274話
「そういや、ジジィ。アルカントラに出入りしている商人にカースドアイテムを売りつけただろう」
ジャンロードがジジィと呼んだ人物はブライトだった。
「なんのことだ?」
身に覚えのないブライトは怪訝そうな表情で答える。
「ジジィにとっては些細なことなんだろうが――」
完全に忘れていると思ったジャンロードは面倒臭そうに説明をする。
シャルルの腕につけられていたカースドアイテムについてだった。
「あぁ、確かにそんなこともあったな」
カースドアイテムを見て思い出したのか、ブライトはジャンロードを小馬鹿にしたように話し始めた。
任務でアルカントラ法国との国境近くまで行った時、町で偶然会った商人と酒を酌み交わした。
その時に、商人の娘がアルカントラ法国の学院で優秀な生徒だと聞く。
そして親馬鹿だと思いながら、いずれはアルカントラ法国の重要な役職に就くだろうと自慢気に話をする。
ただ娘曰く、後から入って来た生徒が自分よりも優秀で学院内に自分の地位を脅かしている。
その目障りな生徒を卒院までにどうにかしたいと、娘から相談を受けていたと酒のせいで口が軽くなった商人が話す。
「それなら、いい物がありますよ」
ブライトは例の腕輪……カースドアイテムを懐から出す。
「この腕輪は装着した者の魔力と魔法力を著しく下げる効果があります。
もちろん、この腕輪は媒体なので数日も着けていれば、装着した者へ完全に呪い自体が移り、日を増すごとに魔力と魔法力は下がっていくでしょう」
「それは、本当か?」
疑う商人にブライトは笑いながら言う。
「このエール一杯でお譲りしますよ。疑われないように、この似た腕輪も差し上げます。色が違うので模造品だと分かりますが、くれぐれも間違えないように」
エール一杯なら騙されてもいいかと思う商人は、ブライトから腕輪を受け取る。
後日、他の商品を納めるついでに学院を訪れた。
学院にも出入りしていた商人の父親だったため、娘のエバに腕輪を渡すことは造作もないことだった。
エバは喜んだ。
これで邪魔者がいなくなる。
生徒たちから羨望の眼差しを一心に浴びる日々が復活する。
そんなエバの思いなど知らないシャルルは、素直にエバから腕輪を受け取った。
ジャンロードが呪い返しをしたと話すと、ブライトは興味のない返事をする。
自分と思っていた結末と違っていたからだ。
その後、腕輪の効果が気になりブライトの部下たちが調査をしたところ、優秀な生徒と聞いていたエバは確かに優秀だったが、同じような生徒は他にもいたことが判明する。
父親が教団に賄賂を渡していたため、特別な待遇を受けられただけだった。
本当に優秀でアルカントラ法国の中枢の役職に就けるような存在であれば、ブライトはエバを懐柔させようと目論んでいた。
だが、自分に有効な人材ではないと分かると、一気に興味を無くした。
ジャンロードから腕輪の話を聞くまで、思い出すことさえしなかった。
それにジャンロードが呪い返しのことを話したが、アルカントラ法国の有力な聖職者であれば、それが呪い返しだと一目で分かる。
だが、そのカースドアイテムを誰が製作したかまでは分かるはずがない。
そもそも、アルカントラ法国で自分と同じ聖職者の職務についている者が、他人に呪いを施したなど言語道断だ。
他国に知られる……いいや、国民に知られるわけにいかないので、一生幽閉されて過ごすことになる。
当然、いままで便宜を図っていた父親の商人も、それ相応の報いを受けることとなるだろう。
不幸な話が好きなブライトの興味を示すには十分な内容だった。
しかし、ブライトに一泡吹かせようと思っていたジャンロードは拍子抜けして、次の話へと移る。
「次にアルドゥルフロスト連邦だが、アルカントラとの関係を強めようとしている感がある。弱小国だからクソ女神の力を借りたいんだろうな! 暫くは警戒しておいたほうがいいだろう。なんなら強引にでも俺たちと交流をしたくなるようにしてもいいけどな」
「あまり表立つことは感心せぬな」
「分かっている! それと例のカースドアイテムの回収も出来た。よりにもよってスワロウトードの巣に眠っていたそうだ」
「そうだ…‥ってことは自分で見つけたわけじゃないようだな」
「あぁ、偶然……というよりも、ジジィのカースドアイテムを解呪した礼に貰った」
「それで」
「大丈夫だって。これの正体までは気付いていない。まぁ、見た時は嬉しすぎて涙がこぼれたけどよ。あの馬鹿が死んでくれたからな。ある意味、実験は成功だってことだ」
「それなら問題ない」
「俺からの報告は、これで終わりだ」
アルカントラ法国を口にするのも嫌なところに、ブライトの苦言で機嫌を損ねて報告を終えた。
「最後はオプティミスだが、確実に殺したんだろうな?」
「う~ん。多分、死んだと思うよ」
「なんだと!」
ブライトは確認だけのつもりだったが、オプティミスから予想していたものと違う言葉が返ってきたことに憤慨する。
「だって、コカトリスの番を討伐した後に、用意していたアンデッドと一緒に洞窟へ閉じ込めたんだよ。確認のしようがないじゃない。それに数日の間は部下たちには、洞窟周りの見張りをさせていたけど、誰も出てこなかったよ」
「アンデッド?」
「うん、そうだよ。コカトリスの討伐を終えて安心していたところに、部下に用意させていたグールやデスナイトの大群を送り込んだけど、問題あった?」
「失敗作を勝手に持ち出したのか? そんな大軍を奴らに知られることなく送り込むなど不可能だろう⁈」
「う~ん。価値のないものを再利用したから褒められると思ったんだけどな。まぁ、いいや……アンデッドは僕たちが入って一定の時間が経ったら、部下たちがスクロールの転移魔法で一気にアンデッドと一緒に転移させただけだよ。もちろん、事前に仕込んでおいたし、出入り口もコカトリス討伐前に塞ぐ細工をしていたから、逃げ出すことは出来ないよ」
「スクロールは幾つ使用したんだ?」
「全部で三十……いや、四十だったかな」
「なに!」
転移魔法が施されたスクロールは高額で取引されている。
これはフォークオリア法国が製造制限をしているからだと噂されている。
冒険者が単独購入することは稀だ。
スクロールにもよるが、使用時に転移させる人数が異なる。
一般に出回っていることスクロールで最大五人だ。
価格を下げれば、一人や二人が転移出来るスクロールを購入することが出来るが、それでも高価だ。
購入するにしても、個人でなくクランでの購入になるが、金銭的な負担も大きい。
なにより、白金貨四十枚以上で販売されるため、簡単に購入できる代物でない。
今回、オプティミスが使用したスクロールは、秘密裏にフォークオリア法国から横流しして手に入れていた物だ。
王子派に協力している対価になる。
ブライトとしては他国との戦争時に使用する計画だったため、オプティミスの行動は予想外だった。
部下任せにしていたスクロールなどの管理は厳重に保管されているはずなので、簡単に持ち出すことは出来ない。
ただ、相手が虹蛇だとすれば、話は別だ。
オプティミスの発言に頭を抱えながら、ブライトは苦言を呈す。
「だいたい、そのスクロールの転移魔法を使って、その場から脱出することだって考えられるだろうに」
「僕が長年銀翼に潜伏していた経験と調査の結果、高額な脱出用スクロールを個人で持っているメンバーはいなかったし、クエストで使用することも無かったよ。念のため、各メンバーの転移しそうな場所にも部下たちを派遣して見張らせたけど、アルベルトたちが現れたって報告は今も無いしね。つまり、生きていても洞窟の中で苦しんでいるんじゃないかな? 回復やアンデッドに有効な魔法を使うラスティアは、こっちに引き込んでいるし、厄介なクウガもコカトリス戦で重傷を負わせたから……あっ、もしかしてもう全員がアンデッドになっていたりして」
「そんないい加減な――」
「もうよい」
ブライトの言葉を遮り、教皇アルバートがオプティミスの報告を強制的に終わらせた。
「ブライトよ。我が任命したオプティミスを、そこまで信用できないのか? であれば、お前が出向いて直接、自分の目で確認をしてみたらどうだ?」
「いえ、そのようなことは……出過ぎた真似をして申し訳ございません」
「分かればよい。もし、納得出来ないようであれば、お前の気が済むようにすればよい」
「承知致しました」
自分の言葉を信じてもらえなかったオプティミスは頬を膨らませてブライトを睨む。
ブライトも教皇アルバートに逆らうつもりは毛頭ないため、再調査などをするつもりはなかった。
報告が全て終わったことを確認すると、教皇アルバートが立ち上がる。
「準備が上々なことは理解した。聖戦の時まで引き続き怠らず、女神リリス様の神託に従え」
その言葉に、虹蛇七人は一斉に「女神リリス様の仰せのままに」と頭を下げて返事をした。




