魂の葬送曲 06
三日後、ニコラスの言った約束の時がきた。
「……一体、何が?」
両手に縄をかけられ、左右を騎士団員に付き添われながら、ローランドは目の前のグレンに不可解な視線を向けていた。
一方のバルトルトは、無言ではあるが澱んだ目を向けている。
グレンは彼らには構わず、ニコラスを見やる。
「約束通り、連れてきた」
「感謝いたします。どうぞ、おかけください」
ニコラスはそう言って、パイプオルガンの前へ向かう。その側には、男女がそれぞれ五名、合わせて十名のもの人間が立っていた。
「これが、ゴットフリートが遺したものです」
ニコラスの指が、パイプオルガンを奏ではじめた。
声楽隊が声をあげる。荘厳な大聖堂の中で、旋律が、歌声が、響き渡る。
音色は悲しみにあふれていた。
時には叫び出すようにして、祈りは捧げられる。どうか、私たちを見捨てないでください、と。
死への恐怖。時が止まることへの、胸が締め付けられるような痛み。逃げられないものに、囚われてしまう怒り。
次第に激しさが去り、ただ穏やかになっていく。運命を受け入れ、赦しを受けたとき、安息が訪れる。
そして光が差し込むように、静かに曲は終わった。
演奏が終わったとき、バルトルトはうつむき、ローランドは静かに涙を流していた。
ニコラスがパイプオルガンから立ちあがり、二人の前までやってくる。
「ゴットフリートの魂は、ここにはもうありません。魂は、あるべきところへ戻ってゆくから」
ニコラスは手に持っていた楽譜を、二人の前に差し出す。
「この葬送曲は、魂を送る曲であると同時に、残された人々が、心の整理を行うために作られたのだと思います」
ニコラスは楽譜の最後の頁を広げ、二人に見せる。ゴットフリート・レニングの、最後のメッセージだった。
『私のために。そして、家族のために』
ローランドは震える両手でそれを受取った。バルトルトも顔を上げ、そこを食い入るように見ている。
「あなたがたは生きている。これから、いくらでもやり直しはできます」
ニコラスの言葉を最後に、ローランドは無言で立ちあがった。手にしていた楽譜を、グレンへ渡す。
騎士団員に促されるままに、バルトルトとローランドは出口へと歩きはじめる。
グレンは小さく息をついて、ニコラスにまっすぐ向き直った。
「レニング・コデックスは、すでに発見され、あるべき場所へ戻された。だがこの楽譜については、ゴットフリートの願い通り、この大聖堂に置いておくべきものだと判断する」
ニコラスが驚いた表情をするのと、バルトルトとローランドが足を止めてこちらを振り返るのは同時であった。
グレンは淡々と言葉を続ける。
「この曲は、この場所で演奏されるべきだろう。ゴットフリートを愛する、アスファリアすべての国民のために」
ニコラスはゆっくりと微笑み、力強く頷いた。
「謹んで、承ります」
そしてニコラスは二人へ最後の言葉を送る。
「グレン師団長が仰ってくれたように、これからも、この曲は弾き続けられるでしょう。身分の貴賤や、罪の有無に関わらず、ゴットフリートを愛する、すべての人のために。もしもあなたがたがこの曲を聞きたくなった時には、いつでも弾きます。お待ちしています。いつまでも」




