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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十三章
166/222

飯を食って、部屋に入って

「うぁ~、ごはん、うま~」

「ほんと、三木くんのつくるご飯はどれもおいしいわね。将来いいお嫁さんになるに違いないわ」

「はいはい、そうですね。じゃあ、食べ終わったら食器はキッチンの方に出しといてください。別に洗ってくれても全然構いませんから」

「おろ、ゆきはどこ行くんだい? おねえさんたちが自分のつくったご飯を喰らうところを見ていかないのかい?」

「いや、そんなものを眺めててどうするっていうんですか、別に楽しいものでもないでしょうに。俺は学校で出た宿題をやるんですよ。終わらせないわけにはいかないですからね」

「そんなの、おねえさんたちの食事風景をひとしきり眺めた後にやればいいじゃない。なんならおねえさんが後でその宿題とやらを見てあげてもいいよ?」

「いや、今やってる範囲は少し難しいですから宿題を見てくれるっていうんならそれはすっげぇ助かるんですけど、でも別に俺が弥生さんたちの食事風景を見ていないといけない理由はないですよね? それとも交換条件ってことですか? 食事している様を見てないと宿題見てくれない、みたいな」

「別にそんなこと言わないけど、でもなんか、食事している姿ってちょっとエロくない? おねえさんのそういう姿を見られるのって、役得って感じじゃないかい?」

「いや…、そうでもないです。女の人が食事をしている様子は昔からいくらでも見たことがありますけど、それがエロいと思ったことは一度もないですね。っていうか、どうして弥生さんが自分の食事する光景をエロいと思ったのかってことのほうが俺には分からないですよ。不思議極まりないです」

「どうしてっていわれても、なんとなくそう思っただけ?」

「そうですか……。まぁ、なんでもいいです。とりあえず、俺は部屋に行って宿題やってますから、食い終わったら一声かけてください」

「ほいほ~い」

というわけで、弥生さんと都さんに晩飯をつくり終えた俺は、さっきのひと悶着には目を瞑ることにして自分の部屋に入ることにしたのだった。きっとほんの少しの言葉のやりとりでさっきの大問題を解決に導くことは出来ないだろうから、今日のところは勘弁してあげることにしよう、ということなのだ。

まぁ、あれは単に、あくまでも都さんの妄言でしかないのだから、俺が真に受けなければそれで終わりと言えば終わりなのだ。かりんさんに悪い影響が出ていないかは少し心配だが、それについては、それこそあとでフォローすれば問題あるまい。あと、霧子にサインした本を渡してほしいみたいなことを言っていたけど、それもあとで帰り際にでも渡してもらえば済む話でしかない。

故に、今この場における最優先事項というのは自分の宿題を片付けることなのであって、弥生さんが言うように二人の食事風景を眺めて時間を無為に浪費することではないのだ。

「あっ、幸久様、宿題でしたら私がお手伝いいたします。高校のお勉強でしたら、私も先生をお招きして教えていただいたことがありますので、お力になることが出来ると思います」

「あぁ、そうなんだ。それじゃ宿題はかりんさんに見てもらってもいいかな?」

「はい、お任せください。もし幸久様が分からない問題と対面することになっても、私がなんとかお助けできるようにします!」

「そういうことなんで、弥生さん、別に宿題手伝ってくれなくていいです。食べ終わったらキッチンに食器出して洗って、それから一声かけて帰ってくれて構わないですから。あっ、そっちにあるノートパソコンとかは諸々全部持って帰ってくださいね。置いて帰ったら捨てますから」

「え~、捨てないでよ~」

「いや、置いて帰らないでくださいよ」

「でもこれ、全部一気に持って帰るとなると重いんだよねぇ……。それにほら、これからもこっちで作業することもあると思うからさ、少しこっちに資料とか置いておいた方がいいと思うのよ。分かる?」

「分かりません。置いていったら全部捨てます」

「もぅ…、ゆきのケチ! あたしだってひろにお世話されながら作業したいし、りんちゃんとキャッキャウフフしながら作業したいのに!」

「別にすればいいじゃないですか、止めませんよ。でもうちに資料やらなんやら、置いていったら全部捨てます。情け容赦なくひとつ残らず捨てます」

「おかあさんみたいなことしないで! あたしの部屋にあるものをいらないって決めつけて捨てるのは、やめて!」

「いや、そりゃ、弥生さんの部屋にあるものは勝手に捨てたりしませんけど、でもここは弥生さんの部屋じゃありませんから。この部屋に弥生さんが資料とか置いていったら、それは俺にとって間違いなく邪魔なものでいらないもので、捨てるべきものなんですよ。だからうちにものを置いていくのはやめてください。大事な資料もそうでない資料も、まとめて一袋で、ポイですよ。それじゃ、その辺のところ覚悟しておいてください。俺は宿題をしにいきますんで、失礼します」

「う~、う~、ゆきのいじわる~! 女子の細腕で、こんなにいっぱい荷物が運べるはずないのに!」

「別に一回で運べなんて言いません、何往復もしてください。どうせ持ってくるときだって、何往復もしたんですよね?」

「必要になるたびにその都度行ったり来たりしたんだもん! そんな引越屋さんみたいにはしてないよ!」

「だもんとか、やめてくださいよ、年甲斐もない。小さい子どもでもあるまいし、もう少し大人としての語尾選びがあるべきだと思いますよ、俺は」

「え~、いいじゃん、だもんとかいっても。大人だって少女に戻りたいときがあるものだよ。ね、都ちん?」

「なんであたしに言うの? あたしは別に、そんなこと思うことないけど?」

「あぁ、都ちんはもう少女じゃないからね、うん、仕方ないね。でもあたしはまだ少女として枯れてないから、だもんとか言いたいんだよ」

「ちょっと! やよちゃん、あたしが枯れてるってどういうこと! 確かに最近徹夜明けの朝方とか節々が痛かったりするけど、でもそれは聞き捨てならないわ! 不用意にそんなこと言うんなら、あたしはへこむわよ!!」

「あ~…、都ちんにへこまれるのはちょっとなぁ……。うん、ごめんね、都ちん、あたしが言い過ぎたよ」

「それでいいのよ、やよちゃん。そういう不用意なことは言わないようにお願いするわ。仕事へのモチベーションとかに、激しく関わるからね」

「うん、気をつけるよ。都ちん、へこむと三日はダメっ娘になっちゃうんだからね~。やっぱ気ぃつかうよ」

「弥生様、都様、私が思うに、お二人は女性として非常に魅力的なのではないかと。私は執事故、異性というものにそれほど興味を持つことはありませんが、しかし客観的な目で見て、お二人は大層魅力的であると考えられます」

「? 庄司くん、執事っていうのは、異性に興味がないものなの? それは執事としての習性みたいなものなの?」

「都様、執事とは傅くもの、主の生活のすべてをサポートするものなのです。つまり、私は主である幸久様の生活全般をサポートするために存在しています。そういう風に考えますと、執事というのは家具なのです。確かに執事というものは、従者の中では位が高いといわれることが多いですが、しかしそれであっても主に仕えるものであるという事実は変わりません。それならばこそ、私は幸久様のことを最優先に考え、幸久様のためになることを最優先で為すのです。それが私に課された至上命題であり、私にとっての金科玉条なのです。それだからこそ、私にとっては幸久様のために為すことがもっとも望むことであり、それ以外のことは必然優先度が落ちるのです。ですので、異性への興味や幸久様と関わりにならない趣味的なことなどに対する関心は、もちろん他の執事という存在がそれをどう捉えているかは分かりませんが、私の中ではかなり低いのです。私は、幸久様のために存在しているようなものなのですから」

「なるほどね…、三木くん、彼はなかなか重いわね。なんていうかこう、彼女でもないのに病的なまでに献身的な女の子くらい重いわね。しかも同性だからいろいろ難しいわ」

「分かってくれますか、都さん」

「分かるわ。あたしも確かに、彼にほんの少し、それこそ三木くんのついで程度のお世話をしてもらってるけど、それでも本当に手厚く尽くしてもらってるわ。でもそうよね、あたしは三木くんのおまけなのよね。うん、おまけであれだけ濃厚なら、おまけじゃない三木くんにはどれだけの濃度のご奉仕が降りかかるのか、推して知るべしってことね。執事っていう存在を、あたしは舐めてたんだと思うわ」

「まぁ、ひろはいい子だと思うよ、あたしは。いい子だけど、彼氏にするのはちょっとないかなぁ。だってひろ、基本的にゆきの方しか見てないし、でもだからってゆきにするのと同じだけの熱を持って見つめられたら重いしね。なんか縛られちゃいそうで、おねえさん腰が引けちゃうよ。りんちゃんも、そう思わない?」

「いえ、広太さんは、仕える者の鏡です。もし愛する人に対してもそうして接することができるならば、それはとても素敵なことだと思います。滅私の奉仕とは、究極の愛だとは思いませんか、お二人とも。私も、出来ることならば朝目を覚ました瞬間から夜眠りに落ちる瞬間まで幸久様のために尽くしたいです……」

「あ~、りんちゃんも基本的には重たい娘さんなんだったね、うん。おねえさん、忘れてたわけじゃないけど、でも、最近そういう気配を表に出すことが少なくなってたから意識から外れてたよ」

「そういえばかりんちゃん、三木くんと別々の部屋で寝てるのよね。なんでいっしょの部屋で寝ないの? 三木くんのベッドでいっしょに寝るか、かりんちゃんのお布団でいっしょに寝ればいいじゃない。別に許嫁なんだからいいんじゃないの?」

「み、都さま、いけません、そのようなことをおっしっては……! 嫁入り前にこうして住まいを共にしているだけでもあまりよろしくないというのに、そのようなことまでしては…、不純です……!」

「え~、でもりんちゃんはゆきのこと好きなんでしょ? 好きなんだよね? まさかこの期におよんで好きじゃないなんていうわけないんでしょ?」

「も、もちろんです! 幸久様のことは、…、ぁ、愛しています!」

「だったらいいじゃない、問題なんてなにもないよ、りんちゃん。女の子はね、大人になったら好きな人とはエッチなことしたくなっちゃうものなんだよ。だからね、りんちゃん、不純な気持ちも全部自分なんだって受け入れないといけないんだよ」

「弥生さん、やめてください、そんな自分を中心にすべての女性を語るのは。弥生さんが全世界の女性の基準点だっていう保証はどこにもないんですから」

「ゆき! そうやって女性を神格化するがいけないとはあたしには言えないけど、でもその勝手な象徴化がりんちゃんを縛ってるとは言えないのかい! りんちゃんだって普通の女の子なんだよ!」

「うわ、そう言われると俺が間違ってるみたいに聞こえる。間違ってるのは全てをエロで解決しようとする弥生さんなのに!」

「まぁ、でも、一回くらいいっしょのお布団で寝てみてもいいんじゃない? いっしょのお布団で寝てみたら、相手の寝像が悪いとかいびきがひどいとか歯ぎしりがヤバいとか、いろいろ気付くことがあるよ。それに、その場の流れに流されて一線越えちゃったりなんだったりするかもしれないしねグヘヘ」

「弥生さん、グヘヘって笑うの止めてください。そこはかとなく親父的でイヤらしいですよ」

「いや、おねえさんはね、ただゆきとりんちゃんがエッチなことをしてるのを覗き見ようって腹積もりなだけで、なにもイヤらしいことなんて考えてないんだよ。あくまでも学術的な好奇心だよ」

「様々なことに学術的な好奇心を持っている全ての人類に謝罪しろ!! もう、なにもかもイヤらしいだろ!!」

「不思議だよね…、おねえさんはゆきのことは大好きだしりんちゃんのことも大好きだし、ゆきとエッチしてもいいと思うしりんちゃんとエッチしてもいいと思うんだよ。でも、一番はゆきとりんちゃんがエッチしてるところを見たいんだよ」

「黙れ! この場から消えされ、淫魔めが!! 広太、飯食い終わり次第、弥生さんをこの部屋から叩き出せ!!」

「ごはん食べ終わるまで待ってくれるあたり、ゆきってば優しいんだから~。大好き!」

「もうイヤ、この人! なんでこんなにポジティブなの! 俺にはどうしようもない! …、かりんさん、もうあっちに行きましょう……。宿題、見てくれるとうれしいです……」

「はい、お任せください!」

「ゆき、部屋で二人っきりはチャンスだよ! まだ高校生なんだから、ちゃんと避妊してね!!」

「弥生さん、酒飲んでないときの方がめんどくさいよ!! もう、さっさと酒飲めよ!!」

そうして、俺はあんまりエロ方面押しでくる弥生さんから逃げるように部屋の扉を閉じたのだった。実際のところ、弥生さんは酒を飲んで酩酊していてもそこまで意識が混濁することはなく、比較的理性的に思考を保っているのだ。そして、酒を飲んでいないときは、その思考がさらにクリアに洗練され、常よりも高度な会話行動を可能になっているのだろう。

しかし、そうして出来るようになった高度な会話行動が全部いろいろダメな方向にのみ向けられるというのは、どうなのだろうか。つまり、総じて言うと、弥生さんがダメということでいいのだろうか。

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