魂の葬送曲 02
グレンの考え通り、大聖堂内の騎士団員を配置して、数日が経った時だった。
司祭の代わりにニコラスが午後のミサを終えると、人の波が出入り口へと続く。
ひっそりとミサに参加していたクラネスは、建物内が落ち着いてからニコラスに声をかけようと、長椅子に座って待っていた。
と、背後で男の話声が聞こえた。
「どうして、助祭がいるんだ」
「……確かにエル・セリアにいると聞いたんだ」
「年寄りの司祭しかいないはずだって言うから――」
小声で話される内容が気になって、クラネスは後方を振り向いた。痩せた三十代程の男。もう一人は、深く帽子を被った、もう少し年若い、やはり痩せ型の男だった。
帽子を被った男の姿に、クラネスは見覚えがあった。でも、どこで会ったのかまでは思い出せない。
クラネスは立ちあがると、注意深く彼らを見守りながら、ゆっくりとその場を去り、ニコラスの方へと向かう。
ニコラスは、クラネスの姿に気がつくと、驚いた様子で近寄ってきた。
「姉さん、来ていたの?」
「ニコラスが心配で。それより――」
クラネスはニコラスに耳打ちをする。
内容を聞いて、ニコラスはクラネスの目を見て頷くと、背後で柱の影に隠れるようにして立っていた二人の男のところへと、つかつかと近づいた。
「こんにちは」
にこりと晴れやかな笑顔を向けられて、二人の男はたじろぐ。クラネスはニコラスの少し後ろで、その様子をうかがっていた。
「今日はじめてお見かけしましたが、ミサの参加は初めてですか?」
「いえ、その」
二人のうちの一人が、わかりやすく動揺する。痩せた男に、目立った特徴はない。
「本日のミサを、司祭に代わって私が担当していたことに、驚いていたとか」
「……いえ、そんなことは。何かの聞き間違いでは?」
帽子の男が、慌てて首を横に振った。
ニコラスは口元に微笑を浮かべたまま、質問する目を厳しくする。
「私がエル・セリアに行っていたことを、どなたに聞かれましたか」
「助祭、言い掛かりは――」
「そのことは、家族しか知らないはず。どこで聞かれましたか」
「…………」
クラネスは、必死で記憶を整理していた。
エル・セリアのこと。自分は誰かに話した。誰だった? 思い出さなくては。どこで、誰に。
必死に念じて、クラネスはようやく思い当たる。あれは、確かルイスだ。ルイスがユアンへの手紙を渡しに来た時。王宮の蔵書館でのことだ。
ルイスは、関係ない。じゃああの時、だれが。
「――あなたは!」
クラネスは、ようやく思い出して声を上げた。
そうだ、あの時クラネスの話を聞いていた人物が、もう一人いた。ルイスをクラネスのところまで、案内してくれた人が。
「ローランド・ベル!」
エイプリルの恋人を、クラネスは遠目から見たことがあった。
クラネスの声に、ローランドは慌てて身を翻した。
咄嗟に追おうとしたが、もう一方の男が、懐に手を忍び込ませたかと思うと、ニコラスに襲い掛かっていた。
「……っ」
ニコラスは咄嗟に半身で躱したが、右肩が引き裂かれ、鮮血が飛び散った。
「ニコラス!」
クラネスが悲鳴を上げたのと、振りかぶる男の手を、ニコラスが自らの手で止めるのが同時であった。
しかし次の瞬間、男は身をすくませることとなる。背後から、男の頬に冷たいものが当たっていた。
「動くな」
グレンの冷ややかな声が響いた。剣先が、にぶく光る。
「武器を下ろせ」
ややして、乾いた音を立てて、男の持っていたナイフが床に落ちた。




