310話
「……まいったわね」
天井に向かう紫煙を見ながら呟く。
部屋には自分しかいないから、弱音を吐いても聞かれることは無い。
彼女の名前はナナオ。
金狼のリーダー代理であり、クラン内にある運搬護衛系グループ白狼のリーダーでもある。
金狼のリーダーで討伐系グループ銀狼のリーダーでもあるコウガが、クラン不在時に起きた問題。
銀翼の冒険者リゼを襲った除名されたテルテード。
そのテルテードと組んで、金狼の名を語ったウォーリー。
それなりの報いを受けてもらうつもりだが、拠点にしている西地区には王都で最恐と謳われるクラン”赤鰐”がある。
リーダーの”エネミー”は好戦的な性格で金狼とも何度も衝突していた。
西地区に出向けば、難癖つけて戦いを挑んでくるに違いない。
「コウガがいれば、乗り込んで行ってエネミーと戦うんでしょうけど……ね」
ナナオ自身も決して弱くはない。
だが、自分の実力を知っているからこそ、無駄な戦いを避けたい。
コウガやエネミーは、自分からすれば化け物の類になる。
それは戦闘能力もだが、戦いに関する考え方や性格も含めてだ。
「まぁ、やるしかないわね」
重い腰を上げて、体を軽く動かす。
普通であれば運搬護衛をしている白狼のリーダーである自分の意見など、銀狼の冒険者たちは言うことを聞かない。
運搬護衛しか出来ないと格下に見ている冒険者が多い。
「俺が不在の時に、ナナオの指示に従わないということは、俺の指示に従わなかったと思え‼」
コウガの一言で銀狼の冒険者……いいや、金狼の冒険者たちは、自分の意見に逆らうことは無い。
なぜなら、金狼はコウガのカリスマ性で成り立っていると言っても過言ではないからだ。
「赤鰐と揉めるようなことがあれば、俺が帰ってきてから相手をしてやる! と言っておけ。そうすれば、エネミーも無茶な行動をしないだろうしな。それに、エネミーも戦闘狂で悪巧みに頭が回る男だが、必ず筋は通す」
以前にコウガに言われたことを思い出すが、暴力的で素行不良とい印象しかないエネミーが筋を通すとは到底思えない。
だが、今は金狼を任されている立場と、コウガの言葉を信じるしかなかった。
リゼの事件が起きてから二日目。
テルテードと共犯のウォーリーという冒険者の情報が揃う。
運が良いことにウォーリーは赤鰐に所属はしていなかった。
このことだけでもエネミーと接触する際に、有利な条件となる。
「ナナオさん、本当に行くんですか?」
「当たり前でしょう。このままだったら、金狼の看板に傷が付くじゃない。なにより、勝手にクランの名前を使ったってことは、金狼が舐められているのと同じよ」
臆する仲間を叱咤する。
白狼のメンバーだけでなく、赤鰐のエネミーという名だけで、銀狼のメンバーたちも躊躇していた。
「まぁ、大勢で行くのもみっともないから、私一人でいいわ」
「危ないですよ」
「西地区に行くんだから、安全ってわけではないでしょうね」
怯える仲間を安心させるように優しく、そしてお道化るような口調で話す。
大勢で出向けば、向こうもそれなりに構えるのは間違いない。
大義名分を糧にしてくる可能性もある。
エネミーがコウガの言うような冒険者だと信じるしかなかった。
(もし、今日中に私が戻らなければ――)
ナナオは頭に浮かんだ言葉を口には出さずに胸に仕舞う。
不安を煽ってはいけない……と感じたからだ。
「じゃあ、ちょっと文句を言いに行ってくるわ」
買い物でも行くかのように金狼亭を出て、西区へと向かう。
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西区に入ると好奇な目で見られる。
一応、金狼のナナオといえば、王都ではそれなりに名の通っている冒険者だからだ。
「金狼のサブリーダー様が、こんなゴミ溜まりに何の用だい?」
笑いながら話しかける男。
「正確にはサブリーダーではないんだけどね」
サブリーダーという役職を否定する。
今の金狼にサブリーダーとい役職はない。
銀狼と白狼が合併した際に白狼のリーダーが金狼のサブリーダーを務めた。
コウガがリーダーになった際に、ナナオにサブリーダーの打診があったのは事実だ。
だが、ナナオは断った。
銀狼が白狼を下に見ていたことは分かっていたし、サブリーダーになったとして、銀郎の冒険者たちが、自分の言うことを聞くとは思えなかったからだ。
コウガという絶対的なリーダーのサポートをしているのは、同じ銀狼のマリックだ。
もし、サブリーダーという役職があれば必然的に彼になるとナナオは日頃から思っていた。
マリックは常にコウガと行動をともにしているため、不在になる時期も同じだ。
今でこそ金狼というクランで一枚板になっている。
コウガの言葉もあり、銀狼と白狼の冒険者間で問題ない。
円滑にクエストなどをこなしている。
だから自分は、サブリーダーでなくリーダー代理という立場で良かったと思っていた。
「ちょっと、エネミーに用事があってね」
「エネミーさんに! それなら俺が案内してやるよ」
「いやいや、俺が案内してやるって」
即答するナナオに、周囲にいた男たちが群がってきた。
「有難いけど場所は知っているから、遠慮させてもらうわ」
「まぁ、そういうなよ」
進もうとすると強引に肩を掴まれる。
「邪魔しないでくれるかしら?」
「俺たちの相手をしてくれたら、通ってもいいぜ」
周囲を見ると下衆な表情をした男たちが集まっている。
「そういうことなら、相手をしてあげるわ」
ナナオは肩を掴んでいる男に微笑む。
「おぉ、相手してくれるってよ」
言い終わると同時にナナオの拳が、男の顔面に叩きつけられた。
掴んでいる手が離れると一気に、男たちへ攻撃をする。
人数的には不利かも知れないが、冒険者崩れ相手に臆するナナオではなかった。
倒れ込む男たちを横目に実力差を感じた男たちは、戦意喪失したのか逃げていく。
道端にいた西区の住人たちは、その様子を笑いながら見ていた。
(本当に面倒な所ね……)
ため息をつきながらエネミーが拠点としている酒場へと急ぐ。
だが、同じように何度も絡まれることが続くなど、この時のナナオは知る由もなかった――。




