297話
戦いの考察へと話題は移行する。
バショウとの戦いは特に考察することないので、一言二言で終える。
チクマール戦は時系列を追いながら、細かい考察になる。
リゼもその場で、分かりやすいように身振りに忍術も加えて説明する。
「なるほどね」
納得するチクマールは珍しく真剣な表情だった。
「これやるよ」
チクマールは拳大の丸い玉をリゼに投げる。
受け取ったリゼは、その玉をじっと見つめている。
なにか分からずにいるリゼに気付いたチクマール。
「アラクネの糸だよ」
「えっ!」
思わずあげたリゼの声に、団員たちから笑いが聞こえる。
「アラクネの糸って貴重なんじゃ――」
「気にするなって。これ使えば、戦術にも幅が出るだろう。団長に協力してくれた俺からの礼だ」
格好つけるような仕草に、団員たちから「似合わない」「余計なことするな。俺たちも、何かあげなきゃならないだろう」「チクマールの分際で!」と変わらない馬事雑言が飛び交う。
「べ、別にいいだろうが‼」
少し照れながら文句を言うチクマールに、団員たちは追い打ちを掛けるように言葉をぶつけていた。
「気にしなくていいわよ」
「そうそう、いつもの流れだからね」
アリアーヌとティアーヌが、心配そうなリゼを安心させるかのように声をかけてくれた。
リゼのなかでチクマールの言動がオーリスにいた冒険者シトルを重ね合わせる。
(そういうことか)
以前から少しだけチクマールに懐かしさを感じていた理由が分かり、悩みが一つ解消されるとともに、オーリスが懐かしいと思い出す。
お世話になった人たちが次々と頭に浮かぶなか、鍛冶職人のラッセルが浮かぶと申し訳ない気持ちになる。
武器を持ち替えた罪悪感があったからだ。
冒険者としては普通のことだから、リゼが気に病むことはない……が、一度心に芽生えた気持ちが消えることない。
(オーリスに寄ってみてもいいかな)
小太刀を製作してくれたラッセル。
一言伝えるべきだと考えているリゼの表情は、自分が気付いていないだけで、かなり思いつめた顔をしていた。
「ほら、リゼが怖がっているじゃない」
アリアーヌがリゼの表情を見て、団員たちに文句を言うと、羽目を外し過ぎたと反省する団員たちは笑って誤魔化していた。
団員たちに話を聞くと、操糸は団員全員が使える。
チクマールは団員一の操糸の使い手だと聞く。
アラクネの糸は予備も含めて多めに保持している。
先程、チクマールがリゼに渡したのは、自分が持っていたアラクネの糸だと知る。
続けてアリアーヌとの戦いについて会話が始まる。
アリアーヌは相手の力を利用して、体勢を崩しながら死角に入り攻撃する技らしい。
アリアーヌにしか使うことが出来ない技だが、生まれ持ったスキルやジョブスキルではないようだ。
日々の鍛錬で身に着けた技らしい。
ティアーヌも多少は使えるようだが、アリアーヌほどではない。
ただ、ナイフ投げはティアーヌの方が上手いそうだ。
ナイフ投げも気付かないほど微妙に動いて、アリアーヌの投げたナイフを調整して受け取っていた。
近距離のアリアーヌに中距離のティアーヌという印象を抱く。
アリアーヌの提案で、戦いの再現をゆっくりとする。
(凄い!)
改めてアリアーヌの技の凄さに驚く。
単純に受け流すだけでなく、なにか違う力が作用しているかのように、体が上手く動かせない。
まるで人形のようにアリアーヌに操られている感覚だった。
大勢を立て直そうと出した足が地面に就く前に、アリアーヌに蹴り上げられる。
リゼの視界が回転すると背中に痛みが走り、地面に叩きつけられたことを実感する。
これが戦っていた時の謎だった。
「私のような可憐な乙女でも、バショウのような屈強な男性を簡単に屈服できるわ」
アリアーヌの言葉に男性団員たちから、「ふざけるな!」「誰が可憐な乙女だ」と文句が飛ぶ。
男性団員の言葉よりも、アリアーヌの言葉が衝撃的だった。
力に力で対抗することなく、受け流すかのような技を、頭の中で何度も何度も思い返す。
男性団員のアリアーヌへの文句をティアーヌが睨むと、その声は徐々に小さくなっていく。
その空気を誤魔化すかのように他の団員たちも、自分の忍術を披露し始める。
リゼだけに忍術を見せるのは「申し訳ない!」と、思った団員たちの好意だった。
様々な忍術にリゼは驚いていた。
忍術はジョブスキルの別名だと思っているリゼは、ジョブスキルの重要性に気付く。
「では、最後に私が」
バーナムが立ち上がると、リゼにも立ち上がるように言葉をかける。
リゼはバーナムの言葉に従い、立ち上がるとバーナムが近付いて来る。
「動けますか?」
突然のバーナムの言葉に「なにを言っているの?」と思ったが、体が自由に動かせない。
いいや、それだけじゃない。
視線を切り替えられない……眼球さえ動かすことが出来ない。
リゼの恐怖はさらに続く。
呼吸が出来ない!
目の前のバーナムは表情を変えずにリゼを見ている。
自分の黒棘は対象者を拘束するは、バーナムの忍術は完全に対象者の動きを奪っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ――」
突然、肺に空気が供給されると、呼吸が出来るようになったと理解する。
「これは影踏みという忍術です」
その名の通り、対象者の影を踏むと体の自由を奪うことが出来る。
ただし、その間は魔力が消費し続ける。
条件さえ満たせば、対象者を完全に殺害できる忍術だと思っていると、バーナムから対象は一人だと教えられる。
影を踏むため、それなりに対象者と距離を詰める必要があるので、使用する状況には制限があるようだ。
「その対策として、こんな忍術もあります」
バーナムはリゼの影にクナイを投げつけると、リゼの自由が奪われる。
影踏みと違うのは、視線を動かすことも出来るし、呼吸も出来る。
(筋肉を動かすことは出来る。でも体は動かない……骨を動かすことが出来ないってこと?)
バーナムから補足説明をするような言葉は無いが、体の自由を奪った後に殺害出来ることに関しては説明不要だった。
リゼの同じような効果があるが、似て非なるものなのだと、バーナムの話を聞いていた。
「リゼは盗賊から忍に転職したのよね?」
「はい、そうです」
「答えられたらでいいのだけど、盗賊のジョブスキルは何を習得したの?」
「……なにも習得していません」
リゼの言葉に時が止まったかのように静寂な時間が流れた。
「えっ! だって、盗賊のジョブスキルは、冒険者にとってそれなりに使えるスキルがあるはずよ」
「そうそう」
アリアーヌとティアーヌだけが驚きながら、盗賊のジョブスキル
を話し始める。
迷宮や洞窟、町などで役に立つ”オートマッピング”や、罠などを解除したりすることが出来る”ディサーム”。
なによりもジョブスキルを一つも習得せずに転職したことに驚いていた。
冒険者として戦闘職というよりは、補助職扱いになっているからこそ、盗賊になろうとする冒険者が少ないのだと思いながら、アリアーヌとティアーヌの話を聞く。
「二人とも落ち着いて下さい。上位職になれば強くなれるので、初期職のジョブスキルを習得せずに転職することは、冒険者のあいだでは、よくあることらしいですよ」
バーナムが、アリアーヌとティアーヌを落ち着かせるように説明をする。
リゼもバーナムの言うとおりだったので、何も言えないでいた。
ただ、たしかに盗賊のジョブスキルを習得していれば……と少しだけ後悔をしていたことも事実だった。
オートマッピングがあれば、仲間の役に立つと考えていたからだ。
「そう……なのね」
「私たちの常識は、皆の常識ではないのね」
アリアーヌとティアーヌは、お互いの顔を見て考えを改めていた。
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■リゼの能力値
『体力:四十六』
『魔力:三十三』
『力:三十一』
『防御:二十』
『魔法力:二十六』
『魔力耐性:十三』
『敏捷:百八』
『回避:五十六』
『魅力:二十七』
『運:五十八』
『万能能力値:二十四』
■メインクエスト
・瞬脚の習得。期限:一日
・報酬:敏捷(三増加)
■サブクエスト
・ミコトの捜索。期限:一年
・報酬:慧眼の強化
■シークレットクエスト
・ヴェルべ村で村民誰かの願いを一つ叶える。期限:五年
・報酬:万能能力値(五増加)




