもりはない。まぁ、四葉の騎士であれば、俺の研究も完成に近付くだろうな」


 死体だから表情に変化なく話す。

 ロッソリーニはアランチュートの言葉の裏を考えていた。


(増やすつもりがないのではなく、扱える死体の数に制限があるってことだろうな。研究ってのは、死体を継ぎ合わせて一つの体に複数のスキルを入れるって言っていたことだな)


 虹蛇は仲間であって仲間でない。

 それぞれの利害が一致して集まっているだけだ。

 女神リリアを信仰しているということさえ、自分たちの目的のために利用しているに過ぎない。


「お前は戻ったら、どうするんだ?」

「研究の続きだ。そういう、お前は何するんだ?」

「そうだな。まだ、国にいればジャンロードの馬鹿か、エンヴィーのどちらかに戦闘相手にでもなってもらうか」

「お前とジャンロードは、本当に戦いが好きだな」

「何を言っている。あんなカースドアイテムマニアと一緒にするな。戦えば、俺のほうが強い」

「ジャンロードも同じことを思っているだろうな……いいや、戦って強いと思っているのは、全員が同じか」

「全員……ね」


 アランチュートが口にした”全員”とは虹蛇の七人のことだ。

 誰もが自分が一番強いと思っているからこそ、他の六人を蹴落とそうと考えている。

 いいや、正確にはエンヴィー以外の五人だと、ロッソリーニは考えを改める。

 エンヴィーのみ強さに拘っていない。というか、他の六人に対して、そこまで興味を持っていないようにも思える。

 与えられたことを粛々としているイメージが強い。

 あらゆる武器を使いこなせるエンヴィーとの戦いは面白い。

 新しい特殊武器を見つけると、エンヴィーへの土産とする。

 それを使い戦うことで、自分自身が強くなるとも思っていただからだ。

 虹蛇のなかで唯一、戦友と感じられるのがエンヴィーだけだった。


「じゃあ、行くか」

「そうだな」


 二人は暗闇の中へと姿を消していった。

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