狙われたコデックス 02
夕刻になり、ラングハート家に向かった。
ちょうど戻ってきたユアンに事情を話して手紙を渡す。封を開けて文面に目を走らせると、ユアンは見る間に不機嫌な顔になった。
「……姉弟揃って、お節介も大概にしろよ」
「姉弟揃って? 何のこと?」
ユアンは文面をクラネスに向けながら、忌々しげに言った。
「こいつに呼び出されるのは二回目だ。前はニコラスを連れてきて、今度はお前だ」
クラネスは驚いて、目の前に書かれる文字を読む。白い文章に、短い一文だけだった。
『明朝六時、カレン広場で待つ』
クラネスは思わず眉を潜める。エイプリルの言葉が頭に浮かぶ。
「告白でも、するつもりとか」
ユアンにじろりと冷たい視線を向けられて、クラネスは慌てて口をつぐむ。
「……なんだかあまり、穏やかじゃなさそうだわ」
「実際、穏やかじゃないんだよ。しつこいやつだ」
言って、ユアンは手紙を握りつぶす。慌てたのはクラネスだ。
「ちょっと! 駄目よ!」
「いいから、もう構うな」
「待って」
クラネスの前から歩き去ろうとしたユアンの腕を引っ張り、その歩みを止める。ユアンに睨まれても、クラネスは引き下がらなかった。
「一体、何があったの?」
「お前には関係ない。全く」
「関係あるわ。手紙を預かってしまったもの」
「確かに受取った。これでもう、関係ない」
「グレン様に言うわ」
「…………」
ユアンの目が、より一層厳しくなった。怒っている。それはわかったが、クラネスは怯まなかった。
「トラブルが起きそうだとわかっていて、見過ごすことなんてできないわ」
そう言って、絶対に引かないという意志をあらわにして、唇を引き結んだクラネスに、最後にはユアンの方が折れた。
「……弟とそっくりだな。そういう、押し付けがましいところ」
「押し付けがましい?」
クラネスはむっとして反論しかけたが、それよりも今は聞かなければいけないことがある。
「教えて、何があったの」
ユアンは心底うんざりしたような様子で、ため息をついた。
「ルイスの女と寝たんだよ。一度だけな」
「…………」
言われた言葉の意味を理解するのに、ゆうに数十秒はかかった。
ユアンがどういうことを言っているのかがやっとわかって、クラネスは思い切り嫌な顔をした。
「……最低」
「それはどうも」
もう一度ため息をついて、ユアンは今度こそクラネスの前を立ち去ろうとする。
クラネスはユアンの背中に、強い口調で言った。
「明日の朝、絶対に行って。私も行くから」
「……何だって」
ユアンが信じられない顔をして振り返る。
「私も行くわ。だから約束を破ったりしないで、絶対」
「ちょっと待て。何でお前が出てくる」
「言ったでしょ。トラブルは放って置けないわ。彼とちゃんと話し合って。そうしてくれるまで、絶対諦めないから」
「…………」
こちらの強い意志に、ユアンは最後には言い返す気力をなくしたのか、今までで一番大きなため息をついて、再び踵を返した。
その背中に向って、クラネスはもう一度繰り返した。
「絶対よ!」




