294話
バーナムの合図で戦闘が開始される。
二対一なので、どちらかに照準を合わせて戦う必要があると思い、目に入ったティアーヌに向かう。
「やっぱり、早いわね」
素早さには自信のあったリゼだったが、独特な動きをするティアーヌとの距離が縮まらない。
時折、視線に入るアリアーヌは、攻撃してくる様子はなく戦闘の様子を観戦しているようだった。
「そろそろ、攻撃しようかしらね」
ティアーヌがナイフを取り出すとリゼの体が反射的に強張る。
その一瞬を狙っていたのか、リゼに向かってナイフを投げる。
リゼは交わしながら、ティアーヌに突進していく。
後ろから風切り音が聞こえるので、咄嗟に躱すとティアーヌの手元にナイフが戻って来た。
(操糸じゃない……前に見せてくれた技だ)
バーナム曲芸団の花形アリアーヌとティアーヌの得意芸だった。
リゼは一度だけ、この芸をオーリスで見たことがあったので、背後からの攻撃は予想出来ていた。
忍刀を抜き、ナイフを弾く。
だが、ナイフの数は増えて、二人の間を行き来する速さも上がる。
気付くとリゼは二人の中間距離まで移動させられていた。
どちらかに意識を集中させることが出来ずに、右手の忍刀だけでは対応できずに、左手にクナイを持つ。
(二対一なら、二対二にすればいいだけ)
リゼは影分身を発動させる。
さきほどのチクマール戦とは違い、はっきりと見ることが出来た団員たちは叫んでいた。
「なるほどね。凄い娘だな……親分の判断は正しかったてことだな」
影分身を見たチクマールは笑う。
面白い戦いになると思っているチクマールや団員たちからの歓声が響く。
戦闘に集中しているリゼは、ティアーヌに向かって行き黒棘を発動させる。
影から出現した棘がティアーヌの体を拘束しようとする。
「なに、これ⁈」
反応が遅れたティアーヌだったが、回避行動を取る。
だが、棘はティアーヌに巻き付き自由を奪う。
(しまった!)
リゼは自分の選択が間違っていたことに気付く。
アリアーヌが投げたナイフを体を拘束されたティアーヌは受け取ることが出来ない。
致命傷になると考えたリゼは咄嗟に体で受け止めようと、ナイフの軌道に入る。
(あれ?)
体に刺さったはずのナイフの感覚がない。
「ふぅ、間一髪」
最前列で観戦していたチクマールが状況を判断して、操糸でナイフを全て叩き落していた。
「あらら、私は退場ね。チクマールに助けられたのは屈辱だけど」
「おいおい、それはひでぇな」
「冗談よ。ありがとう」
黒棘が解けて体の自由を取り戻すと、落ちているナイフを拾いあげる。
曲芸のように空中で回して再び手に取る。
「アリアーヌ、あとは頼んだわよ」
「えぇ、ティアーヌの分まで頑張るわ」
チクマールの手助けは本来であれば、アリアーヌたちは失格だ。
しかし、これは正式な戦いでない。
ただ、時間内に戦うだけなので、ティアーヌが退場する必要は無いはずだ。
バショウ同様に拘りがあるのだろうと思い、アリアーヌと向き合う。
(まだ時間は残っている)
リゼはアリアーヌに「全力を見せられていない」と思い、忍刀を構える。
「得意なのはナイフ投げだけじゃないのよ。」
アリアーヌは両手にナイフを握ると、リゼに向かってきた。
リゼも迎え撃つように、左手でクナイを取り出し握る。
(右、それとも左?)
初手を予測する。
左手のナイフに合わせるように、リゼは忍刀で攻撃を防ぐ。
すぐに右手のナイフが襲ってくる。
単純に早いだけでない……二本の腕が、まるで何本もあるかのような攻撃に翻弄される。
攻撃の緩急にフェイントを混ぜているので、反撃できる余裕がリゼにはなかった。
忍刀で攻撃できる距離を取ろうとしても、アリアーヌがリゼの考えを読んで自分の攻撃しやすい距離を確保する。
忍刀を振り切るがナイフで軽々といなされる。
「凄いわね」
ナイフの刃が欠けていることに気付いたアリアーヌは、使い物にならなくなったナイフをリゼに投げつけながら、リゼの忍刀を褒めた。
アリアーヌから視線を外したつもりはないが、気付くと新しいナイフを握っていた。
目にもとまらぬ早業に驚愕するリゼを追い込むように、アリアーヌの波状攻撃が再開される。
アリアーヌの攻撃はリゼの思い描いていた近接戦闘に近いので、逃げずに立ち向かうことで技術を吸収しようと覚悟を決める。
リゼの腕に自分の腕を当てることで武器を無効化しながら、リゼの体勢を崩す。
体勢を戻そうとする前に、腕の位置を少しずらされる。
(なに!)
力が流されるかのようにアリアーヌに攻撃が届かず、徐々に力が入らなくなり不利な体勢へと導かれる。
防戦一方のため、反撃をしようと強引に前に出る。
(えっ⁈)
気付くとリゼは寝転がって天を見上げていた。
笑顔のアリアーヌが視界に入ると、自分が倒された事実に気付く。
アリアーヌはリゼが立ち上がるまで待っている。
リゼは立ち上がると、すぐにアリアーヌに向かって行く。
何度も、何度も――。
「はい、そこまでです」
バーナムから戦闘終了を告げる言葉が聞こえた。
「どうぞ」
アリアーヌから差し出された手を握り立ち上がる。
「あの――」
「考察は後でね」
リゼの口を塞ぐように人差し指を当てる。
「なかなか面白い催しでした。リゼ殿も冒険者を止めて、一緒に曲芸をしませんか?」
「あっ……いや、それは」
バーナムの申し出に困惑するリゼ。
「冗談ですよ」
本気で困っているリゼを見て悪いことをしたと感じたバーナムは笑い、冗談を言ったことを詫びる。
「団長! 早く移動しようぜ」
団員が別のテントへの移動を始めていた。
「おぉ、今から行く」
置いてかれそうになる団長は走って行った。
「私たちも行きましょうか?」
「はい」
アリアーヌとティアーヌに左右挟まれながら、それほど年齢も離れていないのに、この体形の差は……と思う。
リゼはクエストの罰則であった身体的成長停止の期間は終わっているが、その分だけ成長が遅れているのだろうと、自己分析をする。
罰則はクエスト失敗と同時に発動するが、終了時期についての表示はない。
だからこそ実感がないこともある――つくづく面倒なスキルだと、小さくため息をつく。
左右の二人を改めて交互に見るながら、母親やロゼッタもような体型になれるのか……不安を感じながらも頭の片隅では、戦闘では大きな胸は邪魔になると、無理やり言い聞かせる。
今度会う時に、アンジュやジェイドの見た目が自分と違い、大きく変わっていたらと思いながら、成長した二人の姿を想像してみたが……全く想像できない。
さして変化がないだろうと思い直して、考えても仕方がないことは極力考えないようにする。
だが移動中、両方の二人が視界に入るので払拭出来ずに複雑な心情で歩く。
移動した先のテントは寝食をしている場所なのか、机や椅子が並べられて、いくつかの寝床もある。
先に移動していたバーナムたち団員は、既に着席していた。
ゆっくりと移動していたリゼたちが最後のようで、三人が座れるよう空けていた場所に誘導される。
バーナムが団員たち全員の顔を見渡す。
「全員揃ったようなので、会議を始めましょう」
会議という言葉に驚きながらも、本日の議題はリゼについてだった。
最初にバーナム曲芸団について話し始めた。
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■リゼの能力値
『体力:四十六』
『魔力:三十三』
『力:三十』
『防御:二十』
『魔法力:二十六』
『魔力耐性:十三』
『敏捷:百八』
『回避:五十六』
『魅力:二十五』
『運:五十八』
『万能能力値:二十四』
■メインクエスト
・バーナム曲芸団員と時間内の戦闘。期限:一時間
・報酬:力(一増加)、魅力(二増加)
■サブクエスト
■シークレットクエスト
・ヴェルべ村で村民誰かの願いを一つ叶える。期限:五年
・報酬:万能能力値(五増加)




