狙われたコデックス 01
ルチカがトゥーレに戻った翌日。午前の気持ち良い風を感じながら、クラネスは仕事場で書類を片手に蔵書の点検をしていた。
館内には、仕事に向かう前の役人たちが数人いるだけだ。蔵書の位置を尋ねられることもなく、クラネスは自分の仕事に没頭していた。
「クラネス、あなたにお客様よ」
エイプリルに呼ばれ、クラネスはそちらを向く。
見れば、グレンやユアンと同じ、騎士団の制服を纏った男性が一人。年齢は、クラネスより少し下だろうか。
「何でしょう。何か、お探しですか?」
クラネスが微笑むと、目の前の彼は少し申し訳そうな顔をする。
「すみません、本を探しに来たのではなくて――」
何だろうと、クラネスは小首を傾げる。
「あの、ニコラスのお姉さんですよね」
そう言われてクラネスは考える。彼はニコラスの友達なのだろうか。
「ええ、そうよ。クラネス・ロヴェルよ。どうぞよろしく」
クラネスが答えると、彼は礼儀正しく一度頭を下げた。
「突然すみません。ルイス・セイラーと言います。あの、最近ニコラスを見かけないので、それで……」
「ああ……」
クラネスはルイスが態々自分を訪ねてきた理由をようやく理解する。
弟のニコラスは、三日前にアスファリアを発って、国王領の南西に位置する、エル・セリアに行っていた。そこにはアスファリア国教の総本山が置かれている。
「ニコラスは仕事で今、エル・セリアよ。今回は、二週間くらい滞在するって言っていたけど」
「……そうですか」
ルイスは肩を落とした。
「ニコラスに用だった?」
「はい。ちょっと、相談があって――」
言葉の途中で、ルイスは何かを思いついたように、はっとした様子でクラネスを見る。
「あの、グレン師団長とご婚約なさったんでしたよね」
突然話題が自分になり、クラネスは驚きながらも頷いた。
「ええ、そうだけど……」
「ラングハート家には、行かれますか」
「行くといえば、行くけど……」
「ユアンにこれを、渡して貰えませんか」
ルイスは懐から、手紙を差し出した。白い飾り気のない封筒。
クラネスは思わず眉を潜めた。
「あなたも騎士団員よね。ユアンには、会うでしょ?」
「あいつ、俺を避けてるから」
「……それって何か、トラブルだったりする?」
察しをつけてそう言うと、ルイスは微妙な表情をした。
「迷惑はかけません。渡して貰えるだけでいいんです。お願いします」
必死な顔でそう言われると、クラネスも無下に断わることなどできなかった。
「……わかったわ」
「ありがとうございます!」
ぱっと顔を輝かせて、ルイスは頭を下げた。
関わるからには、もう少し内容を聞いておきたい。何か手を貸せることもあるかもしれないから。そう思って、クラネスが口を開こうとしたときだった。
「それじゃあ、俺はこれで」
「ちょっと、まっ――」
クラネスの声も虚しく、ルイスは去ってしまった。
クラネスの手には封筒だけが残される。ルイスを追いかけて、話を聞きたかったが、仕事を途中で放りだすわけにもいかない。
「慌ただしい人ね。どうしたの?」
と、少し離れた場所で様子を伺っていたエイプリルが近づいてくる。
「渡してくれって。ユアンに」
「まさか、ラブレター?」
「そんなわけないじゃない」
「糊付けされてないわよ。見てみましょうよ」
エイプリルはクラネスの手元から封筒を取り上げる。
「ちょっと! エイプリルったら!」
慌てて制止しようとしたが、エイプリルは既に中の便箋を開いた後だった。
「……告白でもするのかしらね」
中を見て呟いたエイプリルから、便箋を取り上げる。
見ないようにしてそれを再び封筒に戻すと、クラネスは視線でエイプリルを咎める。
「次やったら、本当に怒るから」
「はあい」
クラネスはやれやれと息をついて、手紙を書類に挟むと、仕事に戻った。




