81.休息はまだ先
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呼ばれた男が一つ息をつく。それは予想通りであったことに対してか。それとも……その選択をとったディアン自身に対してだったのか。
「……実際に動いているのは俺じゃなくて、ここの司祭たちだ。それに、道中であれだけ集まったなら、本隊が来れば数日中に片も付くだろ」
「本隊、って……」
「周辺地域から来る応援部隊だ。……予定では、明日来るはずなんだろう?」
「はい。女王陛下より伝達があり、明日の朝には来てくださると」
同意を求められた司祭は頷き、補足を付け足す。ここに来てすぐシスターが言っていたことから予想はしていたが、どうやら当たっていたらしい。
そう、ただその場凌ぎの対応だけで教会が済ませるはずがない。
対応できないなら報告を。しかるべき指示を。そうして、その時にすべき本当の最善を選択する。
彼らが女王陛下に忠誠を誓う限り、またその女王も彼らを守る。だからこそ、教会はその権力を維持し、脅威となる。
味方であればこんなにも心強い。……そして、敵に回れば、それこそ。
「想定より重傷者が増えていたとはいえ、なんとか最悪は避けられた。ある程度目星がついたら身柄を確保し、証拠と共に引き渡せばひとまず被害は食い止められる」
「な、なんだよ! 分かってたならそう教えてくれりゃ……!」
「適材適所。俺はこの類に付随する手続きが死ぬほど苦手でな。それに、女王陛下直々に賜った任務がある。それこそ破ろうもんなら反逆罪で罰せられてしまうからな。俺はなんとかできない、だが明日の優秀な奴らがなんとかしてくれる」
理解できたか? と聞き返すも、安心すればいいのか怒ればいいのか。
なんとも複雑な感情は、そのまま顔に表れる。だが、安堵する仲間たちの中で首を振るのはもう一人の男。
「ですが、本当に国が正しい裁きを下ろすかまでは……それこそ、有耶無耶にする可能性はあるのでは? 教会に付随する罪ならともかく、そうでなければ、」
「この町を襲ってるって時点で不敬に該当している。だからそれは問題ない」
「え?」
疑問はディアンの口からも。教会自体を襲ったならともかく、その言い方だと町そのものが対象だ。
領土はあくまでもノースディア王国。そこに教会への不敬を問える要素はどこにあるのか。
「お前は知らなくても当然だが、お前はここの出身だろ?」
「いや、えっ……なんで?」
「…………あぁ」
紫はディアンからクライムへ。再び向き直った男は首をかしげ、本当に思い至らないらしい。
むしろなぜ知らないのかと怪訝な顔を浮かべるエルドが数秒黙し、呟かれたのは納得したような声。
「そりゃあそうか。大分昔のこと――」
「恐れながら、ほとんどの町民は存じ上げています」
訂正は素早く。呆れた視線も、同じく。
この町の名誉のためにと、間に入った司祭の勇敢さを讃えながらも答えは出ない。この町縁のなにか。それが、教会と密に繋がっているのだろう。
現地の者でなければ知らないことだとしても、教会との取り決めを国が知らなかったでは済まされない。
教会への不敬は、すなわち精霊への不敬。もみ消すなど教会が寛容するはずがない。
「あー……とにかく、もう対策はしているから、お前らも今日は休め。俺は仕事がまだ残ってる」
今度こそもういいなと、振り払う仕草は大袈裟なのか本心か。
もう呼び止める理由はなく、礼をして去って行く四つの姿を見送った後、視線は上に。
「すみません、勝手なことをしました」
「いや。……やっぱりお前、馬鹿じゃないんだよなぁ」
しみじみと呟かれたそれは、この道中でも何度も聞いてきた言葉だ。
逆に馬鹿にしているように聞こえるそれは、わかりにくくとも純粋な賞賛。
「……過剰な評価です」
「はは、謙虚で結構。……さて」
それに対して苦笑するのも、続けてエルドが笑うのだっていつもの通り。
違うのは、そこに疲れた溜め息が混ざったこと。
「さっきも言ったが、もう一仕事してくる。お前は奥方のところに行って、様子を見ててくれないか」
一瞬向けられた視線は扉の奥。おそらく、定期報告と一緒に今回の件も話すのだろう。
関係者以外は立ち入り禁止。我が儘を言うつもりはなく、素直に一つ頷く。
「ゼニス。シアンのそばについていてくれ」
「一人でも大丈夫で――」
しぃ、と。立てた指が唇に触れる。荒れた感触はすぐ離れ、それでも熱は冷めやらず。
「……俺が、心配なんだ」
苦笑する顔は、なにかを観念したような。振り絞るような声は、認めたくないような。
そんな複雑な光に、一つ鳴く声は二人の足元から。
「ゼ、ニスが近くにいて、驚かないでしょうか」
「俺のことを覚えていたなら、こいつのことも覚えているはずだ。……多分な」
だから大丈夫だと、そう言い残して足音が遠ざかっていく。
待っていたシスターに導かれた彼が見えなくなれば、残されたのはまだ熱に浮かされるディアンと、見上げる青だけ。
「……僕も、疲れてるんだろうか」
固く唇を合わせ、それでも感触は消えず。不快ではないことに戸惑い、回る熱にたまらずフードを掴む。
冷ますならば脱ぐべきなのに、指が行ったのは真逆の動作。限界まで引っ張ってもまだ足りないと、伸ばされていく布は皺すらないほどにピンと張られていく。
足元にじゃれつくゼニスは、そんなディアンをどう思ったのか。彼自身がわかるはずもなく、小さな鳴き声に少しずつ落ち着きを取り戻す。
「エルドが帰ってきたら、僕たちも休もう」
それまではもう一仕事だと滑らかな毛皮を撫でれば、額を擦りつけられたことに自然と笑みが浮かんだ。
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