魂の葬送曲 01
「グレン」
騎士団本部の一室で、開けていた扉から、ユアンが姿を現した。
「何だ」
グレンは資料から目を離さずに、答える。
「何日眠ってないんだ。一度家に戻って休め」
「まだ三日だ。そんなことよりも、大聖堂から連絡は」
「ない」
「そうか」
目の前にある資料は、クラネスが蔵書館から取り寄せてくれた、アスファリア大聖堂に関する書物だ。今グレンが凝視しているのは、大聖堂の建設図面である。コデックスが示す何かが、隠されるような場所が、どこかにあるはずだ。
「グレン」
気がつくと、すぐ側までユアンが来ていた。
ユアンはグレンの視線を遮るように、資料の上にわざと片手をついた。
「休めと言っただろ」
「……立場をわきまえろ、ユアン。この場所で、私はお前に指図される覚えはない」
グレンが冷たく言い放つと、ユアンはグレンと同じように睨み返してきた。
「そうだ。お前には誰も指図できない。だから俺が言ってる。どうでもいいから、帰って寝ろ」
「…………」
グレンは瞑目して、勢いよく背中を椅子に預けた。
ひとつ大きな息を吐くと、目を開けて改めてユアンを見て、苦笑する。
「……随分可愛げのない言い方だ。私の体が心配なら心配と、そう言ったらどうだ」
可愛げのない従弟は、それを無視して淡々と言葉を続ける。
「ニコラス・ロヴェルがエル・セリアから戻った。事情も説明してある。何かあれば、すぐ知らせる」
アスファリアを離れていたというクラネスの弟には、予定していた滞在時間を短縮し、アスファリアに戻って貰っていた。大聖堂の司祭が既に高齢であるため、代わりに助祭であるニコラスに協力を要請したためだ。
ファントムは、まだコデックスの秘密を解き明かしてはいないのだろう。この数日、動きはない。
いつかのタイミングで、必ず現れるだろう。それまで騎士団員を数名、大聖堂内に配置させてほしいという申し出を、司祭も了承してくれている。
「わかった。一度家に戻る」
グレンは立ちあがり、外套を手にとってそれを羽織る。
去り際に、冗談めかしてグレンは言った。
「眠れるかどうかは別だが。なにしろ自分の首が掛かっているからな」
「何だって」
ユアンが信じられないという様子で、そのグレンの言葉に反応した。
「グレン、どういうことだ」
ユアンの様子を目の当たりにして、グレンは迂闊なことを言ってしまったことを知る。やはり眠っていないせいか、判断能力が鈍っているらしい。
「お前が気にすることではない。コデックスを取り戻し、ファントムを捕えなければ、私は第二師団長を辞するというだけだ。そういう約束だ。父上、いや宰相とのな」
気にするなという様子でさらりと言ったのだが、ユアンはひかなかった。
「何でお前が」
「現時点で、私が騎士団の責任者だ。要求通りにコデックスを渡し、挙げ句むざむざ取り逃がしたとなれば、当然のことだろう」
「…………」
ユアンは苦い顔をしていたが、ややしてきっぱりと言った。
「わかった。ファントムを捕らえればいいだけのことだ」
わかりやすい答えに、グレンは笑う。
「そういうことだ」
それを最後に、グレンはユアンと別れた。
回廊を歩きながら、グレンは思い出す。騎士長のラウラが、仕事に集中しすぎて、睡眠や食事を忘れることが良くある。それをグレンが諌めては、小言を言うなとラウラに笑われる。
これではラウラと変わらない。しかし自分の相手がユアンだというのが、意外だった。グレンは知らず、口元を緩めていた。




