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魂の葬送曲 03

 グレンと共に潜んでいた、アルバートとユアンが姿を現した。逃げ出そうとしていた、ローランド・ベルを連れて。

 既に大聖堂内の人払いは、済んであった。


「ニコラス、傷は?」


 グレンはまずはニコラスを気遣った。

 ニコラスは気にしないでほしいとばかりに、首を横に振る。


「かすり傷です。お気になさらず」

「そうか。良かった」

「……グレン様。この男、バルトルト・レニングです」


 痩せた男を捕縛しながら、アルバートが言った。

 その隣では、既に捕縛されたローランドが、観念したようにぐったりと項垂(うなだ)れていた。


「お前たち二人は、どういった関係だ」


 グレンは眉根を寄せながら、バルトルトとローランドを順に見る。


「…………」


 何も答えない二人に、グレンは腰の剣を再び抜いた。


「もう一度聞く。お前たち二人の関係は」


 剣先を目の前でぴたりと止め、無表情に言い放つと、ローランドが瞑目しながら答えた。


「ローランド・ベルは本名ではない。僕の本当の名は、レイモンド・レニングだ」


 その名前に、アルバートが驚いたように反応した。


「十年以上前に失踪した、バルトルトの弟です。既にアスファリアの国籍は、抹消されています」


 グレンは剣を収めて二人を見た。


「つまり兄弟で、コデックスを狙ったというわけか」

「国籍抹消なら、調べても出てこないはずだ」


 グレンの隣ではユアンが、小さな息をつく。

 再びグレンは、冷たい声で尋問する。


「エルネス離宮でクラネスを襲ったのは、お前たちだな」


 ローランドがゆっくり頷いた。


「……あそこで仮面を被り、彼女に近づいたのは、僕だ。あなた方が来ることは、事前に噂になっていた」

「どうやって入りこんだ」

「夜会には、招待客として招かれていた。ローランド・ベルとして」

「矢を打ったのは」

「兄だ。僕を守るためだった」

「取引場所に現れた男と、二度目にクラネスたちを襲ったのは、誰だ」


 バルトルトは相変わらず一言も声を出さなかった。ローランドが答える。


「兄さんの昔の仲間だ。僕の金で、雇った」


 グレンは息をついた。


「とにかく、コデックスの在処を言え。返して貰おう」


 すると、バルトルトが唸るように息を巻いた。


「……あれはもともと、俺の手にあるべきものだ。俺はゴットフリート・レニングの子孫なんだ。コデックスも、レクイエムも、俺の手にあるべきものだ!」

「レニング家の手を離れて、もう何十年も経っている」


 今度はバルトルトは、悲鳴のような声を上げた。


「お前たちに、俺の気持ちなどわかるものか。偉大な作曲家の子孫であるにも関わらず、家は貧しく、人には馬鹿にされる。こんな生き方しかできなかった俺の気持ちなど、わかるものか!」


 その叫びを、グレンは斟酌(しんしゃく)しなかった。


「お前の気持ちは、お前にしかわからない。そしてそれが、罪を犯していい理由にはならない」


 血が滲むほど唇を噛むバルトルトの横で、ローランドは静かに言った。


「兄さん、もうやめよう」


 グレンはローランドに視線を向ける。


「名を変え、音楽家として成功しておきながら、何故こんなことをした」


 ローランドが答える前に、バルトルトが叫んだ。


「こいつは関係ない。俺が巻き込んだだけだ」


 しかしローランドは、ゆっくりと首を横に振った。


「いいんだ、兄さん。僕も兄さんを止めず、それどころか協力した。ゴットフリートのレクイエムを、聞いてみたいという気持ちもあった。その誘惑に、勝てなかった」


 バルトルトは激しく首を振り、(すが)るような眼差しをグレンに向けた。


「違う。俺がすべて計画した。レイモンドは金を貸してくれただけだ」

「だがエルネス離宮でクラネスを襲っただろう」


 ローランドは首を振った。


「今更こんなことを言っても仕方がないが、襲ったわけじゃない。話を聞きたかっただけだ。ラングハート家の、所蔵について」


 その言葉に、クラネスはおずおずと証言する。


「……確かに、話がしたいと言っていました。仮面の姿が怖くて、とても話を聞くなんて、できなかったけれど」


 グレンは小さく息をついた。


「ではファントムとしてこれまで窃盗を行ったのは」

「俺だ。俺がすべてやった」

「……兄さんは、僕の為にずっと、そうやってくれたんだ」


 静かな声でそう言って、すっと、ローランドの瞳に涙が一筋(ひとすじ)流れ落ちた。


「ろくでもない両親の下に産まれ、食べるものにも困る毎日だ。兄さんが盗んできてくれなければ、僕は今ここで生きてはいない。だからファントムは、二人で一人だ、兄さん」

「違う! 俺がファントムとして盗みをやったのは、お前がアスファリアを出た後だ。俺はお前がいなくなって、それでも何もできなくて。だから盗みをやるしかなかった。挙げ句の果てには、お前に協力させた!」


 バルトルトは項垂れ、大聖堂の床に悔恨の涙を落とした。

 グレンは息をつき、アルバートとユアンに、指示する。


「二人とも連れて行け。コデックスと、雇った仲間の居所を聞きだせ」


 アルバートとユアンが二人を連れて行ってから、グレンはおもむろに大聖堂内を動きだす。

 アスファリア大聖堂の、正面中央に備え付けられている、巨大なパイプオルガン。


「グレン様?」


 後ろについてきていたクラネスが、グレンが何をやっているのかと、覗きこむ。


「このパイプオルガンは、大聖堂建設後しばらく経って、備え付けられた。ちょうど八〇〇年頃、コデックスが編集された時代だ」


 ニコラスが驚いた声をあげる。


「よくご存じですね。もともとはもっと小さなものがあったんですが、大聖堂を改修する際、現在の大型のものが設置されました。ゴットフリート・レニングの寄贈です」


 グレンはパイプオルガンの中央にあった譜面台を外す。譜面台の左右には横たわる人々が、ちょうどその真上には翼を広げる天使たちの姿が彫られていた。

 グレンは丹念にそこを調べる。譜面台があった部分のちょうど上辺あたりを触っていたとき、かたんと音を立てて、木製オルガンの一部が外れていた。


 そこにあったのは、古い木箱だった。木箱を開くと、羊皮紙の束。その表紙には、古いアスファリア文字が書かれてあった。


『私の魂を、葬送する』


 グレンはそれを、ニコラスに渡した。

 ニコラスは信じられないように、目を見開いてそれを見ていた。

 何枚にもわたるそれに全て目を通して、ニコラスはゆっくりと顔を上げた。


「グレン師団長、お願いがあります。三日間だけ、この楽譜を預からせて貰えませんか。それから、さきほどの二人を、もう一度ここに連れてきて貰いたいのです」

「……一体、何をするつもりだ?」


 怪訝に眉を寄せるグレンの前で、ニコラスはゆっくりと微笑んだ。そのまなざしは、力強くきらめいていた。

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