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311話

「……此処ね」


 建物の壁に書かれているクラン赤鰐のマーク。

 酒場を拠点にしているのか、道端に酔いつぶれた男たちがいる。

 壁にもたれ掛かっている男も、目の焦点が合っていなく酒臭い。

 建物に入ると一斉にナナオへ視線が集まる。

 奥に座っている大男と目が合う。

 彼がエネミーだ。


「これはこれは、白狼のリーダーが、こんな場所に何の用だ? 俺に抱かれに来たのか?」


 ナナオの姿を見るなり立ち上がり、嬉しそうに歩いてくるエネミー。


「そんなわけないでしょう。真剣な話なのよ」


 金狼の代表として来ているだからこそ、怯まずに応対する。


「真剣な話ね……お前ん所にいたテルテードって奴のことだろう」

「そう。話を知っているなら無駄話を省けるわね」


 話が早いと、ナナオは簡潔に話を続けた。


「テルテードとウォーリーの件は、こちらで対応するから出しゃばってこないでくれるかしら」

「おいおい、それはこの西区で暴れるってことか?」

「いいえ、そんなつもりはないわ。追っている二人は貴方の……赤鰐のメンバーじゃないんでしょ? だったら、関係ないわよね」

「たしかにな。まぁ、お目当ての一人なら、そこに転がっているぞ」


 エネミーが視線を送った先に、ぼろ雑巾のようにされた男が寝転んでいた。


「お探しのウォーリーって奴だ。金狼が、この西区で好き勝手やっている話が耳に入ってよ。実際に捕まえてみたら、語っただけの半端者だ。まぁ、コウガがそんな真似するとは思っていなかったし、もし本当ならそれはそれで楽しめそうだったのによ」


 拳を鳴らしながら、今にも襲い掛かってきそうな雰囲気で本気だか冗談なのか分からない口調でナナオを挑発する。

 ナナオは挑発に乗ることなく、挑発行為に一瞬だけ目をやるが、すぐに寝転んでいるウォーリーに視線を戻す。


「まぁ、こいつから西区で金狼として勝手に暴れた分は頂いたしな。用済みだから持っていくといっていいぞ」

「それより……生きているの?」


 ピクリとも動かないウォーリーを見たナナオがエネミーに質問をする。


「さぁな。お前たちにとっては、どっちが良かったんだ?」


 意地悪そうに質問をするエネミー。

 質問の意図が分かっているナナオは苦々しい表情で、エネミーを睨み返す。

 連れ帰っても冒険者ギルドに引き渡して、自分たちは関係が無かったと訴えるだけだ。

 そもそも被害者である銀翼のリゼが何も言っていない。

 あくまで自分たち金狼の面子の問題だ。

 血の気の多いメンバーは間違いなく問題を起こすに違いない。

 ナナオ的にはエネミーが処分してくれていたほうが都合が良い。


「そう睨むなよ。おい、そいつを起こせ」


 エネミーが指示を出すと、仲間がウォーリーを起こすと生きている。

声をまともに発することが出来ないのか、言葉を聞き取ることは出来ない。

それに殴られすぎて瞼が腫れているので、ほとんど見えていないのだろう。

 おもむろに歩き出したエネミーは立て掛けてあった斧を手に取ると、ウォーリーの方を向き振りかぶる。


「止めろ!」


 思わず叫ぶナナオ。

 その様子が楽しいのか、口角を上げると、斧を一気に振り落とす。

 ウォーリーの体は真っ二つに分かれた。

 返り血を浴びたエネミーは恍惚の表情を浮かべる。


(やっぱり、まともな奴じゃないわね)


 エネミーの姿にナナオは「人の皮を被った魔物」という言葉が頭に浮かぶ。


「お前らの手間を省いてやったんだ。有難く思えよ」


 まるで貸しでも作ったかのように話すエネミーをナナオは睨み返す。


「もう一人のテルテードって奴は、ここいらの連中に遊ばれてたが、いつの間にかいなくなっていたそうだ。別の地区に逃げ込んだか、王都から逃げ出したんじゃないのか?」

「それは本当なの?」

「俺が嘘を言って何になるんだ?」

「……分かったわ」


 これ以上の追及をすれば、藪から蛇が出て来るかもしれない。

 半信半疑だが、ここは一旦引くことにする。


「それよりもコウガの奴、銀翼の新人に頭をかち割られたらしいな」


 この数分間で一番嬉しそうに話すエネミーを見て、興味の対象は私でなく銀翼のリゼにあるのだと確信する。

 同時に相手にされていない憤りも感じた。

 常にぶつかり合っていたコウガとエネミー。

 コウガとは実力が拮抗していることを分かっているからこそ、一撃を与えられるような冒険者の出現に心を躍らせているのだろう。


「そうらしいわ。私は現場にいなかったから、詳しいことまでは知らないけどね」

「金狼郭に連日乗り込んだろう! いままで、そんな奴いなかっただろうに、面白い奴だ。クウガの馬鹿も死んだようだし、落ち目の銀翼に、そんな奴がいたとはな」

「喧嘩でも売りに行くのかしら?」

「あぁ、すぐにでもその面を拝みに行こうと思っていたが、今は王都にいないんだろう?」

「……そこまで情報を掴んでいるのね」


 ナナオの言葉に大きな笑い声をあげる。


「当たり前だ。気に入った奴を調べるのは普通だろう。それに、なんでも銀翼のメンバーに可愛がられていたって話だ。つまりは、それだけの実力を持っているってことだ!」


 厄介な奴に目を付けられたリゼを気の毒に感じながら、金狼の仲間たちからは、そんなに強い冒険者だったと聞いた記憶がない。

 自分の中では、コウガが手心加えたかもしれないと思っていた。

 新しい銀翼のリーダーに就任したアンジュと、噂のリゼは修行と称して王都には不在だ。

 唯一、王都に残っているジェイドも単独(ソロ)でクエストを受注しながら特訓をしているのか、生傷が絶えない姿を見ている。


「用事が終わったので、私は帰るわ」

「おう、コウガに腕を磨いておけって伝えろよ」

「伝えておくわ」


 本能のままに殺戮をするイメージだったが、彼らなりにもルールが存在しているようだった。

 奪われる側から奪う側に、強者のみが生き残る世界。

 エネミーたちのような極端ではないが、自分も同じ世界にいる。

 弱みを見せれば終わりだと、気を引き締めながら仲間の待つ金狼郭に戻って行く。

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