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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十一章
141/222

体育祭参加競技決定会議、開催

ロングホームルームの始まり際、配られたプログラムを手に持ったまま首を傾げていた俺を見かねたのか、ゆり先生は俺の脇に少しかがんで耳打ちをする。かすかに吹きかかる息がくすぐった。

「男の子用というよりも~、三木ちゃん用ですよ~」

「俺用?」

「…、ふ~☆」

「ぅひゃぁっ!?」

「? 三木くん、どうかしたの? 急に変な声出して」

「いえ、あの、ゆり先生が耳に息を……」

「ゆり、変なことしないでちょうだい」

「変なことではありませんよ~、かわいいいたずらですよ~」

「つまりは変なことじゃない」

「そんなことありませんよ~、ね~、三木ちゃ~ん?」

「いや、俺は、エラいびっくりしましたけどね……」

「だそうです、先輩~」

「何が『だそうです』よ。意味分かんないことしてないの」

とにかく…、俺用って、別に普通に体育祭のプログラムが並べられているだけのようだし、特別何かおかしいところはないように思える。あえて言うなら、競技名の肩のところにいくつか、…、たくさん、丸が描かれていることくらいか。いったいなにを意味している丸なのかはさっぱり分からないが、まぁ、おそらくそんなに意味がある丸ではないだろう。

しかしその丸、やけにキツそうな競技の横にばかり描かれている。もしかして、これって俺が出場する競技なんじゃないだろうな。これに全部出ろってことなら、それはつまり死ねってことだろう。まぁ、まさかな。だって出場する競技はこれからみんなで話し合って、それこそまさに民主的手段に則って決めるんだ。俺の出る種目だけあらかじめ決められているということは、さすがにあるまいて。

ほら、これ、この丸。よく見たらなんとなく白玉団子っぽいし、きっとゆり先生が白玉団子食べたいなぁ、とか思いながら手癖で落書きでもしちゃったに違いないのである。赤ペンだけど。もぅ、先生ってば困った人だな、これから生徒に配るプリントに落書きなんてしちゃいかんというのに、まったくもぅ。

「それでは三木ちゃん~、細かいことについては先輩がお話してくださるので~、それを聞いてくださいね~」

「あっ、はい、分かりました」

「いいお返事ですね~。いい子いい子~」

とりあえず、俺はどの種目に出るかということを考えなくてはいかん。ほら、こういうのって楽そうな競技からどんどん埋まっていくからさ、あらかじめいくつかの競技に目をつけとかないと手を挙げそびれたら大変だ。全体種目とかの避けられないものは仕方ないかもしれないけど、でもそれ以外の厳しい種目は出来るだけ避けていきたいところだ。何と言っても俺は基本的に文系男だからな、運動が苦手とは言わないが、そこまで大得意というわけでもないのだから。

こういう運動メインの行事は、それこそ志穂とか姐さんとかを筆頭に、運動部の面々でがっちり固めて勝ちに行ってほしいところである。俺が男だという理由だけで大量の競技に参加する必要はないのだ。つまり、俺はそれなりに体育祭に参加させてくれればそれでいいんであって、無茶苦茶に無茶なことをさせてほしいわけではない。…、まぁ、俺がそうしなくちゃ立ちゆかないっていうんなら、やらないわけにはいかないと思うけどな。

「ゆり! 配ったら寄り道しないで戻ってくる!」

「はいは~い。そんなこと言われなくても、今ちょうど戻るところでしたよ~」

「はい、屁理屈言わない! みんな、プログラムはもらったかしら。もらってない人は言ってね、あげるから。…、よし、じゃあ始めるわね。今日のロングホームルームは、みんな分かってると思うけど、体育祭の参加種目を決めちゃうわよ。五時間目と六時間目の二時間を使ってきっちり決めちゃいたいと思うから、次回に持ち越しとか残って話し合いの続きとかならないように気をつけてちょうだい。部活とか用事のある娘もいるだろうし、時間遵守でお願いね。それじゃ、あとは議長に任せるわ、いいように話し合いを進めてちょうだい」

「議長さんは日直さんですから~、今日は高見ちゃんと滝本ちゃんですね~。お二人とも、上手な進行をお願いしますよ~」

「はい、分かりました。滝本さん、行こうか」

「うぅ…、運悪いッスぅ……。自分、こういうのあんまり得意じゃないッスのにぃ……」

「当たってしまったんだから仕方ないよ、とにかく気にしないでがんばろう」

「ロングが明日だったら、ちぃちゃんが議長だったのにぃ……。その方がぜったい話し合いとかうまくいくじゃないッスかぁ……」

「だいじょうぶ、滝本さんだってうまくやれるよ。僕も出来るだけがんばるから、いっしょにやりきろう」

「ありがとッスぅ…、じゅんじゅんはやさしいッスよぉ……。でも、自分にはムリッスすぅ……」

「それじゃあ、僕が議長をしよう。滝本さんは書記をお願いするよ。それだったら、だいじょうぶかな?」

「いえ、むしろ、書記はムリッス。自分、字きたないッスから、それに加えて黒板に書くってことはいつもよりも書きにくいってことじゃないッスか、無理ッス。じゅんじゅんの方が字がうまいんッスから、書記をお願いしたいッス。あの字をみんなの目に晒すっていうのは、思ったよりもストレスキツいッス」

「そんなことないよ、滝本さんの字はかわいいと僕は思うよ。でも、そうだね、滝本さんがそういうなら、僕が書記をしよう。議長はお願いしていいかな?」

「はいッス、任せてくださいッス。正直キツいッスけど、なんとかやってみるッス」

「僕も後ろから出来るだけフォローするから、がんばってね」

「やっぱりじゅんじゅんは頼りになるッス!」

…、あっ、今前に出ていこうとしているのは高見と滝本です。高見は前にも出てきたことあるからその辺を見返してくれればだいたい分かるから(15話参照)。

滝本祐実<タキモト ユウミ>。出席番号19番で背は姐さんよりも少し小さいくらいの、平均を軽く割る程度。全体的にこじんまりとした感じだが、それは志穂ほどのこじんまり感というわけでもなく、やはり平均的なサイズということなのかもしれない。

髪型は外に軽く跳ねた耳に軽くかかるくらいのスウィングボブ。軽く日焼けの残った肌の、少し丸っこい輪郭線にクリッとした瞳が印象的な、いわゆる元気でかわいい系の顔立ちをしている。

俺は接点がなくてあまり話をしたことはないのだが、数少ない会話機会に得た情報と、それから風に聞こえてくる情報を統合すれば、ある程度以上にその人物像みたいなものを捉えることはできる。とりあえず、今入っている部活動は軽音楽部で、クラスメイトの宇多田花音<ウタダ カノン>、栗田美波<クリタ ミナミ>、千原広海<チハラ ヒロミ>の三人とバンドを組んでドラムを叩いているんだそうだ。中学校のときの部活は陸上部で、長距離走を専門でやっていたんだそうだが、正直あまり成績は良くなかったらしい。だが、軽く焼けた肌と体育会系っぽい「~ッス」というしゃべりがそれに起因していることは明らかだろう。

なんで中学校で陸上をやっていた人間が軽音楽部に入ったのかはよく分からないが、まぁ、なにか込み入った事情があるのかもしれないから深くは聞かないでおいた。しかし、バリバリの体育会系が急に音楽系に行って何とかなるものなのかと聞いてみたら、長距離をやってたからリズムを取ることには慣れてるし体力もある、それに音楽ゲームが好きだから動きにも着いていけはするし、なんとかなってるッス、とのことだった。正直、マジかとしか言いようがないが、本人がそう言っているんだからそうなんだろう。

俺は、音楽ゲームが得意だからって音楽が出来るとは思わない。だってそれって、野球ゲームが得意だから野球も得意だぜ、って言ってるのと同じじゃないのか? 信じがたいとしか言いようがないではない。

ちなみに、こういう話し合い系のことをロングホームルームでするときは、うちのクラスでは生徒から議長を選出して進行することになっている。誰かがやりたいと申し出た場合は別だけど、基本的にはその日の日直が議長と書記をすることになっているのだ。日直は一番と二番、三番と四番みたいに出席番号で最初の方から二人ずつでやっていくことになっていて、今日は出席番号19番と20番の高見と滝本がそれにあたっている。

というか、出席番号といえば、俺たちの席の順番も出席番号順になっているわけで、日直をいっしょにやるやつ同士が隣り合うように席が配置されていて、まるで小学校のときっぽい感じに席同士がくっついてる感じだ。だから当然、出席番号25番の俺は日直を26番のメイといっしょにやるわけである。あと、出席番号2番の霧子は1番の相葉京香<アイバ キョウカ>と席が隣だし、姐さんと志穂は出席番号7番と8番で席が隣だったりする。クラスの人数が28人でちょうど偶数なので、隣がいなくて余ったりするやつもおらず、日直も毎回メイといっしょなのだ。

「…、なぁ、メイ、滝本って面白いよな」

『そう思う』

「なんか、おいしいポジションだよな」

『そう思う』

「でも、あれで軽音部なんだろ。人は見かけによらねぇよなぁ、マジで」

『幸久くんが軽音部をどういう目で見てるか分からないけど、ゆぅちゃんはすごいんだ、ってうわさしてるのが前に聞こえてきたことある』

「メイ、そういうときは別に話に入って行ってもいいと思うぞ、俺は」

『女の子同士の噂話は、ちょっとスピード早くて入りにくいかも』

「…、そうか。まぁ、俺もそう思うわ」

『幸久くんは、待ってくれるからやさしい』

「ん~、まぁ、別にメイじゃなくても言葉が出てくるまでに時間のかかるやつっているし、待ってるって感じはしないけどな。霧子とか、今ではそんなでもないかもしれないけど、昔はそりゃもうひどかったんだからな。そんなに言葉を発するのがもったいないか! みたいなくらい言葉が出てこなくてなぁ……」

『きりちゃん、口下手?』

「口下手っていうか、単にビビりだったんじゃないか? 自分が言葉を発することで流れを遮るのが怖かったとか、そういうところだろ、たぶん」

『きりちゃんも大変』

「俺の涙ぐましい努力によって、今はあんなに立派になったんだよ。霧子の社会的な面についてはは、俺が育てたって言っても過言じゃないぜ」

『幸久くん、すごいかも』

「まぁな、もっとほめてもいいんだぜ?」

『それは、あとでね』

「おっと、焦らすね」

『競技決め、始まっちゃうから』

「あぁ、競技ね。俺も参加しないとな」

体育祭参加競技決定会議は議長であるところの滝本の、懸命の進行によってなんとか開始することができ、今ようやく参加競技の決定方法が基本的には挙手制で、被ったらジャンケン、あるいは譲り合うこと、必要によっては先生からの任命が行なわれることもあるということが宣言されたところだった。…、任命?

「任命されるのは、基本的に三木くんよ」

「先生、任命しちゃうんスか?」

「任命するわよ。勝つためだもの」

「…、先生、一つ聞きたいんですけど、いいですか?」

「なにかしら、三木くん。これに関しては、悪いけど拒否は許さないわ。だいじょうぶ、物理的に無理な競技の入れ方はしないから」

「いえ、それもそうなんですけど、この俺用プログラムに描いてある丸って」

「そうよ、三木くんの参加競技よ。そこに描いてあるのは、まぁ、基本的には決定なんだけど、走るのは短距離系から一つ、長距離系から一つ選んでもらうわ。時間的にそれしか走れないだろうからね」

「…、お気づかい、ありがとうございます」

「いえいえ、それほどでもないわ。あとは男子に出てもらわないと困る種目もいくつかあるし、そこら辺はがんばってちょうだい」

「…、がんばります」

「じゃあ、まず三木くんの走る距離の希望を聞こうかしら。みんなのを決めるのはそれからだからね」

「は~い」

「…、短距離は200メートル、長距離は800メートルで、おねがいします……」

正直なところ、俺はそんなにたくさんの競技に出場して大量得点を狙っていこうなんてことは考えていなかった。どちらかというと慎ましやかに、競技に出ている時間よりも休んでいる時間が多いような、一般的な文系男子っぽい過ごし方を望んでいたのだ。

しかしその願いがかなうことは、もうないだろう。このプログラムを見る限り、どうも俺は、体育祭当日には競技から競技へとかけずり回ることになりそうだからだ。

のんびりと物見遊山の気分でみんなのがんばりを見守っているというわけには、どうにもいかないらしい。見る限り大量の、物理的に参加可能な競技すべてに丸をつけたぞ、と言わんばかりに振るわれた赤ペンの猛威によって、俺のプログラム表の左端は赤丸の乱舞なのである。

というか、物理的な無理はしていないと言っていたが、間違いなく体力的には無理をすることになるだろう。あぁ、キツいなぁ、今年の体育祭。もぅ、始まる前から目に見えてキツいよ、絶対……。

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