292話
バショウは戦えることが嬉しいのか、右の拳を左の掌に何度もぶつける。
「俺は親切だから、最初に教えておいてやる」
全身に力を入れる仕草をすると、皮膚した赤褐色の肌が黒色が混じったかのような肌の色へと変化する。
「団長!」
「はいはい」
バーナムが腰に刺さっていた短刀をバショウの体に突き刺す……が、短刀は表面で止まり皮膚が傷つくことはなかった。
「俺に刃物は通じないから、遠慮せずに掛かってこい」
バショウは体を硬化させて剣で切り付けたり、ナイフを飛ばしたりしても傷付かない芸を担当している。
たまに観客を呼んで、木材で叩かせることもしたりしている。
体を硬化させても自由に動けるのだろうか? と考えながらリゼはバショウの話を聞いていた。
「まぁ、俺に傷を付けられたら、時間があっても俺の負けでいいぞ」
「バショウ。これは勝ち負けを決めるんじゃないんだぞ」
話を聞いていないバショウにバーナムは呆れていた。
「どうせ、リゼを傷付けた償いでしょう?」
「そうそう、バショウは照れ屋だしね」
「うるさい‼」
アリアーヌとティアーヌに揶揄われたバショウが二人を睨む。
「団長、始めようぜ」
これ以上、余計なことを言われないようにするためなのか、バーナムに早く始めるように叫ぶ。
「はいはい。では、仕切りなおして……始め‼」
バーナムの言葉で戦いが始まる。
先程のリゼが疑問に思っていたことは、すぐに払拭された。
リゼよりも早くバショウが襲い掛かってきたが、その攻撃を余裕でかわす。
慎重にバショウの攻撃を見極めていた。
(うん、大丈夫)
素早さなら自分が上だとバショウに攻撃を仕掛ける。
反撃するバショウの拳や蹴りは空を切る。
リゼが攻撃をしようとするが思うような攻撃が出来ない。
自分の考えを読まれているような、やりにくさを感じながら戦う。
慣れてきたリゼは速度を徐々に上げて行くと、バショウが動きについてこれないのか反応が鈍くなる。
ただ、攻撃が当たらないわけではない。
何度かバショウの体に蹴りは入れているが、攻撃をしたリゼの方がダメージが大きかった。
硬い鉄を思いっきり蹴った感覚に似ていた。
(もしかしたら、顔なら……)
リゼは攻撃を顔面へと変更する。
体が固い魔物は関節部や眼球などを攻撃するのが、冒険者として常識だった。
今回は相手が人間なので、眼球を突くような行為は出来無い。
フェイントを入れながら攻撃が当たると思った瞬間、反撃するバショウは握っていた拳を開いた。
直感的に攻撃を止めて、バショウとの距離を取る。
「ほぉ~、危険察知は出来るようだな」
受けずに避けたリゼを褒めると、脇に転がっていた球を一つ手に取り、軽く投げると右手で斬るような動作をする。
玉は野菜のように細かく刻まれる。
「硬化した俺の爪は刃物だからな」
「いい加減、腰の武器を抜いてかかってこい」
バショウは防御に特化しているので、攻撃手段は肉体を使った打撃だと思っていたリゼの思惑が外れる。
リゼは静かに忍刀を抜く。
「ようやく、本気か?」
「いいえ、今までも本気です」
「本当か?」
「はい」
初めて攻撃姿勢を見せたリゼに笑みを浮かべる。
最初から武器での攻撃をしなかったのは、バショウを舐めていたわけではない。
自分の体術がバショウのような格闘を主軸に戦う相手に通用するかを確かめたかったからだ。
「おいおい、攻撃してこないのか?」
バショウの問いにリゼは答えず、タイミングを計っていた。
リゼの目から何かを狙っていると考えているバショウは感じる。
団員の誰かが咳込むと、バショウの視線が一瞬だけリゼから外れた。
(今だ!)
一気にバショウとの距離を詰めると、硬化したバショウの体を切り付ける。
だが、バショウはそれを左腕で振り払う。
攻撃した感覚は、本当に硬い物を斬ったようだった。
今まで戦った魔物よりも固いと感じる。
「ん?」
バショウは左腕に違和感を感じたのか、振り払った左腕を見る。
「おぉ!」
バショウは左腕を皆に見せるように拳を上に突き上げる。
そして、右手で左腕を指差すと、黒い肌から赤い液体が垂れ始めた。
「おい、すげぇぞ!」
その光景を見た団員たちは立ち上がり興奮していた。
なによりも傷つけられたバショウが嬉しそうな表情で、見てみろと言わんばかりだった。
バーナムも近付いて、バショウの左腕を見る。
「これは、これは」
バーナムも傷付いた左腕を見て驚いていた。
「俺の負けだな」
リゼの一振りがバショウの体を傷つけた。
最初の言葉通り、バショウは自分の負けを認める。
「これは勝ち負けではないですよね?」
突然、訪れた終止符に戸惑うリゼ。
「あぁ、そうだ。だが、この状態の俺に傷を付ける奴がいるってのは、これ以上戦う意味が俺にはないってことだ」
バショウの言っている意味が分からないリゼ。
「リゼ殿、素晴らしいですね」
言葉足らずのバショウを補足するようにバーナムが話し始めた。
バショウは一定時間は体を硬化し続けることが出来る。
その間、バショウに傷を負わせることなど無理に等しいくらいに、硬度を高めている。
過去、バショウの体に傷を付けたのは数人だけなので、バショウはより硬度を高めるため鍛錬する目標が出来たので喜んでいたそうだ。
「ちなみにバーナム曲芸団の団員たちは、バショウに何度か挑んでいますが、未だに傷を付けることが出来ていません」
自嘲気味に話すバーナムは、リゼの力に興味を持ったようだ。
バショウが柵の外に移動すると、団員たちは斬られた箇所を見ようと集まり、まるで珍しいものでも見るかのようだった。
「お前、斬られたのいつぶりだ?」
「ミコトの馬鹿に練習相手をさせられた時以来だな」
「それは――」
誰もが聞いてはいけないことを聞いたという顔をする。
そして可哀そうな目でバショウを見ていた。
「しかし、ミコトといい、あの娘といい……成長が恐ろしい娘たちが多すぎるな」
「たしかに……」
団員たちの視線の先は、バーナム曲芸団の花形であるアリアーヌとティアーヌだった。
大声で話す団員たちの話はアリアーヌとティアーヌにも聞こえているので、二人は団員たちを睨み返す。
すると、何事も無かったかのように話を続けていた。
団員たちの会話はリゼにも聞こえていた。
「ミコトさんって、女性の方なのですか?」
「あぁ、お転婆すぎる娘だ。ヤマト大国を訪れたリゼ殿であれば話しても問題ないだろう。ミコトはムサシ様の妹君です」
「ということは、侍ですか?」
「はい。ムサシ様を追うように、ミコトも国を飛び出したのですが……そのよく言えば真っ直ぐなのですが、悪く言えば、それしか考えられない……周りが見えない性格でして」
ミコトのことを思い出して困った表情を浮かべるので、本当に大変だったのだろうとバーナムの話を聞く。
「親分がなんとか説得して、私どもの一員としてムサシ様を探すはずだったのですが……書置きだけ残して、勝手に居なくなってしまったのです」
その後、周囲を探したが見当たらず、バーナムの判断で次の町へと移動したそうだ。
ヤマト大国特有の服装なので目立つため、行く先々で聞いたりすると何箇所かで女の侍と出会ったと聞く。
「お察しの通り、侍や忍は名乗らないほうが良いのですが、ムサシ様やミコトは、その……」
言葉を選ぶように話すバーナムだったが、リゼは言いたいことを理解していた。
要は「融通が利かない」「馬鹿正直」ってことなのだろう。
「侍を名乗る娘と出会ったら、私や団員たちが心配していたと伝えてくださいますか?」
「はい、分かりました」
本当に心から心配しているのが伝わる。
リゼはミコトの特徴と、勾玉を見せれば信用されることなどを教えてもらう。
「しかし、うちの団員たちは、いつまで騒いでいるのやら……」
バショウたちの方を見ながらバーナムは、ため息をついていた。
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■リゼの能力値
『体力:四十六』
『魔力:三十三』
『力:三十』
『防御:二十』
『魔法力:二十六』
『魔力耐性:十三』
『敏捷:百八』
『回避:五十六』
『魅力:二十五』
『運:五十八』
『万能能力値:二十四』
■メインクエスト
・バーナム曲芸団員と時間内の戦闘。期限:一時間
・報酬:力(一増加)、魅力(二増加)
■サブクエスト
■シークレットクエスト
・ヴェルべ村で村民誰かの願いを一つ叶える。期限:五年
・報酬:万能能力値(五増加)




