61.謹慎か監禁か
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「――サリアナ!」
有無を言わさず中に入り、対応したメイドが青白い顔のまま去った後、最初に来たのはメリアだった。
階段を駆け下りる姿。結わずに揺れ遊ぶ髪に膨らみを持たせたドレス。どれもが年齢より幼く見えさせ、全てが愛らしいと思わせる。
だが、ペルデはその異様さに顔を逸らし、グラナートは作り笑いを浮かべたまま。唯一歓迎するサリアナだって、その内はディアンのことしか考えていない。
「先日も会ったばかりなのにどうしたの? ライヒは? 一緒に来たんでしょう?」
近くにいるペルデたちには目もくれず、矢継ぎ早に問いかける内容は自分のことばかり。なぜ彼らがここに来たかなど、彼女にとってはどうでもいいこと。
花も綻ぶような笑顔で探す相手は、今ごろ王城に帰り着いていることだろう。ここに来た目的が自分であると疑いもしていない。
この家ではそれが普通で、外でもそれが当たり前。それをおかしいと思うペルデの方が異常であり、決して口に出してはならないこと。
少しでも露見すればディアンの二の舞になる。それを、彼は嫌と言うほど学んでいる。
「連絡もなくごめんなさい。ディアンに会いに来たの、部屋にいるのでしょう?」
だが、サリアナだってメリアのことなど二の次だ。彼女にとって大事なのは、部屋に閉じこもっているあの男のことだけ。
まだ誰も呼びに行っていないのだろう。その姿を見せることも、声が聞こえることもなく。みるみるうちに、目の前の顔が歪んでいく。
「……お兄様なら、まだ出てこないわ。それより――」
「ディアン! 私よ、サリアナよ!」
心底どうでもいいと、まるで吐き捨てるかのように。だが、嫌悪や苛立ちの含まれていないその声は、あくまでも事実を述べるだけ。
本当に、ディアンが今なにをしているかなんて興味がないのだろう。そんなことより考えることも楽しいこともたくさんあるのだと、話をすり替える前に高い声が響く。
そのまま許可もなく奥へ進もうとする姿は、王族としても淑女としてもあるまじき振る舞いだ。
たまらず傍に控えていた者たちが止めにかかるが、それよりも先にその腕を掴むのは細い指先。
「ダメよ! まだ私に謝ってないんだから、お兄様は部屋から出られないの!」
さっきから言っているでしょうと、声を荒げる姿もまた、『精霊の花嫁』にはとうてい見えない。だが、それよりも引っ掛かるのはその言葉だ。
なぜ、彼女への謝罪が閉じこもっている理由になるのか。なにも関係ないように見えて、しかしこの屋敷の中ではそれが当然。
状況が見えているのはサリアナ以外だけ。引き留められた彼女は、本当に理解ができないと眉を寄せて問い返すのみ。
「それは、どういう――」
だが、答えは与えられることなく。二階から現れた姿によって声が遮られる。
書斎にいたか、最初のメイドが呼びに行ったか。いつもなら、まだギルドにいるはずの男が階下を見下ろす。
まずはグラナートを、それからメリアを。そうして、その手に捕まったままのサリアナを。
ペルデはその流れで見られただけだ。いるとさえ認識されていないかもしれない。
いくらその金が鋭く、強くとも、不思議とペルデの心は震えない。
確かに、あれだって怖いはずだ。それでも、ペルデはもっとずっと恐ろしいモノを知っている。それがすぐ近くにまで迫っていることを、わかっている。
そして……それから逃げることは、できないことも。
「……殿下。これは一体何事でしょうか」
早足で下りてきたヴァンが真っ先に問うのはサリアナに対してだ。一瞥しただけで全ては把握できずとも、この騒動の原因が彼女にあるのは察したのだろう。
「突然の訪問をお許しください。ですが、どうしてもディアンに会わなければならないのです!」
「……ご存知の通り、ディアンなら療養中です。ひどい風邪ですので、御身に移すわけには……」
「いいえ、もう分かっているのですヴァン! 彼がどうして部屋に閉じこもっているのか、全て!」
詰め寄るサリアナに対し、僅かに金が細まるのを見る。
凝視していなければ気付かなかった変化も、目の前にいる彼女は見えていたのか。それすらも、サリアナにとっては些事であったのか。
「あなたがディアンの成績を偽るよう願い、それを陛下が了承したことも。そのせいで、彼が不当な評価を得ていたことも! それを知ったから、彼が臥せっていることも!」
ゆっくりと、ヴァンの瞳が伏せられる。長く思えたそれは、実際はほんの数秒だったのだろう。
開いた光ペルデを貫く。否、その金が見据えたのは……その隣にいる、彼の父親。
「……グラナート、お前の仕業か」
唸るような声は、ディアンだったら間違いなく身を強張らせていただろう。
自分ではないと理解しているのに、ペルデだって鼓動が早まる。それだけの圧を受けながら、呼ばれたグラナートの表情は変わらない。
ただ、その燃えるような赤だけが異様に強く、鮮やかで。
「……ヴァン。お前に聞かなければならないことがある」
「話すことなど――」
「ヴァン・エヴァンズ」
チリ、と。肌が微かに痛む。その正体を知っているからこそ、息を呑んだのはペルデだけ。
張り上げたわけではないのに高らかに響く声。それだけで、彼はこの場にいる誰よりも上位に立った。
英雄の一人ではなく、オルレーヌの司祭として。……女王陛下の、遣いとして。
「私の言葉は全て、我が女王陛下の御言葉として受け止めよ。この場にいる全てにおいて、貴殿らに拒否権はない。虚偽を申すならば相応の罰が下るであろう」
ヴァンが眉を寄せたのはどの感情からだったのか。この程度で聖国が介入する不可解さか、そこまでして聞こうとしている不快さか。
どうであれ彼に拒否権はない。メリアにも、そして王女とはいえサリアナにだって。この場にいる全員が審議にかけられている。
先ほどまでいなかったはずのミヒェルダがグラナートの横に並ぶ。その手に持っている物に、最初からこの展開を予想していたことを知ってもなんになるというのか。
子どもの拳ほどもない、小さな半透明の石は音を吸収する魔石だ。
それだけなら消音効果でしかないが、聖国の技術によって加工してあるそれは、通称残音機と呼ばれている。
その名の通り、音を残すことのできる装置。つまり、証言をそのまま別の者に聞かせることができるのだ。
本来は、審議の際に正当性を証明するために使われるもの。そして……その証拠を、残すためのもの。
「グラナート、お前……」
「もう一度問う。ディアン・エヴァンズを謹慎している理由はなんだ」
呼ばれた男は動じず、問われた男もまた答えず。
双方の圧にのまれ、メイドたちが壁に身を寄せるのを誰が気に留めたというのか。
「謹慎に値する正当な理由があるのならば、我々も罪に問うことはない。だが、場合によってはお前を虐待の容疑で審議にかける必要がある」
「虐待だと?」
鼻で笑うことも、焦ることもなく。本当に心当たりが無いと思える響きだ。実際にそうなのだろう。
真意はどうであれ、ペルデにはそう思えていた。
食事も与え、衣服も着せ、普通の部屋も用意してある。理不尽な暴力は振るわず、言葉で殴りつけることもない。
教会で保護しているどの対象者とも一致しない。全ては躾の範囲。全ては、彼を騎士にするための教育。
……だが、
「お父様は悪くないわ!」
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