恋人たち 01
午後六時、アリア通り、金の小麦亭。
夕食時のせいで、人々でごった返していた。
周囲の人々に恐怖を与えぬよう、また相手がサラを無事に渡すまでは、大事にはできない。騎士団員は、民間人に紛れて、その場所を見張っていた。
グレンはレニング・コデックスを手に、金の小麦亭に入る。
「いらっしゃいませ!」
にこやかに声をかけた店員に小さく会釈をして、店内を見渡した。
と、こちらを眼光するどく睨む男。どう見ても、食事を楽しんでいる雰囲気ではない。
グレンは迷いなくそちらへ進む。
空いていた一つの椅子に座ると、レニング・コデックスをテーブルに置いた。
「お前がファントムか」
一応、グレンはそう聞いた。男はにたりと笑みを浮かべる。
「……運び屋か。首謀者は他にいるな」
そうでないことくらいはわかっていた。グレンは静かに怒りを込める。
「サラはどこだ」
「それを渡すのが、先だ」
「彼女と引換でなければ渡せない。妙な真似をすれば、待機している騎士団員がお前を捕える」
「そっちこそ、妙な真似をしてみろ。これだけの人間が、どうなってもいいのか」
男はあたりをぐるりと見渡し、再び下種な笑いを浮かべる。
「穏便に済ませたければ、それを渡せ」
「……サラはどこにいる。場所だけでも言え」
「向かいの建物の二階を見ろ」
グレンは窓の外に目を向け、目を細めた。
ガラスの向こうで、椅子に座った華奢な娘が、涙目でこちらを見ていた。
舌打ちをして、グレンは目の前の男を睨んだ。
「俺はコデックスを持って、店の外へ出る。無事に逃げ切れれば、女は無事だろう。もしも俺に何かあれば、窓を貫通して矢が女を射ぬく」
「…………」
グレンは無言でコデックスを差し出した。男は一度それを開き、中を確かめる。
「確かに」
男は立ちあがり、グレンの側を去ろうとした。
「逃げ切れると思うなよ」
まっすぐな視線のままグレンの声が低く響いた。
男は口角を上げて、無言で去った。
「……グレン様」
背後から、客として潜ませてあったアルバートの声がする。
「後を追え。ただし、サラの確保が優先だ。深い追いしてサラを傷つけるな」
「はい」
アルバートはすぐに動き、グレンも立ちあがった。
注文を取りつけようとやってきた店員にチップを渡して、グレンは店を後にした。




