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【書籍化】『精霊の花嫁』の兄は、騎士を諦めて悔いなく生きることにしました【BL・番外編更新中】  作者: 池家乃あひる
第三章 一週間

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78.若者たち

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 呼ばれ、振り向き。まさに語っていた薄紫がディアンを呼ぶ動作に、一つ断りを入れてから立ち上がる。

 気付けば治療もほぼ終わり、列もあと数人。転がっていた重症人は、皆安らかな顔で眠っている。これだけ見れば、怪我を負っていたとは思えない。


「治療は落ち着きましたか?」

「まぁ、少し骨は折れたが……全員命に別状はない。記録も残したし、ひとまずは大丈夫だ」


 笑う顔にその気配はないが、彼も相当疲れているはずだ。あれだけの魔法を使い続ければ、彼の方が魔力枯渇に陥りかねない。

 さっきだって、ディアンではわからなかったけれど、ダガンと対抗する時にも使ったはずで……。


「……あなた、は」


 問いかけようとして、留まる。大丈夫かと聞いたところで、彼は素直に教えてくれない。

 そう悟られたくなくて笑っているのだ、無理に暴く必要はないだろう。

 こんな時、どうやって労ればいいのか。そういうのが上手いのは、むしろ目の前にいる男の方で。


「これぐらいはなんともない。むしろ、これだけで疲れていたらとっくに教会から追い出されてる。たしかにいい状況じゃないが、今まで行った場所に比べりゃ可愛いもんだ」


 肩をすくめ、あれはひどかったと続ける声に嘘はない。そう、いつだって彼はディアンに嘘はつかない。

 ……ただ、答えてくれないだけ。


「心配するな、俺だって疲れたらちゃんと休む。……それより、奥方はどうだった?」

「薬は渡しました。……あなたに、とても感謝していましたよ」

「……そうか、ありがとう」


 僅かな間は、なにを思ってのことか。

 エルドのことを忘れずにいてくれたのに、その本人の眼差しが少し……寂しそうに見えるのは、何故であるのか。

 過去になにがあったかは知らず、今は聞くべき時でもなく。ただ、きっとディアンが思っているような単純なものでないことだけは明らかで。


「声をかけないんですか」

「もう少し良くなってからな。……ご老体に無理をさせちゃいけない」


 それも疲れ果て、死にかかっていた相手なら余計にと。苦笑する顔が真顔に戻る。

 視線はディアンから、その後ろ。こちらへ向かってきた息子へ。

 いつの間にか治療も終えていたのだろう。隣にはミルルと、他の二人の姿も見られる。


「……さっきは、親父を助けてくれてありがとうございました。それと、入り口のも……」

「俺が勝手にしたことだ、礼を言われる義理はない」

「それでも、助けてもらったのは事実です! 本当に、ありがとうございました!」


 一人はバツが悪そうだが、少女は周囲も気にせず深いお辞儀を一つ。

 そのまま差しだそうとする袋を手で制し、取り返した偽金を見せれば納得はしてもらえたようだ。


「どうやって……」

「ちょっと話し合っただけだ。……礼を言いにきたならそれで十分だ。悪いが、治療を終えたばかりで疲れていてな」


 自然に吐かれた息は、ディアンだけが演技だとわかっている。相手をしたくないというよりも、これも彼らへの配慮だろう。

 疲れているのはお互い様。下手に引き延ばすより、ここでさっぱりと終えるのが最善。


「まっ、待ってくれ!」


 背を向けようとして、声に引き留められる。


「あんたっ……あ、いや、あなた様は、えっと、」

「……楽に話していい。そう下手な敬語を使われたら逆に疲れる」


 ……おそらく、今度は本心から。単に敬われるのが嫌なだけかもしれないが、ここまでぎこちないと逆に心配になる。

 敬語に直したのもそもそも隣の女性が小突いたからであり、彼自身が気を付けたわけではないようだ。


「じゃあ……改めて、俺はクライム。こっちがミルルで、レプテとローサだ」


 桃色の髪を二つのお下げにした少女と、眼鏡の青年。そして、気の強そうな女性の順に紹介され、会釈を一つ。

 しかし、エルドの名前がそれに続くことはなく。ディアンの偽名が紡がれることもない。


「直球に言う。あんた、教会の偉い人ならなんとかできないのか」

「……なんとか、ね」


 そう言われることは予想していたのだろう。特に反応することなく、淡々と返す声はどこか慣れているようにも聞こえる。

 実際その胸中になにを抱いているか。それは、誰が想像していいものではないのだろう。


「ずいぶん抽象的な言い回しだ。具体的には?」

「分かってんだろ、あのアイティトスとかいうギルドを裁くことはできないのか!?」

「……裁く、なぁ」


 裁く、裁くか。裁くねぇ。

 繰り返される呟きに、クライムの視線が厳しくなる。馬鹿にされていると感じているのか。

 確かにエルドは悩んでいないし、真剣にも考えていない。ただ、この後の展開に対して憂鬱なだけ。


「司祭に命令できるほどの立場にいるなら、あんな男ぐらいなんたってできるだろ」

「できないな」

「なっ……!?」


 否定は素早く。罵声は飛ばず、怒りのあまり声すら出なかっただけか。

 愛想笑いも苦笑もなく、眉を寄せることもせず。淡々と述べた言葉に、余計な言い回しはない。


「なんでだよっ! あんた――!」

「クライム、落ち着けって! ……連れがすみません」


 そのまま掴みかかりそうな勢いを、レプテと呼ばれた男が止める。クライムに比べれば流暢な敬語だが、やや声が固いのは緊張か、それとも同じく怒りのせいか。


「彼はここの出身で……久々の帰郷だったのに、町がこんな状態で少し動揺しているんです」

「知っている。……彼の両親も、彼のこともな」

「っ、あんた、前にも親父たちを助けてくれたんだろう!?」


 同意はなく、されど否定もなく。沈黙は、それこそ最大の肯定である。

 息子であるからこそ知っている話もあるだろう。だが、おそらくはあの呟きに反応しているだけで、子細まではわかっていないはず。

 それでも噛み付かんとしているのは、それだけ彼が必死であるからこそ。


「ここまで登ってきたならわかってるはずだ! 看板の細工も、魔物が増えたのも偶然じゃない! あの男のせいで、親父たちだけじゃなく他のギルドだって危ない目に遭ってるんだ! 早くなんとかしないと、この町が――!」

「証拠は」


 もはや怒鳴りつけるような声に、返される声はあまりに静か。つられて黙る青年を見つめる瞳もまた、同じく。


「あるのか?」

「な……っ、そんなのなくたって明らかじゃ……!」

「……まぁ、たしかに」


 溜め息、瞬き。それから項に手を当てる仕草。僅かに傾く首は、コリをほぐそうとしているのかなにかを押さえているのか。


「一万ゴールドってのは護衛料にすりゃ大分高めだが、言った通り俺らはその交渉を実際に見た訳ではないし、金額を提示されたわけでもない。看板も違っていたが、それが誰がどんな目的で仕組んだのかもわからない」

「はぁ!?」

「魔物が増えたのだって、繁殖期や魔法具の不調、季節の要因も絡んでくる。それを横暴な態度で町を占拠しているってだけで、そいつだと決めつけるのは早計すぎるんじゃないのか?」


 同意で区切られ、否定で終わる。上げてから落とすなど、この若い青年にはあんまりな仕打ち。

 本当に殴りかかりそうな勢いに、ミルルたちが慌てて押し止める。

 こんな喧嘩腰に畳みかけるなんて、エルドらしくない。やはり、気を使えない程度には疲れているのだろう。

 ……挨拶もそこそこに要求されたことに対する返事もあるのだろうが。


「教会は弱者を助けるように言われてるんじゃないのか!? それを一番偉いお前が見て見ぬ振りなんて、女王様がなんていうだろうな!」

「ちょっとクライム! 気持ちはわかるけどそれは……!」


 視線が突き刺さるのは、エルドだけのものではない。静観しているシスターも、見守っていた司祭も。介入こそせずとも待機はしている。

 敬語はかまわないが、それは蔑んでもいいという訳ではない。当たり前のことだが、感情の高ぶった青年に抑えろと言う方が困難。

 侮辱罪とまではいかないだろう。しかし、騒ぐほどに周囲の目は厳しく、そして触発されたギルドの者が乱入してくるか……。


「……お前の言う通り、教会は困窮者への援助を惜しむことはない」


 どれだけ声を荒げようと、冷静に返される声もまた、クライムにとっては苛立つ原因だろう。

 それでも淡々と述べる声も瞳も、一切揺らぐことはない。


「飢えたなら食料を渡し、宿がないなら泊めることも。命の危機に脅かされているのなら、女王陛下の名の下に安全な場へ連れて行くこともする。現に、ここにいる祭司たちは皆役目を果たし、己の身も顧みず彼らへの支援を行った」


 お前も見ただろうと、諭す声こそ変わりなく。だが、魔力を使い果たしてなお、彼の父を助けようとした姿は、まだその目に残っているはず。


「……だが、我々は国民同士の諍いには関与できない」

「っんだよ、それ……!」


 歯を食いしばる音と、射殺さんとする瞳。きっと彼は教会について、あまり詳しくないのだ。

 押さえようとする三人の方が、反応としては正しく見える。だが、言い聞かせられないほどに、クライムが昂ぶっているのだ。


「支援行えど、侵攻起こすべからず。聖国を出る者に女王陛下はそう命じている。教会が他国というのに一定の権限を認められているのは、他国と結んだ条例が前提としてあるからだ」

「条例?」

「……簡単に言えばその土地、または領土を乗っ取ろうと見られるような動きをするなってことだ。俺が知らないだけで知られてないのか?」


 本気の疑問は、彼らには呆れに捉えられたのだろう。ローサと言われた女性が首を振り、こいつが馬鹿なだけですと指差す表情は完全に呆れ顔。


「ばっ、馬鹿ってなんだ!」

「こんな基本的なことを知らないのを馬鹿と言わずになんて言うのよ! この馬鹿!」

「こんな人の前でまで喧嘩はやめろって!」


 矛先が逸れ、放置されるエルドの溜め息は深い。ディアンの視線は先ほどから彼と青年の間を往復してばかりで、あまりに忙しなく。


「……では、黙って堪えるしか、ないのですか」

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