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【書籍化】『精霊の花嫁』の兄は、騎士を諦めて悔いなく生きることにしました【BL・番外編更新中】  作者: 池家乃あひる
第三章 一週間

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71.エヴドマの町

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「さて……」


 立ち止まり、見渡す景色を遮るものはなにもなく。ゴールは赤一色に染まっていた。

 何度かゼニスとも再会し、壊された魔法具を受け取りつつ。時折ご馳走……もとい山羊に励まされながら登ること数時間。

 危惧していた奇襲も魔物との遭遇もなく、ようやくディアンたちは目的地へと辿り着いたのだ。

 町と道の境目である大きなゲート。刻まれた文字は、ようこそエヴドマの町へ。

 エヴァドマ、でないことを見るに、作られたのは比較的近年だと知る。

 なにか祭りがあったら飾り付けが施されるであろうそこは剥き出しのまま、どこか寂しい印象を与えてくる。

 いや、人影があればそうは思わなかっただろう。

 もう夜と言ってもいい時間なので、歓迎する町人がいないのも仕方のないことだが……だからといって、こんな光景を見たかったわけではない。


「揉めてるな」


 ちらりと見やったそば。ゲートから少し離れた位置に小さな集団。

 自分たちより先に登っていた旅人だろう。全員仲間というわけではなく、柄が悪く見える方は、登山前に話しかけてきた者たちの仲間か。

 どうやら、彼らは護衛を雇って来たらしい。雇われた側の方の人数が多いのは、単に揉めたから出てきた野次馬と思われる。

 距離があるので詳細はわからずとも、時折聞こえてくる単語から概要は理解できる。

 話が違う。金額。高くなかった。……つまり、彼らはまんまと騙された訳だ。

 口約束が災いし、言った言わないの話になれば不利になるのは依頼人の方。

 証明できる者がいない場合、信頼されるのは自然と地位がある側となる。そして、ペナルティは一方的に課せられる。


「俺たちはあのA級ギルド『アイティトス・ダガン』なんだぜ? それを疑うっていうのか?」

「……有名か?」


 同意を求められ、記憶を漁るも首を振る。町に入ったら喋るなと言われているので、今からの意思疎通は全てジェスチャーのみだ。

 A級ともなれば上位に分類されるし、知名度だってそれなりにあるはずだが……やはり、思い当たる節はない。

 最近上がったばかりでも、そこに至る経緯が存在する。ギルド関係者ではないディアンが知らずとも仕方ないが、同時にギルド長の息子でもあるのに全く知らないのも変な話だ。

 ……第一、こんな変な名前。一度聞けば忘れられそうにない。

 そもそも、A級ギルドがこんな高地にいる理由も見当が付かない。ないないづくしで、逆に怪しいところしかない。

 いっそギルドのフリをしていましたと言われた方が納得できるが……ここまで声高に言えるというのは、本当に登録された名前なのだろう。

 アイティトス・ダガン。ダガンは普通に人名として、前半は古代語と仮定すると……。


「ん゛っ……!」

「……気持ちはわかる」


 思わず笑いそうになったのを寸前で堪える。

 現代語に直せば無敵のダガン。ギルド名に自分の名前を付けている時点でも相当なのに、そこに無敵を付けてしまうセンスよ。

 若いパーティにはありがちとはいえ、A級になる前に改名しようとは思わなかったのか。どれだけ自信家なのか。やはり、嘘だと言われた方がよっぽど信じられる。

 ……いや、笑いを抑えている場合ではなかった。

 どうするのかと、目で訴えれば同じく目で制される。伝わるのは、首を突っ込むつもりはないということ。

 薄情だろうが、その意図はわかる。だからこそ、賑やかさの増す集団を横目に歩き出したエルドの後に続く。

 ぼったくられていると分かっても、ギルドとの契約に部外者が口を出すべきではない。

 正当性を確かめるのは然るべき機関であり、行きずりの者が手を出すと余計にややこしくなってしまう。

 同情こそするが、これは仕方のないこと。


「――あ、おい! あんたたち!」


 次は宿を探すのか、それとも先に腹ごしらえかと。聞けないまま去ろうとするディアンを呼び止める声に、眉を寄せたのはどちらであったのか。

 駆け足で向かってくる集団に強張った足は、エルドによって後ろに隠される。

 危害はくわえられないと理解ながらもそれに甘えるのは、それが最善であると理解しているから。


「あんたらも山を登ってきたんだろ? 下で言われた護衛料はいくらだった!?」


 詰め寄ってきたのは若い男だ。傍にいるのは同じパーティのメンバーらしい。

 男女二人ずつ、前衛後衛も平均的な構成。共通しているのは、その顔が疲れながらも怒りに満ちていることか。

 対して、彼らを囲んでいるのは若者から中年と年齢層こそ広いが男ばかり。ギルドのメンバーと知らなければ、やはり山賊に絡まれているようにしか見えない。


「悪いが、金額は聞かないまま自力で登ってきた。助けにはなれん」

「っんだよそれ! だったら途中の道がおかしかったのだって見ただろ!? こいつらが細工したんだよ!」

「おいおい兄ちゃん、そいつはとんだ言いがかりってやつだぜ?」


 勢い良く指を指された相手は、怒るどころかニヤニヤと笑ったままだ。わざとらしく顔を覗き込み、肩を組むのも嫌な意味で様になっている。

 勢い良く振り払われても笑いは止まらず、どちらが優勢かは言うまでもない。


「誰が看板に悪戯したかはしらないが、俺たちが迷わずにこれたのはここに常駐しているからだし、魔物に会わなかったのもこの魔物除けの香のおかげだろう?」


 ほら、と提げられた布から漂うのは確かに変わった匂いだ。だが、隠れたまま目を合わせたゼニスの反応からして、本当に獣避けかは怪しい。

 嫌がる様子はないし、平気そうだ。むしろ、細工された魔法具を持ってきた時のほうがよほど不快そうに見えたぐらい。

 厳密に言えばゼニスは魔物ではないから効かなくても当然だが……。


「俺たちはちゃあんと仕事をしたんだぜ? 報酬は払ってもらわねぇとなぁ」

「だからって一万ゴールドも払えるわけないだろ!」

「いちまっ……!?」


 思わず出てしまった声を、ゼニスの鳴き声が掻き消す。本当によくできた獣であるが、感心できる状況ではない。

 一万ゴールドなんて、普通の冒険者が持ち歩いている額ではない。

 例えるなら高級宿一拍分にも相当するし、なんならそれでもお釣りが来るほどだ。相場以上にも程がある!


「下では二千ゴールドって言っただろ!」

「一人二千ゴールドだ、四人で八千。魔物に襲われてたのを助けてやったので追加一人五百。ほら、一万であってるだろ?」

「全員で二千って言ったじゃない!」

「あんたらが勘違いするのは勝手だが、俺たちは命の恩人だってこと忘れんじゃねえぞ? ……なぁお前ら!」


 声を張り上げれば途端に周りの野次馬がはやし立てる。

 あまりにも分が悪いが、対抗策はそれこそなし。

 この手合いにはなにを言っても通用しないが、素直に折れられないのは金額の高さ故。


「払えないってんなら、代わりにその荷物をもらおうか。なんなら、そっちの姉ちゃんたちに相手してもらっても……」

「きゃっ……!」

「なにしてんだてめぇ!」


 一番大人しそうな女性を一人が引っ張り、それを男の仲間が取り返す。いよいよ乱闘騒ぎにも発展しかねない。


「っ……荷物は、渡せない」

「なら一万ゴールド払えるんだな?」

「払えるわけないだろ!」

「じゃあ、どう落とし前付けるってんだ、あぁ!?」


 完全にカツアゲの現場だが、助けることはできない。下手に手を出せば、それこそ収拾がつかなくなってしまう。


「なんなら、おっちゃんたちが代わりに払ってくれてもいいんだぜ?」


 依頼主が即答できないとみるやいなや、今度はエルドに絡みだした。

 フードを掴み、顔が見えないようにと陰に隠れる。その対応が悪かったのか、視線はエルドからディアンの方へ。


「へへっ、俺らとしてはそこのお嬢ちゃんでも……」


 フードで顔がみえないせいか、あるいは思いこみか。聞き捨てならない言葉と共に伸びてくる腕が、辿り着く前に遮られる。

 そのまま横にずれた身体に隠され、訂正の機会は永遠に失われたまま。


「……俺たちは関係ないし、関わるつもりもない。そろそろいいか? 飯所が閉まっちまう」

「飯所? んなもん、この町にはねえよ」

「どういうことだ!」


 反応したのはエルドではなく、言い争っていた男のほうだ。今にも掴みかからん勢いにも、ギルドの男たちはヘラヘラと笑ったまま。


「んなことどうでもいい、それより金だよ金!」

「どうでもいいだと!? お前らお袋になにを――」


 ジャラリと音が鳴り、怒鳴り声が止む。双方の視線は一点……エルドの手の中に注がれ、僅かな静寂が場を満たす。


「一万はないが、これで十分だろ。あんたらもそろそろ引き際じゃねえのか」


 ん、と。もう一度揺さぶられる袋は小さくとも、提示された半分は入っているだろう。

 関係のない他人が払うと考えればむしろ多いぐらいだ。落とし所は、確かに今しかない。


「話がわかる奴は好きだぜ」


 袋をひったくるや否や、早々に去って行く野次馬の潔いこと。色々と言いたいことはあるが、ひとまず解放されて息を一つ。


「あ、あのっ」


 その騒動のどさくさに紛れ、駆けていく白い影を横目に見ている間に寄ってきたのは絡まれていた女性だ。

 その後ろから続くメンバーの表情は、とてもいいものとは言えない。


「助けていただき、ありがとうございました! どうか半分は弁償を……」

「おい、ミルル……!」


 おもむろに荷物を漁る彼女を仲間たちが引き戻す。そのまま数歩離れた位置でコソコソと話す内容は、ゼニスほど耳が良くなくとも十分聞こえるほど。


「それ渡しちまったら、ほとんど残らなくなるだろ!」

「でも、私たちのせいであの人が……」

「あのおっさんが勝手にやったことだろ、俺らは頼んでない」

「そもそも、道を覚えているって言いながら思いっきり間違えたクライムのせいでこんなことになったんじゃない」

「看板に細工されてるなんて思わないだろ! それに実家の道なんて忘れてるとは思わないし!」


 なんとも勝手な言い分だ。だが、確かにエルドが金を差しだしたのは彼の独断。

 彼らはなにも頼んでいないし、助けも求めていない。そこに見返りを求めればあの男たちと同じだ。

 せめてもう少し声を落とすか離れた位置で……と、考えているディアンの腰をそっと抱くのは、その張本人。

 後ろの話題は責任のなすりつけ合いに発展したようだ。身内の問題に首を突っ込むのは、それこそ野暮というもの。

 十数秒も歩けばもう集団は遙か遠く。それでも離されない腰に、安心感より戸惑いが勝りはじめて軽く一叩き。


「ん、あぁ。小声なら喋っていいぞ」

「……そういう意味じゃなかったんですけど。よかったんですか、あれ」


 結局密着していたほうがいいかと指摘するのは諦め、代わりに我慢していた疑問をぶつける。アレ、と濁したが示しているものがなにかはエルドも分かっているだろう。


「いいんだよ、偽金だから」

「……そんなことだろうと思いました」


 さらりと言われた犯罪発言に、もはや驚くこともない。

 普段使っている財布とは違っていたし、いくらエルドでもそんな大金を持ち歩いているとは考えられなかった。


「中身は?」

「土塊をそれっぽく形成した玩具だ。音こそ似せたが、詳しく見られていたらアウトだったな」

「もし気付かれていたら?」

「間違いなく殴りかかってくるだろうから、そこで『話し合い』だな」


 一度拒否したのはこのためか、それとも本当に見捨てようとしたのか。

 真実はどうであれ、結果は良い方に転がった。利口な手口……とは言えないが、あのタイミングなら確かに諦めて差しだしたとも思うだろう。そもそも、中が偽物とは思うまい。


「犯罪ですよ」

「あの様子じゃこの町ではまず使わないだろうし、明日には元の土塊に戻ってる。自分の身を守るために玩具で誤魔化したと言えば、罪には問われないだろ。……お前が黙っていればな」


 言えるわけがないと、そんな言葉の代わりに溜め息が出る。そもそも兵士のいない山頂で、どうやって罪に問うというのか。

 だからこそ今の一連があったのだろうにと、そう突っ込む気も起きない。


「……それで、急にどうしたんですか」

「ん?」

「食事処が気になったんでしょう? ゼニスに行かせるぐらいですから」


 エルドが急に動いたのも、食事処がなくなった旨を男に聞かされてからだ。それからすぐにゼニスが走り去り、彼はおもむろに鞄を探った。

 そうした方が早く解放され、邪魔されないと踏んだからこそ。わざわざそんな面倒を踏んだのだ。ご馳走が楽しみだった、という理由ではないのは明らか。


「そりゃあ、唯一飯が食えるところが無くなったって言われても納得――分かった分かった、んな目で見るな」


 一応誤魔化そうとはしたらしいが、ディアンの紫はお見通し。そもそも、最初から大して隠そうともしていなかったのに白々しい。

 大袈裟な反応ごとねめ付ければ、大きく肩を落とす仕草もわざとらしいもの。


「でも、食事処が気になるのは嘘じゃない。知り合いがそこで働いてるはずなんだが……ああ、建物は残ってるみたいだな」


 ほら、と示された先。一段高い位置に構えられたのは、他よりも大きい建物が一つ。

 看板に描かれた山羊の角。中央に描かれた古代文字を解読するよりも先に、軽く背を叩かれる。


「……悪いな、面倒に巻き込む」


 視線は合わず、真っ直ぐなまま。腰は解放され、腕も離れ……る前に、その手を軽く握る。

 驚き振り返った顔は見ず、解放した指でフードを深く被り直す。


「……悪い」


 そこは謝罪でなくていいのだと訂正することもできず。

 くぐり抜けるウェスタンドアの上に施された装飾は、店の名と同じく『山羊の角』を模したデザインだった。

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