60.ペルデ・オネスト
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『なぜ、秘密を話してしまうのか』
口が軽いから。深刻に考えていないから。あまりにも相手にせがまれたから。知るのが相手のためだと思ったから。隠されたものほど暴きたくなるものだから。
人とは、そういう生き物だから。
理由は人の数だけ。その事情も、真実も、その時々で変わるだろう。
……だが、ペルデに限って言うなら。その疑問は、誰でもない彼自身がずっと抱き続けている。
ペルデは、ラインハルトが評価したように口が軽い男ではない。グラナートに叱られるほど、言いつけを守れない男でもない。
話してはいけないと理解し、それを黙っていなければならないことも分かっている。
確かに、ペルデはまだ教会に従事しておらず、厳密に言えば守る必要はない。同時に、知る必要のないことも知ってしまっている。
己の立ち位置の危うさも、それを付け狙う相手がいることも、彼なりに理解している。その認識が甘くとも、その根本たる部分は変わらないはずで。
……なのに、気付けば口に出ているのだ。
いつだってそうだ。どうしてかはわからない。慌てて口を押さえた時にはもう手遅れで、知りたい情報を得た彼らの笑みに呆然とするばかり。
それは、幼なじみという認識によって生まれた甘さのせいなのか。
形ばかりの、ただ利用しかされていない。なんの意味もない枠組みにそんな情を抱いたつもりなんてないのに。
だが、いつだって奴らは同じ顔でわらう。わらっているのだ。サリアナも、ラインハルトも、いつだってペルデをわらう。嗤っている。
自分がどう思われているかなんて、その目を見れば嫌と言うほど理解できる。ああ、なんて使える奴だ、と。
教会は聖国以外に膝を折ることはない。故に、どの国の命令にも従う必要はなく、その情報を漏らしてはいけない。
どんな些細なことでも、それは聖国を、精霊を脅かさんとする者たちの餌になると。
わかっている。わかっているはずなのに、それでも話してしまうペルデをラインハルトは道具として見ている。
そうだと理解している。利用されているからこそ話してはいけないとわかっている。本当に、わかっているはずなのに、いつだって頭の中がぐちゃぐちゃになってしまうのだ。
熱にうかされたような、心が無理矢理切り離されたような。そんな形容しがたい感覚に犯されて、そうして……そうして、いつも同じ。
奴らはわらい、父は怒り、そうして後悔し続ける。
なぜ話してしまったのか、なぜ父の言いつけを守れなかったのか。
どうして、どうして、どうして!
何年も、何年も。ずっとずっと同じ事の繰り返し。止められない。抗えない。どれだけ逃げようとしても、奴らはやってくる。
それでも、ペルデだって学ばなかったわけではない。彼ら以外で同じ現象は起きないことも、あの感覚を呼び起こす話題の共通点も突き止めた。
突き止めてなお避けられないのは……それこそが、ペルデが最も恐れる相手だったからだ。
ああ、そうだ。ペルデ・オネストにとって、ディアンは恐怖の対象でしかない。
それは闇を煮詰めたような黒髪にあるのでも、底のない穴を連想させる黒い瞳にあるのでもない。
彼自身に苛立ち、憎み。理不尽とも、哀れとも思ったことはある。
だが、それ以上に。ペルデはあの男が怖かった。ただただ、恐ろしかったのだ。
ディアン自身がペルデに危害をくわえたわけではない。むしろペルデに限らず、誰にも、なにもしなかったことこそが、その恐怖の根本か。
記憶している限り、その男はいつも嗤われていた。
あの英雄、ヴァンの息子であるのに剣もろくに振れず。魔術も扱えず。座学も試験も、ろくな点をとったことはない。
なにより、精霊から授かる加護を。この世界で生きているものならば誰もが頂ける恩恵をもらっていない。精霊からも見放された落ちこぼれ。産まれながらの出来損ない。
だというのに王女付きの騎士になると豪語する恥知らず。救いようのない、愚か者。
その全てを肯定するつもりはない。だが、確かに否定もできない。
事実、彼の点は異様なまでに低く、操作されたと知った時は納得したぐらいだ。
騎士になると言うのだって、言いふらしているのは本人ではなくサリアナで。彼の口からそんな宣言を聞いた記憶は一度も……そう、一度だって。
彼が騎士付きになるように言われた経緯だって、幼いながらに覚えている。
そう、だからこそ。どうしてディアンが挫けないのかが、ペルデには理解できなかった。
何度罵られようと受け流し、時には薄く笑い。盲目なまでに己の父の言いつけを守り、自分が悪かったのだと責め続ける。
普通の子どもなら、心が挫けてもおかしくはない。己に非がないのに受け入れ続け、あんなにも平然としていられるはずがない。
いっそ加護があれば。彼が精霊から祝福された、自分たちと変わらぬ存在であれば理解もできただろう。
きっと精神面に強い精霊なのだと、もしかすれば強い加護を賜っているからこそ耐えられるのだと。
だが違う。ディアンに加護はない。それはほとんどの人間が知っている。ヴァンの息子、ディアン・エヴァンズに祝福はなかったと。
特別な力もないのに、あの男は正気をたもっていたのだ。この十数年間、ずっと。ずっと。
そんなの理解できない。できるわけがない。ああ、だからこそ……ペルデは彼が、ディアン・エヴァンズが恐ろしい!
ラインハルトたちより、グラナートの息子だと品定めをする大人たちの視線より、彼が、彼だけが!
誰もがディアンに夢中だった。
嫌悪。執着。嫉妬。嘲笑。軽蔑。待望。不憫。
いい意味でも、悪い意味でも。全てが彼を中心に回っていた。彼こそがペルデの世界を支配していたのだ。その自覚もないまま。そうだと知ろうとしないまま。
サリアナの病的なまでの盲信は幼い頃からだ。
子どもの我が儘では片付けられないほど、彼女はディアンのそばにいたがった。
なにかとつけて城に呼びつけ、最後には騎士になるとまで約束させたのは……本当に、一緒にいたいという、その願いだけだったのか。
妹がそんな様子では、ラインハルトがディアンを嫌うのだって当然だ。
彼にすれば可愛い妹が奪われたようなもの。それが常に自分と比較される対象だったなら余計に。
その憎悪は剣術大会で負けてから増したように思える。今でこそ一度も勝っていないが、それでも……その感情は、日々膨れ上がっていることだろう。
ディアンの父親も、彼の指導を怠ることはなかった。皮膚が裂けるまで剣を振らせ、歩けなくなるほどに鍛錬を課し。それでも、一度だって彼がディアンを褒めたところを見たことはない。
外ではそうしていないだけ、なんて可能性こそ低い。いつだってまだ足りないと、これでは至らないのだと。見つめる瞳がなによりも御弁に語っていたのだから。
ヴァン・エヴァンズは確かに英雄だ。常人とは違う。だから、ペルデやディアンのような人間の気持ちは理解できない。
基準はいつだって自分。そう、そんなのに付き合えていたディアンがむしろおかしいのだ。
上記の三人に比べ、ペルデとメリアとの接点はほとんど無い。いくら教会にいるとはいえ、『精霊の花嫁』に接する機会など早々与えられるものではないのだ。
それでも、彼女の口癖を聞けば、ディアンをどう思っていたかは容易に想像がつく。
お兄様がひどい。お兄様が悪い。お兄様が、お兄様が、お兄様が。
『私は精霊の花嫁』なのに。全部、お兄様が全部悪いのに。
確かに彼女は特別だ。誰よりも強い加護を授かり、精霊になるという宿命を課せられた乙女。誰よりも美しく、誰よりも愛らしい。
精霊に嫁ぐからこそ、誰からも愛される姿を賜った。……だが、どうしても、実の兄にする態度とは思えない。
あるいは、ディアンの方が妹にするべき態度ではなかったのかもしれない。
それがたとえ、どれだけ普通に見えても。なにもひどいことをしていないように見えても、彼女がひどいといえば、それは……なによりも重い罪になるのだろう。
だが、きっとメリアは彼を嫌っているのではない。それよりももっと単純で……もっと、不快なもの。
ペルデの父親だって、グラナートだって、彼が物心ついた頃にはすでにディアンのそばにいた。
本来なら、司祭である彼がただの一般市民に自ら教育することも、時間を割くこともしない。あんなにも気にかけ、話をして、励ますことだってしない。
それも、自分の息子以上に。ペルデよりも時間をかけて、丁寧になんて。
だから、ディアンだけが特別だと知るのに時間はかからなかった。洗礼が終わってからはもっと。今まで教会にいたシスターたちが入れ替わったのだってその頃だ。
幼いながら、父親が奪われたと思ったのは事実だ。どうして自分ではなく彼ばかりなのかと、なぜ彼ばかりを気にかけるのかと。
もっと話をしてほしかった。もっと自分を見てほしかった。でも、それは六歳の子どもであれば当然の欲求だ。
あいつが困ればいいと、サリアナたちにわざとディアンについての情報を教えたことだって何度もある。
……でも、それは分別のわからない子どもだったからだ。
今は違う。事情こそわからず、知ろうとも思わず。
それでも、彼に関する全てが父の感情だけでないことも。それが教会……否、聖国が関わっていることも、ペルデは理解していた。
その内情も、どんな陰謀が絡んでいるかも知らないまま。それでも、理解していた。していたのだ。ペルデなりに納得していた。仕方のないことだと。教会に属している限り、命令には従わなければならないのだと。
分かっている。分かっている。分かっているのだ、本当に。
それこそ、精霊に宣言を立てたって構わない。ペルデは、その重要性を理解している。
……それなのに。
それなのに、止められない。いつも、いつも、いつも、いつも!
聞かれたくないのに、知りたくないのに、関わりたくないのに! いつだってあの男の方から近づいてくる!
どれだけ避けようと、どれだけ逃げ惑おうと。あの男はディアンはペルデの元へやってくるのだ!
まるで追い詰められた鼠をいたぶる猫のように。その恐怖すらも愉しむかのように。
自覚がないなんてわかっている。だからこそ、逃げるしか。逃げ続けるしか対処ができないのに。どうして……ああ、どうして……!
薄情と罵られようと、冷血だと言われようと。あの夜から姿を見なくなって、心配よりも安心が上回ったのは事実。
父親たちが動いているのは察していたが、それを知ろうとは思わないし、知るべきでは無い。
知ればまた喋ってしまう。喋らされてしまう。ペルデの意思とは関係なく、あの者たちの手によって。
この一週間。いかにペルデの心が穏やかであったか。
あの黒髪が視界に入らないだけで、ディアンの存在を認識しないだけで、どれだけ心が安らいだことか。
サリアナたちに問い詰められることもなく。巻き込まれることもなく。嫉妬や諦めに感情が乱されることだってなかった。生まれて初めて、平和だとさえ思っていた。
こんな日がずっと、ずっと続けばいいと。そう心の底から願っていた。
――なのにどうして、自分はここにいるのか。
あの悪魔のいる馬車の中で。父と共に、どうしてディアンの元へ向かっているのか。
どうして自分を連れて行こうとする。
形ばかりの幼なじみ、会話なんてしたくもなければする必要だってない。
自分がいたところでなにも変わらない。今までもそうだったように、これからもそうであるように!
傍観しろといいながら、なぜ父も自分を置いていこうとしなかったのか。関わるなといいながら、関係ないといいながら、どうして自分を切り離してくれないのか。
こんなの望んでいない。こんなの、ペルデが望んだことではない!
サリアナに情報を漏らした罪だとでもいうのか。
望んで話したのではない。話したくもなかった。話してはいけないと理解していたのに……それなのに!
だが、グラナートにとっては醜い言い訳にしか聞こえないのだろう。今までもそうだった。ずっとずっと、ペルデの意思が伝わることはなかった。
もしも、ちゃんとした言葉で説明できたなら。それが己の意思ではないと、正確に伝えることができたなら、また違ったのだろうか。
いや、いいや。そんなの無理だ。無理に決まっている。
だって、あんなもの……あんな感覚を、どう説明すればいいかなんて、そんなの!
馬車が止まり、扉が開く。その先の光景は――やはり、ペルデの恐れる化け物の住み処だった。
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