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309話

「おっ、ジジィの子飼いたちじゃないか」

「ジャンロード様!」


 部屋から出たブライトの部下たちと鉢合わせたジャンロードは、部下たちの表情からブライトが不機嫌になっていると想像した。

 面白いことが聞けると直感が働く。


「お前たち、なにをしていたんだ?」

「いえ、なにも……」


 銀翼の生存確認はブライトの独断だったこともあり、周囲には秘密裏に動いていた。

 ブライトを守ろうとした仕草が、ジャンロードの琴線に触れる。

 無言で部下の一人を殴り飛ばす。

 壁に激突した部下は、体を痙攣させて意識は飛んでいた。


「もう一度聞く。なにをしていたんだ」


 それは頼んでいる者の態度ではなく、完全に脅迫している者にしか見えない。

 虹蛇のジャンロードに逆らうことは出来ないと悟った部下たちの口が開く。


「実は――」


 ジャンロードに話したことでブライトから咎められることは承知だった。

 だが、立場が上の者から聞かれれば答えるしかない。

 どちらにしても、悪い未来しか想像できない。


「なるほどね」


 話を聞き終えたジャンロードは口角を上げた。


(ジジィもオプティミスを信用してないってことか……まぁ、信用されていないのは俺も同じだから、それはお互い様か)


 部下たちを睨みつけると、無言で去って行く。

 部屋に戻ったジャンロードは、シャルルのカースドアイテムの腕輪を指で回しながら天井を見ていた。


(そろそろ、俺も次の段階に移るか……実験体は、どいつにするかな)


 不敵な笑みを浮かべながら腕輪を回し続ける。


「相変わらず暇そうね。悪だくみでも考えていたのかしら?」


 ジャンロードは声に反応して臨戦態勢を取る。

 自分一人しかいない部屋……自分に気付かれずに侵入した不届き者を殺す。

 だが、声の主を発見するとジャンロードは張り詰めた空気を解くかのように、小さく息を吐いた。


「なんだ、プルゥラの婆さんかよ」


 その言葉と同時に、ジャンロードの首に横一文字の切り傷がつき血が垂れる。


「冗談だよ。プルゥラの御姉様」


 戦闘の意思がないことと、気に障った冗談を必死で訂正した。


「で、そのプルゥラ御姉様が、俺に何の用だよ」

「そうね、お茶の誘いといったところかしら」

「ほぉ、俺に気があったとは今の今まで知らなかったね」


 茶化すジャンロードだったが、喉元に刃物を突き付けられている感触だった。

 気付かない間に手には汗をかいている。


(くそったれ。プルゥラといいブライトといい、古参の二人は化け物かよ)


 虹蛇の歴史は古くない。

 リリア聖国の建国と同時に秘密裏に結成された。

 それが表立って知られたのは百年ほど前だ。

 古参とは、虹蛇は代替わりを繰り返して存続しているからだが、ブライトとプルゥラの二人に関しては、自分が虹蛇のメンバーとして選ばれる前から、虹蛇のメンバーとして活動をしていた。

 それが先代からなのか先々代からなのか……知る術がない。

 ただ、長老と呼ばれる者たちでさえ、昔から知っている素振りだった。

 別にブライトとプルゥラの正体など知りたくもないが、邪魔な存在なのは間違いない。

 それは古参二人にとっても同じかもしれないが……。


「二人きりで話がしたくてね。この部屋は貴方の呪術で部屋の外に音が漏れることもないでしょう」

「……よくご存じで」


 ジャンロードは笑って応えるが、プルゥラは対照的に妖艶な笑顔を見せると、部屋にあった椅子に座る。


「どうぞ」

「……俺の部屋だ」


 テーブルに誘うプルゥラに、ジャンロードが答える。

 そのまま、テーブル越しにプルゥラの対面に座る。


「で、話ってのは?」

「フォークオリア法国の件だけど。ジャンロード、貴方はどう思っているのかしら?」

「どうって?」

「あの馬鹿王子よ。私たちが力を貸してあげているのを勘違いしているのか、上から目線の上、日に日に要求が度を越しているそうよ。簡単に言えば、立場を分かっていない阿保なのよ」

「言っている意味が分からないんだが?」

「私を王妃に迎えたいと、とち狂ったことを言っているのよね」

「ラバンニアル共和国の国主の娘が婚約者じゃなかったか?」

「だから、私を第二夫人にってことよ」

「面識あったのか?」


 ジャンロードは疑問に感じたことをプルゥラに質問する。


「一度だけね。それ以来、ラバンニアル共和国の商人を通じて、いろいろと言って来ているらしいのよ」


 プルゥラは配下を使い、一度だけフォークオリア法国の王子と接触した。

 だが、プルゥラの美しさが忘れられなかった王子が命令を出して、プルゥラを探させる。

 もちろん、簡単にプルゥラを見つけることなど出来ない。

 それは今も同じだ。

 だが、自分を探している情報は、すぐにプルゥラの耳に入る。

 しかもそれが、身の程を弁えない馬鹿な要求だということも。


「第二夫人が不満なのか?」

「それもあるけど、私の自由を奪おうとする傲慢さがね」

「なるほどね。俺は面白い玩具があれば、どうでもいいからな。フォークオリア法国に対しては、どうこうといったことはない」

「でしょうね。私と貴方でフォークオリア法国を手に入れて遊ばない?」

「それは面白そうな提案だな。それよりも、どうして俺なんだ?」

「だって、貴方は女神リリアを信仰していないでしょう。建前上、都合のいいように利用しているだけよね」

「そんなことはない。ユキノよりもリリア様の方が俺は好きだぜ」


 言葉を濁すジャンロードだったが、言葉を間違えればプルゥラが敵に回る。


「まぁ、いいわ。それで、私の提案に乗るの?」

「今の話だけでは協力するとは言えない。協力した場合、俺のメリットを示してくれないとな」

「そうね。じゃぁ、前払いということで、どうかしら?」


 胸の谷間で温めていたのか、鍵をテーブルの上に置く。


「これは?」

「アルカントラ法国の地下牢獄のマスターキーよ」

「ほう」


 ジャンロードが嬉しそうに笑う。


「しかし、こんな代物よく手に入れられたな」

「私の力を舐めないでくれるかしら」


 アルカントラ法国にもプルゥラの配下がいるのだと理解する。


「本物かを確認して回答する」

「いいわよ。慎重な男も嫌いじゃないわ」

 

 嬉しそうな表情で答えるプルゥラ。

 だがジャンロードにとって、その表情は獲物を飲み込む蛇のように思えた。

 重ねてきた年齢……経験の差だ同じ虹蛇でも実力の差を痛感する。

 それはブライトも同じに違いない。

 自分と同じ職業”呪術師”……いいや、正確には過去形だ。

 ブライトは上位職である”死霊魔術師(ネクロマンサー)”だと名乗っている。

 聞いたことがない死霊魔術師という職業が、本当にあるのか半信半疑だが、疑っても仕方がない。

 世の中に不老不死などという馬鹿げたものがあるとは思えないが、目の前のプルゥラやブライトを見る限り、信じるしかないようにも思えた。

 なによりもプルゥラの職業自体、虹蛇のメンバーですら明かされていない。

 もしかしたら、旧知の仲であるブライトは知っているかも知れないが……。

 今は叶う相手ではない。

 大人しくしておいた方が良いと判断して、テーブルの上に置かれた鍵を懐に仕舞う。


「しかし、どうして俺がアルカントラ法国の地下牢獄の鍵が欲しいと思っていたんだ?」

「そんなの簡単よ。都合よい駒であれば、国を恨んでいるような人物。今の立場に満足していない貴族や、罪人でしょ」


 ジャンロードの心を見透かすかのように答えるプルゥラ。


「まぁ、違いないな」


 これ以上は不毛なやりとりだと感じたジャンロードは納得した素振りを見せる。 


「じゃあ、用事も済んだことだし、そろそろ御暇(おいとま)するわね」


 プルゥラは機嫌よく手を振って部屋を出て行った。


(くそっ! 相変わらず底が知れない不気味な婆さんだな)


 扉から出ていき、既にいないプルゥラの残像を見ながら、怯えていた自分に苛立っていた。

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