魂の葬送曲 05
「それはそうとクラネス、なぜ大聖堂にいた」
エイプリルと別れ、家に戻る馬車の中で、グレンが僅かに表情を厳しくしていた。
まさかそう言われると思っていなかったクラネスは驚き、しかしすぐにしゅんと肩を縮めた。
「……ごめんなさい、弟が心配で」
「ニコラスは護身術にも優れていると聞いた。きみが巻き込まれてしまった方が、よほど危ない」
「ごめんなさい……」
同じ言葉しか言えなかった。視線を落としたクラネスの前で、グレンは小さくため息をついた。
正面に座っていたグレンが、手を伸ばしてクラネスの手首を掴む。
あっと声を上げるまもなく、クラネスは引き寄せられていた。
「グレン様……」
端正な顔が間近に迫って、クラネスは慌てる。グレンは僅かに眉を寄せたまま、クラネスを覗きこんでいた。
「きみの姿を見つけたとき、心臓がとまるかと思った」
そう言って、グレンはクラネスを胸に抱く。
心配してくれたのだ、こんなにも。クラネスは反省すると同時に、嬉しさで涙が込み上げそうになる。それを必死でこらえながら、グレンの背中に腕を回した。
「ごめんなさい、心配をかけて」
「きみは一度心を決めたら、行動せずにはいられないのだろうな」
「……それ、エイプリルにも言われました。そういうとき、私はとっても視野が狭くなっているって」
グレンは身を離し、クラネスの顔を見つめながら、ゆっくりと微笑んだ。
「では私が責任をもって、きみを見ていなければいけないな」
柔らかい笑みに、クラネスの心臓は早鐘を打つ。
頭がくらくらするような幸福。クラネスは心の内を、思わず漏らしてしまう。
「……見ていて欲しいです、私だけ」
グレンは少し驚いた表情をしたが、すぐにまた優しく微笑む。
「もちろん、そのつもりだ」
グレンの優しさを感じながら、クラネスは思い出していた。
「そう言えば、ユアンにも思い込みが激しいって言われたんです」
クラネスは少し自嘲的になる。
「でも、本当にその通りだって、今は思います。ユアンのことも、話す前は、ひどい人だって決めつけたりして」
「ひどい?」
「その、女性関係で、いろいろ噂を聞いたから……」
言いにくそうにクラネスが答えると、グレンは少し笑った。
「確かにユアンの行動は褒められるものではない。あいつはいつも受け身で、誘いを断らないと有名だった」
「……ルイスとサラと話した後、ユアンは言っていました。誰でも良かったって。見ているこっちのほうが悲しくなるような顔で。きっとユアンにしかわからない事情があるんだって、その時初めてわかりました。そんなことを、私は知ろうともしなくて」
クラネスは視線を落として、小さくため息をついた。
「私は本当に、欠点ばかり」
「欠点のない人間などいない」
グレンの言葉に、クラネスは顔を上げる。
「私もそうだ。ユアンのことは幼い時から見てきている。もっと、してやれることはいくらでもあったはずだと、今になって思う」
「グレン様……」
グレンの瞳が、悲しげに揺れた。
クラネスはぎゅっと胸のあたりを握りしめながら、グレンを思って言葉を探した。
「グレン様、私は沢山悩むし、間違えます。でも、悩む時はグレン様に相談をして、もし間違っていれば謝ります」
クラネスは、自分にも言い聞かせるように強く言った。
「過去は変えられないけれど、過ちに気がついたのなら、今度は正しい未来を選択できると思うから」
それを黙って聞いていたグレンは、再びクラネスを引き寄せた。
「きみが選択してくれることを願っている。私とともにある未来を」
耳元で囁かれて、クラネスは再び顔を赤くした。
そうじゃない未来なんて、今更考えられない。そう思った。




