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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十一章
136/222

出席を取る・取られる

「っだぁ!!」

「にゅぁ!!」

予鈴と本鈴の狭間、俺と霧子は全速力のダッシュで前方を高速移動しているゆり先生を追い抜くと、目の前に迫った教室の扉をガララッ!! バンッ!! と開き、無事にゆり先生よりも早く教室にたどり着くことに成功したのだった。しかし、ゆり先生がスピードを上げたときは驚いたが、よく考えたら俺たちが全力で走ればきっちり追いぬける速度に加減してくれていた辺り、先生のやさしさがほんのりと感じられた。

「三木ちゃんも天方ちゃんも、遅刻にならなくてよかったですね~」

「ちょっとゆり、なに生徒といっしょになって騒いでるのよ。いくら授業中じゃないからって、廊下では静かにしなさいよね」

「はいは~い、すいませんですよ~」

「にゅ…、綾ちゃん、ごめんなさい……」

「天方さんも三木くんも、あんまり廊下では騒がしくしないこと。遅刻ギリギリでくるのもよくないんだから、二重でよくないわよ」

「はい、気をつけます……」

俺たちがギリギリの時間にきたのだから当然なのかもしれないが、教室の中にはすでにクラスの全員が揃っていて、俺たちは案の定最後に登校してきた二人というわけなのであった。まぁ、別に遅刻にならなければ一分前に来ようが十分前に来ようが一時間前に来ようが変わらないのだから、特に問題という問題はないのだろうが。

「まぁ、遅刻じゃないんだし、今日のところはいいってことにしてあげるわ。二人とも、早く自分の席に着くこと。それじゃあ、ショートホームルーム始めるわよ。まずは全員揃ったところで出席から取りましょうか。ゆり、よろしく」

「は~い、了解です~。相葉ちゃ~ん」

「ほ~い」

「天方ちゃ~ん」

「にゅ、は~い」

ゆり先生が出席を取るのを聞きながら、俺は机の間を縫うように通って自分の席へと向かうのだった。俺と霧子はこうしてギリギリの時間に来ることが多いので、先生から今みたいな注意を受けることも決して珍しいことというわけではない。できればそれを避けたいと思う気持ちはあるのだが、しかしなかなかそうすることができていないのが現状である。

生活そのものを大きく変えない限りそれは難しいんだろうなぁ、と思うが、その生活を変えるというのがなかなか出来ないわけだ。つまりそれっていうのは、今まで長い時間をかけて造り上げた一つのサイクルを崩すということで、「やるぞ」と思ったからといって出来ることではないだろう。

というか、変えないといけないのは俺の生活サイクルではなく霧子の生活サイクルなわけで、俺がいくらやる気になったところで意味がないのである。ここは霧子にやる気を出してもらって、なんとか生活改善に取り掛かってもらうしかあるまい。いや、でもなぁ…、霧子って基本的に十時睡眠だしなぁ……。実はこれ以上ないほどに、それこそ俺なんか目じゃないくらいに健康優良児な生活サイクルなんだよなぁ。今以上に早く寝るとなると、九時睡眠か? いや、それはダメだろ。さすがに、いくらなんでもそれは早すぎるんじゃないか? 霧子にだってやらなくちゃいけないことがいろいろあるはずなんだし、九時なんかに寝てたらそれが出来なくなってしまうではないか。

…、ということはつまり、今の状況から脱しようと思ったら俺が今以上に頑張って霧子をすばやく起こさないといけないってことなのだろうか。さすがに、いくらなんでも今よりも早く起こすっていうのは厳しいぞ。う~ん、やっぱりどうしようもないのかなぁ。俺が霧子にかまい続ける限り、俺は遅刻スレスレに登校する定めなのかもしれない。

「よっ、メイ、おはよ」

『おはよ』

「今日も何とか間に合ったわ」

『遅刻、ギリ』

「まぁ、いつものことよ」

『たしかに』

「俺たちは真っ当に生きてるはずなのに、どうしてか不思議と遅刻しそうになるんだよな。何がいけないのかは、さっぱりわからないんだ」

『起きるの遅い?』

「いや、弁当つくってるし、きっと誰よりも早起きだぜ」

『寝るの遅い?』

「ん~、確かに寝るのは早くないな。だいたい十二時回るころだ」

『朝の準備の、手際が悪い?』

「あ~、それはある。霧子の動きがな、悪すぎるんだ。そうか、動きか~。そこを改善することができれば、起きる時間も寝る時間も問題なくなるしな」

『でも、起きる時間と寝る時間は直せるかもだけど、寝ボケちゃうのは直せない』

「…、だよなぁ。っていうか、霧子が朝起きてすぐにしゃきしゃき動き出したら怖いって。十年来の前提条件覆されたら、俺の動きが悪くなるわ」

『じゃあ、無理』

「やっぱムリか。俺もな、薄々は無理じゃないかと思ってたんだ」

『だってきりちゃん、寝てるの十時』

「それ以上は、さすがに早寝させられないよな」

『テレビもあるし、きっときりちゃん寝ない』

「あぁ、テレビか。そうか、ドラマがあるもんな、さすがに何があっても九時には寝ないか」

『幸久くんが、もっと早く起きるのは?』

「おいおい、俺が起きてるのっておおむね六時、ときどき五時だぜ?」

『早起き』

「まぁ、弁当つくるのにもそれなりに時間かかるからな。あっ、そういえばメイは最近料理してるか? なんか前に練習してみるとか言ってただろ?」

『お母さんのお手伝いから』

「そうか、まぁ、そうだよな。そのお手伝いの成果、ぜひ今度の実習で披露してくれな。期待してるぜ、メイ」

『そんなに期待されても、大したこと出来ない。まだあんまり包丁とか触らしてくれない』

「おかあさんも心配性だなぁ。かわいい子には旅させよ、って言葉を知らないらしい」

『基本的に、混ぜるのが多い』

「ん~、でも混ぜるのってなにかと大事だったりするし、それはそれでいいのか? とりあえず、これまでの実習を見る限り、少しは出来るようになってるみたいだし、俺は心配はしてないぜ」

『とにかく、がんばる』

「おぉ、とりあえずがんばるのはすっげぇ大事だからな。よく分からなくても、とにかく何かしらを頑張ってればいいんだよ」

『そういうもの?』

「そういうものだ」

『じゃあ、とりあえずがんばる』

「みんなでフォローし合うのがチームってもんだ」

『今回も、幸久くんと同じチーム?』

「んっ? あぁ、メイがよかったらな」

『いい』

「そうか、それじゃ同じチームだな」

「三木ちゃ~ん」

「はーい」

「持田ちゃ~ん」

すっ…(メイが手を挙げた音)

『そういえば、幸久くん、よかったの?』

「? よかったって、何が? 実習のチームなら、全然問題ないけど?」

『そうじゃなくて、今日来なかったけど、よかったの?』

「学校、来てるぜ?」

『えと、そうじゃなくて、これの前』

「あぁ、もしかして前って、ショートホームルームの前ってことか? ショートホームルームの前に、なにかやってたのか?」

『…、知らないの?』

「知らないって、何を? 俺はもはや、何を知らないかを知らないんだけど?」

『昨日、連絡網廻って来なかったの? 夜の八時くらいに電話が綾ちゃんから電話が廻ってたんだけど……』

「いや、かかってきてないな、電話なんて」

『きりちゃんにも、かかってないのかな?』

「それは、どうだろう…、ちょっと分からないな」

『そうなんだ……』

「それで、その電話ってどんな内容だったんだ? なにか、急ぎで廻さないといけない用事があるから、綾先生もわざわざ連絡網なんて使ったんだろうし」

『内容は、今日の朝、八時に教室に来てください、みたいな感じだったみたい。あたしが出たわけじゃないから一言一句間違いないかは分からないんだけど』

「まぁ、メイは電話出ないよな。…、それとも電話したら、メイは言葉を発してくれるのか?」

『…、たぶん、お母さんに代わると思う』

「…、そう、だろうな。そうだと思った」

『あんまり、おしゃべりは得意じゃない、かも』

「得意じゃない、って一言で言うには、少し言葉をはっしなさすぎるけどな、メイは。まぁ、それはいいんだけどさ、そういう内容の電話なら、霧子にはかかってきてないな。霧子にそういう電話がかかってきたらそのままの流れで俺にその内容を伝える電話がかかってくる。朝早く行くためには霧子を早く起こさないといけないし、そのためには俺が早くに霧子を起こしに行かないといけないからな」

『そんな流れがあるんだ……』

「で、先生は何をするか言ってなかったのか? いや、今日の朝にここに集まるってことはさっきだし、もうなにかやったのか?」

『やった。きりちゃんと幸久くんはいなかった』

「まぁ、八時って言ったら、ちょうどそのころ家を出るころだからな。教室にいるはずがないんだけどな。っていうか、今朝姐さんが校門にいなかったのはそれが原因か。なんだよ、風紀の用事でも風邪で休みでもなんでもないじゃねぇか」

『のりちゃんは、今日も元気』

「たしかに、さっきも出席取られてるとき、めっちゃ元気に返事してたしな。きっと姐さんは風邪とかとは無縁の人種なんだだよ。まぁ、俺もあんまりひかないけどな、風邪」

『あたしはたまにひく』

「そうなのか、風邪には気をつけろよ、メイ」

『気をつける』

「風邪なんかで学校休んだりしたら、つまらないからな。それで、けっきょくさっきまで何してたんだ、クラス皆で集まって、俺と霧子をハブにして」

『二人にいじわるしたかったんじゃない』

「えっ? そうなのか?」

『二人がいたら、上手く話が進まなかったと思う』

「つまり、俺たちには聞かせられない話、的な?」

『でもたぶん、後で聞かされると思う』

「聞かせられるのに、そのときは聞かせられなかったのか?」

『なんていうか、事後承諾、みたいな』

「事後承諾? 急に怖い単語が出てきたな……。それはどういう関連の話しなんだ?」

『体育祭関連』

「出来れば、どんな話だったか説明してほしいんだけど、メイ、お願いしてもいいか?」

『あたしじゃ、たぶんうまく説明できない。あとでのりちゃんが教えに来てくれると思うから、そのときに聞いた方が効率いいと思う』

「まぁ、姐さんは説明上手だからな」

『あたしはケイタイだから、きっと説明しても分かりにくいし、変に時間がかかる』

「それは、仕方ないことだろ。だってメイはデフォだろ、その状態が。今さらそんなこと言うつもりないって」

『幸久くんは、あんまり追及して来ない、やさしい』

「いや、だって、言いたくないこと聞かれても困るだろ、メイだって。どんなのかは分からないけど、何かしら理由があるんだろうし、なんでもかんでも根掘り葉掘り掘り返せばいいってもんでもないじゃん」

『言いたくないことを、察して聞かないでくれるのはいい人。普通の人はとりあえず聞いてくるから』

「俺はただ、友だちのイヤがることしたくないだけだ。っていうか、友だちってそういうもんじゃないのか?」

『それじゃあ、あたし、今まで友だちいなかったかも』

「…、そういうこと言わない」

『冗談』

「…、だったらいいんだけど」

『でも、いちばんやさしいのは幸久くん』

「どうだろうな、それは」

『あたしは、そう思うから』

「俺もメイのこと、歴代友人トップ10くらいには入ってると思ってるぜ。まだ付き合いが短いから五指に入るとは言えないけどな」

『一番は、きりちゃん?』

「ん~、霧子は友人っていうか妹だから、カウントしてないかも。なんていうか、永久欠番みたいな、あれ」

『あたしも、そうなれる?』

「妹枠と姉枠と姐枠と従者枠とペット枠はもう埋まってるから、それ以外ってことになるけどな」

『よかった。まだ、一番大事なのが空席』

「? 一番大事? なんだろ……」

『ないしょ』

「なんだよ~、教えてくれよ~」

『言ったら、幸久くんが気にしちゃうから言わない。ヒントもなし、自分で分かって』

「難しいな、おい。なんだろう、一番大事な永久欠番って……」

「三木ちゃ~ん、お話聞いてるですか~」

「…、聞いてませんでした!」

「素直でよろしいですね~。お隣の持田ちゃんとおしゃべりばっかりしてたらダメですよ~。気を抜かずに先生のお話に耳を傾けてくださいね~」

「はい、気をつけます!」

「いい返事ですね~。それではお話を続けますね~」

『怒られちゃった』

「気をつけないとな」

とりあえず、俺と霧子の知らないところでなにかがあったらしいということだけは分かった。しかし残念ながら、それが何であるかというところまでは分からないが、まぁ、姐さんがあとで説明してくれるってことだし、別に今無理に、問い詰めるように情報を集める必要もあるまい。

今はとにかく、メイとのおしゃべりに熱中したことによって聞き落としてしまった先生のお話――いつの間にか出席は取り終わっていた――を、せめて今からでも聞かなくてはならないのだ。まったく、ゆり先生のことだけはしっかりと見ていなくてはいけないと言われているというのに、集中しろよ、俺。

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